出社は1年数か月で数日から10日
国内や海外でマーケティングリサーチや市場調査を実施するマクロミル(東京都港区、代表取締役社長 佐々木 徹、単体社員数1000人)は、全社員を対象に「出社を前提としない働き方」を就労スタイルの1つとしている。
2020年4月の1回目の緊急事態宣言発令のタイミングから、全社員にリモートワークを推奨した。その方針は、2021年6月現在に至るまで継続中。今は「出社を前提としない働き方」を就労スタイルの1つとして位置づけ、態勢を整えている。
「この1年数か月でオフィスに私が出社したのは、10日前後。自宅での仕事中は特に同じ部署の社員とは数分ごとにチャットツールを使い、報告や連絡、相談をする。Microsoft Teamsなどのオンラインツールを利用した部署での週1回の定例ミーティングをはじめ、様々なミーティングを行う。他部署の社員とも頻繁に連絡をとるので、毎日オフィスで会っている感覚になる」(コーポレートコミュニケーション・IR本部 広報・ブランドマネジメントユニット 広報グループ 有吉夕希氏)
「私は、1年数か月でオフィスへの出社は数日。自宅で仕事をする社員が増えても、コミュニケーションの問題を感じたことはない。各部署や個々の社員の仕事についての可視化は、テレワークが本格化した昨年4月以前に比べて進んでいる。むしろ、私は仕事がしやすくなった。例えば、所属する部署では、Microsoft Teams内に社員の仕事の現状や進捗が詳細に載る。他部署の状況は、社内プラットホーム(イントラネット)の「NOW」にわかりやすく紹介されている」(コーポレートコミュニケーション・IR本部 広報・ブランドマネジメントユニット 広報グループ 度会早苗氏)
リモートワークを円滑に進める仕組み
リモートワークの状況は部署や社員により違いがあることを考慮し、きめ細かな対応を実施している。例えばオフィスへの出社を希望するなど、一定の頻度で出社の必要がある社員がいる。それに備え、昨年、オフィスには、フォンブースを新たに設けた。ここでオンラインなどのミーティングや打ち合わせをする。
また、新入社員への対応も念入りだ。2020年4月に59人の新卒者(主に大卒、大学院修士修了)が入社。5月末までに人事部がオンラインで、1対多の研修(集合研修に代わるもの)を行った。講師(主に管理職)が業界や会社、各部署や個々の事業(特に主力事業であるマーケティング調査が中心)について説明をした。講師、新入社員のほとんどがリモートワークだった。
6月以降は新入社員がオフィスに出社し、受講する研修を随時行った。各部署により違いはあるが、営業部では週2日(主に火曜日と木曜日)の頻度でオフィスへ出社。その日に、上司もしくは先輩社員が出社し、対面でOJTを行う。このマンツーマンの研修期間は、数カ月に及んだ。
「オンラインやリアルな研修は問題なく進むが、昨年は新入社員間の横のつながりを作る機会が例年に比べると、やや少ないように感じた。そこで オンライン交流ツール「Remo(リモ)」を契約し、コミュニケーションができる場を作った。このツールは、リアルの場と同じようにテーブルを囲み、参加者が会話できるもので、互いの会話量を増やすことができるように利用している」(統合データ事業本部 デジタルプロダクト事業部長兼 DX推進室長 斉藤司氏)
リモートワークが増えても、オンラインの研修がスムーズに進んだ理由の1つには昨年からオンライン学習の態勢を整えてきたことがある。その中核になるのが、次の2つだ。
1)セールスアカデミア
対象:20代の営業の社員
内容:ビジネススキルやマーケティングリサーチスキルを早期に習得するために始めた。
基本的に社員が講師を務める。動画は現在までに42本制作。1本平均40~60分。
全社員がいつでも閲覧可能。
2)リサーチャー基礎講座
対象:新卒やリサーチャーの20~30代
内容:マーケティングリサーチの基礎から企画、集計、分析に至るまで学習ができる。
現在までに90本制作。1本につき、平均60分。全社員がいつでも閲覧可能。
自宅での勤務が増え、孤立を感じる社員が現れることを想定し、2020年から全社規模や各部署で様々なイベントを繰り返し催す。社員たちが一体感を感じ取れるようにするためだ。主なイベントは次のようなもの。参加が任意のものもあれば、義務としているものもある。
