毎年7〜9月にかけて各地で豪雨や台風による災害が多発している。特に今年は年初に能登半島で大地震が発生し、現地に甚大な被害をもたらすなど災害への危機意識が高まっている。それに伴い企業や自治体では、防災・減災・災害への対応でITを活用するケースも増え始めているようだ。そこで本特集では、最新の防災・災害情報DXの実情を知りつつ、災害対応とビジネスの双方の効果を向上させるITの活用方法について探っていく。

Disaster preparedness solution
NTT東日本の一斉配信サービスとAWSを組み合わせて「声」を使う業務のDXを支援する
〜陸前高田市の防災・減災対策での活用事例〜

岩手県陸前高田市は市の職員および住民に向けて自動音声一斉配信システム「シン・オートコール」をNTT東日本より導入している。災害時の住民への安否確認や状況把握に活用することが目的だ。シン・オートコールは従来の電話とクラウドやAIといった最新テクノロジーを組み合わせて開発されたサービスで、市職員と住民の両者の利用実態に合わせることで効果を高めている。また災害以外のさまざまな用途でも活用でき、民間へのビジネスの広がりも期待できる。

一人ひとりに電話をかけて安否確認
はい、いいえで回答して状況を可視化

 陸前高田市はNTT東日本より導入した自動音声一斉配信システム「シン・オートコール」を利用して、災害時の住民一人ひとりの安否確認や状況把握を効率化する仕組みを構築した。

NTT東日本のビジネス開発本部 特殊局で局長補佐(クラウド・電話技術)を務める鈴木 巧氏は、グループ会社のNTT DXパートナーでシニアインベンター(インベンターとは発明家という意味)として自身が発明したビジネスモデルを、顧客やユーザーの意見を取り入れながら製品化している。黒電話は1950年に誕生した「4号自動式卓上電話機」で、テクノロジーが進化しても電話による音声コミュニケーションの変わらぬ重要な役割と、当時のものづくりに敬意を込めて鈴木氏が大切に保管している。

 災害時に災害情報等が発令されると、市職員はシステムを使ってあらかじめ登録されている名簿に従って住民の固定電話およびスマートフォンの電話番号に自動で一斉架電する。そして電話を受けた住民にシステムが音声で「避難できますか」と問いかけ、住民は「はい」または「いいえ」で回答する。さらに「どこに避難しますか。10秒以内でお答えください」という質問が続き、住民は普段の会話と同様に、例えば「自宅は無事なので、自宅の2階で様子を見ようと思います」と自由回答する。

 住民の声による回答はAIが認識して自動的に集計され、自由回答の内容はテキストに変換して記録され、音声も保存される。回答は地域ごとなどに整理されて現状を可視化し、「いいえ(避難できない)」や「痛い」「ケガをした」といったあらかじめ設定したリスクのあるキーワードを含む回答に対してアラートマークを表示し、防災関係者と連携して対応を講じる。

 ちなみに陸前高田市の言葉には訛りがあり、AIが発話された言葉の意味を正しく認識できず、そこから生成されたテキストが間違ってしまうケースがある。その際は録音データを再生してテキストを編集して修正できる。

 この課題については生成AIを活用した対策が検討中であり、訛りを含む発話をいったんテキストに変換し、そのテキストから訛りを認識して標準語に自動的に変換して正しい意味のテキストを生成する仕組みが試作されている。

シン・オートコールで2件の特許を取得
災害対策に限らず広く活用できる

 シン・オートコールを利用した陸前高田市の安否確認および状況把握の仕組みは、すでにありそうなサービスだと思われることだろう。ところが電話での通話、特に「声」でのやりとりを主体に、総合的にシステム化されたサービスはほかに例がない。

 その証拠にシン・オートコールは、同サービスを開発したNTT東日本のビジネス開発本部で特殊局の局長補佐(クラウド・電話技術)を務める鈴木 巧氏を発明者として、NTT東日本が特許を取得(第7419472号および第7438447号)している。

 実はシン・オートコールは災害用途専用のサービスではなく、電話を用いたコミュニケーションに関するさまざまな用途で活用できる。そもそもシン・オートコールは電話という伝統的なコミュニケーションにクラウドやAIといった最新のテクノロジーを組み合わせることで、電話の新たな用途が創出できるという鈴木氏の着想から生まれた。そしてNTT東日本が持つ電話に関するノウハウとAWS(Amazon Web Services)のサービスを組み合わせて鈴木氏が自身で開発した。

 鈴木氏が全国の自治体を訪問して電話を使った音声コミュニケーションに関する課題をヒアリングする中で、陸前高田市の災害対策の課題から防災用途としてシン・オートコールが利用されることになった。

