在宅勤務とオフィスへの出社の兼用
企業のデジタルマーケティングを支援するメンバーズ(東京都中央区、代表取締役兼社長執行役員 剣持 忠、社員数1491名)は2020年4月から、全社一斉に原則として在宅勤務とした。
コロナウイルスの感染が拡大したことを受け、社員やその家族及びクライアント企業の社員らの安全衛生を守るためだ。社員が就労場所を状況に応じて決めることができるようにして、労働生産性の向上と柔軟な働き方を促すためでもある。
4月からは、在宅勤務の就労スタイルは基本的に月曜日から金曜日までのフルタイム(午前9時から午後6時)とした。全社員へのアンケート調査の結果や社内外の状況を踏まえ、8月以降から12月現在まで在宅勤務とオフィスへの出社の兼用としている。
2020年4月には、新入社員(主に大卒)約240人が入社した。全員が他の社員と同じく、同月からフルタイムの在宅勤務になった。8月からは、オフィスへの出社との兼用になる。12月現在、新入社員に退職者はたった1人。
正社員約1500人の配属部署は、主に次の3つに分けられる。
・EMC事業(Engagement Marketing Center):約700人
クライアント企業1社につき、1つのデジタルマーケティング支援専任チーム(数人~100人規模で構成)を編成し、総合的にサポートをする。職種は主にプロデューサー、ディレクター、エンジニア、デザイナーなど。
・デジタル人材事業:約400人
デジタルクリエイター(ディレクター、エンジニア、デザイナーなど)がクライアント企業に常駐する。期間や人数はプロジェクトにより異なる。
・管理部門:約100人
総務、人事、経理、財務、広報、経営企画などに関わる。
上記の態勢に、新入社員(主に大卒・高専・専門学校)約240人が加わった。内訳は、職種はプロデューサー職(140人程)とクリエイター職(エンジニアやデザイナーなど、100人程)。
新入社員研修は毎年4月末まで集合研修をする。主にスクール形式で会社の業務、経営理念やビジョン、各部署の業務、基本的なスキル研修、ビジネスマナーを学ぶ内容にしていた。
これらすべてをビデオ会議ツール「Google Meet」を使ってのオンライン研修とした。理解を深めるために、講義の内容によって240人程全員が同じ時間に受講するようにしたり、30人前後のグループで学ぶスタイルにしたりした。講師は社員や外部専門家など。
「弊社はオンライン研修においても、対面形式の研修とおおむね同じ内容を教えた。新入社員の理解度は、昨年までの対面形式の時とほとんど変わらなかったと思う。オンライン研修では、研修担当の社員が画面に映る社員の表情ややりとりを見ていて、理解が十分ではないと思える人には早急にマンツーマンでフォローする。これでキャッチアップをしていた。
難しいのは、社員の心の機微を正確に把握することだった。画面では他の社員と同じように見えても、実は悩んでいる場合もあるのかもしれない。従って、研修担当者たちでチームを組んで、新入社員全員を丁寧に観察していた。
知識などのインプットをするうえではオンラインでも十分可能で、問題は生じなかった。みんなでディスカッションをしたり、同期同士での横のつながりを作り、強くしていく場合は対面形式の研修のほうが良いケースもある。オンライン・オフラインのハイブリッド型研修の育成効果が高いと思う」(執行役員兼ピープル&カルチャー室室長 早川智子氏)
各部署での教育プログラムを実施し、メンターがマンツーマンで育成
5月の連休明けに、新入社員は各部署に配属された。前々から、各部署で新入社員の教育プログラムを作り、それをベースに育成をしている。現場の実態に即した内容にして、教育効果を一層に高めるのが狙いだ。
例えば、EMC事業部のあるユニット(社員数20人程)では、仕事をするうえで必要な基本的な作法(ビジネスマナー、報告や連絡、相談の仕方など)、クライアントとその案件やプロジェクトを2週間程かけて学ぶ。講師は、部署の社員だ。
