第9回 教育ITソリューションEXPOレポート
教育のICT活用で、教員の働き方&教え方はどう変わるのか



日本の教育界は今、大きな2つの波に襲われている。1つは2020年施行の「新学習指導要領」という波。そしてもう1つは、日本社会全体に巻き起こっている「働き方改革」という波だ。この大波に向けて、教育界はどう立ち向かうのか、その答えを見つけに2018年5月16~18日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で行われた「第9回 教育ITソリューションEXPO」を訪ねた。

文/豊岡昭彦


「新学習指導要領」や「働き方改革」などのテーマで、過去最大の出展者が参加

「教育ITソリューションEXPO(以下、EDIX)」(主催:リード エグジビション ジャパン)は、教育現場にICTを導入して、教育の質の向上や教員の負担を減らすなどのソリューションを提案する展示会。第9回となる今回は2018年5月16~18日の3日間、東京都江東区の東京ビッグサイトで開催された。

 今回は大きなテーマとして、2020年に施行される「新学習指導要領」にどう対応するのか、そして長時間労働などブラック化が指摘される教員の「働き方改革」を解決するソリューションが見られるのではないかと注目を集めた。

 会場には、過去最大の700社が出展して盛大に開催された。「新学習指導要領」に向けた「学びNEXT みらいの学びゾーン」や「学校業務支援ゾーン」などの特設ゾーンは多数の来場者でにぎわい、これらのテーマへの感心の高さを伺わせた。

ICT導入を促進するステップモデル校プロジェクト

 会場では、ブースでの展示やハンズオン以外に、40以上の各種講演やセミナーも開催された。その中の1つ「Future Ready Skill 21世紀に挑む力──ステップモデル校自治体が語る教育ICT導入と学習者のスキル獲得」では、教育現場へのICT導入についての現状が非常にわかりやすく紹介された。

 同セミナーでは、全国ICT教育首長協議会が提供する「ステップモデル校プロジェクト」に参加する自治体の担当者が登壇し、教育現場の現状と同プログラムを今後どのように利用したいかを、パネルディスカッション形式で紹介した。

 「ステップモデル校プロジェクト」は、ダイワボウ情報システムや日本マイクロソフトなど、13企業が協賛したプログラムで、「新学習指導要領」の実施のためのICT教育環境を段階的に展開したいというモデル校を全国から選定し、モデル校にパソコンやアプリケーション、研修、サポートなどさまざまなプログラムを提供しながら、その成果や課題を抽出していくもの。北海道、埼玉県戸田市、千葉県市川市、神奈川県の教育委員会関係者が登壇し、実際に参加する学校の現状や、これからの取り組みの内容について紹介された。

「ステップモデル校プロジェクト」を紹介するパネルディスカッション。右から、北海道立教育研究所所長 北村善春氏、神奈川県教育委員会 高校指導課 指導主事 橋本雅史氏、戸田市教育委員会 教育長 戸ヶ﨑勤氏、市川市教育委員会 学校教育部 指導課 主幹 牧雅英氏

パネルディスカッションの司会を務める関西大学 総合情報学部 教授 黒上晴夫氏(右)と「ステップモデル校プロジェクト」を主管する全国ICT教育首長協議会 事務局 太田泉氏(左)

 同プログラムの特徴は、将来的に必要となる「Future Ready Skill」(21世紀の社会人素養)を開発する「Microsoft 365 Educationルーブリック(学習到達度評価)」に基づき、段階的な研修と育成ステップを行うこと。

 印象的だったのは、戸田市教育委員会教育長の戸ヶ﨑勤氏からの指摘。生徒の到達度を検証し、それを教員にフィードバックしていくことが大切で、しかも外部にも発信していくことでさまざまな企業や研究機関からの協力も得られるということ。感覚的な評価が多かった教育界で、実証データを活かしていくことや、外部に対してもオープンな姿勢を取ることは非常に興味深い試みだ。

