Data

無計画に構築されたハイブリッドクラウドを解消

日本ヒューレット・パッカードの「2025年度事業方針説明会」では、顧客のデータ駆動型のトランスフォーメーションを支援するための三つの領域における戦略が語られた。

データの価値が向上していく中
データ駆動型のトランスフォーメーションを支援

2024年12月12日、日本ヒューレット・パッカード(以下、HPE)は2025年度事業方針説明会を実施した。HPEは2025年度の事業活動のテーマとして、「Unlock ambition」を掲げている。現行システムの課題解決や新ビジネス立ち上げのためのインフラ構築といった顧客が抱えるさまざまなambition(野心)をUnlock(支援)することをミッションに、事業活動を推進していくという。具体的にはどのような領域に注力していくのだろうか。今回はその内容を見ていこう。

ハイブリッドクラウド環境を
計画的に構築するための支援

日本ヒューレット・パッカード
代表執行役員社長
望月弘一

 エッジデバイスの増加に伴い、企業が管理するデータの量は2020年と比べ4倍になり、データの発生場所も多岐にわたるようになった。さらにAI活用が一般化することで、データの持つ価値が大きくなっている。その結果、企業でもデータ駆動型のトランスフォーメーションを望む声が強くなっている。しかし、データ駆動型トランスフォーメーションに取り組むに当たり、いかにデータをセキュアに接続するか、いかにオンプレミスやクラウド、エッジの複合的な環境を最適化するかといった課題が生じている。HPEはそうした課題を解決し、データ駆動型トランスフォーメーションの支援を強化するため、ネットワーキング、ハイブリッドクラウド、AIの三つの領域に注力することを発表した。HPEの注力領域について一つずつ見ていこう。

 まずはネットワーキングの領域だ。インテリジェントエッジに必要なセキュアなネットワークのために、ネットワークインフラを柔軟に利用できる従量課金制のサービス「HPE GreenLake Network as a Service」を提供する。インテリジェントエッジとは、従来データセンターなどで行っていたデータの早期分析をエッジで行うことにより、リアルタイムに有用なインサイトを得られる技術だ。リアルタイムにデータを分析することでアラートの検知遅れを防ぎ迅速な対応を実現するとともに、データをデータセンターやクラウドに送信する必要がなくなるため、レイテンシーやコストの削減にもつながる。HPE GreenLake Network as a Serviceによって、セキュアなエッジ接続、リアルタイム分析を可能にする低レイテンシー接続、AIを活用した運用効率化を実現し、インテリジェントエッジを活用しやすい環境を構築する。

 続いて、ハイブリッドクラウドの領域だ。ハイブリッドクラウドを計画的に設計する「Hybrid Cloud by Design」を推進する。現状、クラウドに移行できているシステムは全体の3割に過ぎず、残りの7割はセキュリティやデータガバナンス、コンプライアンスといったさまざまな問題でオンプレミスに残ったままだ。その結果、偶発的にハイブリッドクラウド環境が構築されてしまっている。偶発的に構築されたハイブリッドクラウド環境は、最適化されておらず、データが統合管理されていないため、データ活用の大きな阻害要因になっているのだ。こうした現状を踏まえ、計画的なハイブリッドクラウド設計、最適化、統合管理を支援する中心となるのが、HPEのサーバーをクラウドのように使える「HPE GreenLake」だ。HPE GreenLakeによって、ハイブリッドクラウドに求められるコストの予測可能性と透明性や、ハイブリッドAI、エッジへの展開、ハイブリッドDevOpsとITOps、セキュリティとコンプライアンスの強化などの要件に対応する。

NVIDIAとHPEの技術を融合させ
企業の生成AI導入を支援

NVIDIA
日本代表 兼 米国本社副社長
大崎真孝

 最後にAIの領域だ。企業の72%がいかなるデジタル投資よりもAIを優先するという意向を見せている中、組織として横断的にAIを扱えている企業は一握りしかいない。全社で横断的にAIを活用するためにはどうしたらいいのか、横断的なAIを実装していくためにはどのような手順を踏めばいいのか分からない企業が多いのだ。こうした課題を解決するために、HPEはAIのライフサイクル全体でソリューションを提供する。データの取得、準備、管理から、トレーニングやチューニングなどのモデル開発、モデルのデプロイ、それらを支えるシームレスなデータアクセスのためのデータプレーンやAIに最適化されたコンピューティングまで幅広く対応する。ハードウェアやソフトウェアなどのテクノロジーだけでなく、サービスも含め支援する点が強みだ。

