プロンプトエンジニアはどこへ消えた

ChatGPTが脚光を浴び始めた2023年ごろ、生成AI(ジェネレーティブAI)から適切な回答を引き出すためのプロンプト(Prompt、AIに対して与える指示や質問のこと)を作成する「プロンプトエンジニア」という職業が話題になった。2023年5月のNHK番組では『年収5000万円! ChatGPT操る「プロンプトエンジニア」って?』とアメリカのプロンプトエンジニアが紹介されている。

現在はどうなっているのだろうか。ネットで検索してみると、2025年3月時点で国内では平均年収600~700万円という記事が見つかった。2年で8分の1ぐらいに値下がりしている。それでもけっこうな高給が取れる職業だ。だが、実際のところ、プロンプトは専門家に頼まなくても、工夫次第で普通のビジネスパーソンでもこなせる時代が到来している。

やっぱりプロンプトは大切だ

もちろん、今でもプロンプトを工夫することなく、「○○について教えて」と投げかけ、期待したほどの答えが返ってこないと諦めてしまう人も多いだろう。一方、「あなたは優秀な○○です」「制約条件は××です」「出力形式は表にまとめて」など細かく指示を与えることで、生成AIを使いこなしている人も増えており、その差は大きい。そのプロンプトをわかりやすく解説しているのが本書だ。

本書ではまず、プロンプトの基本フォーマットとして次の5項目をあげている。

指示:AIが実行する指示やタスク
制約条件:どのような条件で処理を実行するか
背景文脈:自分の意図・目的・状況など、生成AIに考慮してもらいたい背景や外部情報
入力データ:処理する内容
出力形式:出力してほしい形式

ほとんどの人は「指示」しか書いていないのではなかろうか。これでは条件、背景、ターゲット、出力形式が定まらず、凡庸な答えしか返ってこない。実にもったいないことだ。部下に仕事を頼むときに条件も背景もターゲットも告げずに「○○やっておいて」と放り投げたら、まともな成果は期待できない。生成AIも同じだ。

例えば、本書に掲載されているプロンプトの例では下記のようになる。

#指示
あなたは非常に優秀なマーケティング担当者です。
以下の#外部環境 #業種 でPEST分析をしてください。
注釈や繰り返しは不要です。
結果のみを#出力形式 に従って出力してください。

#外部環境
"2030年までの日本”

#業種
"出版"

#出力形式
【PEST分析】
P(政治的な観点)
E(経済的な観点)
S(社会的な観点)
T(技術的な観点)

以上のように、細かい指示を与えることが推奨されている。

生成AIに回答者の役割を与えよ

この「あなたは優秀な○○です」という指示はけっこう知られているテクニックだ。別に生成AIをおだてているのではなく、どういう立場で回答して欲しいかを明確にするためだ。弁護士にPythonによるExcelファイル解析のプログラムコード生成を聞いたり、パティシエに自社の強みと弱みについてSWOT分析を頼んでも、あまり期待はできない。そこで、適切な職種を最初に限定することが大切だ。

先日、SNSの投稿で見た面白い例として「あなたは田原総一朗です」のように著名人の名前で指定するものがあった。時事問題は得意そうだ。「あなたはマツコデラックスです」として人生相談すると「あら、素直でいいわね。そういう疑問を持てるあなたは、ちゃんと『自分の頭で考えている』ってことよ。でもね、ちょっと聞いて? 人生相談って、『選んでもらうため』に行くんじゃなくて、自分の中のモヤモヤを言葉にするための場だったりするのよ」としんみりする答えが返ってくるかもしれない。「あなたは石破茂です」だと……。

生成AIの回答をどこまで信じるか

本書の購買者向け特典として、本書に掲載されているプロンプトがコピー&ペーストできるサイトへのアクセス権がある。本を買ってこのサイトを開けば用途ごとにプロンプトがずらっと並んでいる。読者はそのプロンプトをコピーして自由に使うことが保証されている。

面白いのは本書に掲載されている回答と、自分がコピペしたプロンプトで生成AIで得られた回答が違っていることだ。

例えば、本書の31ページに掲載されているプロンプトは以下の通りだ。

#指示
・あなたは戦略立案のプロフェッショナルです。
・以下の#制約条件 と#出力形式 に従って、クライアントの[ビジネス]に関して業界構造の分析を行ってください。
#ビジネス:
書籍出版(紙・電子)
……

