全社的に動かなければうまくはいかない――
MSが提言するスマートワークとは?
日本マイクロソフト 小柳津篤氏インタビュー ― 後編
文/まつもとあつし
小柳津篤(おやいづあつし)。日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター エグゼクティブアドバイザー。1995年マイクロソフトに入社し営業/マーケティング部門などを経て現在に至る。ワークスタイルの改善/変革に関する100社超のユーザープロジェクトに参加し、講演を多数こなしている。
利便性と安全性のバランスをどう取るのか?
―― 全社員が積極的に使うことを前提とすると、想定しなければならないことが膨大にはなります。そうなってくると、利便性と安心・安全のバランスをどう取るのか、というのは悩み所になります。
小柳津 簡単ではありませんが、できない話ではありません。それは私たちが実証しています。マイクロソフトの社員はいつでもどこでも働いていますが、情報漏洩事故も起こしていませんし、労働強化にもなっていません。実際、離職率・メンタル疾患は下がり、社員の満足度・売上も上がっているのです。
だから、やり方はいくらでもあると断言できます。その方法も私たちは積極的に開示していますし、先ほど触れたような4省庁もさまざまなガイドラインを出したり、事例を公開したりしています。
労務管理と情報管理という2つの要素を、1つだけのルールで完全にカバーすることはできません。例えばポリシーがあったり、手続きがあったり、プロセスがあったり、当然そこではコンピュータテクノロジーも使いますし、教育、罰則規定、監視体制などを複合的にフレームワークとして組み合わせることで、現実世界で十分一定の水準を超える安全性というのは保障できます。
逆にいうと、いろんな人たちが何かをやらない理由として、二言目には「労基署が」とか「情報漏洩が」といった具合に、やり方を工夫せず、できない理由にその2つを使っているうちは、その企業にとっての大きな発展はないということですね。
―― IT部門だけでなく、総務・人事・経営などさまざまな部門が協力して推進しなければならない、ということを改めて思い知らされます。マイクロソフトでもそうなっている、ということですね。
小柳津 もちろんです。ですから、リーダーシップとしてトップのコミットメントが必要となります。IT部門の長だけでできる話ではありません。人事、総務部長だけでもだめです。セキュリティ担当役員だけでもできません。全部を束ねる必要があります。
そして仕事をするのは管理部門ではなく、事業部側の人間ですから、事業部側のトップや事業部側の社員、プロフィットセンターの一番コアな人たちがそれを望まない限りは絵に描いた餅になってしまいます。ですので、まさに全社活動が必要なのです。
―― ということは、マイクロソフトでスマートワークを推進するのは、トップすなわち社長ということですね。
小柳津 その通りです。そうなってはじめて「経営革新ツール」になるのです。つまり社長からみれば、乱暴にいってしまえば、「会社が成長して、競争力が高まれば」それが極端な話、蒸気機関であろうが、働き方の多様性であろうが、BPR(Business Process Re-engineering:業務の流れの最適化を図るために再構築すること)であろうが、キャッシュフローであろうが、ロジスティクスであろうが、なんでもいいんです(笑)
逆にいえばそういうレベル感で働き方の多様性というテーマを経営革新ツールとして経営トップが理解出来るかどうか? かなり理解は進んでいますが、残念ながらほとんどの経営トップは「例のあれだろ、妊婦でも働ける……」というぐらいに位置づけてしまっています。そう捉えてしまっていることで自ら経営革新としてのポテンシャルを放棄してしまっている。ものすごく勿体ないことです。
実際、経営革新ツールとしてスマートワークを捉えたとき、それ以外のツールに比べても格段のパフォーマンス=数字という結果が残せるツールは他にないのです。効率と働きやすさという2つのKPIは、どちらかを立てるとどちらかが沈むという、相反する関係にあるのが普通ですが、スマートワークはその両方を満たします。さらにいえば早く多く人と関わることによって、チームのクリエイティビティも同時に高める数少ないツールなのです。
Windows 10環境はスマートワークの最適解
小柳津 ところでこれまでお話ししてきたような利便性と安心・安全の両方を満たせるのはICTだけです。逆にいえばICTは、この両面を満たせるものでなければ今後発展していきません。これまでは利便性に優れるという理由でOfficeを使ったり、安心・安全のためにウイルス対策ソフトのパターンファイルを更新したりしたわけですが、今後ますますいろんなサービスがフレキシビリティを求められていくなかで、安全じゃないと活用されない・活用されるためには安全でなければなりません。この2つは別々に設計するものではなく、最初から便利で安全なものとしてデザインされていない限り、効率良く幅広い安全性は確保できない、そういう時代に突入したと私たちは考えています。