 さらに本説明会では「NVIDIA AI Computing by HPE」についても触れられた。NVIDIA AI Computing by HPEは、HPEとNVIDIA両社の持つテクノロジーを融合させた、企業の生成AI導入を支援するための包括的なソリューションだ。生成AIの導入を迅速化し、推論を効率的に行うためのソリューション「NVIDIA NIM」やAI向けに最適化されたデータ分析のソフトウェア「NVIDIA AI Enterprise」、そしてNVIDIA製GPUが、HPEのプライベートクラウドのアセットと統合された形で提供される。企業のAIワークロードに合わせ、Small、Medium、Large、X Largeの四つのサイズが用意されている。

 NVIDIA 日本代表 兼 米国本社副社長 大崎真孝氏は、HPEとの協業について以下のように説明した。「生成AIは新たな産業革命の中心にあります。過去の産業革命が社会全体を根本から変えてきたように、生成AIも企業の生産性を向上させ、新たな収益モデルを創出し、ビジネスの在り方を大きく変えつつあります。当社は、この生成AI時代を支えるためのリーディングプラットフォームを提供しています。このプラットフォーム戦略を推進する上で、HPEさまとの協業は重要なものとなっています。一般的にAIシステムは従来のITシステムと異なる点が多く、多くの企業さまではノウハウが十分に蓄積されていないため、導入のハードルが高くなってしまっています。こうした課題に対し、当社のプラットフォームとHPEさまの製品・サービスを組み合わせることで、あらゆるユーザーが最先端のAIインフラやサービスを活用できる環境を実現できます。この具体的な成果物が、NVIDIA AI Computing by HPEです。当社とHPEさまはこの製品を通して、日本の企業の皆さまがAIの力を最大限に活用できる環境を提供し、競争力を高める支援を続けていきます」

パートナー企業とも共同で
Edge-to-Cloudサービスの拡充に注力

 日本市場における施策として「One HPE」を掲げる。昨年度は、HPE内の製品事業部や営業部といった各部署で共通のゴールを目指して結束し、顧客に最大価値を提供する「Journey to One」を掲げたが、One HPEでは、HPE各部署に加えてパートナー企業も含めて、事業を推進していくという思いが込められている。

 それではOne HPEの下、どのような施策に注力していくのか。HPE 代表取締役社長 望月弘一氏は、注力する施策について以下のように語る。「Edge-to-Cloudサービスの拡充を行っていきます。Edge-to-Cloudサービスの拡充については、2019年に『Everything as a Service』として全てのハードウェアやソフトウェアを従量課金で提供すると打ち出した第1章から始まり、『Advancing cloud experience』をテーマにマルチクラウド・マルチベンダーに挑戦した第2章。そして今年度からは『Modernize your business』をテーマに第3章を開始していきます。第3章では、Hybrid Cloud by Designによってデータ駆動型トランスフォーメーションを実現できるように取り組んでいきます。Hybrid Cloud by Designを加速するソリューションとして、ハイブリッドクラウド環境を手軽に利用するための『サービスカタログ』やKVMをベースとしたVMware代替の仮想化ソフト『HPE VM Essentials』、機密性の高い情報を扱う企業向けの『Disconnected環境』などを展開していきます」

 最後に望月氏は「リーディング Edge-to-Cloudカンパニーとして、お客さまが必要としているデータ駆動型トランスフォーメーションを支えるパートナーとなるべく、事業を推進していきます」と締めくくった。

Generation AI

世界で戦える最先端の富士通の独自AI技術

富士通は、2024年12月12日にテクノロジー戦略説明会を実施した。AIをキーテクノロジーとした同社のテクノロジー戦略と、最新のAIエージェントの特長、そして同社が実践する生成AIの活用動向を解説していく。

AIの技術基盤からAIエージェントまで
グローバルのトップレイヤーを目指す富士通の技術力

富士通は2024年12月12日、同社のテクノロジー戦略説明会を開催した。本説明会で特にフォーカスされたのが、AIだ。富士通の事業の中核を支えるAI技術から、同日に発表されたマルチAIエージェントセキュリティ技術や映像解析型AIエージェントについて、詳しく解説していこう。

