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第4回 ペーパーレス化と電子印鑑
テレワークで話題となった「脱ハンコ」の仕組みと現状
コロナ禍をきっかけにテレワークが浸透したことで、これまで紙の書類で進めていた業務をデジタル化、ペーパーレス化する動きも加速しました。ペーパーレス化による業務の効率化をさらにもう一歩進めるためには、社内だけでなく、社外とのやり取りにも広げる必要があります。そこで欠かせないのが電子印鑑システムなどの活用です。
文/ムコハタワカコ
ペーパーレス化推進に欠かせない電子印鑑
紙文書をデジタルデータに置き換えるペーパーレス化には、業務の効率化や生産性の向上につながるメリットがたくさんあります。デジタル文書は書類の保管や情報共有が紙よりも容易で、データ化によって過去の記録の検索やその後の利活用もスムーズになるからです。近年は働き方改革の促進と電子文書関連の法整備により、企業のペーパーレス化は着々と進みつつありましたが、コロナ禍をきっかけとしてテレワークが浸透したことで、ペーパーレス化もさらに加速することとなりました。
ペーパーレス化実現には、いくつかのステップがあります。
①まずは紙書類をスキャンすることで電子化し、ファイルとして保管するステップ。これにより、テレワーク環境が整っていれば、オフィスに出向くことなく必要な書類を参照することができるようになります。
②次いで、書類や帳票などの作成過程、ワークフローそのものをデジタル化するステップ。情報をデータとして保管・共有・活用できるようになるため、組織内での業務効率や生産性の向上が期待できます。
③そして最終的には、組織内では蓄積したデータを分析・活用して事業の成長につなげながら、組織外も含む情報のやり取りを全体的にデジタル化するステップがあります。その際、社内の承認フローのほか、対外的な契約書や見積書、請求書など、正しくデータを受け取り、確かに内容に合意したことを示すのに欠かせないのが電子印鑑などのシステム活用です。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言下、リモートワークを推奨、または必須とした企業も多いはずです。しかし、テレワーク環境が整備済みでデジタル化が相当進んだ会社であっても、例外的に「ハンコワーク」のために出社しなければならない、というケースが数多く見られました。
しかし、電子印鑑システムがさらに普及し、その効力が広く認められるようになれば、オフィスへの移動や、紙の書類の印刷や押印、送付といった作業の手間・時間・コストが削減でき、リモート環境でもオンライン上で必要な手続きが進められるようになります。
印鑑と電子印鑑の歴史・仕組み・違い
そもそも電子印鑑とはどういうもので、どんな仕組みで成り立っているのでしょうか。
印鑑は、今から約5300年前にメソポタミアのシュメールで、文字より先に誕生したとされます。文字のない時代に、大切な品物の数を証明するための割印や封印として使うことで、品物の不正な抜き取り防止に使われたのではないかといわれています。
文字の登場に伴い、粘土板などの上に文字を書き、それに双方が印鑑で押印することで契約を行うようになりました。粘土板はやがて紙などのより扱いやすい媒体へ変わっていき、ヨーロッパではさらに15世紀ごろから印鑑の代わりに、署名(サイン)が用いられるようになっています。
この印鑑、または署名の役割をデジタルの世界で実現するために考えられたのが、電子印鑑(デジタル署名)です。電子印鑑の概念は1976年、W.DiffieとM.Hellmanが公開鍵暗号の概念を提唱した論文で初めて提案されました。
紙の世界では取引における証拠性を保つため、紙の上にインクなどの消えないもので取引文書を書き、双方が印鑑を押し合う(または署名し合う)形で対応します。これにより、文書が改ざんされていないこと(内容の同一性)を示すとともに、印鑑や署名によって本人が取引に合意していること(作成者の保証)を示してきました。
デジタルの世界で紙と同じように、改ざんのないこと、本人が合意していることを示すには、印影やサインなどを画像としてデジタル化し、デジタル化した契約書に付けるだけでは十分ではありません。コンピュータを使えば、文書の改ざんや画像の複製は簡単にできてしまうからです。これを解決するために考えられたのが、公開鍵暗号方式を利用することでした。
公開鍵暗号方式とは、デジタル文書の暗号化と復号に「公開鍵」と「秘密鍵」という対となる別々の鍵を使う暗号方式です。公開鍵暗号は「片方の鍵で暗号化した情報は、もう片方の鍵でなければ復号できない」という性質を持っています。
公開鍵暗号を利用した電子印鑑では、まず、署名者が署名したい電子文書に対して一定の手順(ハッシュ関数)を使って計算を行い、決まった長さの文字列(ハッシュ値、ダイジェストともいう)を取得。このハッシュ値を自分の秘密鍵で暗号化してデジタル署名とします。文書を受け取った側は、デジタル署名を署名者の公開鍵で復号し、電子文書のハッシュ値と比較します。両者が一致すれば、文書が改ざんされていないこと、復号に使った公開鍵と対となる秘密鍵で文書に署名がされていることを確認できます。
どの公開鍵が誰のものかという対応を確実に行い、公開鍵の安全性を確保するためには、信頼できる第三者機関を通じて公開することが望ましいとされています。このような第三者機関を電子認証局(CA)と呼びます。認証局は、現実世界の印鑑では印鑑登録や印鑑証明にあたる、電子印鑑の登録と認証を行うことができます。電子印鑑の利用者は、電子契約サービスなどを通じて電子認証局に電子印鑑を申請し、秘密鍵を入手することができます。また、認証局は公開鍵が利用者本人のものであることを証明する電子証明書(公開鍵証明書)を発行します。