 陸前高田市では防災無線を通じて住民に情報発信しているが、山間部の住民や雨天時に聞き取れない、一斉同報で発信された情報だと自分に関係あるのか分からないなどの理由により、問い合わせ電話への対応が生じるという課題があった。

 高齢者宅には戸別受信機を設置して情報を発信する方法もあるが、これを全戸に設置するためには多くの予算を必要とする。住民の一人ひとりに連絡をする良い手段はないかとNTT東日本に相談したことをきっかけに、シン・オートコールが誕生した。

他社サービスとの連携で新たなビジネスも
知財を活用した他社の独自サービスに期待

 陸前高田市以外の自治体にも導入および導入の検討が広がっている。岩手県岩手町では要支援者・支援者への情報伝達・共有の仕組みとして2024年度運用開始予定、北海道今金町では高齢者などのみまもりシステムとして、東京都調布市では特殊詐欺対策システムとして、いずれも2024年度導入予定となっている。ちなみに岩手町と今金町では「デジタル田園都市国家構想交付金」が活用されている。

 災害以外の用途にも活用できる。例えば特殊詐欺が発生した際に警察署が金融機関に対して注意喚起する仕組みとして利用されている事例がある。特殊詐欺が発生するとシン・オートコールを利用して管轄内の金融機関に高額の現金の引き出しに注意するよう要請する電話を自動的に架電する。電話を受けた金融機関が応答するまで一定回数、自動で架電が続けられるという。

 また他社サービスと連携したビジネスにも広がっている。例えば日新システムズが提供する在宅高齢者向け支援サービス「L1m-net(エルワンネット)」とシン・オートコールを連携させて、平時はみまもり・健康確認などに、有事の際は災害情報を住民に知らせ、住民は避難の可否を自治体や支援者に伝えるサービスの提供が検討されている。

 鈴木氏は「シン・オートコールの特許を活用し、私の取り組みの理念に賛同いただける事業者の皆さまが独自のサービスを構築し、さまざまなビジネスが展開されることを目指していきたいと考えています。官民問わず、業務には音声によるコミュニケーションが必ずあり、その部分のDXが難しいという課題があります。そうした課題の解決にシン・オートコールを活用して、自治体や企業のDXを支援するビジネスを幅広く展開できると思います」とアピールする。

Disaster assistance program
被災した当事者と支援者が語る
災害支援で見えたIT活用の重要性

2015年9月に茨城県常総市で発生した洪水水害、2016年4月に熊本県と大分県を中心とする九州地方で発生した熊本地震、2021年7月に静岡県熱海市で発生した土砂災害など、これまでさまざまな被災地への支援に取り組んできたサイボウズ。その活動は、2024年1月に発生した能登半島地震においても、大きく貢献している。能登半島地震から半年がたった今、改めて当時の状況を振り返り、災害支援に必要なことや見えてきた課題などを伺った。

パートナー企業と共に取り組む
被災地におけるIT⽀援

 サイボウズでは、国内外を問わずさまざまな災害が発⽣した際、被災地におけるIT⽀援を⾏っている。2020年には「災害支援プログラム」を開設し、パートナー企業と共に総合的な災害支援に取り組んでいる。

 災害支援プログラムは、災害復旧や復興活動のために、サイボウズの全てのクラウドサービスを約半年間にわたり無償で使用できる「災害支援ライセンス」、約20社のパートナーと連携して各社のサービスや構築支援を提供する「災害支援パートナー」、被災地に対してシステム構築やIT機器の手配、遠隔地からリモートでIT支援を行う「災害支援チーム」の三つで構成されている。災害支援チームには、サイボウズの社員約40名(2024年3月時点)が所属しているという。新たな年を迎えた2024年元日に石川県の能登半島を襲った地震においても、政府・自治体・⺠間の支援者からの要請を受け、災害支援プログラムによる支援が実施された。

(左)サイボウズ
柴田哲史
(右)サイボウズ
野水克也

 能登半島地震は、最大震度7(マグニチュード7.6)を観測し、内閣府が公表した「令和6年能登半島地震による被害状況等について」によると、2024年7月1日時点で8県1府(石川県/新潟県/富山県/福井県/長野県/岐阜県/愛知県/兵庫県/大阪府)に人的被害数1,610名、住家被害数12万7,334棟という甚大な被害をもたらした。

 奥能登に在住しているサイボウズ ソーシャルデザインラボ フェロー 災害支援チームの野水克也氏も大きな揺れに襲われ、自宅が全壊するなど著しい被害を受けた。「今まで災害支援はたくさん行ってきましたが、自分が被災するという経験は初めてでした」と野水氏は語る。

 野水氏は自ら被災しながらも、災害支援チームのメンバーとして現地での民間支援に取り組んでいる。一方、サイボウズ ソーシャルデザインラボ 災害支援チームでリーダーを務める柴田哲史氏は、発災後から政府が指揮する災害対策本部に入り、災害支援を進めている。被災した当事者である野水氏と復興支援に当たる柴田氏の両者の立場から、能登半島地震を時系列で振り返り、震災の実態や災害支援に必要なことを探っていく。