AIを中心とした技術で
三つの成長エンジンを支える

 説明会に登壇した富士通 執行役員副社長 CTO CPO システムプラットフォーム担当 ヴィヴェック マハジャン氏は「お客様の成長を支えるテクノロジー戦略」と題して同社のテクノロジー戦略を説明した。

「当社は、モダナイゼーション、Uvance、コンサルティングという三つの成長エンジンによってソリューションビジネスを差別化しています。この成長エンジンを支えているのが、コンバージングテクノロジー、コンピューティング、データ&セキュリティ、ネットワーク、そしてAIといった五つのキーテクノロジーです。このAIを中心としたテクノロジー戦略は3年前から変わりません」

 こうしたAI技術を、同社はAIプロダクトサービス「Fujitsu Kozuchi」としてエンタープライズ向けに提供している。マハジャン氏は企業がAI活用に向けて抱えている課題を三つ挙げた。一つ目はエンタープライズに特定したデータに対応できるソリューションが少ないことだ。センシティブな情報やIP(知的財産)など取り扱いに注意が必要なデータは数多くあり、それらのデータに対応できるAIが求められている。二つ目はセキュリティだ。前述したようなセンシティブな情報を取り扱うに当たって、セキュリティが堅牢なAIが求められている。三つ目は企業の業務プロセスに適したAIソリューションが少ないことだ。カスタマイゼーションに対応したAIが必要だ。

「我々はそうした課題に対して『ナレッジグラフ拡張RAG』『生成AI混合技術』『生成AIトラスト』の三つを中心としたエンタープライズ生成AIフレームワークを使っています。また、AIを支えるテクノロジーとして『量子・コンピューティング』『ネットワーク』『データ&セキュリティ』『コンバージングテクノロジー』があります。中でもコンピューティングエンジンがなければAIは成長しません。当社としてもコンピューティング技術は長い歴史がありますので、これらを用いて今後もお客さまのAI環境を支えていきます」とマハジャン氏は語る。

 その一つとして、同社がAMDと共に開発を進めているArmベースの次世代プロセッサー「FUJITSU-MONAKA」がある。高速なデータ処理と省電力性を両立したプロセッサーであり、データセンター向けサーバーに適している。

 量子コンピューティングの研究開発についても紹介された。理化学研究所やオランダのデルフト工科大学といった世界有数の研究機関や企業との共同研究に取り組んでいることに加え、独自の量子計算アーキテクチャ「STARアーキテクチャ」についても触れ「日本だけでなくグローバルでもトップに立つような技術開発に取り組んでいます」とマハジャン氏は同社の技術力の高さをアピールした。

富士通
執行役員副社長
CTO、CPO、プラットフォーム 担当
ヴィヴェック マハジャン
富士通
執行役員EVP
富士通研究所所長
岡本青史
富士通
執行役員EVP
CDXO、CIO
福田 譲

AIエージェント同士が協調し
セキュリティリスクを見つけ出す

 富士通 執行役員EVP 富士通研究所所長 岡本青史氏は「富士通の研究戦略」と題し、同社のAIの技術領域の進展と、当日新たにプレスリリースされたAIエージェントの紹介を行った。

 富士通は、2024年7月16日にカナダのCohereと企業向け生成AIの提供に向けた戦略的パートナーシップを締結した。その後、9月30日にCohereと共同開発した高い日本語性能を持つ企業向け大規模言語モデル(LLM)の「Takane」の提供を開始している。すでにTakaneを活用した企業の業務革新も進んでいる。

 AIが人と協調して自律的に高度な業務を推進するAIエージェント「Fujitsu Kozuchi AI Agent」も10月23日にリリースし、同日に会議AIエージェントの提供を開始している。この会議AIエージェントは、商談や打ち合わせにAIが自ら参加して適切な情報の共有や施策を提案してくれる。説明会当日の12月12日には、このAIエージェントから新たに「現場作業支援エージェント」が発表された。

 岡本氏は「今回新たに現場支援エージェントをリリースするに当たり、AIエージェントの技術のアップデートを行いました。一つ目がコンテキスト記憶、二つ目が自己学習、三つ目が行動制御です」と語る。現場支援エージェントは、安全規則などのドキュメントを基に、作業現場のカメラ映像をAIエージェントが解析し、現場改善の提案や作業レポートを作成するものだ。これを実現するため、コンテキスト記憶によって長時間映像を高精度に解析したり、自己学習によって空間や作業などの認識能力を取得したりしているという。

