サイゴンという呼び名に親しみを抱く人々

ベトナムに来たのは2023年7月です。アメリカで幼児教育の学士、修士を取り、ホーチミン市にあるインターナショナルスクールの職を得て渡ってきました。ホーチミンはベトナム最大の都市で、南部に位置しています。北部にある首都のハノイとは1,700km離れています。1976年に名称をサイゴンからホーチミンに変更して半世紀になろうとしていますが、現在でも多くの施設やイベントなどにサイゴンの名称が使われていて、サイゴンという呼び名に親しみを抱いている人が多いようです。フランスの植民地時代があったせいか、宗教はカトリックと仏教徒が目立ちます。タクシーに乗ると、イエス・キリストの像が飾ってあったりします。

ホーチミンではいつも工事が行われていて、次々に新しい建物が建設され、街はまだまだ成長している印象です。道路は舗装されていますが、凸凹が目立ちます。日本と差が大きいのは、安全面などです。路上でも多くの工事が行われていますが、日本ならパイロンと柵で囲って動かすような重機が剥き出しで動いており、小さな子供を連れているとその横を通るのは怖く感じます。歩道が舗装されていない、またそこをバイクで走る姿もある中で何故か歩道に木を植える街のデザイン、一方通行の道路をバイクで逆走する人を見るのは日常茶飯事だったりと、ルールや法律に対して総じてルーズのようです。決まり事よりも人とのコネクションなどが優先されて物事が進むこともけっこうあるようです。

なぜか歩道に木を植えるデザイン
道路はあまり整備されていない
工事現場では柵もなく重機が動いている

食生活では苦労は感じませんでした。GrabというUber Eatsのようなスマホのアプリがあって、食事はとても安く届けてもらえます。フォーが300円くらい、ベトナムのサンドイッチのバンミは100円くらいです。パクチーは気になる人には気になるかもですが、タイ料理ほどの量は入っていないので、私は気になりませんでした。Grabは便利なアプリで、食事だけでなく、薬もタクシーも手配できます。ケーキを注文する時にはHappy Birthdayのメッセージをつけてもらうことも可能でしたし、日本よりもっと便利にモバイルライフを送っています。

Grabは生活に欠かせないアプリ
ベトナム食はとても安価にデリバリーできる

家族構成は3世帯同居から核家族が増える傾向にあって、そのへんも日本の高度成長期と近いのかもしれません。ベトナムの人たちは、どこでも老若男女関わらずさっと寄ってきて、子どもを抱っこしたり触れ合おうとする姿に最初は驚きましたが、キッズフレンドリーな雰囲気で子育てしやすいと感じています。一方で、犬はまだペットとしての扱いよりも野良犬と認識されることが多く、私たちの飼い犬ナラも、現地の人から棒で追われるような扱いを受けることがあります。日本と違い狂犬病を発症する犬もいるのですが、予防注射も高額なため、接種してもらえない犬も少なくないです。ですから、人々が犬を遠ざけるのも理解できますし、ナラを他の犬と無防備に遊ばせることは少し怖いです。

飼い犬のナラ

インターナショナルスクールという職場

私が勤務するインターナショナルスクールはグローバルな組織で、多くの国でスクールを展開しています。もともとは駐在員たちの子弟が学ぶための学校として設立されましたが、現在ではグローバルシチズンを育成するという目的の比重が大きくなっていて、私の勤めるキャンパスは英語が公用語です。乳幼児から高校生まで数千人が在籍していますが、生徒はベトナム人が80%以上です。もっとも、隣のキャンパスはヨーロピアンメインで、イタリア語クラスやスペイン語クラスなどがあり、インターナショナルスクールといっても一様ではありません。うちのキャンパスでは、高校を卒業するとアメリカやヨーロッパ、韓国や日本、カナダなどの大学に進む生徒が多いです。日本では早稲田大学やICUなどに進んだ卒業生もいます。

インターナショナルスクールでは自動車で送り迎えされるか、スクールバスを利用して通学します。公立校ではバイク通学も多いですが、インターナショナルスクールでは教師の子弟しかバイク通学はしません。ベトナムでは車の税率が100%なので、裕福でないと自動車は持てません。

教師は外国人で、ベトナム人のサポートティーチャーが補佐します。これは世界的な仕組みで、私も日本でインターナショナルスクールに勤めようとしたら、サポートティーチャーの配置になると言われました。現在の職場の契約は2年でその後1年ごとの更新ですが、5年くらいはここで働きたいと思っています。日本だと、いくら米国で学位を持っていても、母国語が日本語ということが足枷になり、アシスタントの採用が大多数でした。

