話題沸騰のAR/VRがスマートワークを進化させる
特別寄稿:ナレッジワークス亀山悦治氏
文/亀山悦治
AR、VR、MRの技術動向とトレンド
この2~3年でAR、VR、MRという言葉をインターネットや書籍などで目にする機会が増えてきていることと思う。(※それぞれの用語については、私がSlide Shareで公開しているプレゼン資料「AR, VR, MR + HMD, Smart Glass が生活とビジネスを変革 - 2016 Spring」などを参考にしていただきたい)
さて、日本でAR、VR、MRの導入事例が増加した大きな理由は何であろう?、一般の利用者がガラケーからスマートフォンへ移行したこと、パソコンからタブレットへ移行しつつあることが挙げられるだろう。そしてソフトウェアとハードウェアの急激な進化と低価格化、クラウドコンピューティングや回線の高速化なども後押ししているといえるだろう。
ARといえば、2009年くらいまでは幾何学的模様の白黒のパターンを認識して動画や3DCGなどを表示するタイプが多かった。2011年前後には位置情報に基づきカメラ上に情報タグやお店の場所、道順などのデータをスマートフォンのカメラ画面上に重ね合わせて表示するタイプが登場した。ちょうどiPhoneが登場したころだ。2012年からは画像やイラストなどを認識するタイプが普及し始めた。
今ではいずれの方式も当たり前のようにスマートフォン向けアプリの1機能として導入されている。我々がインストールしている観光系、顔認識系、家具購入系、ファッション系、エンターテインメント系等、多くのアプリにも付加機能として組み込まれるようになった。今後は特別なマーカーや画像を必要としない、立体物そのものや景色、空間そのものを認識するARの実用化にも期待が集まっている。
また、業務支援や特別な用途では、メガネのように装着するSmartGlass(スマートグラス)を使用したARにも注目が集まっている。未来的なSF映画に度々登場するARコンタクトレンズの研究開発をGoogleやサムスン、ソニーが行っているという情報も有り、目が離せないところだ。
VRについては、長い間我々の生活や身近なところでは縁がない技術であったが、2015年頃から急激に話題性が高まっている。海外ではニューヨークタイムズが、NYT VRというニュースアプリをリリースしている。このアプリではVR技術を採用しており、世界に360度の立体映像でニュースを配信する等で成功をおさめている。また、観光ガイドなどでも当たり前にVRが使用されるようになった。
スマートフォン単体でもVRを楽しむことができるが、より体験価値を高めることができるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が登場している。PCやスマートフォンの画面だけでもVRを実現することができるが、HMDを使用することで、より素晴らしい没入体験が得られる。単に観るだけではく、その世界をジェスチャーや仮想ボタンで対話的に操作する方法が提供される場合もある。これによって仮想ショップのような世界で実際に商品を購入することも可能となる。
Facebook社が買収したOculus(オキュラス)のOculus Riftや、サムスンから販売されているGearVR、そしてGoogleが提供したスマートフォンを段ボール箱にセットするだけで手軽に楽しめるGoogle CardBoardやハコスコが、VRの普及に一役も二役も貢献したといえる。今では、これらの製品と競合するものが次々と開発され、溢れるような勢いで販売されている。
一方MRは、まだまだ新しい分野といえるだろう。日本では、キヤノンの業務用MRシステム「MREAL(エムリアル)」が有名だ。高い精度が要求される機械製造の現場や、機器の設計などでも使用されている。例えば複数の離れたエンジニアが、MR用の装置を装着することで、3DCGデータを共有し複数で設計作業することも可能となる。
「MREAL(エムリアル)」のシステムは個人の趣味として考えた場合はかなり高額であるため、誰でも気軽に購入することは難しい。ところがマイクロソフトから発売予定の「HoloLens(ホロレンズ)」などが製品版として安価に入手できるようになったら、MRが普及することは間違いないだろう。なぜならば、映画のスター・ウォーズやスター・トレックなどに登場する、何もない空間に人の立体映像を出現させることができるホログラムのような世界を体験することが自宅や事務所でもできるようになるからだ。
