スーパーテレワーク構想は、サイバー空間での企業協働を目指す検討から生まれた
複数企業が同一のサイバープラットフォーム上で協業テレワークを行えるようになる「スーパーテレワーク構想」。場所や環境の制約を受ける複数企業が関わる業務を、クラウド上に構築された「スーパーテレワーク・プラットフォーム」で可能にするこの試みによって、新たな労働スタイルの実現が期待される。
文/狐塚淳
テレワークの不十分な活用状況を打開するには
2020年4月28日、さくらインターネット、テクノプロ・ホールディングス、デジタルツインズ、ブロードバンドタワーの4社は、静岡県駿東郡長泉町とともに、「スーパーテレワーク・コンソーシアム」設立に向け基本合意したことを発表した。
スーパーテレワークとは、従来個々の企業で独自に取り組んできたテレワークを、複数企業が利用できるサイバーインフラを構築することでサイバー上での協業を実現し、テレワークの導入ハードルを下げるとともにビジネス効率を向上し、新しい労働形態を可能にするものだ。
新型コロナウイルスの流行によって、国内のテレワーク導入は一気に加速した。東京商工会議所が6月に行った「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」では、緊急事態宣言後にテレワーク実施率が67.3%と急増しており、急遽テレワークの実施を迫られた企業が多かったことがわかる。しかし、従業員数300人以上の企業では90%を超える実施率の一方で、30人未満では45%と、中小・零細企業のテレワーク導入はまだまだだ。また、テレワークを実施した際の問題としてはネットワーク環境の整備が全体の56.7%で1位となり、インフラ面での課題を抱えている企業も多い。
実際、テレワークの開始に当たって、インフラや機材、制度などを十分に整えることが可能だった中小企業は多くはないだろう。システム系の人的リソースにも限りがあるし、急な投資も困難だ。導入はしてみたものの業務の一部が滞るなどの理由で、テレワークからの撤退を検討する企業も少なくない。
また、大企業の場合でも、業種や職種によっては在宅勤務では情報のやり取りが難しい、大量のデータを取り扱わなくてはいけない業務もある。さらに、企業内での業務はリモートで行えても、それぞれが独自でテレワークに取り組んできた取引先や関連会社との協業をリモートで実現するまでの道のりは長い。
そうした課題を解決できる環境を実現するための提案がスーパーテレワーク構想であり、前述した4社+1自治体は、コンソーシアムを2020年度中に立ち上げ、2021年度にはサービス提供開始を目標として掲げている。協業プラットフォームの構築には組込みシステムの開発などで採用されてきたMBD(モデル・ベース・デザイン)の活用、実装から開始する。半年以内にデモ版の初版をリリースしたいという。
スマート社会づくりの開発検討を、テレワーク支援に応用
スーパーテレワーク構想のもとになったのは、2019年に開始されたインターネット協会OIC(オープンイノベーション推進協議会)内の「MBD利活用型摺合せ空間提供事業の事業化検討」ワーキンググループだ。MBDとはモデル・ベース・デザインの略で、サイバー空間に現実と相似のモデル(デジタルツイン)を構築し、そこでシミュレーションを行うことで、組込みシステムなどの開発期間を大幅に短縮する技法だ。同ワーキンググループでは、MBDにより企業協働で利用できるプラットフォームをサイバー空間に構築・提供することを検討してきた。
ブロードバンドタワー取締役執行役員の樺澤宏紀氏は「ワーキンググループで検討してきたのは、社会的にも意義の高い、スマート社会を作るための環境を提供する試みです。これまでデジタル化が困難だった、製造業を中心とした企業協働を行うためのプラットフォームを、サイバー空間で協業サーバーとして提供することで大幅な効率化を実現するとともに、他の業種にも協業サイバー空間の利便性を提供していこうというものです。たとえば自動車の設計は何万パーツという部品が必要なため、組合せのモデルベースのシミュレーションを実行できる環境が必要です。従来は出勤して作業していましたが、ビジネス協業空間があれば、空気抵抗実験などさまざまなシミュレーションをそこで行うことが可能で、設計期間短縮にもつながります。そのためには空間の提供と、そこで使用するアプリの開発が必要です」と、ワーキンググループが行ってきた検討を説明する。
しかし、コロナの流行によって、協業サイバー空間の提供だけでも十分に有意義だという議論になってきた。さらに、協業サイバー空間の利用をテレワークという働き方改革にも広げられないかと考えたのがスーパーテレワーク・コンソーシアムの設立合意発表につながった。
協業サイバー空間は、製造業だけでなく小売り・販売業などでも活用できるスマート社会のインフラを目指している。協業サイバー空間での共同仕入れ、共同出荷などができるようになれば、集団でのDXにも可能性が出てくる。また、スーパーテレワークの協業サイバー空間を利用すれば、別の地方からでも東京の企業で働くことが可能になる。これまで、企業集中が東京に一極化していたために従業員も周辺に住まざるを得なかったが、このスパイラルを解消し、地産地消などの町興しではない、東京を延長した形での地方創生が実現できるのも大きなメリットだ。
参画する各社の役割としては、データセンターサービス事業者であるさくらインターネットとブロードバンドタワーが、複数企業が同時にアクセスできる協業サーバーの構築と運用を担当。デジタルツインズがMBDアプリを開発。2万人のエンジニア・研究者を抱える技術人材サービスのテクノプロ・ホールディングスは、MBDのユーザーとして参加する。長泉町は地方創生の一環としてスーパーテレワークの実証実験を行うことを検討している。
スーパーテレワーク・コンソーシアムの今後
コンソーシアム設立後は、各種実証実験に取り組んでいく予定だ。協業サイバー空間で、ポリシーやルールの異なる企業同士が協業していくには、各種のすり合わせが必要になる。そうしたソフト面での実証には、現在の参加メンバー以外にもさまざまな企業や団体の参加が必要になると樺澤氏は言う。
「社会構造の改革を目指すオープンイノベーションコンソーシアムなので、同一業界からも複数企業が加わって当然です。データセンターというインフラを担当する業界、その他大学の研究機関や地方の行政、ユーザー企業、中小企業群、商工会議所などの取りまとめる組織も入ってくれば企業協働がうまくいくし、このインフラの中でスマートワークが成功すれば、デジタル化が中小企業まで広がり、単なるテレワークにとどまらず、行政が目指すDXの中小企業向けプラットフォームに育っていくことを期待しています」(樺澤氏)
米国であれば、GAFAなどの巨大企業が、関連する企業群との自前のエコシステムでこうしたプラットフォームの開発運用も自然発生的に進むが、日本では中心になる1社が存在する業種が少ないため、コンソーシアムという方法は有効だ。
まだ、事業化の段階ではないが、スーパーテレワークの応用範囲は広大で、地方単位やサプライチェーン単位の利用がビジネスとして進めばその市場は計り知れない。協業サイバー空間の利用と運用サービスを組み合わせるなどしたサブスクリプションモデルの提供も考えられそうだ。
今後のスーパーテレワーク・コンソーシアムは、現行メンバーに加え、先に挙げた大学等の研究機関やサイバーセキュリティ企業、中小などさまざまな業種のユーザー企業に加え、地域金融などの参加によって、オープンイノベーションによる社会構造改革を目指していきたいという。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。