「働きやすい環境作り」の一環であり、社員のキャリア形成を支援
人材紹介サービスを手掛けるパーソルキャリア(東京都千代田区、代表取締役社長 峯尾太郎、正社員4,540名(有期社員含む グループ会社出向中の者は除く 2021年1月末時点))は、2021年4月から一部の職種を除く全社員を対象に「フルリモートワーク制度」を始めた。一定の条件を満たした場合、社員が私生活の事情やライフスタイルに応じて居住地を選ぶことができる。
これまでは、社員は原則として所属するオフィスに通勤が可能な範囲に住んでいた。同制度により、北海道から九州までに30カ所あるオフィスに通勤可能な範囲に、本人の希望で転居ができる。
社内外の有事に備えるために「日本全国いずれかの拠点に片道2時間程度で出社可能な範囲」といった制限を設けたが、本制度が適用される社員は原則としてオフィスへの出社はない。従って、自宅で毎日終日、仕事ができる。配属部署や関わる仕事は、通常は転居後も変更はない。IT、デジタル機器やそれに伴う教育、セキュリティルールを2010年から全社規模で整備してきたため、地方や自宅にいても滞りなく対応できるという。
東京の本社に勤務していたある社員が、例えば私生活の事情で岐阜市(岐阜県)に転居する必要があるとする。最寄りのオフィスの中部オフィス(愛知県名古屋市)まで電車で1時間以内に出社できるため、「出社可能な範囲」と見なされ、岐阜市に転居することが認められる。
制度の目的は、昨年(2020年)4月、政府による緊急事態宣言の発令以降、本格的に取り組んだリモートワーク(主に在宅勤務)をより一層普及させることだ。また、創業期から推し進めてきた「働きやすい環境作り」の一環であり、社員の定着を促進し、キャリア形成を支援するためでもある。そのうえで、社員自らがパフォーマンスを最大限に発揮することで、同社が掲げるMission(人々に「はたらく」を自分のものにする力を)やValue(“はたらく課題”と“ビジネス”をつなげてとらえ、自分ゴトとしてその解決プロセスを楽しむ)といった、社会への価値貢献を最大化する。
地方在住者が今後、新卒や中途の採用試験を経て入社した後、本社に勤務となり、都内近郊に転居することが必須ではないようにすることも考えている。この一連の取り組みが、採用力やブランド力を強化する施策にもなる。
利用するためにはまず、上司に申請し、認められることが必要だ。その後、上司が人事部に報告し、審査のうえ認められれば正式に許可される。基本的には認める方向だが、例えば新入社員の場合、1人で仕事をすることが難しいために、いったんは許可を見送る可能性がある。
本社や全国のオフィスには転職支援を行うキャリアアドバイザーに加え、広告営業、エンジニアやデザイナー、マーケティング、管理部門(人事、総務、経理、広報、IR)など約4,500名の社員がいる。制度利用の中心となるのが、エンジニアやデザイナーを400名程抱えるテクノロジー本部だ。2021年4月現在、全社においての利用者は114名となっている。
「現時点では、利用者は一部の部署や職種に限られている。キャリアアドバイザーや法人営業を含む職業紹介事業に従事する社員は職業安定法を厳守する立場から届け出を出している本社やオフィスに出社する必要があり、本制度の適用外となっている。
そのため、職業紹介従事者以外の部署や職種で、働きやすい環境を整備してきた。フルリモートワーク制度により、上司が部下とリアルに対面しなくとも、マネジメントがきちんとできるようにしていく。すでに九州在住者が中途採用試験を経て入社し、この制度を利用し、働いている」(執行役員テクノロジー本部本部長 柘植悠太氏)
法令順守の立場から職業紹介従事者は事実上、制度の対象外
キャリアアドバイザーを始め、職業紹介従事者は事実上、制度の対象外となる。職業安定法では、転職などの相談や斡旋をする人材紹介サービスなどの職業紹介事業では、厚生労働省に届け出た事業所でのサービス提供が義務付けられている。同社の場合、それが本社やオフィスとなる。従って、キャリアアドバイザーなどは本社や支社に出社し、転職希望者のサポートを行う。
昨年4月から5月下旬までの緊急事態宣言発令解除までは、社員の安全確保や事業の安定的な継続のために、全社員に在宅勤務を奨励した。業務上出社が必要な社員は、オフィスで過密な状態を避けるために、勤務のローテーションを組んで本社やオフィスに出社した。その際、室内の換気や社員の手洗い、マスクの着用を義務付けた。社員間のソーシャルディスタンスにも配慮した。特に職業紹介従事者は職業安定法順守(注)のため、出社比率が高かった。
