バイタルセンシングの仕組みと多様なデバイス
「バイタルセンシング」とは、人間の心拍数や血圧、呼吸、体温、目や顔の動きなどの生命兆候(バイタルサイン)を計測(センシング)する技術のことです。
計測は、感圧センサーや可視光センサー(カメラ)、赤外線センサー、温度計などの各種センサーなどを組み合わせて行います。最近ではAIの活用により、より複雑なバイタルサインの読み取りや分析が可能となっています。
バイタルセンシングを行うデバイスには、腕時計状のバイタルセンシングバンドやスマートウォッチ、ベッドなどに敷くパッドやシーツ状のもの、ベルトに装着するタイプや名札状のもの、洋服と一体となったもの、メガネ型のスマートグラスやコンタクトレンズ型のもの、非接触でバイタルデータの計測が可能なカメラなど、さまざまな形状のものがあります。
バイタルセンシングの主要な用途としては、労務管理や労働安全衛生のための活用、医療・介護などの現場での効率化、そしてフィットネスやスポーツなど健康維持や趣味の分野でのユースケースがあります。
労務管理、医療・介護業務の効率化、健康維持まで幅広い用途
労務管理や労働安全に活用するケースでは、建設現場やプラントなどで作業員がバイタルセンシングバンドを身に着け、装着した人の心拍数や心電波形、周囲の温度、気圧、加速度センサーによる動きを計測。現場での安全管理に役立てるという例があります。これまでに、作業員の転倒・転落・事故防止のためのソリューションや、熱中症など心身の変調の早期発見などに役立つソリューションが開発・提供されています。ほかにもカメラを用いた画像データを解析して、物流や交通機関などでドライバーや運転士のストレス状態の把握に役立てようという動きもあります。
また、近年注目されている健康経営への取り組みの一環、あるいは従業員のエンゲージメント(企業と従業員の関係、忠誠心など)向上施策のひとつとして、心拍数や顔の表情などを解析することによって緊張の度合いを計測し、部門のストレス度を判断する仕組みも登場。シーツ型のデバイスでバイタルセンシングを行って従業員の睡眠の質を確認し、改善するためのシステムが導入されているケースもあります。
医療や介護などの領域では、バイタルセンシングは従事者の業務負担の軽減につながるものとして活用されています。医療分野においては新型コロナウイルス感染拡大の影響で、パルスオキシメーター(動脈血酸素飽和度と脈拍数を測定する装置)やカメラやモニターによる非接触型の体温計などが身近に活用されるようになり、バイタルセンシング関連デバイスの認知度が一気に高まりました。また、在宅介護向けの見守りサービスでは、居室やベッドのセンサーにより、生体データをリアルタイム収集するシステムなども活用されています。
フィットネスの分野では、すでに腕時計型のウェアラブル端末やスマートウォッチが、心拍数などの生体データや運動量、消費カロリー、睡眠状態などを計測するデバイスとして、一般に普及しています。スマートフォンアプリと連動させ、ライフログ(人間の生活・行い・体験をデジタルデータとして記録する技術)を記録することで、より詳しい情報を確認したり、管理したりすることが可能になっています。
広がるバイタルセンシング市場と今後の展望、課題
国際的な市場調査会社・IMARC Servicesが2022年9月に発表したレポートによれば、バイタルサインモニタリングデバイスの世界市場規模は2021年には50億ドル(2021年末の為替レートで約5750億円)に達し、2027年までに74億ドルに達すると予測しています。バイタルサインモニタリングデバイスとは、バイタルセンシングを行うさまざまなデバイスのことで、血圧監視装置やパルスオキシメーター、体温監視装置などが含まれます。
こうした市場の成長は、生活習慣病の増加や高齢者増加による家庭用バイタルセンシング機器に対するニーズの増加や、新型コロナウイルス症への対応のための需要の高まりが影響しているようです。デバイスだけでなく、周辺のアプリケーションやシステムなども勘案すれば、さらに大きな市場の広がりが見込めるでしょう。
また、富士キメラ総研は、ウェアラブル機器やヘルスケアビジネスについてまとめた調査「ウェアラブル/ヘルスケアビジネス総調査 2021」の中で、医療機器に加えてウェアラブル端末によるバイタルデータの取得に対するニーズが高まっており、そのデータを用いた健康管理サービスが展開されていると指摘しています。
コロナ禍や少子高齢化などの課題に直面する中で、今後も医療・介護などの分野では、AIやIoTなどのテクノロジーを活用したバイタルセンシングを使ったサービスがますます求められるようになるはずです。また労働人口減少、生産性向上といった一般企業が抱える課題に対しても、バイタルセンシングが果たす役割は増えていくことでしょう。
デバイスに関しては、Apple WatchやPixel Watchなどのスマートウォッチの普及が著しいこと、脈波センサーや心電図機能、血中酸素飽和度(SpO2)センサーなど、機能の多様化により健康状態をいろいろな角度でモニタリングできるようになっていることは注目すべき点です。また、従来の接触型の機器に加えて、非接触で効率よくセンシングを実施できる機器も続々と開発されると考えられます。ウェアラブル端末については、腕時計型のほか、リング型やコンタクトレンズ型など、さまざまな形態で開発が進むことも期待されています。
あらゆる場面でバイタルセンシングが活用できるようにするためには、デバイスの軽量化やバッテリー持ち時間を長くすること、防じん・防水などの機能強化が課題となります。またデバイスそのものの高機能化だけでなく、通信速度など周辺技術の進化もあわせて実現する必要が出てくるでしょう。
生命兆候という極めてプライベートなデータを取り扱うバイタルセンシングにおいては、セキュリティやプライバシー保護といった観点も忘れてはなりません。より便利で、かつ安全・安心に利用できるデバイスやサービスがさらに増えていくことで、バイタルセンシングは今まで以上に私たちの身近になくてはならない存在となっていくでしょう。