下記の画像は、私が2016年5月に独自にまとめたHMDとSmart Glassの分類表だ。参考にぜひご覧いただきたい。ここで紹介した倍以上の製品が発売、または開発中であることから、その注目度や期待はかなり大きいといえるだろう。
国内外の最新事例紹介
ARやVRは、プロモーション分野やエンターテインメント分野での利用が目立っているが、2014年頃からは、業務支援、教育、医療など幅広い分野での利用も始まっている。トライアルの利用も多いが、大手企業でも積極的な取り組みを開始している。ここでは、興味深い取り組みについて幾つか紹介しよう。
高齢者ケアのためのVR
SolisVRは、オーストラリアのBuildVRという企業が提供している、サムスンのGearVRを使用した高齢者ケアのためのVRソリューションだ。自由に移動することができない高齢者が、思い出の場所や、行ってみたい場所・空間に入り込むことができる仮想体験により、まるで自分がその場所へトリップしたような状態になる。
仮想現実ではあるが、満足感が得られ、心を豊かにできる。楽しかった記憶が蘇えり、脳に対する刺激が行われ、精神面についても良い効果を与える可能性が十分にある。
そして、リアルタイムに360度動画を配信することが一般的になると、離れた場所で開催されているイベントや仮想旅行への参加も可能となる。実体験に勝ることは無いにしろ、TVに代わるメディアが登場することは想像にかたくない。高齢者のみならず、自由に移動ができない状態にある人々にとっても希望がもてる世界を感じることができるであろう。
VRの技術は、身体のリハビリテーションや精神医療にも採用されつつある。病気ではないが、あがり症や高所恐怖症、生きた動物に触れることが苦手な人などの治療や訓練で活用され効果を上げているようだ。VRの技術は視覚や聴覚、場合によっては嗅覚などを適度に刺激するため、良い意味で脳をだますことができるのだ。
事例 ルーマニアの医療施設で行われている、VRを使用した成果が見えるリハビリテーション
事例 あがり症を克服するためのVRカリキュラム
学校の教材として利用されるAR
日本での利用事例はまだあまり聞いた事がないが、海外では学校の授業でARやVRが用いられる事例が少しずつ増えている。導入事例には大きく2つの側面が有る。1つは予め制作されている教材としての利用、もう1つはARやVRのコンテンツ制作そのものを生徒が行うというものだ。
事例 無線LANの電波の状態など、普段は見えないデータを可視化してスマートフォンで可視化することで、説明文だけでは理解しにくい内容を分かり易く示すHAMLIN(ハムリン)というソリューション。
事例 紙のVR装置を自作。そして生徒自身のスマートフォンを装着してARで行う体験型学習のパイロット事例。
機器の保守作業を遠隔で支援するAR
Tempestive Reampliaは、オンサイト保守を向上させることができるARソリューションだ。Reampliaの最も便利な機能の1つは、フィールドで作業を行うオペレータがその場で解決が難しい状態となった際に、バックエンドで待機している経験豊富なサポーターが直接支援することを可能にするリモートアシスタント。
慣れていないフィールドで働くエンジニアは、多くの場合問題を解決するための十分なスキルや経験を持っていない可能性がある。そのような場合に遠隔からの指導を受けながらスムーズに業務を遂行することができる。また、SmartGlassを使用することにより、保守エンジニアはハンズフリーで作業を行うことが可能となる。
事例 JALが米Microsoftのホログラフィックコンピュータ「Microsoft HoloLens」を使った業務アプリを開発。パイロットや整備士の訓練に3Dホログラムを活用し、場所や時間を問わない学習を実現するという。2016年5月に開催された「ニコニコ超会議」でお披露目が行われた(参考URL)。
