今後もオフィスをなくすことはない
人事コンサルティングの株式会社トランストラクチャ(東京都千代田区 高柳公一・森大哉 代表取締役)は2020年11月から2021年2月現在に至るまで、約60人の正社員のオフィスへの出社義務をなくしている。原則として正社員全員の在宅勤務を認める。ただし、担当する仕事やプロジェクト、所属部署の状況により、オフィスへ出社する。出社人数が数人の日もある。
社員の内訳は、コンサルタント部門が約50人、総務、経理など管理部門5人、他は役員5人。
昨年4月上旬の政府による緊急事態宣言の発令から解除される5月末までは、全社員を在宅勤務とする。その間は高柳社長以下、役員、管理職ら数人程が、社内外の状況に応じて出社した。6月以降は、オフィスでの過密な状態を避けるために出社する社員は、全体の約4割を超えないようにした。
10月まではその状態を維持していたが、11月になり、都内を中心に新型コロナウィルスの感染者が増え始めたのを機に全社員を在宅勤務とした。高柳社長は「全員のオフィスへの出社義務をなくし、在宅勤務とした。期間終了時期は未定」と話す。今後の就労環境(オフィスへの出社、その場合の勤務シフトなど)は現在、発令中の緊急事態宣言や新型コロナウィルス感染の状況など社内外の状況を見据えつつ決めるという。
「発令が解除された後も、全員がオフィスに出社することはないと思う。一方で、オフィスへ出社する社員が1人もいない状況にはならないはずだ。全社員の一定数が出社し、顔を合わせることで様々なコミュニケーションやディスカッションをするのが好ましいと思う。そのような場でいろいろな発想が新たに芽生える。オフィスの縮小は今後の選択肢の1つになるのかもしれないが、オフィスそのものをなくすことはないと考えている」(高柳社長)
高柳社長によると、現在までに全社で業務の混乱はないという。理由の1つには、数年前に在宅勤務導入に向けてトライアルを実施していた際の対応があるようだ。当時、数か月~1年程度、役員や管理職に、支障のない範囲での在宅勤務を認めた。この間、管理職が部下である社員の行動や仕事の成果、実績をより正確に把握し、指示し、評価することが、必ずしも十分ではない場合があった。
そこで全社規模、各部署やプロジェクト、社員間の情報共有体制をあらためて整備した。状況に応じて、新たなITツールを使用するようにした。この頃からメールの他にチャットツール、Web会議システムを使ったオンライン会議やミーティングの使用を本格化させる。現在は「Cisco Webex Meetings」で社員間のオンライン会議やミーティングをする。セキュリティ対策の一環として、マジックコネクトを使用している。
「ITツールなどを使い、ふだんからコミュニケーションを密にしているため、現在は全体が在宅勤務をするが、社員間の意思疎通は十分にできている。管理職が社員の人事評価をするうえでも、問題は生じていない。部署やプロジェクトにより多少の違いはあるが、セキュリティ対策を徹底させつつ、オンライン会議やミーティングはほぼ毎日、何らか形で行う。(後述する)人事評価をする会議でも混乱はなく、スムーズに進んだ」(高柳社長)
オフィスの分散化で在宅勤務の土台をつくる
高柳社長は在宅勤務がスムーズに進んだ大きな理由には、「2014年から進めてきたオフィスの分散化がある」と指摘する。現在、本社は千代田区麹町だが、2014年に港区新橋に新たにオフィスを構えた。いわゆるサテライトオフィスである。目的は社員たちの通勤時間を減らすことで、労働生産性を一段と高めるためだ。
オフィスの分散化をする前(2013年前後)は、本社に約50人の社員がいた。内訳は正社員が40人程で、契約社員と派遣社員が合わせて10人。このうちでコンサルタントは約30人で、営業が8人、総務などが4人。ほかは、役員。2014年に、新橋のオフィスにコンサルタントら25人程を移した。通勤時間を減らすために、各自が麹町か、新橋のいずれのうち、自宅から距離が近い方を選んだ。2021年現在は、本社に全社員の約6割の35人、新橋は約4割の25人がいる。
「労働生産性向上のために、会社全体で通勤時間を短くすることを特に重視した。移転後は、往復の通勤時間はひとりにつき、平均で数十分は短くなった」(林 明文 会長)
ただし、総務や人事、経理などの管理部門は麹町のオフィスのみとした。情報保全を徹底させることと業務の効率化を図るためだ。コンサルタントは新橋のオフィスでクライアントとの面談はしていない。面談は、本社のみとしている。情報保全のためでもある。
林会長や高柳社長によると、新橋にオフィスを設けた後、現在に至るまで業務上の混乱はないという。創業の2002年からセキュリティ対策を徹底させたうえでのデータの共有化を進めてきたことが功を奏しているようだ。データとは、各コンサルティングサービスを行う際のツールやノウハウ、その他の有用な情報などだ。
コンサルタント各自がこれらをデータとしてまとめ、全社員共有のイントラネットに随時、格納してきた。出張で地方にいる時も、パソコンから閲覧ができる。セキュリティ対策のソフトを全社で使用しており、そのうえで全社員が複雑なパスワードを使い分け、セキュリティ対策を徹底させる。社員全員にノート型のパソコンを貸与し、自宅で仕事をする場合、そのパソコンを使うようにもしている。情報漏えい対策としては、「SOXBOX NX」を使用する。情報セキュリティ上のリスクを可視化しつつ、内部統制を強化するソフトだ。
