ストーリーは科学である
往々にして物語を組み立てるのは、作家やコピーライター、シナリオライター、お笑い芸人といった、いわゆる「文系」の人やクリエイターが得意とすることだと思われている。多くの人は自分にはそんな才能はなく、作家性など無縁だと決めつけていないだろうか。著者は「わたしの目標は、自分にもストーリーテリングができる、と人に感じてもらうことだ。科学に基づくコツを活用すれば、優れたストーリーを語る技を習得することができる」と語り、そのような読者の思い込みに真っ向から反論している。
本書は脳科学、神経科学、心理学といった最新の研究を反映させたストーリーテリングを読者に示してくれる。
まず、ストーリーを作り上げるためのステップとモデル、「ストーリー・テリング・モデル」について解説する。
このモデルは次のようなプロセスからできている。
1)ストーリーのアイデアを集める&選ぶ
2)聴衆のペルソナを作る&結果を定義する
3)ストーリーを構築する
4)細部を加え、五感&感情を引き込む
5)ストーリーを順序立てる
6)脳の5つの初期設定を適用する
7)すべての要素に場所を与える
8)ストーリーをテストする
「1)ストーリーのアイデアを集める&選ぶ」は常日頃から継続的に進められるべきプロセスだ。ストーリーを語る機会が到来したら、「2)聴衆のペルソナを作る&結果を定義する」から順番に進めていく。時にはプロセスを繰り返したり、逆戻りして微調整を加えることもある。
聴衆のペルソナを決める、つまりターゲットをどう想定するかはストーリーに限らず、商品企画、営業戦略、サービス方針などあらゆる分野でもっとも基本的で重要な項目と言われている。ターゲットが絞られていない、万人を対象とした企画は成功しない。
例えば、企業リーダーをターゲットとするのなら、名前は「ダレン」、年齢は30歳から55歳のあいだ、これまで2つの会社で働いた。結婚して2人の子どもがいる。プレゼンテーションはデータ頼りで、スピーチを練るのではなく、すでにあるコンテンツをどう活用できるかを考える。平日の一日は、早朝のサイクリング・クラスで始まり、子どもたちに朝食をとらせ、8時45分には職場に到着、45分かけてメールの返事を書くと立て続けに会議に出席、一日中頻繁にスマホで家族や友人、同僚からのメールをチェックする……と極めて具体的かつ詳細にペルソナを決めていく。「平凡な一日のスナップショットを組み合わせることで、聴衆についてはっきりわかっている部分と未知の部分が、より鮮明に浮かび上がってくる」。こうした作業は聴衆を明確にし、望む結果を伝えるための助けになるという。
脳の基本機能に働きかけよう
本書には最新の脳科学の研究が取り入れられている。人間の脳には情報と相互に作用し、それを処理するための基本的な方法が備わっているという。著者はそれを次に掲げる「脳の5つの初期設定」と呼んでいる。
・脳はすぐに怠けたがる
・脳は仮定したがる
・脳は情報をライブラリに保存する
・脳は信頼の輪の内側にいたがる
・脳は快感を求め、苦痛を避けようとする
脳の目標は、その日一日を平穏無事に過ごすことだ。カロリー消費を抑え、蓄えを維持させようとする。先が読めてしまうような、心が引き込まれないストーリーには注意を向けない。だが、パワフルなストーリーに対して脳は怠けモードから起き上がり、注意を傾け、カロリーを消費せざるを得なくなる。「ストーリーに登場する人物が遭遇することを見て、聞いて、感じて、匂って、味わって、経験するよう聴衆を導けば、脳を積極的に引き込み、ストーリーを記憶に刻み込むことができる」と著者は語る。
誰でも頭が真っ白になり、失敗することはある
どんなに経験豊富で、流暢に語ることができるストーリーテラーであっても、スピーチの場面で失敗することはある。事前にストーリーを組み立て、何度も練習して臨んだのに、その場で頭が真っ白になって、何も思い出せなくなる。著者も「わたしは実際、TED(毎年開催される世界的な講演イベント)のステージで頭が真っ白になったことがある」と述べている。
TEDの講演のほとんどは6か月以上前から練習を重ねることができるが、そのとき、著者は1週間しか準備時間が与えられなかった。それでも彼女は車の中、ジムで、同僚の前でと、あらゆる時間を使って講演の練習をした。そして本番。オープニングのジョークで観客の笑いを取り、落ち着いて話に入った。だが、最後の4分の1のところでいきなり頭が真っ白になり、言うべき言葉が全く浮かんでこなくなったという。
まずは即興的な対処法の1番目、観客の目を見つめた。友人の目を覗き込み、見知らぬ人の目を覗く。だが何も浮かばない。30秒ほど経っていた。そこで2番目の対処法を思い出した。失神を装って床に倒れ込むのだ。だがそのとき、観客から拍手が起きた。『わたしの脳が目を覚まし、こう告げたのだ。「ダメ、まだ終わっていない!」私はようやく次の文章を思い出し、しっかりと最後まで話し続けることができた』。
著者はその日の講演は大失敗に終わったと思っていた。ところがネット上では彼女の講演を引用している投稿を見つけることができた。最終的に公開されたTEDの講演はスタッフによって編集され、失敗した箇所はカットされていた。スタッフは著者に「わたしたちは人間ですから、たいしたことじゃありません。時間と流れを考慮して、動画を編集すればすむ話です」と告げた。
もちろん、その場にいてリアルタイムで聞いていた聴衆は著者が立ち尽くしてしまったことを知っている。だが、聴衆が話者を誠実な人間であり、成功して欲しいと思っているならば味方につき、応援してくれる。「心のもろさを露呈する場面は、何より大きな反応を得ることができる。成功は、完璧であることではない。誠実さを示す場面を通じて人とつながることこそが、成功なのだ」と述べている。
とは言っても、講演経験が少ない人は緊張し、あがって、話すことすらできなくなるかもしれない。そんな時、どうすればいいか。著者はいくつかアドバイスを述べている。
一つは「あなたのストーリーは、あらゆる人のためのものではない。だからそれを気に入ってくれない人に焦点をあわせるのやめよう」。「あなたの話を気に入ってくれる人に向けて、最高の講演を披露することだけに意識を集中すればいい」。
もう一つは失敗した場合。失敗に終わった講演にいつまでも拘わるのはやめよう。「不愉快な気持ちになるのは、たいていあなただけだ。聴衆は、完璧さなど期待していない」「1つのストーリーが失敗に終わったら、それを認め、先に進もう」。プロのコメディアンでもジョークが受けないことがある。それは聴衆がお腹を空かせていたせいかもしれない。
確かに、結婚式での恩師や上司のスピーチを覚えていることはほとんどないだろう。
明日スピーチしなければいけないなら最終章のチェックリストを見よう
最終章は豪華なおまけだ。19ページにもわたるチェックリストになっている。「ストーリーのための最高のアイデアを見つける方法」「ストーリーのアイデアを保存しておく場所は?」「世の中で注意を引かれたもの」「弔辞」「結婚式の乾杯の挨拶」「就職面接」「聴衆のペルソナを決める」など、さまざまな場面で使えるチェック項目が並んでいる。急いでいるのなら、このチェックリストを開いて必要な項目を読むだけでもそれなりのストーリーを作ることができる。
本書は、会社の命運をかけた一世一代のプレゼンテーションをしなければならないビジネスパーソンから、友人の結婚式でスピーチをしなければならない人まで、およそ他人にストーリーを語らなければならないすべての人にとって読む価値があるだろう。
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