在宅勤務を進めるうえで、特に重視すべきポイントは2つ
ビジネスチャットChatwork事業やソフトウェア販売事業のChatwork(株)(大阪市、代表取締役CEO山本正喜、164人(2021年1月末日時点))の創業は2000年で、設立は04年。2011年から、ビジネスチャットChatworkのサービスを開始。メッセージのやりとりの他、タスク管理機能やファイル管理、 ビデオ/音声通話ができるツールだ。IT、介護、建設、製造、小売、医療、福祉、教育など幅広い業界で利用されている。2019年9月、東京証券取引所マザーズ市場へ新規上場した。
同社は2020年2月からChatworkなどを使い、社会情勢に応じて在宅勤務を始めた。ピープル&ブランド本部 副本部長の内田良子氏がこう語る。
「在宅勤務を進めるうえで、私たちが特に重視すべきポイントは2つある。この2つをトップ・プライオリティと位置付けている。1つは、社員の心身の健康を守ること。もう1つは、新型コロナウィルスの拡散を防ぐこと。これらに反することは、原則禁止としている」
2021年2月現在、全社員を対象に在宅勤務を義務とし、オフィスへの出社を原則禁止としている。コロナウィルスの感染拡大を防ぎ、社員やその家族の健康を守り、事業を安定的に継続するためだ。
ただし、例外も設けている。緊急の事態発生やクライアントである企業や団体からの郵便物の処理、公的機関への書類の届け出や発送でオフィスへの出社が不可欠な場合だ。これらの時は本人が所属している部署のMGR(マネージャー)に相談し、許可を得たうえで出社する。この場合、室内の換気や社員とのソーシャルディスタンスに十分注意することを求めている。
在宅勤務を徹底し、過密な状態に入るのを避けるために、主に次の取り組みをしている。
1.カフェやコワーキングスペースでの仕事を禁止。
2.社内外の人との飲み会や会食を自粛。
3.自社で社外向けに開催していたイベントやセミナーはキャンセルし、ChatworkやZoomなどを使い、オンラインのみで対応。
4.クライアントや取引先への訪問は禁止し、オンライン面談を先方に提案。
5.新卒、中途ともに採用試験の面接は、すべてオンラインに変更。
「徹底した在宅勤務」を可能にした3つの理由
在宅勤務を全社員に奨励したのが2020年2月。3月に入り、原則として在宅勤務とする。4月6日より、オフィス出社やクライアントへのオフィスへの訪問を禁止した。
7月~11月までは首都圏では新型コロナウィルス感染者数が減る傾向にあったため、オフィスへの出社は一定の条件を満たした場合にのみ認めるようにした。例えば、部署やチームの求心力を維持するために直接会い、近況や課題、問題点を話し合う場合だ。この際も、ソーシャルディスタンスの確保や換気、マスクの着用は徹底させた。
新型コロナウィルス感染者数が再び増えてきた12月以降は、オフィスへの出社を禁止の態勢に戻した。この態勢を2021年3月現在も続ける。内田氏によると、業務遂行でのトラブルや大きな問題は生じていないという。
筆者は同社を2017年以来、3回取材してきた。全社員が一斉に在宅勤務をスタートし、1年近くにわたり、滞りなく進めることができるのは、少なくとも次の理由が考えられると思う。
1、IT以外の業種で実績を積んだ人材も積極的に採用し、コミュニケーションがスムーズになるように全社規模での情報共有を徹底してきた。
2、2020年2月よりも前から在宅勤務を一部で行っていた。主な対象は、以下の通り。
①中途採用を経て入社した地方在住(鹿児島、岐阜など)のエンジニア
②育児や介護など家庭の事情があり、会社として「自宅での仕事が必要」と認めた社員
③本人が「体調がすぐれないが、有給休暇を消化する程ではない」と上司に申請し、認められた社員
3、創業時から一貫してITの最先端で事業展開をしてきたため、PCスキルが平均的な会社員より相対的に高く、ITリテラシー、デジタルツールに精通する社員が多い。
1の積極的な採用で言えば、業績が速いスピードで拡大するために即戦力である20~30代の中途採用に重きを置いてきた。最近3年間の中途採用試験では、約80名を正社員として採用。職種は開発系(エンジニアなど)30名、ビジネス系(営業やマーケティングなど)40名、管理系(人事や総務、経理など)10名。
多くの社員が中途採用であり、キャリアを積んできた文化や背景が多種多様であるがために、組織作りやチームビルディング、風土作りに一層に力を入れている。そのための主なツールが、Chatworkやビデオ/音声通話Chatwork Live、Zoom、Google Meetだ。
「人柄を十分に知らない人と、テキスト(文字)コミュニケーションを正確にすることは難しい。まずは、互いにパーソナリティーをきちんと把握することが必要。相手をある程度心得ているから、テキストを受け止めることができる。そこから、質の高いコミュニケーションが始まる。互いにパーソナリティーを理解することなくして、仕事のスピードや労働生産性は上がらない。人事としては、社員が人と人としてつながるための仕組みを作りたい」(内田氏)
Web会議システムの主な使い分けは、以下の通りだ。