・全社員が参加するオンライン新年会「New Year Online Meetup」(2021年1月開催)
・輝かしい活躍をした社員をオンラインで表彰「MVP Award」(2021年1月開催)
・2021年度マクロミル入社式・2020年新卒MVP表彰(2021年4月開催)
・自分の仕事内容や身についたスキルをプレゼンする「わたしのしごと」(毎月開催)
DXの観点から見つめ直す
2020年7月には、DX推進室を設けた。全社員のリモートワーク推進や各部署の業務のあり方をDXの観点から見つめ直すチームだ。前述の斎藤室長のもと、全社員向けの動画「DXTV」を現在までに22本制作し、配信。1本平均15~20分。毎本、リモートワークに役立つテーマを設定し、仕事の合間に息抜きとし見てもらえるようにしている。同内容で社外に向けての配信も行う。現在では、LIVE配信も行っていて、様々な配信方法を試みている。その1つが、以下のものだ。
その外にも、以下に挙げたテーマの動画を制作した。
・テレカン(テレフォンカンファレンス)の極意。たったこれだけ!4つのルール
・営業部長が語る、いま現場で起きている変化とは?
・営業の女性メンバーに聞きました。在宅勤務中のメイク事情
・代表の佐々木さん登場!DXに対する課題を聞いてみた
・オフィス閉鎖で要らなくなった椅子をあげちゃいますキャンペーンのお知らせ
動画は、次の流れで制作している。
①収録前、テーマに沿った資料をあらかじめ用意。
②その資料をもとにZoomでミーティング。
③その様子をレコーディング(録画)。収録は、1本につき平均1時間。台本はあえて作らない。
④広報が編集ツール「Filmora」を使って編集。
仕事の合間に見てもらいやすいように、要点を絞る。
2021年6月からは、さらにオンラインを通じての雑談の機会を設けた。「Remo」を活用し、任意で集まった社員がランチ時間(60分間)に趣味などのテーマに分かれ、会話を楽しむ。「カジュアルなつながりを通じて、会社の居心地を感じ取ってもらえるように、このイベントを企画した」(度会氏)。
2020年4月以来、1年数か月にわたる全社規模のリモートワークだが、各部署や個々の社員が業務をするうえで大きな混乱はないという。その理由の1つには、2015年にリモートワーク制度のトライアルをスタートし、16年4月から正式に導入した歴史があるからだと思われる。
15年当時、制度の目的は柔軟な働き方を浸透させるためで、対象は全社員。上司の承認があれば原則、1か月の所定労働時間の2割以内までを可能とした。基本的には自宅のほか、カフェや図書館などパソコンを使った仕事ができる場所ならば認める。ただし、情報セキュリティを厳守することが前提になる。
「今後は、人事評価のあり方についても考えていきたい。リモートワークが増えると成果や実績を重視する傾向になる。私たちは成果や実績だけでなく、みんなが気持ちよく働けるように仕事をしてくれる人が評価されるようになればいいな、とは思っている」(斎藤氏)
2000年の創業時からIT・デジタルに強いからこそ、全社規模のリモートワークをスピード感を持って導入し、スムーズに浸透させてきたのだと思う。この業界でも、実は後手後手になったり、導入がぎこちない企業はある。双方の差は、社員の意識ではないだろうか。
マクロミルを2018年に取材した際にも感じたが、社員の仕事力、例えば、仕事への姿勢や時間内で仕事を正確に処理する力は総じて高い。採用時に基礎学力や適性、性格などが一定水準以上で、同社にマッチする人材を獲得し、定着させる仕組みや文化があるからなのだろう。こういう土台があるがゆえに、リモートワークを円滑に進める仕組みを次々と導入し、全社で動かすことができるはずなのだ。”企業の最強の資産は社員の意識”だとあらためて実感する取材となった。
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筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。