三上洋のハッピーITタイム 【第6回】

万が一自分が死んだら? 家族に「デジタル遺産」を残す方法


万が一、自分が死んだ場合にネットバンキングやネット証券、暗号資産口座やSNSを家族に残すことができるでしょうか。普段、スマホとITを活用しているという自信のある方でもついついなおざりにしている、ネットにある様々な資産「デジタル遺産」の残し方をまとめます。

文/三上洋


故人のPCが開けず有料サービスの解約ができない

 筆者は最近父を亡くしました。97歳の大往生だったのですが、困ったのはネット関連サービスの解約でした。高齢の割にはITを活用していた父だったため、自宅のプロバイダ・携帯電話・有料サービスの契約がありました。プロバイダや携帯電話は電話で解約できましたが、有料サービスの解約処理でもたつきました。

 PCのパスワードがわからないためメールを見ることができず、どんなサービスに入っているのかが不明だったのです。亡くなってから三ヶ月たって、解約したはずのクレジットカードに謎の引き落としが発生。調べてみると国内ソフトメーカーの有料月額サービスだとわかり、ようやく四ヶ月後に解約できたのです。

 このように亡くなった場合のIT関連の引き継ぎ・解約は面倒です。筆者の父はネット利用がそれほど多くなかったので何とか処理できましたが、ITをフル活用している人が亡くなった場合はとても大変でしょう。

 ITが普及して20年が過ぎ、IT利用者も高齢化しつつあります。筆者の友人でも親をなくしてパスワードがわからず困った例、働き盛りの伴侶をなくしてネット証券口座・FX口座の対応に困った例があります。

 ネットバンキング、ネット証券、サブスク、暗号資産(仮想通貨)など、私たちは今や「万が一自分が死んだ場合」のデジタルに残る遺産=デジタル遺産のことを考えておく時代になったのです。どうすれば家族にデジタル遺産を残せるか、プライバシーとセキュリティを保ちながら、万が一自分が亡くなった場合のための準備をしておく必要があります。

ネットバンキングからSNSまで多数あるデジタル遺産

 父を亡くしたことをきっかけに、私たちはどんなデジタル遺産を持っているか考えてみました。種類ごとにデジタル遺産をまとめたのが下の表です。

 あらためて各種ネットサービス・アカウントを調べると、本当に多数のデジタル遺産があります。大きくまとめると資産(遺産)、支払い(債務)、記録(思い出)、葬儀連絡などに使うSNS・メッセンジャーの4つがあります。

 まず最も重要なのが遺産として残す資産=お金関連です。ネットバンキングなどの銀行、PayPayなどスマホ決済といった身近なものから、資産運用としての証券・FX口座、暗号資産(仮想通貨)、ポイントなどがあります。

 一般銀行のネットバンキングなら印鑑があれば何とかなりますが、ネット専業銀行ではそうはいきません。ID・パスワードの他にワンタイムパスワードやSMS認証があるはずで、ID・パスワードに加えてスマホ端末が必要になります。

 またFX口座や暗号資産取引所のアカウントは、元々ネットのみの契約でしょうから、亡くなった場合の本人確認をどうするか問い合わせる必要があります。

 2つ目は残された支払い=債務です。プロバイダや携帯電話などの定期利用料の解約は比較的簡単ですが、ソフトウェアの月額利用料、音楽・動画などのサブスク、Dropbox・iCloudなどのクラウドなど、ネットサービス関連の支払いは1件ずつ解約しなければなりません。またクレジットカードの解約にあたって、定期引き落としがどのぐらいあるか電話などで問い合わせる必要があります。

 3つ目は思い出としての記録です。家族としては故人の写真など思い出として残したいものがあるでしょう。ブログ記事、スマホに残された写真、クラウドにあるファイルなどを見たいはず。後述しますが、逆に家族に見られたくないものもあるでしょうからその対策も考えておくべきです。

 最後は葬儀の連絡に使うSNSやメッセンジャーです。ネットでしか連絡が取れない友人・知人が多いのであれば、TwitterやLINEのアカウントを家族が使えるように準備しておくことも必要です。

理想は「エンディングノート・ファイル」を作ること

 このように多数あるデジタル遺産は、どうやって家族に引き継げばいいのでしょうか。もっとも理想的なのは「エンディングノート」です。

 エンディングノートとは自分の資産などをまとめたノートのこと。遺言と一緒に保存しておくことで、残された家族が相続などの手続きをスムーズに進めるためものです。デジタル遺産の引き継ぎには、このエンディングノートを書いておくのが理想です。

 デジタル遺産のエンディングノートには2つのことを書いておきます。まずは先程の表を見ながら自分の資産を洗い出し、アカウント情報(ID・パスワード)の一覧を作ります。そしてスマホとPCのロックパスワードも記録しておきましょう(セキュリティとして大丈夫なの?という疑問は後述します)。

 この2つの情報は、紙のノートもしくはExcelなどの表計算ファイルに記録しておきます。すべてのID・パスワードを書き出すことになりますから、相当の時間と手間がかかります。紙のノートであれば、自宅の金庫など他人には見られない場所に保存します。

 表計算ファイルであればファイル自体にパスワードをかけ、そのパスワードは紙にメモして家族が探すであろう場所に大事に保存しましょう。もしパスワード管理ソフトを使っているのであれば、パスワード管理ソフトのマスターパスワードを紙にメモして家族に残します。