これに対し、本書には以下の回答が載っている。

業界内での競争
既存出版社間の競争
出版業界は成熟市場であり、大手出版社が混在しています。電子書籍市場の成長により競争が激化しており、特にデジタル分野での差別化が重要になっています。大手出版社は資金力と知名度で優位に立つ一方、中小出版社はニッチ市場や特定ジャンルに特化することで生き残りを図っています。
……

実際に私がChatGPT-4oに同じプロンプトを入力したところ、下記の回答が出力された。

業界内の競争
出版社同士の競争環境
・出版点数・出版社数ともに多く、特に電子書籍分野では価格競争も激化。
・一部大手(講談社、KADOKAWAなど)がベストセラー市場を寡占している一方で、中小はニッチ戦略を採用。
・電子書籍ではAmazon Kindle、楽天Koboなどプラットフォーマーの影響力が強く、差別化が難しい。
……

趣旨は同じだが、ちょっと異なる。本書で具体的な企業名を出していないのは編集段階での配慮だろうか。

ChatGPT-4oに、「同じプロンプトを入力しても人によって異なる回答が表示されるのはなぜですか」と質問したところ、下記の回答が出力された。

とても良い質問です。
同じプロンプト(指示)を入力しても人によって異なる回答が出る理由はいくつかあります。主な要因を以下に分かりやすく説明します。

1. AIのバージョン・モデルが違う
2. 会話の文脈(コンテキスト)が影響している
3. AIの出力には「ランダム性」がある
4. プロンプトの書き方やタイミングに違いがある
5. 利用者の環境や設定による差

補足:AIは「正解を知っている」のではなく「もっともらしい回答を作っている」
生成AIは「検索エンジン」ではなく、「統計モデル」です。
つまり、質問に対して「最もありそうな言い回し」を出しているだけなので、その都度違う答えになるのはむしろ自然とも言えます。

この回答では「AIは『正解を知っている』のではなく『もっともらしい回答を作っている』」と「自白」している。

本書の冒頭でも「AIは意味を理解しているわけではありません。『次に来る単語』をアルゴリズムで予測しているだけです」とある。生成AI、LLM(大規模言語モデル)は過去の膨大なテキストデータをもとに、「この文脈なら次に来る言葉はこれだろう」と統計的に予測して文章を生成している。美しい詩や崇高な哲学を語ったとしても、言葉の連鎖をなぞっているだけであり、考えているように振る舞っているだけなのだ。

実在しない法律や論文を挙げるなど、自信ありげに「でたらめ」を返すハルシネーションが起こるのはLLM(大規模言語モデル)の持って生まれた性質だ。「知りません」「わかりません」とは言えないからだ。そういう意味で、少なくとも2025年現在、情報の信頼性が重要な業務に生成AIを使う時には、必ず知識のある人間がチェックしなければならない。

ビジネス分野、特にマーケティングで生成AIを活用したい人にお勧め

生成AIは、文書で質問して文書で答えてくれるChatGPT、Gemini、Claude、Perplexityなどだけでなく、画像生成に特化したMidjourneyやStable Diffusionなどさまざまなジャンルがある。最近だとChatGPTに写真を読み込ませてマンガ風イラストに変換する機能が搭載され、SNSにはジブリ風イラストの投稿があふれている。
それぞれのサービスに強み、特徴がある。本書でもChatGPT一辺倒ではなく、調査検索機能にすぐれたPerplexityを使っているシーンがある。

本書では、以下のようなプロンプトの例が紹介されている。

・ファイブフォース分析で業界の競争構造を分析する
・ヒット商品からペルソナを特定する
・ゲーミフィケーションで既存のサービスを作り替える
・マンダラチャートで目標までのルートを考える
・AIDMAでコミュニケーション戦略を考える
・メールを作成する
・商談の準備をする
・部下との関わり方について相談する
・外国語のパーソナルレッスンを受ける
・カウンセリングを受ける

ビジネス分野、特にマーケティングやチームビルディングなどで苦労している人にお勧めだ。中には1,000文字近い詳細なプロンプトも紹介されており、そこまでやるのかと感心した。こういったプロンプトを自分で考えたり、本を読んで打ち込むのは大変だ。購買者サービスの「コピペですぐ使える!プロンプト集」はありがたい。

ちょっと残念なのは、『ITコンサル1000人にAIでラクになる仕事きいてみた』という書名は、本書の内容とマッチしていないことだ。書名だけだと、ラクになる仕事や職種が紹介されているだけなのかと思ってしまう。この書名について、出版社はChatGPTに相談してみたのでしょうか?

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