事例 iPadに移動式の機器を装着し、遠隔でコミュニケーションが行えるソリューションも登場している。これはダブルロボティクス(Double Robotics)が提供するユニークなソリューション「iPad robot(アイポッドロボット)」。自宅に居ながらにして、遠方で行われている会議に出席したり、その場所を見回ったりすることができる。iPadに自分の顔が映し出された状態で動き回るだけのように感じる方もいるかと思うが、自由に動き回り、対話する自分自身がまるで遠隔地に存在するように見える点がビデオチャットやロボットとは異なる。この機器間での会話もできるため、まるで遠隔地のロボット同士が会話を進めることができる。手の役割をする部分は無いが、このようなシンプルなタイプでも十分自分のアバターとしての役割を担うだろう。このソリューションはビジネス、医学分野、教育関連などですでに利用が始まっている、今後とても期待できるソリューションだ。
別のソリューションとなるが、この他にも毎年米国サンタクララで開催されているAWE(Augmented World Expo)で、2015年、2016年に採用されたbeamというロボットが有名なので紹介しておきたい。ここで紹介するYouTubeでは、実際にbeamという機器をレンタルし、遠隔からその場所に自分が訪れているかのように参加することができる様子がわかる。単なるロボットではなく、自分の顔をディスプレイ上に表示していることで、人と人のコミュニケーションが生まれていることが理解できる(公式サイト)。
導入時のポイントと効果について――ユニークなコミュニケーション方法
AR、VR、MRのようなシステムをスマートワークやコミュニケーションで活用するためには、どのような準備をすれば良いだろうか。また、どのような効果を得ることができるだろうか。ここではその点について少しふれてみたい。
より良いコミュニケーションのためには、お互いの顔が見えること、相手の心理的な状態も把握できることが大切となる。そのためには、自分の顔や表情、身振り手振りを伝えるためのカメラ、音声を相手に伝えるためのマイクが必要となる。本体としては、グラフィック性能が高いパソコン等が良いが、事例紹介で取り上げているiPadやタブレットも高性能になってきたため、用途によっては利便性が良いだろう。
その他の付属デバイスとしては、身体や手の動きをデジタル化するマイクロソフト社のKinect(キネクト)、Androidであれば今後期待される2点カメラと深度センサー技術を兼ね備えたGoogleのProject Tango(プロジェクトタンゴ)、ハンズフリーでコミュニケーションを行うのであれば、マイクロソフト社のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)HoloLens(ホロレンズ)が新しい分野のコミュニケーションを実現できるようになる。
例えばコミュニケーションを円滑に、かつ楽しくするため、実際の映像ではなく自分のアバターを使用するという方法も考えられる。アプリなどでも実現されているが、自分の表情や動きまでリアルタイムに反映する技術がすでに利用できるようになりつつあるのだ。若い世代では、LINEアプリやSNSアプリなどで自分を表現する場合、自身の写真ではなくイラストや動物に置き換えることにより、自分自身をより自分らしく表現している。ビジネスではあまり考えられないかもしれないが、これからはこのような取り組みが当たり前となるのかもしれない。
動画や3DCGなどを取り扱うことが多いため、高速でなおかつデータ量が多くてもストレスが無いネットワーク回線が望ましい。個人利用だとしても、外部からの侵入が無いようセキュリティ対策も万全にしておく必要があるだろう。
未来的なスマートワークスタイルとコミュニケーション
スマートワークスタイルを導入する会社にとってのメリットは、社員の数だけのスペースを確保することが必要なくなり、固定費を大幅に減らせることだ。社員のメリットは、言うまでもないかもしれないが、平均往復2時間と言われる通勤時間が無くなり、時間の有効活用ができるようになることだ。また、家族との時間や介護のための時間がとれるようになる。今までは、休職、退職を迫られ復職することも難しいことがあったが、良い人材や会社に貢献した人材に仕事を継続してもらえるようになる。
しかし、在宅勤務などで一番課題となることはコミュニケーションの欠如だ。また孤立感を感じるということも発生するだろう。会社の側からの課題もある。ワーカーの仕事内容やスケジュールの管理、そして成果の確認やその評価方法だ。まだまだ試行錯誤が続くとは思うが、ワーカー一人一人が自分の仕事にプロ意識を持って取り組むことで自ずと解決することにも期待したい。