 すべてのパスワードを記録してセキュリティは大丈夫なの?という疑問があるでしょう。実はこの方法が普段のセキュリティとしてもベターな方法なのです。

普段のパスワード管理として有効。ただし端末とは別保存

 安全対策としてのパスワード管理では「すべて別のパスワードにする」ことが最も重要です。というのはパスワードの使い回しが、もっともよく攻撃される弱点になっているからです。いわゆるパスワードリスト攻撃(リスト型攻撃)です。

 パスワードリスト攻撃とは、犯人が過去に流出したID・パスワードを入手し、その組み合わせを他のネットサービスで試す攻撃のこと。同じパスワードを使い回している人を狙うもので、10年以上続いているもっともメジャーなサイバー攻撃の手法です。

 すべて別のパスワードにすることはとても面倒で手間がかかりますが、絶対に欠かせない対策です。すべて別のパスワードを頭の中だけに記憶することは不可能ですから、何らかの方法で記録しておく必要があります。そこでパスワード管理ソフト、もしくは紙のノートやExcelへの記録が推奨されています。

 つまりこの記録はエンディングノートにもなるわけです。エンディングノートを作るのであれば、自分の普段のセキュリティ対策としても時間をかけてID・パスワード一覧を作っておくといいでしょう(同時にパスワードをすべて別のものに変更する)。

 それでもエンディングノートが盗まれたり、パスワード一覧ファイルが漏えいしたらどうなるの?という疑問も出てきます。しかし、ここでの回答は「リスクを比較して安全性を考えれば一覧ファイルを作るほうがいい」となります。

 盗難や漏えいのリスクはありますが、それと比べて記憶だけに頼ってパスワードを使い回す方が被害に遭う可能性が圧倒的に高いのです。ですから一覧ファイルをセキュリティ対策として、またエンディングノートとして残すのはベターな方法と言えます。

 ただしその保存方法には十分気をつけましょう。持ち歩くのではなく、自宅で家族が探すであろう場所に保存します。そして重要なのはPC・スマホと同じ場所に置かないこと。仮に盗難にあった場合、ID・パスワードと端末を同時に持っていかれて端末ロックが解除された場合、二要素認証を突破されてしまうからです。一覧ファイルは端末とは別の場所に保存し、重要サービスでは必ず二要素認証を設定することが大切です。

現実的な次善の策としては「緊急時の家族用メモ」を作る

 エンディングノートを作るのに手間がかかる、もしくは安全性に不安があるという人は、次善の策として「緊急時の家族用メモ」を作るという方法があります。

 このメモにはPCとスマホのロック解除パスワードを書いておきます。できれば資産一覧も書いておきたいところですが、ID・パスワードまでは記録する必要はありません。

 これでも残された家族は何とか対応できます。PCとスマホを開くことができれば、メールやSMSを読み書きできるはずで、そこから登録しているネットサービスなどにアクセスできるからです。

 家族がPC・スマホが操作できれば、パスワードを忘れた場合のリンクを使ってメール経由でリセットする、スマホのSMSやワンタイムパスワードアプリなどで二要素認証をクリアするなどの対応が可能です。これによって最低限のデジタル遺産、たとえばネット銀行・ネット証券・暗号資産取引所アカウントなどへアクセスできるようになります。

 ただし家族に見られたくないものもあるはず。家族に見られたくない・見せたくないものは、端末内でパスワードをかけておきます。フォルダやドライブごと暗号化したり、スマホアプリの起動にパスワードをかけておきましょう。このパスワードだけは紙で残さず、頭の中に記憶することになります。

葬儀の連絡はSNS・メッセンジャーで。各社が対応を始めている

 最後に葬儀の連絡などに使うであろうSNS・メッセンジャーのアカウント対応です。端末を家族が使えるように準備していれば、そのままスマホから家族が書き込みできます。しかし端末を家族が開けないパターンもあるでしょう。

 そんなときのための対応を各社が始めています。まずFacebookでは「追悼アカウント」というしくみがあります。

・追悼アカウント管理人とは何ですか。また、その人が私のFacebookアカウントにできることは何ですか(Facebook)
https://www.facebook.com/help/1568013990080948

 亡くなった場合のために、生前に誰かを追悼アカウントとして指定しておくものです。追悼アカウントに指定された人は、故人のアカウントに葬儀などの連絡を投稿できるほか、写真の変更も可能になります。

 またiPhoneなどのiOSでは、「デジタルレガシー機能」が2021年12月から追加されました(iOS15.2以降)。亡くなった場合の管理者を指定できるもので、ユーザーの死後、管理者にApple IDアカウントや個人情報へのアクセス権を与えることができます。これにより亡くなった人のデータにアクセスできるので、友人への通知の手助けとなりそうです。

 ここまでデジタル遺産について見てきましたが、いずれも事前準備が欠かせません。自分が死んだ場合のことはあまり考えたくないですが、残された家族のためにもしっかりと準備しておきましょう。現在のセキュリティ対策にもなりますから、自分のアカウント情報はきちんと整理しておきたいものです。

筆者プロフィール:三上洋

東京都世田谷区出身、1965年生まれ。東洋大学社会学部卒業。テレビ番組制作会社を経て、1995年からフリーライター・ITジャーナリストとして活動。専門ジャンルは、セキュリティ、ネット事件、スマートフォン、Ustreamなどのネット動画、携帯料金・クレジットカードポイント。毎週月曜よる9時に、ライブメディア情報番組「UstToday」制作・配信。Ustream配信請負、ネット動画での企業活用のコンサルタントも行う。