生活インフラが全滅
道路の寸断で陸の孤島に

 2024年1月1日16時10分、本震が発生する。1秒間に2メートル近い横揺れが1分間にわたって続いた。

【震災当日】

■野水氏
・奥能登の自邸に在宅
・大きく揺れた後、家屋が全壊
 水道:2分後にはすでに断水
 電気:地震と同時に停電
 通信:通信キャリアによって「即時不通」「通話のみ半日」「通話のみそこそこ⻑い間OK」などさまざま
 下水道:多くの地域で使用不能

■柴田氏
・新潟にある実家に帰省中、震度5弱の揺れを体感
・テレビやインターネットで被災地の様子を知る
・被災状況の情報収集を開始

「揺れが収まった後に外に出ると、近隣の家屋が倒壊したり、鉄筋コンクリート造りの病院の1階部分がつぶれたりするなど惨憺たる光景が広がっており、被害の大きさに驚きました。電柱の倒壊や山崩れなどによって道路は寸断し、完全に陸の孤島となりました。当然、水や電気も止まっていました」と野水氏は振り返る。避難所として公民館が指定されていたが、本来設営に当たる職員が道路の寸断によってたどり着けなかったため、住民同士で助け合って設営し、夜を明かした。

【震災後2日目】

■野水氏
・道路の寸断による物資不足
・通信が遮断され、被害状況の把握も困難
・自治体職員も被災し、避難所設営の担当者は不在

■柴田氏
・被災状況の情報収集を継続

「道路の寸断によって物資が不足していました。食料や水は住⺠同士で持ち寄ることで何とか補えましたが、医薬品や粉ミルクなどがないことが問題となりました。また、通信が遮断されたため連絡は取れず、被害状況なども把握できない状況でした」(野水氏)

1階部分がつぶれてしまった鉄筋コンクリート造りの病院。
辺り一面はがれきの山となってしまった。

kintoneを活用して
被災地の状況把握を迅速に進める

【震災後3日目】

■野水氏
・金沢市に一時的に避難
・被災地は水と食料が不足
・ほくりくみらい基金で緊急助成基金を立ち上げ

■柴田氏
・内閣府特命担当の自見大臣から電話
・⻄垣副知事との電話

 3日目になると、金沢方面から自衛隊の車両が来るようになったが、通れる道路は10分の1もなく、住民の安否確認すらできていない集落も多かった。食料や水が不足し始める危機的な状況になり、野水氏は、実家のある金沢市へ7時間ほどかけて一時的に避難をした。民間支援に向けた動きも始め、野水氏が所属する「ほくりくみらい基金」では、被災地で支援活動を行うNPOなどの団体を応援するための基金を募る「令和6年能登半島地震 災害支援基金」を立ち上げ、話し合いなどが進められた。

 一方、柴田氏は内閣府特命担当大臣の自見はなこ氏から「石川県庁へ行ってほしい」という依頼の電話を受けた。「自見氏とは、2020年の新型コロナウイルス感染対策でIT支援を行ったことをきっかけに面識を持ちました。クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』で新型コロナウイルスの集団感染が発生した際に、神奈川県の現地対策本部に行き、感染者の入院先などの情報をサイボウズのノーコードツール『kintone』で管理するシステムの開発支援をしました。当時、厚生労働政務官だった自見氏は、その時のIT活用に注目していたのだと思います。石川県副知事の⻄垣淳子氏との電話で、避難所や孤立集落を可視化したいという要望を受け、IT支援を行うべく石川県に向かいました」(柴田氏)

野水氏の自宅周辺の様子。周りの家は全壊してしまっている。
主要道路は山崩れによって封鎖されてしまった。

【震災後4日目】

■野水氏
・リモート勤務でサイボウズの業務を開始
・社内に状況報告
・避難者の情報収集を本格化

■柴田氏
・石川県災害対策本部に到着
・災害対策本部が抱える問題を把握

 石川県災害対策本部に入った柴田氏は、自主避難所や孤立集落の状況に関する情報収集ができていないといった問題を把握する。「石川県が事前に備えていた災害発生時の情報収集手段は、市や町の自治体職員がシステムに情報を登録する必要のある設計でした。しかし、情報を登録する職員が被災していたため、システムが活用できていませんでした。そこで、サイボウズから、過去の災害で使用した情報収集用のkintoneアプリなどを提案し、⻄垣氏や自衛隊のリーダーとの協議によってkintoneの活用が決まりました」(柴田氏)

