ITエンジニアでなくても直感的にアプリを開発
「ローコード」(Low-code)とは、プログラミング言語を使ったコード記述(コーディング)を最低限に抑えてアプリケーション開発を行う手法です。直感的なグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)を用いることで、コーディングスキルがそれほどない人でも視覚的な操作でアプリ開発ができ、開発工程の簡略化やメンテナンスのコスト低減が可能になります。
「ノーコード」(No-code)は、簡単なコードを一部使用するローコードと違い、コードをまったく使用せずにGUIと事前に構築されたテンプレートによってアプリケーション開発を行う手法です。ローコード開発に比べると拡張性や柔軟性は低いものの、プログラミング言語を覚える必要がなく、誰でもアプリ開発ができる点が特徴です。
ローコード/ノーコード技術は、ともにアプリケーション開発プロセスの加速を目的として発展してきました。「人がやるべきことを減らす」「専門家でなくても作れるようにする」という、そのコンセプトの原点は1960年代・70年代には存在していましたが、考え方が広がったのは1990年代。パソコンが普及して、職場で多くの従業員がコンピュータに触れるようになった頃です。当時は「エンドユーザーコンピューティング」(EUC)と呼ばれ、多くのカスタムアプリケーションが一般ユーザーによって作成・使用されるようになりました。
2010年代になると、現在のローコード/ノーコードプラットフォームと同じようなツールが広く使われるようになります。現在のツールは、ブロックを並べてプログラム処理の流れを指示するものや、画面の設計をするものが主流となっています。ドラッグ・アンド・ドロップのインターフェイスや視覚的な編集ツールにより、ユーザーが自分のニーズに合わせてカスタマイズしやすくなっています。子ども向けのプログラミング学習ツール「Scratch」(スクラッチ)とよく似ているといえば分かりやすいかもしれません。
ローコード/ノーコード技術は、業務のオンライン化やリモートワークの普及、ITエンジニア人材の不足などを背景に、近年はより存在感を増しています。
ビジネスで幅広く活用、生成AIを使う方法も
ローコード/ノーコード技術は現在、ビジネスの幅広い用途で活用されています。社内業務の効率化を目的とした業務アプリ開発や、ノーコードプラットフォームを使った業務プロセスの自動化はよくある活用例です。顧客情報の管理、顧客とのコミュニケーションのための顧客管理システムを、自社の事業に合わせてローコードプラットフォームによりカスタマイズする例もよく見られます。
またウェブサイトやランディングページの作成、社内向けの業務アプリ、顧客向けサービスアプリなどのモバイルアプリの開発にも、ローコード/ノーコードツールはよく使われています。
データ収集、分析、可視化のために社内で使用するカスタムダッシュボードや管理ツールをローコード/ノーコードツールで開発し、経営指標の確認や営業支援、在庫・物流管理などに役立てるケースもあります。
ローコード/ノーコードプラットフォームには、Microsoft 365に含まれる各アプリや機能と親和性の高い「Microsoft Power Apps」、チームでの共同作業や業務プロセスの自動化に強みを持つサイボウズの「Kintone(キントーン)」、Salesforce.comが提供する「Lightning Platform」、エンタープライズ向けのローコードプラットフォーム「OutSystems」など、規模や用途に応じてさまざまなものがあります。
最近注目されているのは、ChatGPTやMicrosoft Copilot、Google Geminiなど、生成AIを活用してコードを生成したり、AIとのチャットによってノーコードでアプリケーションを作成したりする手法。例えば、OpenAIの「GPTs(GPT Builder)」を使えば、自然言語をプロンプトに入力することで自分用にカスタマイズされたチャットボットアプリを作ることが可能です。
DXなど“攻めのIT”のための人材確保にもつながる
ローコード/ノーコードは、ビジネスにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。共通のメリットとして、コスト削減、開発期間の短縮、ビジネスニーズへの迅速な対応、IT人材不足の改善などが挙げられます。
