いますぐ読みたい「働き方ブック」レビュー - 第9回
決定的なソリューションを5日間で誕生させた方法がこれ
『SPRINT 最速仕事術 あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法』ジェイク・ナップ他・著
Googleから生まれ、ブルーボトルコーヒーやスラックを躍進させた最速の方法論。濃密な5日間のディスカッションでソリューションのプロトタイプを作り出す。あなたの会社も精鋭のスケジュールを5日間空けて試してみる?
文/成田全
より多くのことを、より速く成し遂げる「スプリント」
インターネット上での決済サービス「PayPal」のもとになった会社を設立し、その後は世界をリードする電気自動車メーカー「テスラ」や、人類を火星に送り込むことを目標とするロケット製造会社「スペースX」などを経営する起業家イーロン・マスク。先日、彼がテスラの従業員へ送ったメールが公開され、話題となった。
このメールには「テスラ内部でのコミュニケーションについて」(Communication Within Tesla)というサブジェクトがついていた。これまで一般的であった指揮系統である、問題提起などをする際に下から上へ話を持って行って、その上の上司が別の部署に話をしたりして、何かしら決定すると上から下へまた同じルートで戻ってくることを、イーロン・マスクは「信じられないくらい頭の悪いやり方だ」(This is incredibly dumb)と断罪している。
テスラでは最速で問題が解決できる相手に直接コンタクトすることが好ましく、それは他部署の人であろうと、私(イーロン・マスク)であろうと構わない、それには誰の許可もいらないし、さらには物事が正しい方向へ進むまで義務があると認識せよ、としている。そして小さな会社であるテスラが巨大な自動車メーカーと渡り合うには「知性と機敏さ」(intelligence and agility)をもって当たらねばならない、とあった。
組織のフラット化が進んでおらず、上意下達のピラミッド型組織で、意思決定が遅い……あなたの会社がもしそうなら、「知性と機敏さ」によってより多くのことを、より速く成し遂げるワークショップ「スプリント」について解説している『SPRINT 最速仕事術 あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法』(ジェイク・ナップ、ジョン・ゼラツキー、ブレイデン・コウィッツ著、櫻井祐子訳/ダイヤモンド社)のメソッドを取り入れてみることを勧めたい。
たった“5日間”で大きな成果を上げる
本書の原題には「たった5日間で大きな問題を解決し、新しいアイデアをテストするには」(How to Solve Big Problems and Test New Ideas in Just Five Days)という副題が付いている。その通り、月曜から金曜のたった5日間の作業で、プロジェクトの方向性を決め、成功に導くのが「スプリント」なのだ。
スプリントはグーグルのChrome、グーグルサーチ、Gmailなどのプロジェクトで使われ、さらにグーグルが有望なスタートアップ企業に投資するために作ったグーグル・ベンチャーズでも導入されており、これまでに“コーヒー界のApple”と呼ばれる「ブルーボトルコーヒー」、ロボットベンチャー企業「サヴィオーク」、ビジネス向けのチャットツール「スラック」などがスプリントによってソリューションを得て、躍進を遂げている。またコンサルティング大手「マッキンゼー・アンド・カンパニー」や民泊を定着させた「Airbnb」、SNS最大手「Facebook」、さらには政府機関や非営利団体などでもプロセスが導入されるなど、スプリントは世界中に広がっているという。
とにかくスプリントは時間を無駄にしない。すでに揃っている人材でチームを組み、生産性を落とす原因となる「他の仕事」が入らないよう5日間連続で集中的に業務に当たる。その流れは月曜に情報共有とアイデアのスケッチを行い、火曜以降はプロジェクトに関する問題を徹底的に洗い出してプロトタイプへと素早く落とし込み、金曜日に顧客テストをして、重要な問題の答えを出すというものだ。実際の5日間の動きは以下の通りだ(本書から抜粋。もちろんこの5日間の前にメンバーの選抜など準備が必要となる)。
- 月曜日:問題を洗い出して、どの重要部分に標準を合わせるかを決める。
- 火曜日:多くのソリューションを紙にスケッチする。
- 水曜日:最高のソリューションを選ぶという困難な決定を下し、アイデアを検証可能な仮説のかたちに変える。
- 木曜日:リアルなプロトタイプを完成させる。
- 金曜日:本物の生身の人間でそれをテストする。
スプリントは朝10時から開始(メールのチェックや所属する部署とのやり取りは朝の内に終わらせておく。金曜日は顧客テストがあるので9時から開始)し、途中1時間のランチ(食事の時間は遅めの13時、しかも集中力が途切れるのを防ぐため軽めに取るのがポイント。お腹が空いたらスナックを口にする)と、午前と午後2度の休憩を挟んで、夕方17時までみっちり行われる(くれぐれも残業は厳禁だ)。
チームの人数は進行が滞りなく、全員の集中力と生産性を保つため7名以下、メンバーは問題を解決したい製品やサービスの仕組みを理解しているエンジニアやデザイナー、プロダクトマネージャー、営業担当、財務の専門家などを集め、チームを代表して決定を下せる人(創業者や責任者)を入れておくことが重要になる。そして普段一緒に働いている人ばかりでなく、多様な人材を揃えること。さらに時間を無駄にし集中力を削ぐスマートフォンやラップトップなどのデバイスは持ち込み禁止、ホワイトボードは2つ用意するなどのルールがあるので、要点を本書でしっかりと確認して、5日間の流れを理解してもらいたい。
スプリントはリスキーで厄介な場面ほど力を発揮する
爆速で結果を出せる非常に有益なメソッドが詰まっている本書だが、強いて言えばひとつだけ難点がある。それは「文章のノリがアメリカンである」ことだ。生真面目な人が読むと、本書の語り口やジョークに面食らうかもしれない……が、ここは「立場や役職に関係なく、自由闊達な意見交換をするには冗談やユーモアが不可欠!」と割り切っていただきたい。
話はイーロン・マスクに戻るが、WIREDの記事によれば彼は常人の8倍という速度で様々なプロジェクトを推進しているそうだ。意思決定が1ヵ月遅かったら、いや1日、いやいやたった1時間でも、世界のどこかで誰かが先んじてしまうかもしれない驚異的なスピードで進む現代、最小限のメンバーによる濃密な5日間のディスカッションでプロトタイプを作り上げることがいかに効果的か、本書で体感してもらいたい。時短はもちろんのこと、個人の仕事にも応用が可能だ。
「リスクが高いとき」「時間が足りないとき」「何から手をつけていいかわからないとき」という厄介な状況であればあるほど、そして課題が大きければ大きいほど力を発揮するという、大胆でスピーディーなスプリント。期日を切って自ら退路を断ち、背水の陣をしいて、不退転の決意で問題解決に当たってみてほしい。
筆者プロフィール:成田全(ナリタタモツ)
1971年生まれ。大学卒業後、イベント制作、雑誌編集、漫画編集を経てフリー。インタビューや書評を中心に執筆。文学、漫画、映画、ドラマ、テレビ、芸能、お笑い、事件、自然科学、音楽、美術、地理、歴史、食、酒、社会、雑学など幅広いジャンルを横断した情報と知識を活かし、これまでに作家や芸能人、会社トップから一般人まで延べ1500人以上を取材。