Chatwork Live…社員間の話し合いや会議、イベントなど
Google Meet……社内でのライトな打ち合わせ(定例MTGや上司との1on1など)
Zoom…クラアイントや取引先など社外を対象にしたイベント
※内田氏によると、オーディエンス(クラアイントや取引先など)に向かって話すウェビナー機能が充実しているため。
全社規模での情報共有を浸透させる
全社規模での情報共有を浸透させるために全社集会や各部署、チームでの会議やミーティングを随時開催する。2020年4月以降は、オンラインによるものに変更した。
全社集会は、全社員が一堂に会して行う伝統があります。社長や役員、本部長が経営に関する現状や課題、今後の展望を説明。全員で事業戦略を話し合い、意識や目標を共有する。年2回、7月と12月に通常、開催。
昨年(2020年)7月は、新型コロナウィルス感染症対策として、オンラインによる全社集会とした。12月開催の全社集会は「Cha会」とあらため、YouTube Live 、Zoom 、Remo、Google Meetを使い、テレビ番組を真似た番組(11:00~16:30まで)を制作・配信した。配信はYouTube Live 。放送記者をしてきた執行役員CHRO兼ピープル&ブランド本部長が現場責任者であるプロデューサーを務めた。
オンラインの特徴を生かし、各部署の担当役員や本部長が同じ時間帯に、3つのZoomのウェビナーを立ち上げて説明した。それぞれの本部長が説明する「マルチトラック」方式だ。社員たちは配属部署の本部長だけでなく、他部署の本部長の話を聞くことができる。あるいは、YouTube Liveのチャット機能を使い、社員が番組内のイベントの受賞者を祝福したり、司会者に突っ込んだりした。チャットの盛り上がりが、番組の成否につながるという。
「新しく入社した社員には、会社のフラットな空気感を知ってもらいたい。社長や役員、本部長が何を考えているかも把握してほしい。Cha会はわかりやすく、楽しくなる内容を目指した。オンラインによる飲み会もChatwork Liveを使い、行う。各部署やチームごとで開催することが多い」(内田氏)
在宅勤務ができる環境作りの支援
2020年4月以前から在宅勤務ができる環境作りの支援をしてきたが、4月以降は一段と充実させた。主な内容は、以下の通り。
1,「非常時特別手当」の新設
毎月の給与に在籍年数、配属部署や職種、役職に関係なく、一律4000円を上乗せする。期間は、在宅勤務を全社員に義務付けている間。例えば、マスクやアルコール消毒液の購入ができる。4000円の使い方は、各自の判断による。会社へ報告の義務はない。
2,オンライン健康相談サービス「first call」の期間限定導入
テレビ電話会議システムを使い、医師に健康相談ができるサービス。同社が、「first call」(株式会社Mediplat提供)を契約した。社員や家族の体調についての悩み、健康に関する相談する。利用は、社員各自の任意。
3,「一歩先の働き方支援制度」
パソコンや周辺機器をそろえるために会社が支援する。以前から類似の制度があったが、全社員を対象にすることで社員間の不公平感をなくすようにした。補助金額は、1製品につき購入金額の50%。ただし、1製品の上限は5万円、年間で繰り返し購入する場合の上限額は15万円。例えば、ピープル&ブランド本部 BX部 コミュニケーションチームの大江ふみえ氏は在宅環境を整える目的のもと、加湿器空気清浄機を購入した。
4、人事担当者とのオンライン1on1
メンタルヘルスマネジメントの一環で、人事担当者と相談できる「オンライン1on1ミーティング」を実施する。時期は、相談をする社員の希望に合わせて随時行う。人事担当者は守秘義務を厳守。内田氏が2020年4月、在宅勤務を一斉にスタートした時に最も懸念したのが、社員の心身の健康だった。労働時間が不規則になったり、孤立感を感じさせないように始めた制度だ。
筆者がITベンチャー企業を取材すると、確かに他の業界のベンチャー企業よりは在宅勤務の導入、浸透がスムーズに見える。だが、一部では上手く導入されていないようだ。
その1つの理由が、テキストによるコミュニケーションに偏り過ぎているからだ。オンラインを使い、向かい合う機会が少ない。むしろ、金融やメーカーのベンチャー企業のほうが、その頻度は多い場合がある。テキストコミュニケーションオンリーでは、双方で誤解が生じたりして、ムリ、ムダ、ムラが目立つ。
もう1つの理由は、パソコンや周辺機器をそろえるために会社が支援していないことだ。在宅勤務を命じておきながら、そのために発生するコストを負担しないでは、社員との信頼関係を保つことはできないだろう。
今回取り上げたのは、IT業界の最先端をゆく企業だ。その華やかさに目を奪われがちだが、同社は同業他社が見失いがちな視点を持ち、在宅勤務に取り組んでいる。業績拡大を続ける背景には、そのような先見性や先取りの精神もあるのかもしれない。
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筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。