すでにみんな取り組んでいるペーパーレス
SDGsという言葉もすっかり浸透し、持続可能な社会を目指すことの重要性も広く理解されている。ペーパーレスも業務の効率化とスピードアップのためだけでなく、森林資源の保護の文脈で語られることが増えた。
オフィスのペーパーレスは何も特別なことではない。オフィスネットワークが導入され、PCで作成された書類がファイルサーバーで共有されたタイミングから、流れは始まっている。業務の電子化が進んでいけば、紙から電子へのリプレースは拡大されていき、ワークフローの途中で紙を介在させなくて済むようになれば業務効率は向上していくはずだ。実際、いまだに全てのデータを紙のみで持ち続けている会社はないだろう。会社ごとの差はあっても、昔に比べれば電子データ化が進みオフィスの紙の絶対量は減少しているはずだ。
しかし逆に、ペーパーレス化が全て終了したという企業もないだろう。コロナ禍ではモバイルワークが普及し、在宅勤務で企業が消費する紙の削減につながったと、日本製紙連合会も分析しているが、一方で経理部門は定期的な出社で取引関係などの紙の処理が必要だったケースは多い。導入時のアクションだけでは完成せず、新しい法律対応や、取引先との調整などを重ねながら、一歩一歩進めていかなくてはならないのがペーパーレスだ。
ペーパーレスを巡る法制の進展
スマートワーク総研でも、過去何度もペーパーレスに関する記事を掲載してきた。「特集:ペーパーレス最前線 2020」の中の「法改正は十分。ペーパーレス推進に必要なのは企業の『決意』」では、ペーパーレスに関連した法案の略年表を掲載しているので、引用する。
1998年 「電子帳簿保存法」制定
2001年 「電子署名法」制定
2005年 「e-文書法、電子帳簿保存法、スキャナ保存制度」制定
2016年 「官民データ活用推進基本法」成立
2016年 スキャナ保存制度で「金額基準撤廃、電子署名不要」など大幅規制緩和
2017年 スキャナ保存制度で「スマートフォンやデジカメによる記録運用」が可能に
2017年 不動産分野でIT重説※解禁
2019年 「労働条件通知書のデジタル化」が可能に
2019年 電子帳簿保存法で「重要な国税関係書類を過去に遡って電子化」可能に
政府は行政の電子化を進める一方で、企業のドキュメントの電子化を一歩ずつ進める法整備を続けてきた。上の表から後のペーパーレス関連の法律では、2021年に交付され2023年一杯が施行の宥恕(ゆうじょ)期間となっている、現在話題の改正電子帳簿保存法と、まだ反対意見も強く予断を許さないが2023年秋に開始予定となっているインボイス(適格請求書)制度があるが、法律的にはすでに大まかな書類電子化の枠組みはできていると言っていいだろう。
ペーパーレス化がはらむ運用課題とは?
同特集の総論「ペーパーレス化、3つのメリットと課題」で、ペーパーレスを進めるに当たっての課題を「既存文書の電子化」「新規作成文書の電子化」「紙を介して行われていたビジネス行為の電子化」と紹介したが、この時はペーパーレス導入を意識した場合の課題という側面が強かった。ペーパーレスのためのシステム整備や機器購入、ワークフロー改変など、導入時の負荷は大きく、そこで躊躇している企業がまだまだみられたためだ。
現在では、すでにそのハードルはクリアしている企業が多い。これらの企業ではペーパーレス対応の会計システムを導入するとともに、過去5〜10年分の保存書類の電子化をアウトソーシングし、今後発生する取引関係の書類の電子化を行う部署を決定し、すでに数年が経過した。この時、社内での電子化の負担を減らすために高速の専用スキャナとAI-OCRを導入している。もっとも、ワークフローの変更を伴う作業だから、タイミングの選定も重要だ。特集の中では渋谷区役所の例を紹介しているが、区役所移転のタイミングで大幅な紙の削減を実現している。
しかし、ペーパーレス導入に成功した企業でも、現在運用の悩みを抱えているところは少なくない。ビジネスもそれを取り巻く環境も変化していくものだからだ。改正電子帳簿保存法によって、これまではペーパーで保存していたものを電子保存に切り替えなくてはならなくなったり、インボイス制度で請求書のフォーマットに新たに事業者番号の項目が追加されたりはもちろん、会社が新しいビジネスに取り組んだり、場合によっては合併して企業文化から変わってしまうことだってある。こうした外的・内的要因に合わせて、運用のルールなどを見直していかなくてはならない。一回作って終わりの固定的なペーパーレス体制ではなく、PDCAを回す必要が出てくるわけだ。
継続的な運用から考えるなら、ペーパーレスを進めていくために必要なのは、システムやワークフローの変更を恐れない柔軟なスタイルの改変に備えることだ。全ての紙がオフィスから消滅する状況を想定してシステムやワークフローを整備し、まだ実現していない部分だけ、当面の処理が可能な仕組みを一時的にあてておくという方法も考えられなくはないが、そこまで長期のシステムに投資するのは企業システムの通常の改修サイクルや法律の改正期間などを考えるとリスクが大きい。さらに、新しい法律への対応では、各種の税制優遇措置や補助などが複雑に絡まり合っているため、一つのシステムで扱うのは厳しい。
また、トラブル対策も考えなくてはならない。書類を電子化するためのスキャナが月末近辺に故障したらどうすればいいだろう? 故障に備えて2台準備し冗長化する方法もあるが、通常は1台でも利用しない期間の方が多いはずだ。
そんな時、スマホ撮影ではだめだろうか? 電子帳簿保存法の改正で、多くの書類はスマホ撮影でも構わなくなった。解像度の制限規定はあるが、現在流通しているスマホカメラのピクセル数なら問題はない。経理部はスマホの撮影データで受け取り、タイムスタンプを付与すれば、正式な電子書類となる。
ただ、こうしたトラブル対応や法制変更などに、経理部と情シスで当たっていかなくてはならないのは負荷が大きい。現在では、スマホ撮影した領収書などをクラウドにアップすれば自動的にタイムスタンプを付与してくれるようなサービスもある。
変化やトラブルに怯えるより、こうしたサービス(たいていはサブスクリプションだ)を利用して、外的環境変化にもシステムサイドで対応してもらえる体制を作っておくことが、ビジネスの継続性を考える上でも有利な場合が多いだろう。
インボイス制度も、遠くない将来デジタルインボイスに変わっていくだろう。会計ソフト・サービスを手がける各ベンダーも、デジタルインボイス推進協議会に参加して、準備を進めている。業界固有の書類や、自社の慣習でこうしたサービスを利用しづらいケースもあるだろうが、数年に一度のシステム改修を実施するよりは、はるかにメリットの大きいケースも少なくないのではないだろうか? 運用の課題を解決するためには運用責任を軽減するのがいちばんの近道だ。