Satellite communications broadband
災害時でも高速・低遅延な通信を実現
迅速なエリア復旧に貢献

昨今、日本では大地震や大型台風、ゲリラ豪雨などの自然災害が頻発しており、甚大な被害を引き起こしている。そうした災害時における重要なライフラインが通信インフラだ。110番/119番通報といったSOS発信をはじめ、安否確認や災害情報の収集などに通信は欠かせない。災害時という緊急を要する事態だからこそ、途絶えることのない通信が求められる。そこで注目されているのが、航空宇宙メーカーのスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)が手掛ける衛星ブロードバンドサービス「Starlink」だ。スペースXとStarlinkに関する契約を締結し、Starlinkの提供を行うKDDIに災害時におけるStarlinkの有用性を聞いた。

電波の遅延が少ない
低軌道上を飛ぶ衛星

KDDI
川瀬俊哉

 Starlinkは、米国の航空宇宙メーカーであるスペースXが展開する衛星ブロードバンドサービスだ。そもそもStarlinkとはどういったものなのか。

 これまでの衛星通信の仕組みとの違いについて、KDDI コア技術統括本部 エンジニアリング推進本部 エンジニアリング企画部 エキスパート 川瀬俊哉氏は次のように説明する。「一般的な衛星通信は、赤道上空の約3万6,000キロメートルに衛星を打ち上げます。この軌道に衛星を打ち上げると、地球の自転と同じ周期で公転するため、地上からは衛星が静止しているように観測できます。これを『静止衛星』と呼びます。一方、Starlinkは高度約550キロメートルの低軌道上を飛ぶ『低軌道衛星』です。静止衛星に比べて地上に近いため、通信に用いる電波の遅延が少なく、高速通信を実現できることが特長です」

 Starlinkは、多数の人工衛星を軌道上に配置して一体的に運用する「衛星コンステレーション」という技術が活用されている。低い軌道上に、人工衛星を数百から数千基と打ち上げて、地球全体をカバーするように連携させることで、世界中に通信サービスを提供できる。なお、スペースXによると、Starlinkは、2022年時点で3,000基以上が運用されており、最終的には地球全体をカバーする計画だ。

 Starlinkから発信された電波は、地上側に設置した専用のアンテナで受信する。回線の敷設が不要で、アンテナを設置するだけでインターネット通信ができる仕組みになっている。

被災地の通信復旧の現場を変える
避難者に安定した通信環境を届ける

被災地で使用されている車載型基地局。

 Starlinkの低遅延・高速通信といった特長は、災害時において大いに有効だという。KDDIでは、Starlinkをバックホール回線として利用する車載型移動基地局と可搬型基地局の運用を進めている。バックホール回線とは、移動通信ネットワークにおける多数の無線基地局と最寄りの拠点施設との間を高速大容量な情報伝送でサポートする中継回線のことを指す。2024年1月1日に発生した能登半島地震のエリア復旧においても車載型移動基地局と可搬型基地局が活用された。

 車載型移動基地局は、災害時に基地局の倒壊や停電などで、携帯電話サービスが提供できなくなった場所に派遣され、臨時でサービスを提供する。車載型だけでなく、通常の乗用車に搭載して運べる可搬型基地局も用意する。「地震や台風などによる自然災害が発生した際に、通信の圏外地域に対して本基地局を展開することで、迅速に通信の復旧が可能です。また、これまで被災地で暫定的に復旧した基地局では、安否確認や110番/119番通報など、必要最低限の通信にとどまっていました。Starlinkを使うことで、動画を視聴できるくらいの大容量通信が可能になるので、避難生活の中でもより多くの情報が得られるようになります」と川瀬氏はアピールする。