 また、同日に新たに発表されたのが、マルチAIエージェントだ。これは複数のAIエージェントが分散・協働して複雑な課題を解決する。岡本氏は「実は、富士通はこのマルチエージェントの研究を30年行っています。この長年のマルチエージェントの研究、分散の環境においてデータのプロセスをセキュアにやりとりするニーズ、さらにはこの生成AIに代表される学習の技術を当社は持っており、それらによって開発したのが、今回のマルチAIエージェントです」と語る。

 このマルチAIエージェントの技術で開発されたのが「セキュリティAI」だ。これは異なる専門スキルを持つAIエージェント間のナレッジ連携によって、単独AIの潜在バイアスによる誤判断の問題を解決できる。具体的には攻撃エージェントと防御エージェント、テストエージェントを組み合わせ、攻撃と防御シナリオを実環境を模した仮想空間上で協調させ、最適な施策を実行するような取り組みだ。このマルチAIエージェントは、クロスインダストリーの領域での技術適用も検討が進められている。

AIエージェントが議論の内容から自律的に課題を理解して、その解決策を最適なタイミングで提案する「会議エージェント」のデモの様子。
複数のAIエージェントを連携させることで、新たな脅威へのプロアクティブなセキュリティ対策を支援する「マルチAIエージェントセキュリティ技術」によるデモの様子。

富士通全社員の生成AI活用で
92万時間相当の作業を効率化

 富士通 執行役員EVP CDXO、CIO 福田 譲氏は「お客様と富士通の変革を加速する社内実践」と題し、富士通における生成AI実践の最新状況をデモを交えて紹介した。

 富士通では2023年春から生成AIを導入し、活用をスタートした。現在では3万人を超える全社員が毎日生成AIを活用しており、1日でおよそ17万回利用がされているという。「これは1年前と比較して約10倍の利用量であり、初歩的な生成AIの業務活用は定着が進んでいます。また、当社独自の生成AIであるFujitsu Kozuchiの因果発見の機能を活用し、AI活用による業務効果の測定を行ったところ、導入当初の1年間でおよそ92万時間相当の作業効率化が実現できたことが分かりました」と福田氏は語る。

 また富士通ではAI推進をリードするDAO(分散型自律組織)型コミュニティを立ちあげ、356組織から1,100名の富士通社員が参加して社内のAI実践を進めているという。

 そしてこれからの生成AI活用のステージとして、岡本氏が紹介していたようなAIエージェントの活用を進めていくという。説明会では福田氏が実際に、富士通社内で利用しているAIエージェントを活用したデモが行われた。デモでは、営業部門の従業員が商談のアポイントメントが取れたケースを想定し、顧客の興味関心がある領域にフォーカスした提案書の作成を、AIエージェントと会話しながら作成していく様子が示された。

「こうしたAIエージェントの活用は、まだ初期段階です。先ほど岡本から紹介したようなマルチAIエージェントのような新しい技術も活用しながら、さらなる進化を進めていきたいですね」と福田氏は展望を語った。

Security

サイバーセキュリティ予算は増加傾向

パロアルトネットワークスが実施した「サイバーセキュリティ投資動向に関する国内調査」の調査結果を解説する記者発表会をリポートする。記事では、2024年上半期に調査対象の組織が経験したセキュリティ被害の実態や2025年以降のセキュリティへの投資動向を紹介する。

2024年上半期におけるセキュリティ被害の実態と
2025年以降のセキュリティへの投資動向を解説

2024年12月4日、パロアルトネットワークスは「サイバーセキュリティ投資動向に関する国内調査」の調査結果を解説する記者発表会を開催した。本調査は、従業員1,000名以上・年間売上高500億円以上の民間企業、ならびに公共機関におけるセキュリティの決済権者・意思決定者を対象に、セキュリティへの投資意欲やセキュリティソリューションの導入意欲を調査したものだ。本記事では、2024年上期のセキュリティ被害の実態や身代金支払いに関する意識とともに、2025年以降のセキュリティへの投資動向について紹介していく。