発令解除以降から2021年4月現在に至るまで、社員の安全確保の観点から在宅勤務を進める姿勢は変えていないが、各部署の実情に応じて柔軟に対応をしている。
テクノロジー本部
(主にエンジニアやデザイナーなど、約100名がリモート勤務)
1か月の本社やオフィスへ出社は、平均2日
管理部門
(人事、総務、経理、広報、IR、営業、キャリアアドバイザーなど約3,100名がリモート勤務)
1か月の本社やオフィスへ出社は、平均8~10日。1週間で2~3日
不公平感をなくすための試み
取締役や執行役員(事業本部長)などの経営層が昨年4月当初から懸念したのが、不公平感だ。特に以下の3つに注意をした。
・部署や職種間
・在宅勤務をする社員
・仕事をするうえでの誤差
部署や職種間の不公平は、在宅勤務が比較的スムーズにできる層と、そうではない層の2つがあることから生じる。そこで特に4~5月に執行役員(事業本部長)らが中心となり、自らの部署の社員全員に主に次のことを丁寧に説明した。
①社内外の現状、今後の会社の方針、そのもとでテレワーク(在宅勤務)の位置づけ
②本社やオフィスに出社する理由や会社の考え
不公平感をなくすために次に取り組んだのが、2020年10月から始めたリモートワーク手当だ。支給額は制度を利用する社員に一律、月額2,000円。在宅勤務中の水道、光熱費など日々の経費の補助を目的とした。支給対象となる社員は、2021年4月現在約3,200名。
仕事をするうえでの不公平を取り除く試みも始めた。自宅で仕事をする機会が増えると、仕事の様子や成果に至るプロセスが見えない時がある。この状態のまま、上司が部下の人事評価を査定すると、部下が不満を持つ可能性があるかもしれない。在宅勤務の社員が多い開発本部では、昨年4月から管理職はこれまで以上に丁寧に部下に接するようにした。
「目標を立てる時には、最初のゴールをより明確にすることを意識した。ここが曖昧だと、プロセスが見えなくなる。そのうえで、週1回のペースでオンラインによる1on1(ワンオンワン)ミーティングを繰り返す。仕事の進捗を確認することに重きを置くよりは、部下がぶつかっていたり、困っている問題を聞くようにした」(柘植本部長)
テクノロジー本部の中に約30のグループがあるが、それぞれから数名を選び、そのメンバー内での、オンラインミーティングを繰り返した。このミーティングは、所属するグループ以外のことを知る機会とした。部内には20代と中途採用の社員が多いことに配慮した施策でもある。情報共有態勢を徹底させることで、自分を客観視できるようにする。ミーティングには、話し合いを盛り上げるファシリテーター数名を毎回入れた。例えば、最近気になっていることなど雑談に近い内容を話し合うことで、互いに親しみを感じるようにした。
社内外のエンジニアやデザイナーが参加する学習会
テクノロジー本部では、オンラインによる学習会「TECH Street」(テックストリート)を実施している。2019年11月からスタートした取り組みで、昨年4月以降、在宅勤務が浸透した後はオンラインで1か月平均4回程のペースで開催。スタート時から通算で25回を超えた。昨年4月以前は、オフラインも開催していた。
「社内外からIT・テクノロジーに興味のある人が参加し、互いの知識や技術を高め合うコミュニティや社員教育の場」と位置付けている。優秀なエンジニアが所属組織に関係なく、IT・テクノロジーに関する互いの知識や技術を高め合うために活動をしている
【過去に開催した勉強会のテーマ】
・アジャイル開発エンジニア勉強会
・CI/CD活用事例&TIPS発表会
・企業や組織において文化とは何なのか ~エンジニア組織のあるべき姿/今本当に考えるべきこととは?~
・Javaエンジニア勉強会
・営業活動を下支え!事業会社のIT施策事例共有会
・データ分析基盤エンジニアTalk ~運用・自動化そして活用~
・エンジニアの冬休みの自由研究発表会
・内製開発エンジニア勉強会~社内システムを内製化して学び・悩み・悟ったアレコレ~
・最新の【Google Workspace】 を知ろう!?何が変わったの?何ができるの??