電子契約サービスには、公開鍵暗号方式による電子印鑑システムに加えて、ある時刻にその電子文書が存在していたこと、それ以降改ざんされていないことを証明する「タイムスタンプ」技術を組み合わせて提供するものがあります。この2つを組み合わせることにより、利用者の本人確認と、ある時刻以降にその文書が改ざんされていないことが保証できます。
日本のペーパーレス化、電子印鑑普及の実態
日本では2001年4月1日、「電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)」が施行されました。(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji32.html)この法律では「電子署名」が「電子データの作成者が特定できること」「暗号化などの措置でデータが改変されていないことが確認できるもの」と定義されています。
電子署名法施行以降もIT書面一括法やe-文書法の施行、電子帳簿保存法の改正が進められ、電子契約の締結やファイルの電子的な保管が法的に認められるようになりました。これにより、ほとんどの契約で電子化が可能になりましたが、日本ではごく最近まで電子署名の利用は大きくは進んではいませんでした。
調査会社のIDC Japanが2020年11月に発表した「国内電子サインソフトウェア/サービスの市場動向」によれば、2020年7月に実施したユーザー調査で「国内における電子サインの利用状況(自社システム/クラウドサービス合計の利用率)」は29.6%と決して高くありません。
同調査が明らかにした電子サインの適用文書は「企業向けの発注書」(47.0%)、「契約書」(40.9%)、「検収書」(34.0%)など企業対企業の文書が上位を占めています。IDCは「企業対消費者の間の電子サイン利用は、消費者の電子サインに対する理解や、本人/本人性確認におけるセキュリティ面での懸念、確認方法手段の理解に課題がある」として、今後の電子署名が広く普及するには「電子サインの類型/機能/関連法案に関する幅広い市場理解が必要」と報告しています。
とはいえ、日本でも電子契約サービスの市場規模は年々伸び続けています。2017年には28億円だったのに対して、2020年は108億円と4倍近い伸びが予測され、今後も拡大が予想されています(2020年11月、矢野経済研究所発表より)。
電子契約サービスの浸透の背景には、長い間、書面交付が義務とされてきた労働条件通知書を2019年4月から電子メールなどで提供することが認められるようになったこと、電子契約サービスが書面による契約と比べて信頼性に問題がないことが認知されるようになってきたことが挙げられます。
さらにコロナ禍により、「いずれは電子印鑑や電子契約システムを導入するかもしれないが、もう少し他社も使うようになってから」と様子見だった企業も、本気でペーパーレス化や印鑑廃止に取り組まなければならなくなったという事情もあります。今後ますます、契約の電子化、印鑑廃止の傾向は広がると見られます。
政府行政機関や自治体などにおける申請手続きにおいても、電子化や電子署名の利用は進められています。2020年10月、河野太郎行革担当大臣は記者会見で、約1万5000の行政手続きのうち「99%以上の手続きで押印を廃止できる」と述べています。また不動産取引など、民間同士の契約締結で書面化が必須と法律で定められていた分野でも、書面・対面撤廃へ向けて規制改革の動きが広がっています。
一足先に電子契約への取り組みが進んでいる欧州では、EU加盟国の間で、電子認証・電子文書に関する法的規則「eIDAS(イーアイダス)」が2016年7月から施行され、電子認証や電子署名などの信頼性向上のための法整備も整えられています。
eIDAS規則では、本人確認の電子ID(eID)と電子署名、電子シール(eシール)、タイムスタンプ、電子配布、ウェブサイト認証などの電子トラストサービス(eTS)の統一基準が定められています。これにより、会社の設立や登記、企業間の契約など、企業対企業の取引だけにとどまらず、銀行口座の開設やライブイベントのチケット認証など、対個人の取引も安全に電子化することができるようになりました。
日本でも、総務省が2019年に有識者らで構成する「トラストサービス検討ワーキンググループ」を設置。トラストサービスの法制度化に向けた議論が進められ、eシール、タイムスタンプなどについて継続的に検討していくとする最終報告書が提出されています。日本版トラストサービスの法制化は、契約の電子化、ペーパーレス化の推進に大きな役割を果たすはずです。
経済産業省が2006年に公開した「文書の電子化・活用ガイド」では、文書電子化の目的は「単なるコスト削減ではなく企業競争力の強化」と指摘されています。紙文書保管場所の削減など目に見える効果だけでなく、文書保存ルールの適用によるコンプライアンス強化や、保存したドキュメントの利活用、電子印鑑システム導入に伴うワークフローそのものの見直しなど、ペーパーレス化推進をきっかけとした、さまざまな取り組みが今後、企業には求められています。
筆者プロフィール:ムコハタワカコ
書店員からIT系出版社営業、Webディレクターを経て、編集・ライティング業へ。ITスタートアップのプロダクト紹介や経営者インタビューを中心に執筆活動を行う。派手さはなくても鈍く光る、画期的なBtoBクラウドサービスが大好き。うつ病サバイバーとして、同じような経験を持つ起業家の話に注目している。