DXを推進できない原因は

著者の鈴木雄介氏は、DXの導入が失敗する大きな原因として、DXサービスが「労力や忍耐、スキルを必要とせずに望みをかなえてくれる商品」として提供される点を指摘している。企業活動のあらゆる場面にITが組み込まれた結果、ITの影響が強まり、部分最適に偏りすぎ、全体としての「良い企業活動」が実現できなくなっているのではないか。

経済産業省の「DXレポート2.2(概要)」でも、「ベンダー任せにすることでIT対応能力が育たない」「ITシステムのブラックボックス化」「ベンダーロックインによる経営のアジリティ低下」などの課題を指摘し、バリューアップ(サービスの創造・革新)に成功している企業が1割未満であると分析している。

特に大きな問題とされるのが「レガシーシステム」の存在だ。企業内に残る古いシステムが負の遺産となり、DXの推進を妨げている。著者は、レガシーシステムを放置することによるITロックイン(利用中のサービスを同種のサービスに変えづらい状態)こそがDXを進められない最大の要因であるとする。

ビジネス環境の変化に伴い、業務の見直しが必要になるが、ITベンダーのエンジニアは業務システムの「ルール」は理解していても、「なぜそのルールになったのか」までは理解していないことが多い。そのため、システムを再構築する際に業務全体を最適化できず、結果として部分的な改修に留まってしまう。長年運用されてきたレガシーシステムでは、業務同士の関係性が見えにくくなり、全体を俯瞰することが難しくなるのだ。

テック企業はDXをどう実現したか

こうした問題にいち早く取り組んだのがGAFAM(Google、Amazon、Facebook(現Meta)、Apple、Microsoft)などのテック企業だ。これらのビッグテックは、日本企業が束になってもかなわない時価総額を誇るが、そのITシステムも非常に巨大である。AppleやMicrosoftは起業から50年近く、Amazonも30年以上が経過し、内部にはレガシーシステムが存在する可能性が高い。

しかし、GAFAMはレガシーシステムの縛りを脱するために、以下のような技術を積極的に採用している。

1)クラウドネイティブ化
2)アジャイル開発
3)DevOps
4)マイクロサービス
5)プラットフォームエンジニアリング

これらの技術によって、GAFAMはDX化を実現したというのだ。

クラウド化でインフラも開発環境もサービスに

前項で紹介した5つの技術について、以下で概略を説明しよう。

1)クラウドネイティブ化
クラウドネイティブ化とは、単純に既存システムをクラウド上に移行するクラウドリフトとは異なり、システム構造をクラウド技術に最適化した形で改修しながら機能を移行する手法である。クラウドネイティブ化には時間と費用がかかるが、トータルでは低コストで全体最適化が実現できる。

たとえば、オンラインストリーミングのNetflixはこの移行に7年間という長い期間を要した。著者は、日本企業がクラウドネイティブ化を実現するには、必要なエンジニアの確保や、経営陣が長期移行計画を理解することが難しいのではないかと懸念している。単にツールを導入するだけではITロックインから脱却できず、新たなITロックインを生むだけだと警鐘を鳴らしている。

2)アジャイル開発
従来のレガシーシステム開発手法は、ウォーターフォール型が主流だった。要件定義、設計、開発、テストといった工程を順番に進めるが、一度設計が完了すると修正が困難になる。これが、「完成後に期待と異なるものができてしまう」という問題を引き起こしていた。

アジャイル開発は、この課題を解決するために開発工程を細かく分け、短期間のサイクルで設計・コーディング・テストを繰り返す。これにより、ユーザーのフィードバックを即座に反映し、開発の柔軟性を確保できる。

3)DevOps
DevOpsは、開発部門(Dev)と運用部門(Ops)が連携しながらソフトウェアを開発・運用する手法である。従来、開発部門と運用部門の間には対立があり、システム改修の際には相互の責任の押し付け合いが発生しやすかった。

DevOpsでは、両部門がビジネス成果という共通の目標を持ち、相互に協力し合う体制を整えることで、開発・運用の効率化と迅速な改修を実現する。

4)マイクロサービス
従来のモノリシックアーキテクチャでは、全機能が密結合しているため、一部の変更がシステム全体に影響を及ぼしてしまう。これに対し、マイクロサービスではシステムを独立させた小規模なサービスに分割し、それぞれが独立して動作するようにする。

マイクロサービスの利点は、あるサービスの仕様変更が他のサービスに影響を与えにくく、障害発生時の影響範囲を限定できる点にある。これにより、システムの柔軟性と保守性が向上する。