オフィスの分散化で社員間のコミュニケーション・ギャップが生じる可能性があることを踏まえ、情報共有には特に力を注いできた。その1つが、Web会議だ。新橋にオフィスを構える前から取り組んでいる。
例えば、コンサルタントが本社や新橋、もしくは出張のため地方で仕事をしている場合はWeb会議システムを通じ、話し合う。多い場合は5~6人が参加し、1時間を超えることもある。原則として、やりとりは録画しない。セキュリティ対策の一環であり、外部に流失しないようにするためだ。Web会議システムを使うことで、本社と新橋を往復する約1時間の移動時間を減らすこともできているという。
人事評価会議もオンラインで実施
社員たちが直接接する機会を減らさないように、毎月1回、本社にて社員全員が参加する「経営報告会」を行う。前月までの業績や各部署の業績、課題や問題点を全員で共有する。「経営報告会」は昨年4月以降、Web会議システムを使い、開催している。
社員が会議室に集まり、顔を合わせる形での社員研修にも力を入れてきた。特に新入社員、管理職研修などは頻繁に行う。非管理職の研修は、各部署の管理職が講師となり、独自の資料や教材をつくり、教える。コンサルティング部では、管理職であるマネージャ―やディレクターが非管理職のコンサルタントに教える機会を毎月数回は設ける。この研修も現在は、Web会議システムを使い、行っている。
「社員研修をマメにして社員の力の底上げをしていかないと、Web会議の議論が深くはならない。知識や事例、知恵などのナレッジを皆が身につけないと、仕事の生産性は上がらない。オフィスやWebというインフラを整えるだけでは不十分だ」(林会長)
経営幹部の会議やミーティングもまた、オフィス移転よりも前からWeb会議システムを使い、実施していた。取締役会は昨年4月からは毎回、同システムで行う。
林会長や高柳社長らはオフィスを移転させると、管理職が部下である社員を正しく評価することが難しくなる場合があることをあらかじめ考慮していた。成果や実績を正確に評価する下地がないと、生産性を向上させることはできないという考えも社員間で共有している。それを具現化させたのが、「評価者会議」だ。
年に2回、半年ごとに上司が部下を査定基準にもとづき、人事評価をするが、その評価をした理由や経緯も共有する。会議室に役員や管理職20人ほどが集まり、ひとりの管理職が自らの部下全員について、それぞれ20分ほどで説明をする。例えば、次のようなやりとりだ。
「この社員にはこういう仕事を与え、このような成果がある。評価基準にもとづき、Cの評価とした」
ほかの管理職などが、投げかける。
「それは厳しい。実際はBではないか」
双方で議論になることもあるという。
約20人の役員、管理職各自がすべての部下について同じ要領で説明をする。このプロセスを経て最後は全員が「異議なし」と認め、それぞれの社員の評価が正式に決まる。
「2次考課者や人事部での調整という概念が、当社にはない。衆目が認めないと、評価とは言わない。人事評価のプロセスを透明にして品質を高めないと、社員の納得感は高くはならない。生産性も上がらない」(林会長)
管理職の人事評価も、役員たちが同じ方法で行う。非管理職、管理職ともに、人事評価の結果は、直属上司からのフィードバックで知らされる。評価の結果やその理由、昇給や昇格の有無、賞与額なども伝えられる。納得すれば、双方が文書にサインをし、管理部で保管する。
評価の結果に不満の人は、管理部に申し出て人事の部長らと話し合うことができる。ただし、「役員、管理職全員が納得した評価である以上、覆すことはできない」(林会長)という方針ではある。現在までは、申し出た人はいないという。
高柳社長によると、昨年4月以降、在宅勤務をスタートさせてからも、Web会議システムを使い、評価者会議をしているが、混乱やトラブルはないという。
「ふだんから、ITツールを使い、頻繁にコミュニケーションをするので、上司と部下などがツールを使ったコミュニケーション法を知ることができている」
高柳社長は、今後のあり方にも言及した。「昨年5月下旬に政府が緊急事態宣言の発令を解除した後、一部の企業が全社員をオフィスへ出社させるようにした。弊社としてはむしろ、これをきっかけに在宅勤務による生産性向上の関連も踏まえ、継続していきたい」
在宅勤務をする際に特に課題となるのは、2つだ。社員間の情報共有ができなくなることと、人事評価が正確にできないこと。この2つは表裏一体であり、片方に問題が生じると、もう1つにもきしみが生じる。トランストラクチャはそのことを前々から心得て、双方を常にバージョンアップしてきた。オフィスへの出社義務をなくしても、全社で仕事が滞りなく進んでいるのはこの蓄積によるものなのではないだろうか。
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筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。