 ICT環境についていえば、1クラス分(40台)のパソコンはあるものの、それ以上というのは予算的になかなか難しく、インターネットやWi-Fi環境も全校に行き渡ってはいない状況のようだ。こうした中、ステップモデル校プロジェクトを活用して、環境の整備を図っていきたいということと、生徒個人が持つスマートフォンなども活用するアイデアが提案されていた。

参加校の現状と目標を分析した図。今後の進展が期待される

プログラミング教育の解決策は操作性と興味の喚起

 「新学習指導要領」に対応して、プログラミング教育の展示が多かったのも今回のEDIXの特徴だった。中でも特に注目されたのは、東芝クライアントソリューションが展示していた「micro:bit(マイクロ・ビット)」。

 micro:bitは、英国放送協会(BBC)が開発した4×5cmのミニコンピューターで、英国では11歳と12歳の児童全員に無料で配布された製品。LED表示、ボタンスイッチ、加速度センサーなどを備えており、プログラムを組むとこれだけでもゲームなどを作ることができる。

 micro:bitのプログラミングソフトは、Webブラウザ上で無料で利用できる。個々の機能を表したブロックをドラッグ&ドロップして並べるという簡単な操作でプログラミングすることができ、完成したデータをダウンロードして、パソコンに接続したmicro:bitにコピーすれば、micro:bitを自動で動かすことができるようになる。プログラミングは、ブロックをドラッグ&ドロップする方法のほかに、直接Java Scriptで記述する方法も選ぶことができるので、上級者はさらに複雑な操作も可能になる。

 複数台を組み合わせたり、各社が開発したアクセサリーと組み合わせることで、ラジコンカーやロボット、楽器などさまざまなものを作ることができる。最も基本的なセットは2850円ほど、micro:bitを2台使用するラジコンカーが12000円前後と、価格がリーズナブルなのも教材としてはうれしい。

micro:bitで、じゃんけんをする様子。LEDで図形を表示できる

micro:bitで作ったリモコンカー。コントローラーもmicro:bitで作る

micro:bitのプログラミングは、Webブラウザ上で、ブロックをドラッグ&ドロップするだけの簡単な操作

プロジェクター型電子黒板で授業が変わる

 今回のEDIXでもう1つ目立ったのは、プロジェクター型の電子黒板。黒板の手前の天井に設置するもので、短焦点ながらワイドに表示できるものが多く出展されていた。

 注目はサカワの「ワイード」。アスペクト比16:6の投影が可能で、投影画面サイズは幅120~140cmまで対応している。2画面表示も可能で、左右に別々の資料を表示することもできる。

 同ブースで特別展示されていた「Josyu(ジョシュ)α版」は開発中のもので、授業中の教員の声をAIが認識して、インタラクティブにデータを生成したり、表示したりする。大きな機能は次の4つだ。

  1. 授業中の先生の声を音声認識して、自動でテキスト化し保存
  2. 言葉の出現回数や前後の言葉との関連から重要な単語を抽出し、ランキング化
  3. 関連する用語と画像を予測して表示
  4. 授業の総まとめプリントを自動生成

 現在、Josyuを無料体験してくれるモデル校を募集中で、その効果の検証はこれから実証実験が必要とのことだが、生徒が教員の話をノートに書き写すことに精力を使うのではなく、それを聞きながら考える余裕を与えてくれる可能性があるほか、関連画像を表示することで、よりインパクトのある能動的な授業ができるようになるかもしれないと思わせてくれる。教育へのICTとAI活用の事例として、今後に期待したい。

プロジェクター式電子黒板「ワイード」。短焦点ながら、アスペクト比16:6の投影が可能。2画面表示もできる

センサーが手の動きを感知し、インタラクティブに関連する画像を表示する「Josyu」

クラウドを活用した教育ICT支援

 こうした新しいテクノロジーが教室に入ってくることで授業はどのように変化していくのだろうか? そんな疑問の答えの一端を見せる授業の模擬体験を行ってくれたのがレノボ・ジャパンブースのハンズオンセミナー『「ブラウザだけで協働学習」Windowsタブレット』だった。

