いつか紙幣や硬貨を手にしない時代が来る?――Fintech
ビジネスバズワード 第7回
Fintech関連企業への投資額は2兆4000億円超
Finance(金融)とTechnology(技術)を掛け合わせて生まれた「Fintech」という言葉は、もともと1970年代に生まれたのだとか。ではなぜ今再び注目を集めているのでしょうか?
文/まつもとあつし
おカネ×IT=Fintech
突然ですが、あなたが最後に切符を使ったのはいつでしょうか? 新幹線などの特急を利用する場合はさておき、在来線ではSuicaなどのICカードを使って乗り降りすることが当たり前になった今、切符をもう何年も使っていないという人も珍しくないはずです。SuicaはiPhoneなどのスマホにも搭載され、電子マネーや乗降記録を用いた様々なサービスへと拡がりを見せています。切符が電子化されIT機器やサービスと連携することで、私たちの暮らす社会が変化しつつあります。
これと同様の変化が「おカネ」にも起こっています。それがFintech(フィンテック)と呼ばれる一連の動きです。Finance(金融)とTechnology(技術)を掛け合わせたこの言葉は、もともとはATMのような今では当たり前となった技術も含めて、1970年代に生まれたとされています。それが今また注目を集めるようになったのはなぜなのでしょうか?
それは、インターネットやスマホの普及に加え、本連載でも取り上げている人工知能やビッグデータを巡る様々な技術がここに来て急速に進化しているためです。私たちの日々の生活、あるいは企業の活動はおカネの流れによって支えられています。莫大なおカネの流れに関するデータがデジタルネットワークを通じて蓄積され、人工知能などの技術によって分析されることで、より良いサービスが生まれつつあるのです。
身近なところでは税務や会計の分野でのクラウドサービスが人気です。例えば会計ソフトの「freee(フリー)は、銀行口座の入出金明細と連動し、面倒だった転記・仕訳作業をほぼ自動で行えます。入力された情報をもとに確定申告書や決算書作成までを安価に・手軽に行なえるとあって人気を博しています。
また、資金調達の分野でもFintechは新たな手法を生み出しました。そのひとつが日本でもその名を知られるようになった「クラウドファンディング」です。これまではビジネスを興すとなればまず銀行に融資を申し込むというのが当たり前でしたが、インターネットを通じて手軽に支援者を募ることが可能になりました。開業や新製品開発のための資金集めから、映画のパイロット版の制作まで様々なプロジェクトがこの仕組みを利用して成果を挙げています。
Fintechは社会を変える
一口に金融と言っても、その範囲は多岐に渡ります。融資・資産の運用や管理・決済・資金調達・送金・保険……おカネが動くところ、あるいはおカネの動きを支えるところすべてに現代ではIT技術が関わっているといって良いでしょう。
それは、単におカネの流れを効率的にするだけではなく、企業活動そのものや、ひいては社会を変えると指摘されています。米国ではすでに「ソーシャルレンディング」というサービスが立ち上がっており、これは個人が直接個人や企業に融資を行うものです。従来であれば、資金力のある銀行が、融資対象のリスク査定を行い一定の基準にそって融資を行っていました。ところが、インターネット上の様々な行動履歴が蓄積されるようになった現代では、それのデータを分析することで、リスク査定を自動的に行うことも可能になってきたのです。その結果、銀行を介さずより柔軟な手数料や利息設定によって融資を受ける例が生まれています。この仕組みは、資金を必要とする人や企業と、融資を行いたい個人をマッチングさせることもできるため、銀行からの融資を受けにくいスタートアップや、学生などにも利用が広がり、新たな金融市場が生まれているのです。
こうしたFintechの拡がりを生んだ背景には、2008年のリーマンショックが大きく影響しています。ヘッジファンドなどから優秀な人材がIT業界に流出したこと、そして利用者の側にも既存の金融機関への不信感が拡がり、ITを用いた直接的で透明性の高いおカネのやりとりへのニーズが高まったため、急速にサービス利用者も急増したと言われています。Fintech関連企業への投資額は世界では2兆4000億円を超える見通しです(マーケットリサーチドットコム調べ)。
これに対して日本ではFintech関連企業への投資額は100億円に満たないとされます。金融に関する様々な規制がFintechの拡がりの妨げになっているのもその一因です。例えば、先に挙げたクラウドファンディングも、日本の法律のもとでは出資ではなく、あくまで支援という枠組みに留まっているのもそのためです。金融庁はこの規制の緩和を検討中で、2016年にはMITメディアラボの伊藤穣一所長や、人工知能研究で知られる松尾豊・東京大学大学院准教授らがメンバーとなる有識者会議も設置されました。
おカネの流れとは、すなわち社会における信用・信頼の関係を示しています。そこに銀行や証券会社といった従来の仲介者だけでなく、IT企業や個人が加わることによって、社会そのものにも様々な変化が訪れるはずです。ビットコインのような仮想通貨や、それを支えるブロックチェーン技術も進化と普及が進んでいます。切符と同じようにいつか紙幣や硬貨も滅多に手にしない時代がすぐそこまで迫っていると言えるでしょう。
筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。