2025年6月に施行された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI新法)は、企業のAI活用に新たな枠組みを提示する基本法として注目を集めている。罰則よりも説明責任とリスク管理を重視するこの法整備は、企業にとってAIガバナンスの再構築を迫る契機となる。生成AIの業務活用とガバナンス構築を支援するコンサルティングファームのベルテクス・パートナーズに、AI新法が企業にもたらす影響などについて伺った。

守りと攻めの両輪で
AI活用の体制を築く

ベルテクス・パートナーズ
執行役員 エグゼクティブパートナー
本間優太

 企業における生成AIの活用は、もはや一部の先進企業だけの取り組みではなくなった。業務効率化や新規事業創出など、さまざまな目的で生成AIの導入が進んでいる。その一方で、リスクやルール整備に対する不安も根強く残されている現状がある。こうした状況下で、2025年6月に施行されたAI新法は、企業がAI活用の在り方を見直す契機となっている。

 AI新法の施行に先立ち、総務省と経済産業省が「AI事業者ガイドライン」を公表しており、企業は今後この動向を注視しながら、社内規定や運用体制の見直しを進める必要がある。現時点では、直ちに法的対応が求められるわけではないが、ガイドラインを踏まえた社内整備を早期に進めておくことが、将来的なリスク回避につながる。

 この体制構築に当たっては、“守り”と“攻め”の両面からの視点が欠かせない。守りとは、ガイドラインに準拠したルール整備と、それを実効性のあるものにするガバナンスの構築を指す。AIの活用に当たり、「機密情報は入力しない」「著作物の扱いに注意する」といった基本ルールを定める企業は増えているが、実際の利用状況の把握や出力内容の品質確認、記録の管理まで徹底できている企業は少ない。ベルテクス・パートナーズ 執行役員 エグゼクティブパートナー 本間優太氏は「入力や利用のルールだけではなく、その後のモニタリングまで含めた最低限の仕組みを準備していくことが重要です」と話す。

 一方、攻めとは、単にルールを作るだけではなく、社員がAIを積極的に活用し、成果を出せる仕組みを整えることだ。生成AIは業務だけではなくプライベートでも広く使われており、社員のリテラシー格差が広がっている。こうした状況では、一律のルールや教育では不十分だ。部門や職種に応じた支援策を講じ、段階的に活用を促す体制が求められる。AIを使える人だけが使う状態から、全社的な活用へと広げていく必要があるのだ。「社内にAI環境を整備しても、ツールのバージョンが古かったり、利用に制限が多かったりすると、リテラシーの高い社員が物足りなさを感じ、外部のAIツールを個人で使い始めてしまうケースがあります。こうした“シャドーAI”を防ぐためにも、現場が使いやすく、成果につながる環境を整える“攻め”の仕掛けが必要です」と本間氏は強調する。

説明責任を果たす
AIガバナンスの新基準

 AI活用が広がる中で、企業はAIの使い方そのものに対する説明責任を問われるようになっている。従来の情報管理やセキュリティ対策だけでは、生成AIの特性やリスクに十分対応できない。AI新法は、こうした背景を踏まえ、企業に対して透明性の高い運用を求めている。「AI事業者ガイドラインでは、社内だけではなく、データ提供元や顧客など外部関係者への説明責任が求められています。どのような情報をAIに使っているのか、どのようなポリシーに基づいているのかを明示する必要があります」と本間氏。

 この説明責任は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の信頼性やブランド価値にも直結する。「AIを活用する際には、社内外の関係者に対して、どのような情報を使っているのか、どのようなルールに基づいているのかを説明できる状態にしておくことが重要です。開発ベンダー任せにするのではなく、自社としての方針や仕組みを理解し、必要に応じて説明できる体制を整える必要があります」と本間氏は語る

 社内においても、説明責任の視点は欠かせない。ルールや方針を定めるだけではなく、それを社員にどう伝え、どう理解させるかが問われている。「ルールを作って終わりではなく、部門ごとに説明会を開いたり、活用事例を紹介したりして、社内に浸透させることが大切です。特に、現場の疑問や不安に直接答える場を設けることで、理解が深まり、活用が進みます」と本間氏。

 説明責任は、守りの観点だけではなく、攻めの戦略にもつながる。AI活用の方針や安全性を明示できる企業は、顧客や取引先からの信頼を獲得しやすく、競争優位性にもつながるだろう。

成果を生む仕掛けと
支援のフレームワーク

 AI活用において、ルール整備やリスク管理だけでは成果につながらない。実際に業務で使われ、定着し、価値を生むためには、現場に寄り添った支援が不可欠だ。ベルテクス・パートナーズでは、企業の実態に即した伴走型の支援を展開している。豊富な支援メニューを用意しているが、ここでは次の四つを紹介する。

1. 現状診断:社内でのAIサービス活用状況や、社員のAIスキル・リテラシーレベルを可視化。今後の対策を講じる上で、まずは現状を正しく把握することが重要となる。

2. ガバナンス運用の設計:ガイドラインを社内にどう適用させていくか、企業の実態に合わせた最適なルール作りを支援する。

3. リテラシー研修・ワークショップ:社内でAIを推進できる人材を育成するため、スキル向上とルール浸透を目的とした研修を実施する。ただルールを作るだけではなく、部門ごとに説明会を開いたり、AIの活用方法を促したりすることで、社員への浸透を図る。

4. 活用検討・ユースケースのトライアル支援:実際に業務の中でAIを活用していくための支援を行う。部門別や業務種別ごとに、AI活用が可能なユースケースの具体化を支援し、実際に社内で活用できる状態にまで持っていく。

 これらの支援は、単なる導入支援にとどまらず、継続的な活用と成果創出を見据えた設計となっている。企業の現場に寄り添いながら、AI活用の定着と進化を支える仕掛けが求められているのだ。「営業部門や管理部門など、業務別に生成AIの活用を検討し、トライアルを通じて精度や実用性を評価します。その結果を基に、業務に定着させる支援を行っています。導入して終わりではなく、使い続けられる仕組みづくりが重要です」(本間氏)

 AI導入を成功させるには、「まず『クイックウィン』、つまりすぐに成果が出る取り組みから始めることが重要です」と本間氏はアドバイスする。小さな成功事例を作り、それを社内で発信することで、他部門や社員を巻き込んでいくことが大切だという。

 最後に、本間氏は「AI新法は、企業が安心してAIを使える土壌を整えるためのものです。この法律を契機に、各企業がガイドラインを単に遵守するだけではなく、それを活用して成果を生み出していくというスタンスが求められるでしょう。AI活用によって、新たな挑戦や変革が加速することを期待しています」と語った。