これまで産業用の3Dプリンターは主に製造業において樹脂を素材とする装置が導入されてきた。その用途は量産する製品の金型を製造する前に形状を確認するため、また加工では難しい中空の部品や複雑な形状の部品の試作などが挙げられる。ところが最近では造形の形状精度が向上したことで、最終製品に用いる部品を3Dプリンターで製造するケースも増えている。さらに扱える素材が増え、3Dプリンターの用途が拡大している。本稿では産業用3Dプリンターの先進的な活用事例を紹介する。

金属3Dプリンター

地域のものづくり企業に
金属3Dプリンターの実用を支援

長野市から南へ20kmの位置にある坂城町は人口約1万4,000人の小さな町ながら、人口1人当たりの製造品出荷額が長野県内1位、全国でも33位を誇る、ものづくりの町として広く知られている。機械・金属加工を中心とする坂城町の工業力を支えている製造業を支援するために設立されたのが「さかきテクノセンター」だ。同センターでは坂城町の工業力の発展に金属3Dプリンターが欠かせないと考え、その実用に向けた取り組みを進めている。

長野県坂城町が誇る工業力の発展を支える「さかきテクノセンター」。

地域の製造業の技術力の高度化に
金属3Dプリンターの活用に着目

 坂城町は国内でも有数の降雨量が少ない地域で、その気候が金属を扱う機械・金属加工業に適しているとして製造業が集積された。最盛期には350社もの製造業を営む企業が、約54km2の小さな町にひしめいていたという。企業の数はかなり減ったというものの、現在も200社が操業する工業の集積地である。

 坂城町の製造業の特長は高精度で複雑な加工への対応や低コスト・短納期への対応など、独自の多種多様な技術を持つ製造業が数多く集まっていることだ。この特性と強みを生かして坂城町の工業力を発展させるために1993年10月に開設されたのが「さかきテクノセンター」だ。

 さかきテクノセンターの役割は坂城町の製造業が直面する課題の解決を支援することであり、具体的には技術の高度化の支援、試験・計測の設備の提供と支援、人材育成の支援、企業交流の創出、情報の収集・提供という五つの役割を担っている。同センターが金属3Dプリンターを導入したのも、地域の製造業の技術力の高度化を支援するためだ。

 坂城町には機械・金属加工業を中心とした中小企業が数多く操業しており、高精度な加工や複雑な加工が付加価値となっている。工藤氏は「スキルの高い人材の技術力を引き上げるには人の手だけでは限界があります。また例えば新人にベテランと同じ精度で金属を加工させたり、複雑な加工をさせたりするのは無理と言わざるを得ません」と話す。その解決策として早くから金属3Dプリンターに着目していた。

 工藤氏は「坂城町には金属加工メーカーが多いため、金属3Dプリンターが登場した2000年代の中ごろから注目していました。また地域の企業からは金属3Dプリンターでなければ作れない複雑な形状を実現したいなど、多数の要望が寄せられていました。しかし数千万円から1億円以上もする金属3Dプリンターを中小企業が自社導入するにはハードルが高く、導入しても実際に使えるのかどうかというリスクもあります。そこで金属3Dプリンターの実用性を検証したり企業での実用を支援したりする目的で、当センターに導入することを決めました」と導入の経緯を説明する。

さかきテクノセンターが導入したデスクトップ メタルの「Studio System 2」。デスクトップ メタル独自のBMD方式を採用している。
Studio System 2で造形した試作品。薄く複雑な形状が造形できている。手に持っているのは材料となる金属粉を樹脂で固めた棒状の固形物。

多くの企業が採用するPBF方式
設置場所と運用条件に課題

材料を格納したカートリッジはレーザープリンターのトナーカートリッジのように扱える。

 金属3Dプリンターにはいくつかの方式がある。企業に多く採用されているのがPBF方式(粉末床溶融結合方式)だ。これはベースとなるプレート上に金属粉末を敷き詰め、造形する部分にレーザーやビームを照射して溶融・凝固していくことで造形する。複雑な形状を高精度に造形できるメリットがあり、金属ワイヤーをレーザーで溶かして、プレート上に積層して造形するDED方式(指向性エネルギー堆積法)もある。この方式では造形のほかに、既存部品の補修やクラッディング(肉盛り加工)などにも利用できる。

 多くの企業が採用するPBF方式の金属3Dプリンターは材料に金属粉末を使用するため、設置場所には十分な防塵・防爆対策が必須となり、粉塵を吸い込まないように防塵服を着用して作業することが求められる。

 工藤氏は「専任のスタッフが運用するのではなく、多くの企業が利用する設備として導入するため扱いやすく、安全性が高いことを要件として製品を検討しました」と説明する。その結果、2021年10月にデスクトップ メタルの「Studio System 2」を導入した。