クライアントに関するニュースを調べて、その課題をまとめ、ユニットのメンバーの前でプレゼンテーションも試みる。クライアントに関する知識や情報を得るだけでなく、新入社員がユニットのメンバーの中に入りやすい環境を作るためにも行う。
全社において新入社員に1人ずつのメンター(指導員)がつく。期間は、各部署で異なる。メンターは、同じ部署の20代前半から半ばの社員が多い。各部署のマネージャー(課長)が、互いに比較的気軽に話し合うことができるように、20代前半~半ばで現場の仕事をある程度心得ている社員を選ぶ。メンターは社内や部署のこと、仕事や人間関係など幅広い範囲で相談に応じて、会社や職場に親しみを感じ、慣れるように誘う。
メンターがマンツーマンで教える場合もあれば、管理職(この場合は通常、マネージャー=課長)が入って3人になるケースもある。管理職と新入社員、管理職とメンターの1on1ミーティングにする場合もある。いずれかにするかは、マネージャーの判断による。
新入社員を育成するスタイル
●メンターと新入社員のマンツーマン指導(相談を含む)
●メンター、新入社員、管理職
●メンターと管理職
●新入社員と管理職
「私はふだんから、メンターから新入社員の状況は丹念に聞く。それを受けて例えば、メンターとのマンツーマンか、自分が入るべきかなど、どのようなスタイルのミーティングが最も適しているかを考え、選んでいる。
今年は新入社員全員が入社時から在宅勤務をしたので不安や不明点があるかもしれないと思った。そこでメンターには、管理職である自分たちに詳しい報告をしてほしい、と依頼しておいた。不安や不明点に関する情報は、意図的に大量に吸い上げるようにしていた。部署全体として新入社員の不安や悩みをできるだけ早く、正確に知り、適切な対応をするように常に心掛けた」(ユニットプロデューサー・マネージャー 枦山 晃氏)
「メンターの社員は若手だが、皆信頼しているので大きな心配はしていない。管理職としてメンターと新入社員との相性は丁寧に観察するようにしていた。2人の目指すべき方向性が同じであるかは何度も確認をする。
メンターからは、定期的に報告を受ける。必要があれば、私も入って何らかのアドバイスをする。メンターに対してのアドバイスもあれば、状況に応じて新入社員とマンツーマンで話し合う場合もある。私のチームには現在、1人の新入社員がいるが、真剣に仕事に取り組むので皆がずいぶんと助けられている。育ってくれるとうれしい。ここまでできるようになったと、親のような目線になる場合が多い」(クリエイティブマネージャー 徳永昭博氏)
8割を超える社員が週3~4日以上のテレワークを希望
在宅勤務スタートし2か月近くが経った時点(2020年5月26日~29日)で、テレワーク中(中心は在宅勤務)の同社グループ社員約1500人を対象にWebアンケート調査を実施した。有効回答数は、1108人。「今後もテレワークを利用したい」と答えたのは、97.8%。利用頻度は、「毎日」が40.6%、「週3~4日」が42.6%。8割を超える社員は週3~4日以上を希望していることがわかった。
早川氏、枦山氏、徳永氏によると、240人を超える新入社員全員が在宅勤務をして9か月が経った12月現在も各部署やユニットで大半の仕事が滞りなく進んでいるという。退職者はたった1人。それを可能にしているのは、「少なくとも2つの理由がある」と3人は話す。
1つは、以前から本社を中心に全国にオフィス(北九州、神戸、仙台、札幌)を構え、各オフィスをワンチーム(ユニット)とし、Web会議システムなどを使い、円滑に仕事をしてきた経験がある。例えば、枦山氏のユニットには本社勤務の社員を中心に、北九州、仙台の社員がいるが、仕事をするうえで問題はなかったようだ。
もう1つは、2019年7月~8月にかけての約2週間、政府主催の「テレワーク・デイズ2019」に全員が参加し、テレワークを実施したが、全社でスムーズに進んでいた経験があった。