 KDDIでは、2011年の東日本大震災以降、さまざまな災害を想定し、陸路が絶たれた場合に海上から電波を発信する「船舶型基地局」や、山間部の孤立地域における通信を可能とする「ヘリコプター基地局」、浸水被害が広く発生したエリアなどにおける復旧要員と機材の運搬を可能とする「水陸両用車・四輪バギー」といったさまざまな災害対策機材の導入・検討を進めてきたという。Starlinkを活用した基地局によって、被災者に安定した通信環境を提供していく。

基地局と設置したStarlink。人工衛星との通信に専用のアンテナを使用する。Starlinkの通信を速く・安定させるためには、アンテナを設置する場所の周囲に電波を妨げる障害物がないことが重要だ。
災害時のエリア復旧に用いる船舶型基地局。土砂崩れによる道路の寸断など、車載型基地局では応急復旧まで時間を要する場合に活用できる。

通信環境がないエリアでも使用可能
BCP対策にも生かせる

 KDDIではStarlinkをそのままインターネットアクセス回線として利用できる法人向けサービス「Starlink Business」を提供している。

 Starlinkは衛星通信によりインターネット接続を実現するため、通信環境がないエリアでも使用可能だ。Starlinkの対応エリアは日本のほぼ全域であり、離島のような場所でも問題なく使える。Starlinkの導入によって、山間部の事業所でもインターネットを安定して利用できるほか、災害時のバックアップ回線としてBCP(事業継続計画)にも生かせる。通信途絶が起こりにくいため、企業のインターネット業務をより効率化でき、万が一のときの事業継続性も高められるだろう。「能登半島地震では、避難所や孤立集落への設置のほか、電力・CATV・運輸・建設といった災害対応機関への支援、教育機関(小中高校)におけるオンライン授業にも活用いただきました」(川瀬氏)

 Starlink Businessは、事前登録した地点にStarlinkキットを設置して利用する「ビジネス固定プラン」、国内の任意の場所にStarlinkキットを設置して利用する「ビジネス移設プラン」、一つの衛星通信回線に2台のStarlinkキットを接続して利用する「ビジネス移設シェアリングプラン」、船内の任意の場所にStarlinkキットを設置して利用する「マリタイムプラン」などさまざまなプランを用意する。また、データ容量超過後も従量で高速データを利用できる「重量データプラン」をオプションで選べるなど、ユーザーの多岐にわたる要望に応える。

 2024年7月からは、ダイワボウ情報システム(DIS)においてもStarlink Businessの提供を開始した。「お客さまの課題解決のために、Starlink Businessのサービスをお届けする方法の一つとして、今後も販売パートナーを拡大していきます」と川瀬氏は意気込む。

 Starlinkは今後もさまざまな進化を続けていく。2024年1月には、スペースXによって衛星とスマートフォンの直接通信サービスを可能とするStarlinkの最新鋭衛星6機が初めて打ち上げられ、軌道上に展開された。KDDIとスペースXは、Starlinkとau通信網を活用することで、auスマートフォンが衛星と直接つながり、空が見える状況であれば圏外エリアでも通信ができるサービスを2024年内に提供開始予定だ。

 災害時という緊急時の活用も含め、KDDIでは、Starlinkでいつでも安定してつながる通信環境の提供を継続していく。

Disaster prevention DX
官と民が共創で進める防災DXに向けた取り組み

災害の激甚化・頻発化が進む中、防災分野においてもDXが求められている。その防災DX実現に向けて、官と民が手を取り合い、さまざまな取り組みを進めている。本記事ではデジタル庁の防災DXの取り組みを紹介するとともに、デジタル庁と連携して民主導で防災DXを進める「防災DX官民共創協議会」の能登半島地震への支援を紹介していこう。