金属粉を扱わないBMD方式を採用
実用に向けた知見収集を継続

さかきテクノセンター
センター長
工藤誠一

 Studio System 2にはデスクトップ メタル独自の「BMD(Bound Metal Deposition)方式」が採用されている。これは金属粉を樹脂で固めた棒状の固形物を材料に使うことが特長だ。金属粉を扱わないため防塵・防爆対策が不要でどこにでも設置でき、防塵服も不要だ。また材料はカートリッジ状で提供され、レーザープリンターのトナーカートリッジを扱う感覚で本体に設置できる。

 造形性能についてもベンチマークテストを実施するなどして比較検討し、薄い壁状の部材も造形できることなどを評価してStudio System 2の導入に至った。

 現在、さかきテクノセンターでは金属3Dプリンターの実用に向けて、Studio System 2を用いてさまざまな検証を行っている。工藤氏は「金属3Dプリンターは導入してすぐに使えるものではありません。例えば脱脂・焼結の工程で部材が収縮する際に空孔ができたり、変形したりすることがあります。設計ガイド資料や事例を参考にするだけではなく、実用には実際に自分の手で使って経験を蓄積してノウハウを習得する必要があります」とアドバイスする。

 導入した金属3Dプリンターでは素材としてステンレス鋼、高強度ステンレス鋼、クロモリブデン鋼、チタン合金、銅などの金属が扱える。これら素材の違いに応じて金属3Dプリンターの扱い方も変わってくる。

 工藤氏は現在の取り組みについて「金属3Dプリンターはどういう形状が得意で、どういう形状が苦手なのか、試行錯誤を繰り返しながら知見を収集しているところです」と説明する。こうした同センターの取り組みは地域の企業の金属3Dプリンターの導入・活用に役立っており、今後は造形の精度向上や複雑な形状への対応への技術支援も続けていく。

建設3Dプリンター

外壁から屋根までの一体成型を目指し
クルマの価格で買える住宅を実現

2018年に設立したセレンディクスは2022年3月に日本で初めて建設3Dプリンターを用いて住宅を建設し、2022年度販売分の全6棟を同年12月に完売した。建設3Dプリンターで家を造るということにおいてすでに実績のある同社だが、低価格化や工期の短期化などの目標に向けて進歩を続けている。

建設3Dプリンター住宅において難しい
外壁から屋根までの一体成型を目指す

セレンディクス
共同創業者 兼 COO
(最高執行責任者)
飯田国大

 3Dプリンター住宅では建築材料の一部、例えば壁のみを建設3Dプリンターで造形して、屋根は既存の建築材料で作って組み合わせて住宅を建築するのが一般的だ。それに対してセレンディクスが提供する3Dプリンター住宅は住宅を構成する外壁から屋根までを建設3Dプリンターで造形していることが特長で、これは日本では同社が初めてだという。

 設計された住宅は複数の部材に分割し、それぞれを工場で建設3Dプリンターを使って造形する。造形された部材は設置現場に搬送し、基礎の上に組み立てて住宅が完成する。

 3Dプリンター住宅の建設においてセレンディクスは設計データを作成し、そのデータから建設3Dプリンターで部材を造形する。部材の造形はセレンディクスの国内6カ所(2025年1月時点)の拠点で行うほか、協力会社が保有する建設3Dプリンターも利用する。また基礎工事をはじめ部材の組み立てや内装の施工なども協力会社に発注している。

 セレンディクスでは約300社(2025年1月時点)の協力企業と協業することで、3Dプリンター住宅の建設に必要な作業を分業してビジネスを展開している。同社がこのようなエコシステムを構築できているのは、設計データに強みを持っているからだ。

550万円で販売された50平米の「serendix50」の完成写真。電気と水回りを完備する。基礎や施工、内装の工事などは別途費用がかかる。

 一般的に建設3Dプリンターはノズルを水平移動させながら、建設3Dプリンターに最適化されたモルタルを連続して吐出して厚さ数cmの層を積み重ねて構造物を造る仕組みだ。

 建設3Dプリンターに使われるモルタルは、セメントに砂と水を練り混ぜた一般的なモルタルや、それに硬化速度を調整するための添加剤(混和剤)を混ぜたものとなるが、セレンディクスではパートナー企業と共同開発した独自のモルタルを使用している。

 建設3Dプリンターの特性についてセレンディクスの共同創業者でCOO(最高執行責任者)を務める飯田国大氏は「3Dプリンターは垂直に造形するのは得意なのですが、大きな角度をつけると積層したモルタルが落下してしまう難しさがあります」と指摘する。