ローコード/ノーコード開発プラットフォームでは、専門的なプログラミング知識、特にプログラミング言語に関する知識がなくてもアプリケーションが作成できるため、プログラマーの雇用や育成コスト、外部の開発者への委託コストを削減可能です。ユーザーが自分のニーズに合わせて、短期間でシステム開発が可能。業務上のニーズや市場の要望にもすばやく対応できます。
ローコード/ノーコードツールによって、業務に直接関わるビジネスパーソンが業務アプリの開発を担うことで、DXによるビジネス変革など“攻めのIT”活用に向けて、積極的に専門のIT人材を確保することも可能になります。
一方で、これらのツールには課題もあります。
まず、ローコード/ノーコードツールは、高度なカスタマイズや既存システムとの連携、複雑な機能開発には不向きです。ツールで提供される機能やテンプレートには制限があり、自由度が低いのが一般的です。また、こうしたツールで作成されたアプリケーションは、カスタムコードで動くものよりはパフォーマンスが低いこともあります。「何でもできる」わけではないのです。
近年は、高度なカスタマイズに対応できるローコード/ノーコードツールも登場しており、柔軟性も向上しています。ただ、やはり複雑な機能に対応したり、既存システムと連携させたりするには、一定以上のプログラミング知識とコードによる開発が必要となるでしょう。
さらに、開発したアプリケーションのセキュリティ対策が十分ではない場合、情報漏えいなどのリスクが発生します。ツールで生成したアプリケーションでは、企業独自のセキュリティ要件や業界特有のコンプライアンス要件を満たすことが難しい場合もあります。ツールによっては、ガバナンス機能や監査ログ機能が提供されているものもあるので、対応するツールの導入を検討するとよいでしょう。
もうひとつ、特定のプラットフォームやツールへの依存も課題です。将来、導入したローコード/ノーコードプラットフォームのバージョン変更やサポート終了などにより、開発したアプリがそのまま使えなくなることもあり得ます。その場合は業務を止めないように別のツールへ移行しなければなりません。誰もがアプリケーションを作れるがゆえに、作成されたアプリケーションがブラックボックス化して、どのように動作しているのか分からなくなるケースもしばしば見かけます。
アプリの管理・メンテナンスが属人化し、アプリ自体が「技術負債」となることは避けなければなりません。開発したアプリが重要な業務や多くのスタッフの業務に関係している場合や、長期にわたって複数部門で使われ続ける可能性があるなら、専用のカスタムアプリの開発も検討した方がよいかもしれません。
アプリの性能向上に期待、AIとの統合も進む可能性
ITRの調査によれば、2022年度の日本国内ローコード/ノーコード開発市場は709億円、前年度比16.0%増となり、今後もDXや業務改革の推進に伴う導入拡大が見込まれるとのこと。2025年度は1000億円規模に拡大すると予測されています。
今後、ローコード/ノーコード技術はさらに進化し、より多くのビジネスユーザーがアプリケーション開発に参加するようになるでしょう。
特に生成AIの進化により、プログラミングコードを生成するAIアシスタントなどのローコード/ノーコードツールへの統合は進むものと思われます。これにより、ユーザーはさらに高度なカスタマイズを行いながら、開発プロセスを簡素化できるようになります。さらに個別のデータをAIに学習させれば、個々のユーザーニーズに合わせたシステム開発も容易になり、パーソナライズも進むはずです。AIを活用してビジネスロジックやデータ分析を自動化することで、アプリケーションの性能も高まると考えられます。
また近い将来には、より複雑なシステム開発にも対応できるツールも現れるでしょう。今後はプログラミング知識がなくても、誰でもシステム開発を行うことが当たり前になるかもしれません。
ローコード/ノーコード技術は、ビジネスパーソンに大きな可能性をもたらす一方、デメリットも存在します。さらに生成AI技術の進化は、ローコード/ノーコードツールで開発したアプリケーションのブラックボックス化を加速する可能性もあります。我々はローコード/ノーコード技術のメリットとデメリットをよく理解した上で、適切なツールを選び、適切な管理体制を整備することが重要になっていくでしょう。