難しい判断が迫られた在宅勤務
豊島区(東京都、区長 高野之夫、正規職員約2000人)は、2021年1月7日の政府による緊急事態宣言の発令よりも前の5日から、出先職場を除いた全職員約1500人を対象にテレワーク(在宅勤務を指す。以降は「在宅勤務」と表記する)を命じている。緊急事態宣言が解除された後も、在宅勤務を本格的に普及させる方針に変わりはない。
昨年からの在宅勤務の目的は職員が健康を維持し、業務の取り組み、区のサービスの質を維持することにある。特に2015年の庁舎移転を契機に在宅勤務の検討を始めてきた。目的は、職員が働きやすい環境を作ることで勤労意欲を高め、区民へのサービスを一段と高めることにある。
昨年(2020年)は、4月7日に政府が緊急事態宣言を発令したより先行して、全職員約1500人を対象に在宅勤務を命じた。当面は、全職員の2割以上の利用を基本方針にした。期間は、緊急事態宣言の発令を解除する5月下旬まで。
約2か月間で、全職員のうち1日平均約3割が在宅勤務をした。区の施設(保育園、図書館など)が休館や閉鎖となった職場の職員を含めると、出勤抑制は1日平均4割5分程になる。4月当初の目標である約2割を大きく上回った。
この数字について、豊島区総務部人事課人事制度グループの高井淳氏は「基礎自治体としては高いと私たちは受け止めている」と話す。豊島区には、昨年4月以前から「テレワーク推進自治体」として全国の地方自治体から在宅勤務の導入や運用の仕方についての問い合わせが相次いでいた。
「昨年4月~5月、そして今年1月からの在宅勤務も、豊島区として難しい判断が迫られた。職員やその家族の安全を確保するために、在宅勤務をする職員の数を増やそうとは考えてきた。だが、行政のサービスを安定的に円滑に進めるためには、職員の一定数が庁舎への出勤をせざるを得ない。特に区民と直接接する、いわゆる窓口業務の職員の出勤を大幅に減らすことは難しい。部署内で職員がローテーションを組んで庁舎への出勤をしている」(高井氏)
高井氏によると、今年1月からは1日につき全職員の平均約1割が在宅勤務をしているという。平均3割程だった昨年4~5月よりは、在宅勤務の利用者数は減る可能性があるようだ。
それは、主に次の理由のためだ。
・今年1月から現時点までは、区の施設を休館や閉鎖にしていないために、出勤するケースが昨年4~5月よりは多い。
・各部署の業務のうち、年度末である2月から3月はそれ以上、次年度(4月以降)に後ろ倒しにすることができないものがある。例えば企業、団体などとの契約や予算関連など。しかもこれらの内容は極めて重要なものが多く、職員の守秘義務上、自宅に持ち帰るのは難しい。
昨年も今年も在宅勤務のスタイルは、円滑に進めるために各部署の判断に委ねている。管理職(部課長)が中心となり、部署全体や各職員の業務の状況や考え、心身の健康状態をもとに随時決める。
在宅勤務をスタートして約半年後の2020年10月に、総務部人事課は全職員を対象にアンケートを実施した。高井氏によると、大きな問題や混乱を感じさせる回答はほとんどなかったようだ。一部の回答には「職員間のコミュニケーションが難しい」「(窓口業務の部署などでは)在宅勤務を利用することがあまりできなかった」があったという。
「昨年4~5月、全職員の在宅勤務により、一部の業務にはやや遅れが生じた場合がある。4月に入庁した新卒者の教育研修などにも影響は出たように思う。各部署で2020年4月以前の状態になり、一定の落ち着きを取り戻すのはまだ、(2021年3月の時点)十分ではない。ある程度の時間が、かかるように思う」(高井氏)
全職員の在宅勤務がスムーズに進む環境作り
それでも、現在まで多くの部署において業務はおおむね滞りなく進んでいるという。その要因としては、IT化、デジタル化を段階的に推し進め、その一環として在宅勤務を試みてきたことが挙げられる。
●豊島区のIT化、デジタル化の主な試み
・平成27年(2015年):庁舎移転を機に庁舎全体のIT、デジタル環境を整備する。無線LAN導入。管理職にタブレット端末を配布。
・平成27年(2015年):情報セキュリティを徹底するために全職員が、内線、外線ともに「Skype for Business」を利用。「Skype for Business」は管理者側からの利用制限、コミュニケーション内容の暗号化など徹底した情報管理ができる。
・平成28年(2016年):日本テレワーク協会の「第16回テレワーク推進賞」を受賞。
・平成30年(2018年):テレワーク(在宅勤務)のトライアル実施。対象は、管理職100人程。7月23日から27日まで、総務省の「テレワークデイズ」に合わせて実施。期間中に1日でも在宅勤務を実施した管理職は100人程のうち、27人。
・平成31年(2019年):一般職(非管理職)を対象にテレワーク(在宅勤務)のトライアルを実施。対象は、100人程。部署を総務部や政策経営部に限定し、実施。期間は約1か月。
・令和元年(2019年):全職員約1500人を対象にテレワーク(在宅勤務)のトライアルを実施。期間は、約2か月。
<strong>トライアルの課題としては、各部署では主に次のものがあった。</strong>
「職員間のコミュニケーションをいかに維持するか」
「緊急時の対応は、どうするか」
「自宅での仕事に向いているものと、向いていないものがある。その組み合わせをどうするか」 など
●抜かりない情報セキュリティ対策
さらに情報セキュリティを徹底させるために、庁舎移転以前から次の態勢を段階的に整えてきた。
・区役所として独自のサーバー(認証サーバー)を持ち、1人の職員につき、ノート型パソコンを1台貸与。このパソコンからしか、職員が閲覧する庁内ネットワーク(イントラネット)にアクセスはできない。
・パソコンへのアクセスは、各職員が持つ「ID&パスワード」とICカードとの2要素認証を採用。認証システムは、Active Directory(複数のWindowsパソコンを一元的に管理することができる仕組み)に連携。認証後に庁内ネットワークにログインする。
・昨年(2020年4月)からの在宅勤務では、職員が自宅にパソコンを持ち帰るケースが増えた。この場合、区の「情報セキュリティ方針」(平成15年・2003年から施工)に従い、上司に事情を伝え、了解を得ることが必要。
・2020年4月以前に、庁内ネットワークの範囲外の場所にいる時に利用できるようにするために、管理職約100人にタブレット端末を貸与した。まず、タブレット内の固有の番号を認証し、この後に認証局によりパソコン認証とICカード認証を行う。これらの一連の認証を経たうえで、庁内ネットワークに接続させている。
「はじめに在宅勤務ありき、と区として考えていない。テレワークは、職員が働きやすい環境を作り、行政のサービスの質を高めるための1つの施策と位置付けている。在宅勤務を始め、テレワークの推進は昨年4月よりも前の段階で既定路線になっている。大きなきっかけが、2015年の庁舎移転だったように思う。来年度(2021年4月以降)にも、それに関する予算や施策が決まっている。今後は例えば、ルールを一層にわかりやすい形に明文化し、職員の利用率を高めるなどして、行政サービスの質をより充実させていきたい」(高井淳氏)
筆者の取材では、公的な機関は総じてテレワークが浸透していない。それがはっきりとあぶり出されたのが、昨年4月の緊急事態宣言以降だ。その意味でも豊島区の試みは注目を浴びている。高井氏に話を伺うと、計画的に段階的に態勢を整えることがいかに大切であるかがわかる。その考えや決意があるか否か。これこそが、最も重要なのだと再認識する取材となった。
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筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。