サイバー攻撃による被害として
システム障害の被害件数が増大

パロアルトネットワークス
チーフサイバーセキュリティストラテジスト
染谷征良

 調査によると、2024年上半期の内に調査対象の69%がサイバー攻撃や内部不正の被害を経験している。被害の内訳として、サイバー攻撃による被害が60%、内部不正による被害が34%となっている。パロアルトネットワークス チーフサイバーセキュリティストラテジスト 染谷征良氏は、2024年上半期のサイバー攻撃による被害において注目すべき点を以下のように語る。「サイバー攻撃による被害として、これまでは個人情報漏えいの被害件数が多かったです。しかし2024年上半期では、サイバー攻撃によるシステム障害が31%と最も被害件数が多い結果となりました。さらに、サイバー攻撃によるデータ障害が27%と2番目に被害件数が多かったことから、海外のグループ会社や業務委託先をはじめとしたサプライチェーンでランサムウェアの被害が広範に起きている可能性があります。また内部不正被害は34%とサイバー攻撃による被害に比べて被害が少なく見えますが、SaaSの通信を可視化できていないお客さまが多く、被害を把握できていない可能性も考えられます」

 また本調査では、ランサムウェアによる身代金の支払いの是非についても調査を行っている。調査によると、調査対象の78%が「身代金を支払うべきではない」と回答しているものの、その内の49%は「身代金は支払うべきではないが、その状況になってみないと分からない」と回答しており、身代金の支払いに対するスタンスを決めかねている状況だ。一方でスタンスを確定させている調査対象も少数だが存在し、調査対象の10%は「身代金を支払うことはやむを得ない」と回答している。「身代金の支払いについては、犯罪組織へ利益提供を行うことによる社会的評判への影響に加え、法令違反や被害再発の可能性といったさまざまな要素を踏まえる必要があります。さらに、身代金を支払った後犯行グループがデータを復旧したケースは68%と、身代金を支払ってもデータを復旧できる保証はありません。これらの要素を踏まえた上で被害を未遂にするための対策はもちろん、被害に遭ってしまった場合の対応方針を事前に定めておくことが重要です」と染谷氏は強調する。

 さらに法令・規制への対応として、セキュリティインシデントの報告義務・適時開示義務についても調査を行っている。調査によると、「影響やリスクの全貌を把握して期限内に報告・通知できる自信はない」と回答した調査対象は54%と過半数を占める結果となった。染谷氏は、「セキュリティ対策が不十分、またはセキュリティインシデントの報告義務を怠ったり、内容が不十分だったりしたケースに対して、高額の罰金を科す動きが海外を中心に出てきています。こうした動きに対応できるように、組織の中でどういうステークホルダーと連携して対応するか、経営層の判断でどの情報を開示して開示しないのかを、あらかじめ決めておくことが重要です」と語った。

経営層の危機意識の高まりに比例し
サイバーセキュリティ予算は増加傾向

 2024年6月に発生したKADOKAWAグループに対するセキュリティ攻撃を受け、調査対象の90%が「自組織の経営層・意思決定層のランサムウェアによる被害への危機意識が高まった」と回答した。経営層・意思決定層の危機意識の高まりを裏付けるように、83%の企業が「サイバーセキュリティ予算を増加する」と回答している。予算の使用用途としては新規セキュリティソリューションの導入や、現在使用しているセキュリティソリューションから他社セキュリティソリューションへの移行、内製化を目標にした運用・監視体制強化、ペネトレーションテストの実施などが挙げられる。

 それでは企業はどのようなセキュリティソリューションの新規導入を考えているのだろうか。調査によると、EDR(Endpoint Detection and Response)やXDR(Extended Detection and Response)をはじめとした脅威を素早く検知するセキュリティソリューションの導入ニーズが高い結果となった。昨今セキュリティが求められている製造業において、EDRが未導入の企業が多いといった背景が反映された結果であると染谷氏はみている。

 セキュリティ予算の増加に伴う新規セキュリティソリューションの導入が検討される一方で、デジタルインフラの複雑化が企業の課題となっている。これまでのセキュリティ対策では、新しい脅威が生まれると、それを解決するための単一のセキュリティソリューションを導入するといった個別最適のアプローチが取られていた。この個別最適が積み重なってしまった結果、セキュリティソリューションの数が多くなり過ぎて運用管理が追いつかなかったり、セキュリティソリューションのカバー範囲にギャップが生じたりして、セキュリティソリューションを導入しているにもかかわらずサイバー攻撃の被害に遭ってしまうという事例も生じている。こうした課題を解決したいと考える企業は多く、「活用するセキュリティソリューションを削減する」と回答した企業の割合は55%という結果となった。活用するセキュリティソリューションを削減し、必要なセキュリティの機能を一つに統合したプラットフォーム型の統合製品を活用しようとする動きが活発化しているのだ。