5)プラットフォームエンジニアリング
プラットフォームエンジニアリングは、ソフトウェアの開発とデリバリを目的とした、セルフサービス型の開発者プラットフォームのこと。かつて、企業は自社で大型コンピュータを導入し、保守管理していたが、現在では多くのサービスがWebベースに移行し、クラウド上で提供されるようになった。

なかでも、以下のようなローコードノーコードプラットフォームが採用されたことで、企業はハードウェアの更新や保守管理の負担から解放され、ITリソースをより効率的に活用できるようになった。

IaaS(インフラストラクチャ・アズ・ア・サービス)
PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)
SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)

本書は、DXがなぜうまく進まないのかという問いに対して明確な答えを提示するものではないが、業務部門の管理職や担当者が開発部門と議論する際の参考になるだろう。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をPC-Webzine.comがピックアップ!

『まやかしDXとの決別! 生成AI時代を勝ち抜く真のデジタル事業変革』(横山浩実 著/日経BP)

デジタル化による経営革新、事業変革を取り巻く厳しい状況を直視し、真のDXを成功させ競争優位を獲得するために現場のリーダーが知っておきたいメソッドをわかりやすく解説。生成AIの現状を踏まえた最新の内容。これからのDXは、期待と現実のジレンマを乗り越え、事業部門が主導できるか否かで成否が分かれることをわかりやすく説明。自社のDXは、どのようなビジネス価値の実現を目指すべきなのか、3つのパターンに分けて経営戦略レベルの考え方を解説。旧弊にとらわれてDXに失敗する多くの事例を反面教師に、どのようなアプローチでしがらみを断ち切るべきかノウハウを伝授。(Amazon内容解説より)

『生成DX 生成AIが生んだ新たなビジネスモデル』(小宮昌人 著/SBクリエイティブ)

生成AIがビジネスにもたらす革新は、まだ多くの人に知られていません。本書では、生成AIの具体的な活用方法とその革新事例を、豊富な取材を基に詳しく解説します。生成AIは、これまで自動化・デジタル化が進んでいなかった領域にも新たな可能性をもたらしています。本書を読むことで、デジタルトランスフォーメーション(DX)を超えたビジネス活用手法のヒントを得られるでしょう。生成AIの最新情報とその応用方法を知りたいビジネスパーソン必携の一冊です。(Amazon内容解説より)

『SalesTech大全 攻めの営業DXを実現する最先端テクノロジー』(中谷真史 著/プレジデント社)

「テクノロジーに適応できないと淘汰される」これは新時代の営業組織・営業パーソンとして生き残り、さらに勝ち上がっていくために、避けては通れない現実です。では、営業組織、営業パーソンにとって、現代はもっとも困難な時代なのでしょうか? その答えは、必ずしもYesではありません。営業生産性を向上させるツールやソフトウェア、いわゆる「SalesTech(セールステック)」の加速度的な発達が、営業活動の効率化・高度化をかつてないレベルで実現可能にしています。本書では営業を取り巻く環境変化を解説しながら、日本のみならず、世界に目を向けて最先端のテクノロジーを紹介しています。『SalesTech大全』によってセールステックへの理解を深め、新時代の営業パーソンとして、輝かしい第一歩を踏み出しましょう!(Amazon内容解説より)

『チームでの未来戦略の描き方 はじめてでもできるDX・事業変革プロセス入門』(前川直也 著/インプレス)

DXというキーワードが一般的に広く普及している昨今、ざっくりとした取り組みと効果を理解されている方は多いでしょう。しかし、「言うは易く行うは難し」。これまでのやり方・進め方を踏襲するのではなく、推進するアプローチ自体を変える必要があります。本書では、組織や事業のトランスフォーメーションを推進していくための3つの軸、ビジョンの策定・共有によるストーリーの明確化、短いサイクルアプローチによる仮説検証の推進、「自分ごと化」と「チームごと化」による推進の一体化をもとに、それぞれの実践ポイントを解説していきます。これからデジタル改革を始める方、もしくは推進しているものの思ったように進まない方にオススメしたい一冊です。(Amazon内容解説より)

『DX・SX・GXを実現する 攻めのモダナイゼーション』(富士通株式会社 編著/ダイヤモンド社)

情報システムは経営に直結している。IT技術がわからないからと言って、情報システム部門や担当者任せにするのは危険だ。マネジメントの観点から、情報システムを真に役立つIT(情報技術)やDX(デジタルによる変革)に変貌させる、 “攻めのモダナイゼーション(IT資産の刷新)”のポイントを解説する。(Amazon内容解説より)