WindowsデバイスにWindows 10を入れて、利便性のためにOffice 365を使いながら、クラウド側の管理サービスと連携させることで、いま現実的に考えられる鉄壁の利便性と安全性を、ワンパッケージの中で我々は実現しています。そのパッケージをお客様にお届けする前に、私たち社員が、がむしゃらに使っています。
私たちはお客様にテクノロジーを提供して、その対価をいただくというビジネスモデルを掲げていますが、本質的に事業会社ですから、何を売るにせよ、事業会社としての効率性・安全性が事業判断として高いレベルのものが求められます。その際に我々はいま私が申し上げたような環境が、最も事業会社として効率と安全を保障できるという判断のもとに社員が使っているのです。もし、他に良いソリューションがあれば、いくら売り物が「Windows 10」であったとしても、ウチの会社は別のものを使いますから(笑)
―― 儲かるのであれば蒸気機関であろうが、というお話に通じますね(笑) そういった合理性を突き詰めた上でもマイクロソフトのソリューションがベストである、と。
小柳津 これから色々なものが多様化して、なおかつ、マイクロソフトというのは世界で米国防省に次いで2番目に(オンライン上での)攻撃を受けている会社ですから。うんざりするほど攻撃をされていて、それも多種多様な攻撃で、しかも高度になってきています。多層に防御していかねばならないなかで、セキュリティを設計していこうとしたときに、「Windows 10」のようなクライアント側の環境と、クラウド側の管理モジュールという連携感でなければ、システムやそこで働く人たちを守れないのです。
―― 一方でグローバル企業であるマイクロソフトだからこそのレベル感という面もあるかと思います。利便性と安心・安全のバランスを取っていくなかで、日本企業はどのように取り組めば良いのでしょうか?
小柳津 事業や求められる利便・安全のレベルは異なっていても私たちのソリューションが最適解であることは、いま多くの日本企業がその導入に動いていただいていることに現われていると思います。Windows 10デバイス・Windows 10 OS・Office 365をはじめとする利便性の高いクラウドサービス、セキュリティを司る管理サービス……ここまでのプラットフォームは私たちマイクロソフトに任せておいた方が、「楽」だ、とご判断されたと言い換えて良いかもしれません。そして、そのプラットフォーム上には、さまざまなサービスやビジネスをマイクロソフト以外の方々も構築することができるよう私たちも環境を整えています。
―― 最後に、スマートワーク「はじめの一歩」とは何か? この記事を読んだ読者が何から手をつければ良いのか、一言でいえば何になるでしょうか?
小柳津 先ほど申し上げたように、誰か一人、どこか一部門だけの話ではないので、非常に難しいのです。例えばスマホを配るだけではダメで、スマホを配ったことによるリスク管理、評価、教育、監視など複合的なものを変えなければならない。そう考えるとエンドユーザーが自分から、自分の責任範囲で出来なくはないが、下手をするとシャドーITのようなことにもなりかねません。
かといって、草の根でやりながら、いつか社長に届く……なんてやり方では時間も掛かりますから、経営層に対してどう言葉を届けるか、ということを考えて実践していく、ということではないでしょうか。「我が社はこうあるべきだ」と社員から進言されることを快く思う社長は希ですから、いちばん良いのは「競争他社はもう始めている」「あの有名企業はこうやっている」「国がこのように推奨している」という事例を紹介していくのが良いかと思います。この1年くらいをみても、弊社のようなある意味尖った事例ばかりでもなく、日本の歴史ある大企業でもいろいろな事例が出始めています。世の中はもう動き始めている、ということをできるだけ経営に近い人に、きちんと説明していくことが、一人一人ができることになるかと思います。その上で、全社的なバーチャルチームが組成できればスマートワークに辿り付く道筋が付くはずです。ぜひ、私たちのサイトで紹介しているような事例を活用してもらえればと思います。
―― 他社事例を紹介という形で活用するというのはたしかに良いアプローチですね。的確なアドバイスありがとうございました。
筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。