ワンスオンリーを実現する
防災分野のデータ連携基盤

 デジタル庁の防災班では、「情報」をデジタル技術の活用によって共有するための環境整備を進めている。「災害時の情報は非常に大切です。この情報には二つの側面があります。一つは、国や地方公共団体、指定公共機関などが災害情報を共有して、全体最適な災害対応を実行すること。もう一つは、住民が平時から災害への備えを徹底し、災害時に命を守る行動を取れるなど、個人の状況に応じたきめ細かな支援を受けられるよう、必要な情報が活用できることです。デジタル庁の国民向けサービスグループ防災班では、後者を主眼として、関係省庁や主要自治体、民間企業と連携を図りながら、住民支援のための防災アプリの開発や利活用の促進、そしてこれを支えるデータ連携基盤の構築などの取り組みを進めています」と語るのは、デジタル庁 国民向けサービスグループ 防災班 中村大輔氏。そうした取り組みとして、デジタル庁は現在四つの柱で防災分野におけるDXを推進している。

デジタル庁
中村大輔

 一つ目は、防災分野の「データ連携基盤」の構築だ。災害時に住民が取るべき行動を支援する防災アプリやサービスは、すでに民間企業から多数リリースされている。その一方で、それらのアプリやサービスは独立しており、それぞれのデータ連携は成されていない。例えばこれまでは、防災教育を行うアプリと、災害切迫時に住民の所在を確認するアプリ、災害発生後に避難所を管理するサービスなどはそれぞれが独立しており、災害時に的確な支援が受けられるとは言い難かった。データ連携基盤を構築することで、防災アプリなどにおいて気象情報やライフラインの情報といったさまざまなデータを連携できるだけでなく、ワンスオンリー(基本4情報などの再入力をフリーにするなどして申請の手間を省く)を実現し、個々の住民が災害時に的確な支援を受けられるようにしていく。2024年度には、ワンスオンリーの実現・検証を目的としてデータ連携基盤のプロトタイプを構築して実証を行っていく。

避難者支援業務を高度化する
デジタル技術を活用した災害対応

 二つ目は、自治体における防災アプリやサービス調達の迅速化・円滑化だ。中村氏は「民間企業がリリースしている防災アプリやサービスには優れたものが多くあります。しかしながら自治体の担当者の中には、デジタルに対して苦手意識があるケースもあるでしょう。そうした方にとっても、アプリやサービスを迅速に検索し、円滑に調達できるような環境を整備しています。具体的には『防災DXサービスマップ・サービスカタログ』を2023年3月からWebサイトで公開しています。すでに各自治体で導入されている防災アプリやサービスを災害のフェーズごとに整理しており、自治体の担当者が目的のアプリやサービスを探しやすくしています。現在約190のサービスが掲載されており、毎年更新を行っています。さらに、災害時に自治体の方の負担が大きい『避難所運営システム』については、標準的な要件や機能などを整理したモデル仕様書を作成・公開しました」と中村氏。これらの取り組みで、各自治体が必要とするサービスを迅速かつ円滑に調達できる環境構築を進めている。

 三つ目は、デジタル技術を用いた災害対応の高度化に関する実証実験だ。2022年12月に福岡市、2023年1月に神戸市、同年2月に新潟市で行われた実証実験では、避難者に専用アプリをインストールしてもらい、避難所への入所登録や健康報告、報告書作成といった避難者支援業務の効率化について検証を行った。また2023年10月と2024年2月には、神奈川県の協力を得て、広域災害を想定し、マイナンバーカードを活用した避難者支援業務の実証実験を行っている。実証実験において、手書きによる受付業務と、マイナンバーカードを活用した受付業務の比較を行ったところ、マイナンバーカードによる入所手続きでは手書きに比べて、約9割の時間の削減が実現できたという。

 四つ目は「防災DX官民共創協議会」と連携した防災DX施策の展開だ。デジタル庁の声掛けによって、民間事業者や自治体などで構成される防災DX官民共創協議会が、2022年12月に発足した。発足当時は会員248者だった本協議会は、2024年7月5日時点で457者にまで拡大し、防災DXの実現に向けた議論を進めている。