・“攻めと守りのIT企画”大規模組織のITプロジェクト推進トーク ~社員のはたらく環境を支える組織の挑戦~
など
1回につき、平均で100名程が参加する。外部からの参加者も無料。平均で社内から50名、社外からは約50名。双方とも、大半は全国のIT企業のエンジニアやデザイナー。登壇者は、外部から招くケースが多い。
「TECH Street」独自のウェブサイトを開設し、活動の様子や講師のインタビュー記事などを載せている。
「弊社の在宅勤務を始めとしたテレワークが社内外に広まると、地方在住のエンジニアやデザイナーが私たちの仲間として入社し、一緒に仕事ができる機会が増えるかもしれない。本人にとってはスキルの幅が広がり、キャリアアップになる。私たちも刺激となり、開発力や経営力を強化することになる。
在宅勤務をすることで、労働生産性は上がっているのだろうか……。この1年間、企業社会でよく問われる。それには、様々な意見や考えがあると思う。具体的な数字にもとづく根拠、つまり、定性的なものを見出すことが難しいのではないか、と私は考えている。その時、どうするか……。そこで会社のカラーが出てくる。弊社は、昨年4月以前から社員の安全確保や働きやすい環境作りに熱心に取り組んできた。だから、全社的にテレワークを進めることにブレや迷いがなかった」(柘植本部長)
全社規模で、しかも職業安定法を順守する立場を崩さない。一方で、会社の理念とも言える「社員の安全確保」や「働きやすい環境作り」を実現する。このかじ取りは難しいのではないだろうか。現在まで大きな混乱がなく進んできたのは、日頃から情報や意識、目標の共有を徹底させ、地に足をつけたチームビルディングをしてきたことの蓄積があってこそと思えた。
「コロナに負けない!在宅勤務・成功事例」
記事一覧
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【1】スマートキャンプ
オンライン夜会で全社員の共有意識を高める -
【2】ツナグ・ソリューションズ
全社員の無期限フルリモート継続決定から矢継ぎ早の大改革 -
【3】株式会社新規開拓
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【4】ピー・アール・エフ
テレワークができるか否かは、「ITスキル」「営業の仕方」で決まる -
【5】株式会社メンバーズ
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【6】ダンクソフト
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【8】Chatwork
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【9】東京都豊島区
全国の自治体から問い合わせが相次ぐ、「テレワーク先進区役所」 - 【10】パーソルキャリア 社員が居住地を自由に選ぶ「フルリモートワーク制度」 ……この記事
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【11】コニカミノルタジャパン
社内保管文書88%削減を背景に、緊急事態宣言に2か月先行した在宅勤務を実現 - 【12】マクロミル ”社員1000人が出社を前提としない働き方“を着々と、確実に整える
筆者プロフィール:吉田 典史
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』(ダイヤモンド社)など多数。