最後に、少し先の未来で実現されるであろう、スマートワークスタイルとコミュニケーションをストーリー仕立てでご説明しよう。
2026年、多くの企業は社員が毎日会社に出勤するという、いわゆる従来の勤務方式を廃止し、自宅や実家など自由な場所で自分の時間を有効的に使用することができる勤務形式を導入した。毎週月曜日の朝は、開発状況を共有するため、仮想空間でのミーティングが開催される。
参加メンバーは全員、会社から支給されたHMDを装着し、ミーティングへ参加するための準備を行う。沖縄のホテルから、長野県の避暑地から、東京の自宅からなどさまざまな場所に滞在しているが、同じプロジェクトで働いているメンバーだ。
HMDを装着した人から順番に、仮想空間の中にアバターとして出現する。アバターは擬似化された動物だったり、アニメのキャラクターのようだったり様々だ。今日の参加者は自分を含めて合計5名。プロジェクトリーダーである「ペンギン」アバターが仮想空間を見渡すと、メンバー4人のアバターが丸机を囲んで座っているのが見える(自分自身は顔も全身も見えないが、手や指の動きだけが見える)。
「さあ、みなさん今日のミーティングを開始します! よろしくお願いします」ペンギンアバターの口がこの言葉と連動して動いた。また、まばたきもHMDを装着している人自身の目の動きに合わせている。この最新型のHMDには、顔の筋肉の動きや汗、体温、血圧なども検知することができるため、アバターとはいってもまるでその人の状態そのものまでリアルタイムに反映させることができるのだ。
「最初は、タスクAから説明をお願いします!」とペンギンアバターが喋った瞬間に、仮想空間上にタスクAの進捗状況を示すグラフや表、設計書が出現した。音声認識により、該当する書類やデータをクラウド上のサーバを瞬時に検索することで仮想空間上に瞬時に出現したのである。仮想空間は、実際に人が目で見て感じる現実空間と比較すると、無限に広がるデジタルの世界。自分の後ろ、上や下の空間が全て使用できるため現実空間では実現できないことまで実現できる。
タスクAの担当は、「うさぎ」アバターの翔太である。翔太が3D表示されたグラフを選択し、両手の指先で回転をさせ、警告マークが表示されている箇所を指で触れた。するとそこがさらにズームアップされた。
ここで、「ペンギン」アバターからアドバイス。「この作業をもう少し短くすることができたら、全体の作業大幅に短縮されると思うよ」と、「うさぎ」アバターがグラフを仮想空間に出現した手を自在に動かしてシミュレーションし始めた。このように、複数のメンバーが同じ空間に出現した可視化データを参照したり、変更したりしながらミーティングが行えるため、情報を共有しながら適切に伝えられる。
修正されたデータは個人のPCではなくクラウド上のストレージに保管されるため、いつでもアクセスして確認できる。
仮想空間上でのミーティングはかなり集中力を要するため、約30分で終了。参加メンバーはHMDを外して、通常の作業に戻っていった――。
未来的なスマートワークスタイルのワンシーンはいかがだっただろうか。今回はビジネスでの使い方だったが、家庭や学校なども含め、きっと2026年より早く、このようなシーンが訪れることだろう。
筆者プロフィール:亀山悦治
ナレッジワークス株式会社 取締役。1987年〜オフコン、クライアント&サーバ系のシステム開発に従事。主に検査センター・病院・自治体向け検査・健診・福祉関連システムの開発を上流工程から担当。1999年〜 Web系システム開発会社に移籍後、主にECサイトの開発マネージャを担当。以降もWEB系のシステム開発を多数担当。2004年〜ナレッジワークス(株)にて、システム開発、新規サービスの企画等を担当。2009年より、同社にてAR・VR・MRなどの技術を使用したソリューションの開発、実用化のための企画・提案・アプリケーション開発を行っている。また、AR・VR・MRについては、一般向け、企業向けセミナー講師を年に数回以上実施、AR関連書籍の執筆等、精力的に活動を行っている。
■関連URL
Augmented Reality & Virtual Reality World | 拡張現実と仮想現実の世界
ナレッジワークス株式会社