電話と最新テクノロジーを組み合わせて生み出した新しいコミュニケーション
NTT東日本の「シン・オートコール」は自動音声一斉配信システムというように、大勢の人に情報を発信したり、大勢の人から情報を収集したりする用途で活用するサービスだ。災害時の住民への安否確認や状況把握といった防災・減災での活用事例が目立つが、アイデア次第でさまざまな用途で活用できる。このサービスの開発者はICTが進歩しても電話による音声コミュニケーションが重要な役割を担い続けると考え、電話を起点にシン・オートコールを「発明」した。そのユニークな生い立ちを紹介する。
名刺に気になる二つのキーワード
インベンターと特殊局の由来
角氏(以下、敬称略)●シン・オートコールは岩手県陸前高田市では災害時の安否確認および状況把握を効率化する仕組みとして2023年度から導入、北海道今金町では高齢者などのみまもりシステムとして2024年度導入予定、また警視庁蒲田署、茨城県警本部、山形県警本部では特殊詐欺対策システムとして導入されています。
シン・オートコールを開発した鈴木さんはNTT東日本のビジネス開発本部 特殊局で局長補佐(クラウド・電話技術)を務める傍ら、グループ会社のNTT DXパートナーでシニアインベンターとして活躍されています。インベンターという肩書は日本ではあまり聞き慣れませんが、どういう役割を担っているのですか。
鈴木氏(以下、敬称略)●インベンターというのは発明者という意味で、外資の企業では使われている肩書です。NTT DXパートナーの代表を務める長谷部(代表取締役 長谷部 豊氏)に許可をもらって今年5月から使わせてもらっています。
角●発明者ということで特許を取られたりしているのですか。
鈴木●今回ご紹介させていただくシン・オートコールはNTT東日本が4件の特許を取得(第7419472号、7438447号、7549170号、7553743号)していますが、私が発明者として登録されています。
角●シン・オートコールの詳しいサービス内容や活用事例については後編に譲るとして、サービスの発明に至った経緯を聞かせてください。その前にもう一つ、名刺に気になる記載があります。NTT東日本ではビジネス開発本部の特殊局に所属されていますが、この特殊局とはどのような組織なのですか。
鈴木●「特殊」という言葉の通りNTT東日本の中でもユニークな部署です。「局」となっているので非常に大きな組織で、そこにトップがいてヒエラルキーで活動しているイメージを持たれるのですが、全く逆の体制で活動しています。
特殊局は山口(NTT東日本 取締役 ビジネス開発本部長 山口 肇征氏)が立ち上げた部署で、若い技術者が面白く仕事をしながら成長できる環境をつくることが目的でした。当時、山口が知り合った登 大遊さんと、技術者が自由に挑戦できて、失敗できる環境が重要だという考え方で意気投合し、それがきっかけで登さんが社外副業でNTT東日本に入社し、山口と登さんの二人で「特殊局員」という肩書で活動を始めました。
ちなみに登さんはVPNソフトの「SoftEther VPN」を開発し、ソフトイーサの代表取締役を務める有名な技術者です。二人は特殊局員としてまず、コロナ禍の際にテレワークが簡単かつ安全に行えるサービス「シン・テレワークシステム」を開発しました。これは会社で使っているPCの画面を、インターネットを通じて自宅のPCに転送してリモート操作するシステムで、導入と安全性の確保が容易で、当時大きな話題となりました。
特殊局員としてシン・テレワークシステムを発表したため、組織として活動することを会社に認められて正式に特殊局が発足しました。先ほどお話しした通り、特殊局は若い技術者が面白く仕事をしながら成長できる環境を実現することを大切にしていますが、その結果としてイノベーションを起こすことが期待されています。自由に挑戦できて失敗も許されていますが、新しいサービスやビジネスを開発するための環境は自分で考え、自分で用意して実行しなければなりません。
私は特殊局で後ほど詳しく紹介させていただくシン・オートコールを開発しましたが、実は大学は文系の学部出身で、クラウドを使った開発やプログラミングは3年ほど前に本格的に始めました。
角●鈴木さんも生粋の技術者なのかと思っていましたが、意外ですね。特殊局での肩書が局長補佐(クラウド・電話技術)となっていますが、新しいサービスやビジネスの開発のほかにどのような活動をされているのですか。
鈴木●局長はとても多忙な方なので、局長補佐として特殊局でのさまざまな活動や理念を伝播する取り組みを行っています。NTT東日本の特殊局はβ版(まだ正式なサービスではない状態)を早く世の中に出して、実際に使う方の反響を得ながら、進化をさせていく開発手法を大切にしています。かっちりと仕様を決めて長期間検討してから世の中に出すという従来の手法とは真逆のやり方です。
特殊局の立場では開発理念などを伝播しつつ、NTT DXパートナーではお客さまのDXのお役に立てるよう施策を企画し、自ら営業活動や販売促進を行っています。
テクノロジーがどんなに進歩しても
電話での通話はなくならない
角●シン・オートコールはどのような発想から開発されたのですか。
鈴木●私自身がNTT東日本で電話サービスの開発に10年従事していたということもありますが、私は電話でのコミュニケーションが非常に大切だと考えています。どんなにテクノロジーが進歩して、現在のようにメールやインターネットが普及しても、人は意思疎通に電話(音声)を利用しています。
例えば遠方に住んでいる両親が元気に過ごしているかを確認するとき、メールでやりとりするのも便利ですが、やっぱり電話でお互いの声で話をした方が安心しますよね。また好きな人と話をするとき、メールではなく声を聞きたいと思うのではないでしょうか。
人はほかの人の声を聞いて安心したり、信用したりするものです。メールが不安とか信用できないという話ではなく、メールやSNSなどいろいろなコミュニケーションの手段が利用できる中で、電話での音声コミュニケーションはなくならない、こう思っているのです。
固定電話機は確かに減ってきてはいますが、スマートフォンやタブレットのアプリなどに形を変えて、音声コミュニケーションをしていますよね。どんなにテクノロジーが進歩しても、人が生きていく中で音声でのコミュニケーションは不可欠であり、とても重要な役割を担い続けていきます。
しかし一方で進歩したテクノロジーを活用することで、いろいろなことが便利にできるようになりました。しかも便利なことが低コストで、素早く、簡単に実現できるようになっています。
ならば伝統的な電話での音声コミュニケーションと最新のテクノロジーを組み合わせれば、もっと便利で人の温かみが感じられる新しいサービスを生み出せるのではないか、そうした着想からシン・オートコールの開発につながりました。
角●シン・オートコールのようなサービスが目的ではなく、電話と最新テクノロジーを組み合わせた何かという出発点だったのですね。
鈴木●その通りです。これが正に特殊局的な開発手法で、いきなりサービス化を目指したりターゲットを限定したりせず、まずは既存のテクノロジーである電話と、そこに新しい仕組みを生み出すために最新テクノロジーであるクラウドを組み合わせて作ってみることにしました。
そして、例えばこんなコミュニケーションが実現できる、こう使えばコミュニケーションが便利になる、といった実演をするためのサンプルサービスを開発しました。そのサンプルサービスを、まずは声にまつわるコミュニケーションに課題を抱えていそうな自治体や警察などに紹介して回りました。120ほど訪問した中で、岩手県陸前高田市との出会いがシン・オートコールの事業化につながりました。(後編に続く)