被害の未遂を目的にした戦略が
今後のセキュリティ対策のポイント

 2025年以降のセキュリティ対策のポイントとして、染谷氏は以下の五つを挙げる。一つ目が、被害の未遂を目的にしたセキュリティ戦略だ。ランサムウェアを中心に企業の事業継続性に影響を及ぼすセキュリティインシデントが多発している現在、事業を継続するためには被害の未遂を目的にしたセキュリティ戦略を考える必要がある。そうしたセキュリティ戦略を実現するに当たり、自組織を取り巻くリスク環境と事業継続・組織運営やステークホルダーへの影響を適正に評価することが求められているのだ。

 二つ目が、説明可能なセキュリティ投資の実現だ。前述した通り、海外を中心に、セキュリティインシデントが発生した企業に対して報告・通知を求める動きが活発化している。日本ではまだ厳しい罰則規定はないが、世界的な動きを踏まえると、自組織に関係するさまざまなステークホルダーに対して説明責任が果たせる対策と体制を整備しておく必要があるだろう。

 三つ目が、デジタルとセキュリティの投資の一体化だ。サービスの提供を開始したり、新規サービスを導入したりするときには、ビジネス要件とセキュリティ要件を同等レベルで検討しなければ、可用性またはセキュリティのいずれかに問題が生じてしまう。こうした問題を未然に防ぐためにも、可用性とセキュリティのバランスを取ることが重要だ。

 四つ目が、一貫したセキュリティ基盤の構築だ。デジタルインフラが複雑化しているのに加え、サイバー攻撃の被害も深刻化している現在、単一のセキュリティソリューションを導入していく運用では限界がある。必要なセキュリティの機能を一つに統合したプラットフォーム型の統合製品といったアプローチを採用することで、場所や雇用形態を問わずに一貫性のあるセキュリティが担保できるのに加え、運用負荷の削減やコストの最適化にもつながるのだ。

 五つ目が、脅威とリスクの検出・復旧時間の最短化だ。サイバー攻撃がAIを悪用することなどによって高速化する中、人の手だけではサイバー攻撃に対処することは難しい。AIの導入や自動化を活用し、脅威やリスクの検出速度を早め、被害の拡大防止に加え、被害の未遂につなげることが求められる。

 最後に、染谷氏は「当社が支援した企業さまにおいて、セキュリティの運用がうまくいっている企業さまを見ると、インフラ部門とセキュリティ部門で密に連携ができているケースが多いです。コミュニケーションを取りやすい環境もセキュリティの強化には重要となっています」と自身の経験に基づいたセキュリティの対策のポイントを語った。

Partner Program

新パートナープログラム「CISCO 360」を発表

2024年11月28日、シスコシステムズのパートナー向けイベント「Cisco Partner Conference Japan 2024」が開催された。企業の変革に向けた取り組みの一つとして2026年2月1日からスタートする新パートナープログラム「CISCO 360」を発表した。

新しいCisco 360パートナープログラムを発表
2026年2月1日の開始に向けた取り組みを説明

昨年11月28日に東京においてシスコシステムズのパートナー向けイベント「Cisco Partner Conference Japan 2024」が開催された。米シスコシステムズは昨年12月に創業40周年を迎え、第二の創業に当たる転換期とした上で、変革に向けた取り組みの一つとして2026年2月1日からスタートする新しい「Cisco 360 パートナープログラム」を発表した。

創業40周年の転換期に
パートナープログラムを刷新

シスコシステムズ
代表執行役員社長
濱田義之

 シスコシステムズ日本法人の代表執行役員社長 濱田義之氏が登壇し、まず日本市場でのビジネスの実績を振り返った。同社の会計年度が始まる2023年8月からの上期は、サプライチェーンの問題の影響が残り苦戦したものの、2024年3月からの下期はV字回復を果たしたと述べた。その中でワークスタイルがオフィスへ回帰したことを受けてコラボレーションソリューションが二桁成長したことと、セキュリティソリューションも二桁成長したことなどが日本市場での成長を支えたと説明した。