 同ハンズオンでは、客席にWindowsタブレットが配置され、その前に座った観客が生徒役となり、情報共有型の国語の「自由型説明文」の授業を体験した。

 Webブラウザ上で作文を行い、参加者相互で評価し合うデモでは、教員だけでなく生徒も全員の作品を読んで、「いいね」を付けたり、感想を書き込んだりできる内容。現代人がSNS上で行っているのと同じような行為を教室の中で体験できるものだ。現代に生きる人の素養として、体験しておくのはよいことだろう。

 従来なら紙で提出し、それを板書、意見は挙手・口頭という形になるだろうが、このハンズオンでは、教師役の講師が、入力された意見を必要に応じて随時公開、共有していくことで、生徒役の参加者は短時間で多くの意見に触れ、それをもとに考察を深めるといった、質の高い授業が可能になっていた。

レノボ・ブースでのハンズオン。Webブラウザだけで作文を書いて、クラス全員で見せ合うことができる

クラスの中で、「いいね」を付けたり、感想を書いたりできるのは、SNSの疑似体験のようだ

教員の負担を減らす校務支援システム

 2017年は日本のさまざまなところで「働き方改革」がテーマになり、「働き方改革元年」と呼んでもよい年だった。教育の現場も例外ではなく、2016年に実施された文部科学省「教員勤務実態調査」 によると、小学校教員の33.5%、中学校教員の57.7%が月80時間以上という過労死ラインを超える時間外労働をしている「ブラック」な職場であるという。

 こうした状況に対し、教員の負担を少しでも減らそうというのが「校務支援システム」だ。今回のEDIXでも多くの校務支援システムが展示されていた。校務支援システムは教育委員会単位で導入することが多いため、現場の教員が選択するようなケースは限られるが、各社の製品・サービスが一堂に会しており、興味深かった。

 システムディの「スクールエンジン」は、出欠管理や成績管理、進路指導などを一元管理するとともに、教員間での情報共有、教育委員会への報告データの作成も容易にできる。これまで手作業で1日以上かかっていた作業が数分で終わるという。センターサーバー型とクラウドサービス型の両方に対応しているのも特徴で、クラウドサービス型ではトップシェア。

 一方、操作性で人気なのがエフワンの「e-教務 v3」。中高一貫校にも対応するほか、Excelデータの読み込みにも対応するなど、柔軟性の高さが特長。こちらはオンプレミス型、クラウドサービス型、センターサーバー型に対応しており、アクセスを制限するなどセキュリティにも力を入れている。

校務支援システム「スクールエンジン」を展示するシステムディのブース

エフワンの「e-教務 v3」は、わかりやすいインターフェイスと、Excelデータの読み込みに対応するなど、柔軟性の高さが特長

企業の力も利用したICT導入の促進を

 今回のEDIXには、3万2000人を超える来場者があり、教育へのICT導入についての関心の高さが印象的だった。一方で、教育現場にはインターネット環境やWi-fi、パソコンなどが十分には導入されていない現状もあり、生徒たちがそれに習熟していく難しさも感じさせた。自宅にパソコンがある家庭とない家庭の格差をどのように解消していくのか。教育現場だけでは解決できない問題もあるように思う。

 社会が必要とする人材をいかに育てていくのか、教育現場への要求はますます高く多くなっているが、それを実現するための方策と予算が十分に与えられてはいないように思った。その解決策の1つが「ステップモデル校プロジェクト」などの企業の支援策で、こうしたプロジェクトを上手に利用することで、生徒にICT環境を提供していくことが重要だと感じた。

筆者プロフィール:豊岡昭彦

フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。