ベトナムの一般的な仕事に比べ、給与や休日などの待遇は恵まれています。旅行費用や家賃補助などの手当もありますし、年間の勤務は180日で仕事の持ち帰りはほとんどありません。学期は4半期に分かれていて、学期の間に一週間ほどの休みがあります。他に夏季休暇が1.5ヶ月、テト(旧正月)は2週間の休みです。病欠も12日認められています。

私が幼児教育者として信念を持って取り組んでいることは、子どもの社会的感情を育てていることです。自分の気持ちを理解・表現できて、相手の気持ちを思いやれるようになることです。半年間教えてきて、生徒たちはお互いの関わり合いやディスカッション、教師との話し合いの中で大きな成長を見せてくれています。言語成長の段階で、こうした感情的知性の基盤を育んでいくことは大切なことで、これを親御さんやサポートティーチャーとも共有して進めています。

国や家庭の文化、価値観の違いによってもさまざまな問題は起こりますし、モンスターペアレントもやはりいます。日々の活動、クラスや個人の成長過程などはアプリを使って親御さんと共有していますが、バス通学でない子どもの場合、送迎時にお話をしたりなど対話の機会を持つようにしています。ベトナムの人は考えに同調してもらうと安心するため、会話の際にはまず相手の意見を肯定するよう心がけています。多くの親御さんは、教師に深く感謝していて、先生の意見をできるだけ尊重するという基本姿勢です。

現場で驚いたのは、ベトナムには日本のような乳幼児健診がないということです。日本なら1歳半健診や3歳児健診で発達段階・目安の検査があり、検査結果によって専門医に相談するなどの選択を知ることができますが、ベトナムではそうした健診がないため、特別支援教育が必要な子も支援や療育の機会がないまま入学しています。幼児のクラスでも、2歳半でほとんど話せない子や指差しをしない、目が合わない子がいます。健診による基準がないため、親がシグナルに気付けません。教育者としてはもっと早く対応できていればと歯痒い状況ですが、こうした診断を医者で受けることを恥と感じているような文化的背景もあって、なかなか改善されません。

手話を使って英語が母国語ではない子どもとのコミュニケーションも図っている

複数キャリアを持たなくてはならない環境

インターナショナルスクールでは、人と人の関係性は複雑です。ベトナム人のサポートティーチャーは皆英語が話せて、教師と生徒の意思疎通を助けたり、通訳的な仕事もしますが、彼らには教育課程で学んだなどのバックグラウンドはありません。サポートティーチャーは労働時間や待遇などが外国人教師とは異なり改善が必要という声もあがっていますが、仕事に対してとても真面目で長く勤める人が多いです。そうした仕事に取り組む姿勢は文化的背景として、家族をとても大切にしているため、親に送金したり家にお金をいれることを途切れさせてはいけないという価値観が大きいと思います。職場での人間関係の構築にも熱心です。インターナショナルスクールという特殊な職場で働いていますが、ベトナムでは仕事による貧富、待遇の差は、まだまだ大きいです。

人手不足の日本とは違って若者が多く、企業は労働力を安価に手に入れることができます。そのため、入社から15年ほど経つとリストラに遭うケースも珍しくありません。企業側は給与の安い若者を新たに雇うのです。私がベビーシッターをお願いしている方も、以前は工場でマネージャーを務めていたのですが、やはりリストラされ、現在はベビーシッターをしながら英語を勉強し、次の就職を目指しています。仕事の経験を積み技術を習得しても、賃金が上がり続けるわけではなく、同じ職種での転職は難しいのです。一生のうちで2つ3つと、全く別のキャリアを積んでいかなくてはいけないのは大変そうです。

教育の面でも格差は大きく、インターナショナルスクールは私立であるため環境も整備されていますが、公立高校などはとても質素な作りで、外から見ると少し閉鎖的な印象も感じます。しかし、平均賃金から見ると公立でも学費負担は決して小さくなく、中学を卒業して、パーキングのガードマンや配達ドライバーなどのアルバイトで食べていく子も少なくありません。さらに、15年ごとのキャリア替えもあるため、貧困状態からの脱却はなかなか大変です。ただ、当分は年5%以上の経済成長が予測されていますし、今後はもっと豊かな国を目指して進んでいくのだと思います。

公立校は質素な外観