 また同社の専務執行役員 パートナー事業統括 大中裕士氏は米シスコシステムズが創業40周年を転換期として、グローバルで二つの取り組みを進めていると説明した。その一つが、シスコシステムズはこれまで企業買収を通じてさまざまなテクノロジーを吸収してさまざまな製品を開発・提供してきたが、今後もその取り組みを続けていくにあたり製品を作るプロダクトチーフオフィサーとマーケティングチーフオフィサーを同社CEOであるチャック・ロビンス氏の直下に置き、経営と一体化すること。

 もう一つは「Forward as One(共に前進しましょう)」をスローガンに掲げ、25年間続けてきたパートナープログラムを刷新し、2026年2月1日から新しい「Cisco 360パートナープログラム」をスタートすることだ。

能力開発と成長、達成を柱に再構築
五つの分野を四つの側面で評価

 新しいCisco 360パートナープログラムについて、米シスコシステムズでアジア太平洋地域(APJC)のパートナー事業を統括するVice President APJC Partner & Routes to Market Sales カルティカ・プリハディ氏は「新しいCisco 360パートナープログラムはパートナーの技術力を伸ばすこと(能力開発)、一緒に成長を目指すこと(成長)、適切な支援によって成長を達成すること(達成)の三つの柱で再構築した」と説明した。

 またパートナープログラムの再構築に当たり3,000社以上のパートナーから8,000件の知見を得て「簡略化」や「収益性」を重視し、新しいCisco 360パートナープログラムでは複雑な仕組みを削除するとともに、専門的な能力と実装力を評価し、柔軟性のある評価基準へ移行し、収益拡大を実現する構成に仕立てたという。

 新しいCisco 360パートナープログラムの具体的な構成と仕組みは次の通りだ。まずポートフォリオと呼ばれる「ネットワーキング」「セキュリティ」「オブザーバビリティ」「クラウド&AI」「コラボレーション」という五つの分野において、それぞれ四つの側面で成果を測定する。四つの側面には「パートナー バリュー インデックス」と呼ばれ、「Foundational(基盤)」「Capabilities(能力)」「Performance(成果)」「Engagement(連携)」があり、それぞれで成果を測定してスコアを算出する。この仕組みは全てのパートナーのタイプに適用される予定だ。

 ちなみにパートナー バリュー インデックスはパートナーごとに提供されるダッシュボードで現状のスコアを確認することができる。

新しいCisco 360パートナープログラムでは五つの分野(ポートフォリオ)においてそれぞれ四つの側面で評価(パートナー バリューインデックス)してスコアを算出する。
2026年2月1日の完全移行に向けて新しいCisco 360パートナープログラムが段階的に開始される。

称号は2種類に簡素化
2024年12月より段階的にスタート

シスコシステムズ
専務執行役員 パートナー事業統括
大中裕士

 パートナー バリュー インデックスの測定で算出されたスコアによってDesignation(称号)が付与される。具体的にはパートナー バリュー インデックスで一定のスコア以上を獲得したパートナーは「シスコ パートナー」または「シスコ プリファード パートナー」の称号が得られる。また後者は「シスコ プリファード パートナー(セキュリティ)」のように、ポートフォリオごとにそれぞれ付与される。

 さらにシスコ プリファード パートナーを獲得した後に各分野においてより優れた専門性と成果を収めたパートナーにはポートフォリオごとに「次世代シスコ (例:セキュリティ) スペシャライゼーション」の称号が付与される。

 収益や支援においてはパートナー バリュー インデックスのスコアに応じて財務面および財務以外の収益や支援がフロントエンドとバックエンドの両面で提供される。例えばパートナー バリュー インデックスのスコアが一定の値を超えることでシスコ パートナー インセンティブ(CPI)が提供され、もう一段階上のスコアを獲得すると増加される。

シスコシステムズ
Vice President APJC
Partner & Routes to Market Sales,
カルティカ・プリハディ

 なお現状のロール(インテグレーター、アドバイザー、デベロッパー)とレベル(セレクト、プレミア、ゴールド)は新しいCisco 360パートナープログラム の開始に伴い廃止されるが、新しいCisco 360パートナープログラムがスタートする2026年2月1日まで延長される。

 また2026年2月1日の完全移行に向けてセキュリティ(2024年12月)、ネットワーキング(2025年2月)、コラボレーション、クラウド、およびAI(2025年3月)、オブザーバビリティ(2025年4月)の順に新しいCisco 360パートナープログラムが段階的に開始される。