大胆予測!「働き方改革2020はこうなる」
法整備も進み、働き方改革はいよいよ身近なものになってきた。しかし、制度と実践の歩調が揃わない部分もある。2020年はそのギャップを埋めるために人材のデジタルトランスフォーメーションが始まると、稀代のマーケッターが大胆予測した。
筆者/大久保惠司
動き始めた「働き方改革」
課題先進国日本の一番の懸念は人口が減少に転じたことです。当然労働人口も減少していきます。そのような背景から日本の労働環境や労働市場の構造的な変化が起こり、これに対応するために働き方改革関連法が2019年4月に施行されました。
働き方改革の3つの柱は「長時間労働の是正」「正規・非正規の不合理な処遇格差の解消」「多様な働き方の推進」です。これらは段階的に施行され、実施時期に関しては大企業か中小企業かによって異なります。項目を整理してみましょう。
●残業時間の「罰則付き上限規制」→大企業:2019/04~、中小企業:2020/04~
●5日間の「有給休暇取得」の義務化→全企業:2019/04~
●「勤務時間インターバル制度」の努力目標→全企業:2019/04~
●「割増賃金率」の中小企業猶予措置廃止→大企業:適用済み、中小企業:2023/04~
●「産業医」の機能強化(事業主の労働時間把握義務含む)→全企業:2019/04~
●「同一労働・同一賃金」の適用→大企業:2020/04~、中小企業:2021/04~
●「高度プロフェッショナル制度」の新設→全企業:2019/04~
●「3ヶ月のフレックスタイム制」が可能に→全企業:2019/04~
2020年4月から対応しなければならないのは、中小企業の「残業時間の罰則付き上限規制」と大企業の「同一労働・同一賃金」の項目になります。
「働き方改革2019」を振り返ってみる
大企業の残業に罰則つき上限が導入されて、本当に守られているのかを総務省が調査したところ、2019年4月以降も月80時間超の残業をしている人が推計で300万人に上ることが判明しました。一日8時間で週40時間、1ヶ月単位で計算すれば160時間。これに80時間の残業を加えて240時間が労働基準法で定められた上限となります。
総務省の労働力調査によると、2019年4月~11月に241時間以上働いた雇用者(役員を除く)は月平均で295万人もいたことがわかりました。2018年の調査では319万人だったのでそれよりは減っていますが、雇用者全体の5%を占めます。このうち4割が大企業に属した雇用者で、月100時間(過労死ライン)を超える残業をした人も月平均で170万人に達しています。
これだけ世の中が働き方改革で、労働時間の抑制に動いている中、なぜこんなことが起きているのでしょうか?実は、事業主の「労働時間把握義務」によって社員の労働時間の実態が把握され、今まで隠れていた「サービス残業」が表に出てきたのも要因の一つです。例えば、ある居酒屋チェーンでは「労働時間を正確に把握しようとしたら、アルバイトの穴を埋めるためにサービス残業してきた正社員の残業時間が跳ね上がった」という話があります。労働時間に上限を設けたので、部下に残業を頼めない中間管理職に業務が集中しているため、管理職の残業が増えているなどという話もよく聞きます。現にリクルートの調査によると、2019年4月以降の中間管理職の残業時間の変化は、「減った」と答えた人が26%。「増えた」と答えた人と「変わらない」と答えた人は合わせて74%に達しています。
残業代5兆円はどこに行く
実際に残業が減ると何が起こるのか?明確に言えることは労働者にとっての「減収」です。残業代の削減額については、社会全体で5兆円になるという日本総合研究所の試算などもあり、生活費を残業に頼る「生活残業派」にとっては死活問題になります。現に残業減で手取り収入が減ることを避けようと、労働時間管理の緩い企業に転職する動きも出てくるでしょう。2019年は労働者にとって残業代カットと消費増税という二重苦が訪れた年として記憶されることになるかも知れません。さらに、2020年は「残業時間の罰則付き上限規制」が労働者の7割が属する中小企業にも適用されるため、経済的に深刻な状況が訪れる可能性もあります。
