経営者・自治体首長・学識者が語った地方DX

今回のセミナーの司会進行を務めたのは、株式会社フィラメントの創業者・CEOの角勝氏。大阪市の職員を20年間務めたのち、新規事業開発などを手がける企業を立ち上げた異色の経歴を持つ。

この角氏の進行のもと最初にプレゼンテーションを行ったのは、フラー株式会社代表取締役会長の渋谷修太氏だ。長岡高専出身で30代半ばの渋谷氏は、筑波大、グリーを経て2011年に起業。2020年には新潟にUターンし本店をこの地に移した。地方創生とDXが事業の中核となっており、スマホアプリ市場・分析サービス「App Ape」や、新潟県内に本社があるリサイクル大手ハードオフの公式アプリなどアプリ開発も展開する。また新潟の夏の風物詩である長岡花火大会の運営をアプリで支援するといった地方活性化の取り組みも行っている。顧客の多くが東京以外の会社であるのも大きな特徴だ。

渋谷氏は「スマホアプリの活用などを通じたDXは、①生産性の向上を通じた既存事業の売上アップ、②デジタル化による新規事業の創出、③スマート化を通じたブランドイメージの向上の3つに効果がある」と指摘する。これらのポイントは企業のみならず自治体、地域コミュニティでの取り組みにも通じるものだろう。「デジタルはドライなイメージがあるが、人の温かさがそこにあるかが結局重要となる」と強調する新潟県出身の若い起業家によるプレゼンテーションに学生たちも熱心に耳を傾けていた。

続いて新潟県燕市市長の鈴木力氏が地方自治体におけるDXの取り組みを紹介した。鈴木市長はRESAS(内閣官房・経産省が提供する地域経済分布システム)によるデータ分析結果を示しながら、燕市が新潟の中でも特にものづくり産業が支える地域であることを強調する。地域ブランド調査でも「地場産業が盛んなまち」としての認知度も県内1位、全国でも2位の順位を誇る。
燕市ではコロナ禍を受けこの地場産業を支える独自の施策「フェニックス11+」を鈴木市長の旗振りのもと行ってきた。不死鳥(フェニックス)のようにこれまでも幾多の経済危機を乗り越えてきたことから名付けられているが、その財源(令和4年度までの累計で計61事業、約25.9億円)は国からの交付金だけでは足りないので、「下町ロケット」などでも高まった燕市のブランド力を活かしたふるさと納税も財源としている。
この自治体の経済とブランドを支える地場産業がコロナ禍による需要減・営業機会の減少で危機に陥った。そこで力を入れたのが企業間取引のDXだ。

手書き伝票、FAX・電話でのやり取りが中心だった取引をデジタル化し、受発注のマッチングや情報伝達の効率化を図るクラウドシステム「SFTC(Smart Factory Tsubame Cloud)」を産学官金で立ち上げ、利用者を増やしていることが紹介された。
もう一つ紹介されたのが、市内に開設したシェアオフィスだ。昨年度に3箇所、さらに今年度にも3箇所設けられる予定で、すでに42事業者が入居、3000人以上が利用しているという。ワーケーションの追い風も受けつつ、ものづくり企業との連携=アイディアの具現化が容易になる点がその魅力だ。

さらに鈴木市長が示したのが行政のDX=「デジタル市役所」のロードマップだ
議会もAIによる文字起こしを用いながらペーパーレスで進行し、従来の窓口業務など市民との接点もデジタル化が進んでいる

最後にプレゼンテーターを務めたのは、武蔵大学教授の庄司昌彦氏。国際大学GLOCOMで研究員を務めながら国の情報通信政策の検討会の座長などを数多く務めてきた学識者で、今回は東京からオンラインでの参加となった。
庄司氏が挙げた地方DXのポイントは大きく以下の4点。