「昨年の段階で、私たちは在宅勤務にすでに慣れていたのだと思う。ほとんどの仕事が労働生産性を維持してできていた。このような経験があるので、新卒採用も入社後の育成も、在宅勤務をしながらできるはずと考えていた」(枦山氏)
新卒者を本当に大切にしないといけないと心から思う
コロナウイルス感染拡大が終息しそうに見えた8月に、在宅勤務とオフィスへの出社との兼用とした。就労スタイルは、各部署の判断による。早川氏、枦山氏、徳永氏の部署やユニットは在宅勤務が週3~4日、オフィスへの出社は週1~2日。他の部署やユニットも、このペースが多いようだ。個々の社員の考えや希望、部署やチームの仕事の状況などを総合的に見て、マネージャーを中心に判断する。
「使い分けが大切だと思う。オフィスへの出社では、特に新入社員は管理職がオンラインでは判断がつかない仕事をしてもらい、それを見るようにしている。例えば、ショートカットキー一つにしてもそうだ。オンラインでは成果物を見たうえで指摘をしたり、助言はできるが、新入社員の手元の動きが正確には見えない。対面の場合は、きちんと見ることができるので、その場で技術的な指導をしやすい。オフィスでは、そのようなところを重点的に見たいと思う。
新入社員が出社する時には基本的に管理職が出社し、話し合ったり、仕事のスキルを見るようにしたりしてきた。メンターも可能な限り、一緒に出社するようにしている」(徳永氏)
「私は管理職として、社員がオフィスで対面をしないとできない仕事は何かと常に探している。労働生産性を上げるためにも、そこをきちんと見極め、在宅勤務とオフィスへの出社の使い分けを考えたい。
今回のオンラインの一番大きな課題は、新入社員が他の部署の同期生や社員たちと直接話す機会が少ないこと。オフィスへ行く日は、他の部署の社員たちとランチをしたりして、話す機会を作ったほうがいいと新入社員やメンターに助言をしている」(枦山氏)
すでに2021年4月入社の新卒採用の試験を一通り終え、10月に内定式も実施した。来年1月から3月にかけて、インターンをオンライン形式で始める。4月の入社以降も、現時点では在宅勤務とオフィスへの出社の兼用を予定している。
この業界はかねてから、エンジニアを中心的に慢性的な人手不足である。最近は少子化の影響もあり、さらに深刻になりつつある。
新卒者の研修から各部署への配属までを一貫して行う現場責任者である早川氏は語る。「弊社に入社する新卒者は全員が優秀であり、未来を創る大事な存在。毎年、新入社員を迎え入れると、この人たちを本当に大切にしないといけないと心から思う。弊社には、新卒者を会社全体で育成しようとする風土がある。会社として、どれくらいまで育て上げることができるか。そこが勝負だと考えている」
筆者が取材を通じて観察していると、業績拡大期において新卒者を大量に採用する場合、受け入れの態勢が不十分であることが多い。集合研修や各部署での育成も完成されていない傾向がある。そういった企業の場合、同一業界の上位の企業と比べると、離職率は総じて高い。つまり、大量採用・大量離職の構造がある。
メンバーズでは、それぞれの新入社員に決め細かな育成をしている。早いうちに仕事の達成感や働くことの喜び、会社や部署、ユニットの一員であることの自覚、責任感を感じ取らせるような仕組みがある。管理職の部下育成力は参考になる。特に新入社員を丁寧に観察し、適切なタイミングで、その状況にふさわしい助言や指導をする力だ。こういう力を確実に身に付けた管理職は企業社会全体で見ても、決して多くはない。
在宅勤務といった就労スタイルだけを見ていると、この会社の強さはわからないのかもしれない。管理職の部下育成力こそ、強力な武器であり、資産なのではないかと思えた。
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筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。