 この防災DX官民共創協議会における防災DXへの取り組みの大きなポイントは、民が主体となった「官民連携」にある。中村氏は「防災DX官民共創協議会では、民主導で防災DXの推進に向けて取り組んでいます。そして、冒頭に述べたデータ連携基盤を構築する上では、それを実際に使っていただく事業者や自治体の意見が不可欠です。デジタル庁は本協議会と連携しながら、データ連携基盤の構築を始めとした防災DXの施策を進めてまいります」と語る。

能登半島地震への対応から見る
防災DX官民共創協議会の取り組み

防災DX官民共創協議会
臼田裕一郎

 防災DX官民共創協議会(以下、BDX)では以下の四つのミッションに基づき、防災DXに向けた検討を進めている。

❶課題特定
防災DXの定義や課題を整理し、官民・民民共創による解決の方向性を導出する。

❷基盤形成
防災DXの実現に不可欠な「データ連携基盤」の在り方を、上記の課題特定に基づき官民共創で検討し、その構築に向けて必要な施策を住民・自治体の目線から提言する。

❸市場形成
防災DXの実現に資するアプリケーション・サービスの開発・流通を促進し、そのエコシステム・市場を官民で共創する。

❹災害対応
国内における災害発生においては、課題特定、基盤形成および市場形成を目的として、協議会会員の有志による活動を軸として、多方面の関係者との協業により具体的な災害対応を行う。

 例えば平時では、自治体に向けてアンケートを取り、防災DXを阻む要素について、技術的な視点以外も含めた課題の洗い出しを行っている。また、基盤形成に向けてデジタル庁が検討したアーキテクチャとデータ連携基盤の要件などを、デジタル庁と連携してブラッシュアップしたり、具体化に向けて提言したりしている。企業目線に立った、使える「データ連携基盤」構築に向けた検討を進めているのだ。

 災害対応では、2024年1月1日に発生した能登半島地震において、石川県庁5階にBDXの現地拠点を設置し、常駐による現地活動支援を行った。具体的には、被災者支援の3ステップを提案し「避難所情報統合システムの構築支援」や「Suicaを活用した避難者動向の把握支援」「被災者訪問アセスメントのオンライン化支援」「被災者データベースの構築支援」といった取り組みによって、能登半島地震の被災者支援をサポートした。

 中でも注目を集めたのが、Suicaを活用した避難者動向の把握支援だろう。石川県からの要請を受け、デジタル庁とBDXはJR東日本の協力を得て、Suicaを活用した避難者情報を把握するためのソリューションを提案した。BDXの理事長を務める臼田裕一郎氏は「2024年2月7日から避難者にSuicaの配布を行っています。避難者は、Suicaを受け取った際に氏名や連絡先といった情報を記入し、それをデータベースに登録します。避難者は避難所を利用する際に、設置されたリーダーにSuicaをかざすことで、各避難所の利用状況を自治体側が把握できる仕組みです。7月8日時点で1万4,098枚のSuicaが配布されており、入浴施設の無料入浴支援における入浴用カードとしても運用されています」と語る。石川県からは、無料入浴支援にSuicaを活用できたことで、被災者の受付表への記載が不要になった点や、行政の請求額確認のプロセスが簡略化された点など、負担軽減につながっているという声があった。Suicaによる把握ができていない被災者に関しては、LINEやコールセンターを活用したり、全住民を対象とした一律給付金の受付をしたりすることで、デジタルで把握できない人を絞り込んで対応に努めているという。

 また、BDXでは県や市町村の各種名簿や、Suicaによる避難者動向情報、被災者訪問アセスメント情報などを集約・統合管理する被災者データベースの構築を支援しており、現在機能改善しつつ運用を進めている。

 デジタル庁では、能登半島地震で運用したこのSuicaによる避難者情報の把握を、今後はマイナンバーカードで行えるようにすべく、整備を進めている。マイナンバーカードの携行率を向上することに加え、マイナンバーカードの情報を読み取るリーダーの整備や、カードを保有していない被災者に対する予備的カードの準備を行うことで、今後の来るべき災害に向けた防災DXを推進していく。