【震災後5日目】

■野水氏
・早期のインフラ復旧は見込めない状況(水道の復旧は当分不可能/災害物資が避難所まで届かない/宿泊やトイレなどの問題でボランティアの支援者が現地に入れない)
・⺠間有志グループ(支援有志/移住者ネットワーク)で定期的にWeb会議を行い情報共有

■柴田氏(災害対策本部)
・能登半島地震に対する緊急支援方針の策定
 1.情報収集:避難所、孤立集落などの可視化
 2.緊急対応:必要なIT機器の調達やセッティング
 3.情報連携:災害対策本部、自衛隊、警察、消防、医療福祉関係者との連携

 災害対策本部では、能登半島地震に対する緊急支援方針を策定し、取り組みの内容を明確化した。「方針の策定に加え、サイボウズ災害支援プログラムの一環として、自衛隊が活用する機器(スマホ&タブレット)を手配したり、情報収集用のアプリを作成したりするなどの準備を進めました」(柴田氏)

 このアプリは、現地入りした自衛隊が音声や写真を用いて情報を発信できるスマホ用のトランシーバーアプリ「Buddycom」で飛び交う情報をkintoneに格納し、「カンタンマップ」を用いて集約した情報を地図形式で示すものである。

 自衛隊が発見した孤立集落や避難所の場所、話した内容や撮影した写真などを全て記録することで、被災地の状況把握を迅速に進められる。

【震災後6日目】

■野水氏
・サイボウズ災害支援プログラムの本格稼働

■柴田氏(災害対策本部)
・支援に使う機器の設定
・アプリの利用方法をレクチャー

 野水氏は、サイボウズ災害支援プログラムの参加パートナーに向け支援依頼を開始し、kintoneを用いて、パートナーと支援依頼のマッチングができるように準備した。一方、柴田氏は、自衛隊が支援に使うスマホやタブレットのセットアップを行い、実際に巡回する隊員に向けてアプリの利用方法をレクチャーした。

【震災後7〜9日目(1週間前後)】

■野水氏
・ほくりくみらい基金の助成を採択開始
・⺠間支援団体とのミーティングを開始(ほぼ毎日)

■柴田氏(災害対策本部)
・自衛隊との連携システムが稼働開始
・kintoneでの情報集約と見える化

 自衛隊がデバイスを持って現場に赴き、孤立集落/避難所/必要な物資などの情報をどんどん登録していった。これにより、今まで把握できていなかった自主避難所の場所や避難者がいる地域、被災者から求められている物資の情報といったさまざまな情報がアプリを通して可視化できるようになった。

スピードと柔軟性を重視したシステムで
被災地で求められるニーズに応える

カンタンマップで作成された避難所マップの画面。現地入りした自衛隊が音声や写真を用いて発信した情報が地図上に記録されていく。

 2週間、3週間、1.5カ月と月日がたつにつれて、現地のニーズや災害支援の状況は刻一刻と変わっていく。「2次避難所」として位置付けられているホテル、病院、福祉施設などの生活や介護の環境が整った施設に移るまでの間、一時的に被災者を受け入れる施設である「1.5次避難所」の問題も浮上した。「2次避難所での介護スタッフの手配などが困難となり、要支援者の受け入れができず、1.5次避難所での滞在期間が長引く人が増加していました。この問題を解決するため、厚生労働省や石川県健康福祉部と連携したり、kintoneアプリでスタッフの派遣調整&チェックイン管理ができるシステムを構築したりするなど、要支援者への支援強化を目的とした『1.5次避難所 介護支援プロジェクト』を開始しました」(柴田氏)

 今後も能登半島地震での被災者に向けた支援は続いていくが、震災後から現在までの災害支援を通して課題も多くあったという。「災害向けに設計されたシステムであっても、被災地の現場で使用することを想定していないケースは多々あります。災害時のシステム構築は、平時のシステム構築とは大きく異なり、要求や要件、仕様は次々と変わります。たくさんの考慮を入れた完璧なシステムよりも、スピードと柔軟性を重視したシステム開発が必要です」と野水氏は話す。

災害時の運営支援システムの画面。災害支援現場で必要な全ての情報をkintoneで共有できる。どこからでも情報にアクセス可能だ。
kintoneで作成したアプリの画面。必要な物資の情報を登録できる。入力項目を簡易的にすることで、時間をかけずに即座に対応が行える。

「現地では、アナログでの情報共有が多く、紙の情報をExcelに転記するだけで1日が終わってしまったという状況も見受けられました。また、避難者名簿のフォーマットが各自治体によって異なり、データの統合にかなりの苦労を強いられました。これらの問題を解消するためにはITの力が必要です。ITを活用し、余計な作業を省力化することで、被災者への対応に注力する時間を増やせるでしょう。また、自治体において現場のITリテラシー向上のため、平時からITツールに慣れておくことも大切です」と柴田氏は語った。