 そのため外壁から屋根までを一体成型して建設3Dプリンターで造形するためには、建設3Dプリンターで造形しても崩れない形状に最適化したり、使用するモルタルなどの材料の特性を工夫したりするなどの技術力が求められ、現在開発を進めている。

一体成型によってコストと工期を削減
耐震性と断熱性を確保する工夫も

 建設3Dプリンターで外壁から屋根までを建設3Dプリンターで造形するメリットは何なのか。それはコストと工期だ。飯田氏は「一般的な3Dプリンター住宅は外壁を建設3Dプリンターで造形して、屋根は既存の建築材料で建築します。この場合、屋根を作るのに数百万円の予算と半年ほどの施工時間がかかってしまいます。外壁から屋根までを一体成型して建設3Dプリンターで造形することができれば、そのコストと工期をさらに削減することが可能です」と説明する。

 そこでセレンディクスは住宅のフォルムを球体にすることで、外壁と屋根を一体成型した設計データから建設3Dプリンターで造形できるようにした。また使用するモルタルについても独自の工夫が施されている。これらの設計データおよび素材が、3Dプリンター住宅ビジネスにおける同社の強みとなっており、協力会社とのエコシステムの構築につながっているのだ。

 一体成型された設計データから建設3Dプリンターで住宅を建設すると聞くと、その強度に関心が集まる。セレンディクスが提供する3Dプリンター住宅は「耐震性」と「断熱性」に優れることも特長となっている。

 飯田氏は「当社の3Dプリンター住宅の壁面には複合的な機能を持たせています。まず建築基準法を遵守するためにRC造(鉄筋コンクリート造)となっていますが、コンクリートだけでも十分に耐震性を確保できる強度を実現しています。断熱性については壁面を二重構造にすることで、欧州諸国の厳しい断熱基準をクリアできる機能を実現しています」と説明する。

建設3Dプリンターでの造形作業。セレンディクスは全国に6カ所の拠点を持つ。

低コスト化と短工期化を
自動化で突き詰めていく

 同社初の商用初物件である2023年5月26日に長野県佐久市に建設された3Dプリンター住宅では、10平米の住宅を22時間52分で完成させた。住宅を構成する複数の部材はあらかじめ建設3Dプリンターで造形されており、その部材の組み立てにかかった時間となる。ちなみに建設3Dプリンターでの部材の造形には、形状や大きさによって異なるが数日ほどかかる。

 この物件の販売価格は330万円で、土地代や内装工事などは別途費用がかかる。また電気は利用できるが水道設備はない。そのためグランピング施設や個人で趣味を楽しむためのスペースなどの用途を想定している。なおこの物件は2022年に販売した6棟のうちの1棟で、販売された6棟は完売している。

 夫婦二人が住める50平米の3Dプリンター住宅を慶應義塾大学 KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターと共同開発し、「serendix50」として一般販売を開始している。こちらは電気も水回りも完備しており販売価格は550万円、施工時間はのべ48時間以内となっている。さらに家族で住める70平米の3Dプリンター住宅の販売も計画されている。

 このほかJR西日本の無人駅舎の建て替えに、更新費を大幅に削減できるとしてセレンディクスの3Dプリンター住宅技術が採用された。終電から始発までに新しい駅舎を設置するとともに、施工コストを従来工法から大幅に削減するというプロジェクトだ。現在、2024年度に1棟の建築を目指している。

 今後の展開について飯田氏は「まだまだ削減できるコストや時間を短縮できる余地があります。今後はロボットを利用して人手の作業を減らすとともに、24時間稼働できる体制の構築によりコストと工期の削減を進めていきます。また意匠の創作など人の能力に頼るクリエイティブな仕事をAIに任せることでコストと工期の効率化や、付加価値の向上を図れます」と語る。

設置現場での組み上げ作業。

フード3Dプリンター

フード3Dプリンターで細胞性水産物を形成
生体の魚類の見た目と触感の再現を目指す

食品メーカーのマルハニチロでは持続可能な次世代の魚タンパク供給体制の確率を目指して魚類の細胞培養技術による「細胞性水産物」の研究開発に取り組んでいる。その取り組みの中で細胞性水産物の形成にフード3Dプリンターを活用し、実際の魚の身の見た目や触感なども再現することも検討している。

細胞性水産物の現在地
量産までに時間を要する

マルハニチロ
事業企画部 ユニット企画担当
兼 イノベーション担当 課長
御手洗 誠

 マルハニチロが取り組む細胞性水産物の事業化は同社の中期経営計画「海といのちの未来をつくる MNV 2024」における「価値創造経営」の実践に向けたサステナビリティ戦略の一環となる。細胞性水産物に関して同社は2021年に国内先進企業と共同研究開発を始めており、2023年8月にはシンガポールに本拠を置くバイオテクノロジー企業のウマミ・バイオワークスと協業契約を締結し、研究開発をグローバルへと拡大している。