残業代5兆円はどこに行くのでしょうか。大企業の残業時間の上限が制限されるなか、減った残業代の分を社員に還元していない企業が2019年4~6月で5割に上ることが日本経済新聞の調査で判明しました。調査では実際に残業が減ったとする企業は3割。そのうち何らかの形で社員に還元していると答えた企業は14.0%、検討中が22.0%、還元していないと答えたのは50.0%に上ります。このままでは2018年度に463兆円まで積み上げた日本の企業の内部留保をさらに積み上げ、労働者のモチベーションを下げる結果になりかねません。
労働者の労働時間を削減し、今まで以上に業績を上げるという命題を前に、今までと同じやり方で、全てを労働者の努力に頼っている状況では、本来の働き方改革を実行することはできません。生産性を向上し、労働者の付加価値を引き上げ、得た利益を労働者にも還元するためには、経営のイノベーションを目指すしかありません。
「働き方改革2020」への展望
2020年に施行される働き方改革法は、中小企業の「残業時間の罰則付き上限規制」と大企業の「同一労働・同一賃金」の項目になります。中小企業の「残業時間の罰則付き上限規制」に関しては、2019年の振り返りで述べてきたとおり、経営層がこれまで通りの社員の働かせ方を踏襲しながら時間の短縮のみを行おうとしても実現は難しいでしょう。業務を徹底的に見直し、無駄な時間をどのように削減するかが重要になるとともに、生産性向上のためにテレワークなどのITを活用することが求められるでしょう。
もう一つの「同一労働・同一賃金」の趣旨は正社員と非正規社員の待遇格差を無くすことにあります。こちらについては「不合理な待遇差を解消するための規定を明確化する」「労働者の待遇に関する説明義務の強化」「行政による履行確保および裁判外紛争解決手続きの整備」が求められ、労働者の待遇規定を見直す必要も出てくるでしょう。ただ、こちらについては特別な罰則は設けられていません。
しかしながら「同一労働・同一賃金」を実現することで非正規社員の待遇が改善され、彼らのモチベーションが上がることにより能力が向上したり、優秀な非正規社員が集まって、人材不足の解消が望めるかもしれません。一方で人件費の高騰から正社員の賃金が減ったり、リストラや新規雇用の減少が起こる可能性もあります。いずれにしても「終身雇用」と「年功序列」という日本特有の雇用形態が終わり、今後活発化する「人材の流動化」に対して同一労働・同一賃金は避けて通れない課題であることは間違いないと思います。
人材のデジタルトランスフォーメーションが始まる
先日GMOインターネットが「コロナウィルスによる新型肺炎の感染拡大に備え、4000人以上の従業員を在宅勤務体制に切り替えたことが話題になりました。すでに業務のデジタル化が完了し、全社員がテレワークで働く体制が整っているということです。また、マイクロソフトは実験的に「週休3日」を試したところ労働生産性が40%向上したという結果を発表しました。ここで実践プロジェクトとして「会議のお作法」を決め「会議設定は基本30分で」「人数は多くて5人で」「そもそもコラボはTeams活用で」の3つを実践したそうです。これも業務のデジタル化が出来ていればこその成果でしょう。そして、アクセンチュアでは2015年に午後6時以降の会議を原則禁止し、同時にAIやRPAを活用して業務を効率化したところ、2015年頃は深夜までの激務が当たり前だったのが今は1日の残業が平均1時間になったと言います。
このような事例を見ていると、業務のデジタル化とともに、デジタルによる生産性の向上が結果的に「働き方改革」を実現していることがわかります。経済産業省の「DXレポート」にもあるように、企業のデジタルトランスフォーメーションの実現が今後の日本経済の成長を左右するものであり、結果的に「働き方改革」を実現することになるのだと思います。
企業のデジタルトランスフォーメーションによる経営のイノベーションが進めば、人材もデジタルトランスフォーメーションせざるを得なくなります。2020年の働き方改革は企業も労働者もこの流れに乗ることが求められるのではないでしょうか。
筆者プロフィール:大久保惠司
株式会社ウオータースタジオであらゆる業界の商品開発の業務に携わり、株式会社コプロシステムで、UXデザインとブランディングを融合させた「Brandux Design」を立ち上げる。これまで、様々な企業のブランディング、商品開発、サービス開発に関するプロジェクトを多数手がけ、グッドデザイン賞などを受賞。現在は、企業などの組織が社会というエコシステムの中で、よりよく共生できる活動を支援する「SOCIALING LAB LLC」を立ち上げ代表となる。