1. 地方豪族企業
2. コロナ後の行動変容
3. 自治体DX
4. 人にやさしいデジタル活用

国・地方の財政も厳しくなる中、民間の力による地域運営がより重要になってきたと庄司氏は指摘する。

地域に根を張り多様な事業を行う企業を、庄司氏は「分野拡大型地方豪族企業」と呼び、雇用も含めた地域経済の担い手と位置づける。この地方豪族企業は、地方=ローカルという領域では、オフラインも含めた多様な顧客接点を持つことによってGAFAMのようなグローバル企業体にも発揮し得ない強みを持つという。この地方豪族企業のDXが今後の地域の未来の鍵を握ることになるだろう。
また庄司氏はコロナ後の行動変容として、コロナ禍を受けさらに拡大した情報化を背景に、ハイブリッドな働き方が拡がり、情報インフラはもちろん地域データの活用の重要性が今後も高まっていくことを指摘する。これは企業だけでなく地方自治体においても重要で、行政がデジタル化しないと民間も対応が進まないが、燕市のような成功事例はあるものの、全体としてはその遅れも表面化している。
そういった変化のなかで「人にやさしいデジタル活用」の意味も問われることになるという。窓口業務をオンライン化することは、オンラインで自分で手続きができる人には「いつでもどこでも」というメリットを提供することはもちろん、そこから生まれた余力によって従来の窓口業務もより、それを必要とする人により良い形で提供できるはずだとする。

パネルディスカッション・学生たちの反応

プレゼンテーション後のパネルディスカッションは、まずアフターコロナにおける国の動きが今後どのようなものになっていくか、司会の角氏から庄司氏への問いかけからスタートした。庄司氏は会議にはたくさん参加しているものの全てオンラインであるためデジタル庁に「まだ行ったことがない」ことを例として挙げつつ、地方ではまだまだ停滞している実態はあるものの、国全体としてはこのDXが止まることはなく、特にデジタル化(Digitalization)のみならず、変化(Transformation)として今後具体化が進み、確実に私たちの生活にも影響を与え続けるであろうと応じた。また渋谷氏は、民間の方が動きが速く、イーロン・マスク氏の最近の動きなども挙げながら、すでに雇用のあり方も含めてアフターコロナの取り組みも第2幕に入っているのではないかと指摘した。今後、DXを進める企業と従来の窓口など対面対応回帰の二極化が進み、行動変容が進むなか、伸びるのは前者だが、最終的なバランスのためには経営における意思決定がより重要になってくるというわけだ。
意思決定という意味では、より難しい判断を迫られるのが自治体だ。鈴木氏はコロナワクチンの接種予約システムを例に、デジタルデバイドの解消への取り組みがより重要になってくるとする。難易度の高い取り組みではあるが、あと4〜5年で状況は随分変わってくるのではないかとも予想している。

「誰も取り残さない」という観点から庄司氏が指摘するのは情報デザインの重要性だ。行政における手続き書類は、現状とても難解なデザインになっているが「人にやさしく」という観点からまだまだ改善の余地があり、デジタル化によってその恩恵を拡げることができるのではないかというわけだ。鈴木氏もこれを受け、燕市でも行動経済学も取り入れたデザイン改善を進めていると述べた。
今後の取り組みについて、渋谷氏は今後DXの取り組みがB2CからさらにB2Bに拡がっていくと予想し、そこへの対応が重要になってくるとし、そのためにもIT企業の地方分散、地方での人材育成・採用が一層求められるようになると話した。鈴木氏も仕事の地場産業への引き合いは多いにもかかわらず人手が足りない現状があるとした上で、都市部の人材の副業・兼業などの動きを踏まえながら「地域の人事部」と銘打ったマッチングを始めており、また生産手法や地域コミュニティのデジタル化も進めていることを紹介した。庄司氏は地方でも人口減少が進む中「変えるには今しかない」と強調し、角氏もそれを受けて「足りないものを補って余りある良い国になるよう期待したい」として議論を締めくくった。

セミナーを聴講した地方に暮らす学生たちからは、デジタル化の重要性を改めて認識したという受け止め方が多く聞かれた。特に自らも就職活動を控えるなか、「人材不足が繰り返し強調されていたのは意外だった」と雇用の観点には強い関心を持った様子だった。農業・製造業が盛んな新潟ではIT企業の進出はまだまだこれからというのが実情だが、従来型の産業のDXが進みデジタルネイティブな彼らの能力が発揮される機会が地方でも増えていくことに期待したい。そういった機会の創出という意味でも自治体と「地方豪族企業」によるDXの取り組みが一層地方の優勝劣敗を分けることになることは間違いないだろう。