 細胞性水産物とは魚類の細胞を培養して生産される、いわゆる培養肉の一種であり、魚肉のすり身のような見た目となる。それをフード3Dプリンターで形成し、加工食品として提供する。現状のフード3Dプリンターによる形成では細胞性水産物のみを用いるほかに、魚類の生体の身や植物性の水産代替物を細胞性水産物と混ぜて用いる。

 マルハニチロで細胞性水産物事業に携わる事業企画部 ユニット企画担当 兼 イノベーション担当 課長 御手洗 誠氏は「現状は細胞性水産物のコストが高いため、事業化においては生体の魚類の身、あるいは植物性水産代替物と混ぜて形成するのが現実的です」と説明する。

 また形成される細胞性水産物の見た目について「研究レベルでは生体の魚類の身の見た目や触感を再現したとされるケースはありますが、量産までにはまだ時間がかかりそうです」と説明する。ちなみに海外のフード3Dプリンターを用いて形成した細胞性水産物は、見た目や食感は本物の水産加工品に近いところまで再現されているという。

日本の食用魚介類の自給率は低い
将来の食料不足への備えも必要

 地球上には大海が広がり、日本は四方を海に囲まれた島国で水産物に恵まれている、と多くの人が認識していることだろう。水産庁が昨年8月に公表した「令和5年度の食料自給率(水産物)」によると、日本の食用魚介類の重量ベースの自給率は概算値で54%となっている。ちなみに令和4年度は56%(確定値)、令和3年度は59%(確定値)と3年間で年々減少しており、平成28年度からの数値を見ても令和5年度の数値が最も低い。

 水産庁の見解では令和6年度の増減要因として「まいわしなどの生産量は増加したが、さば類やすけとうだらなどの生産量が減少したため、魚介類(食用)の国内生産量が11.6万トン減少した」などと指摘している。

 細胞性水産物の必要性について御手洗氏はグローバルと日本の二つの視点で次のように説明する。まず日本について「魚種によっては漁獲量が年により大きく増減し、それに伴って価格の変動も大きくなるという、漁獲量と価格が不安定であるという課題があります」と指摘する。

 またグローバルについては「海外の多くの国や地域では漁獲量を管理する管理漁業が行われており、水産資源が保護されています。しかし健康食として魚類が世界的に注目されて消費量が増えていること、地球全体では人口が増加していることや温暖化の影響により水産資源の不足が懸念されていることなどが挙げられます」と指摘する。

 日本においてもグローバルにおいても近い将来の食料不足への備えが必要であると言えよう。その対策としてマルハニチロでは海面および陸上での魚の養殖に取り組み続けてきた。御手洗氏は「海面養殖では台風などの自然災害の影響を受けやすく、陸上養殖では水や電気にかかるコストの上昇、さらには餌の価格高騰など事業性の観点で課題があります」という。こうした問題を補う観点から、安定して生産できる細胞性水産物に着目したというわけだ。

出所:水産庁「令和5年度の食料自給率(水産物)の概要」(2024年8月8日)

許認可制度の確立はこれから
ビジネスの可能性は大きい

 細胞性水産物には現状、技術的な課題に加えて法律やルールが整備されていないという問題もある。細胞性水産物の安全性について、例えば培養液に使っていい成分や使ってはいけない成分を決めるなどのガイドラインを明確にして、安全性を担保する許認可制度を確立している国や地域はほとんどない。また培養した細胞が人体に悪影響を及ぼす物質に変化しないというエビデンスを示すことも、研究開発が始まって間もなく実績が少ないため難しい。

 しかし御手洗氏は「当社が協業契約を締結したウマミ・バイオワークスがあるシンガポールや米国では、培養肉製品の販売が政府から許可された事例がすでにあり、ヨーロッパでも着実に実用化に向けたルール作りが進んでいます」と説明する。

 そして細胞性水産物のビジネスの可能性について「海外の多くの調査会社が2040年には世界の食肉市場における培養肉製品のシェアが二桁になると予測しています。世界的な水産物の消費増と将来の食料不足という観点から、細胞性水産物のビジネスチャンスは大いに期待できると考えています」と強調する。

 マルハニチロに限らず細胞性水産物について現状は研究開発の段階であり、量産化にはコストダウンや技術革新が求められている。中でも商品の見た目や触感を作り出すフード3Dプリンターの役割は、細胞性水産物に対する抵抗感を払拭する上で、また商品の価値を高める上で非常に重要となる。

細胞性水産物を使用したハタのソテー。
写真提供:ウマミ・バイオワークス
細胞性水産物を使用したハタのタコス。
写真提供:ウマミ・バイオワークス