少子高齢化に伴う労働人口の減少を背景に、AIを活用して従業員個人の生産性を上げることが求められている。そのためには、PCのAI処理能力が欠かせない。従来のPCでも、ローカル上で簡単なAI処理は行えた。しかしそうしたPCは、AI処理に最適化されておらず、CPUやGPUに多大な負荷がかかるため、PCの動作が重くなってしまっていた。また生成AIを使用するときは、インターネットを介してデータのやりとりを行うため、通信遅延や情報漏えいの恐れもあった。こうした課題を解決する製品として、AI PCに注目が集まっている。そこで今号では、各PCベンダーがお薦めするAI PCを紹介する。
経営企画部やマーケティング部門を中心に
見直される標準PCの選定要件
ソフトウェアやクラウドサービスのレベルにおいて生成AIは、企業に著しい変化をもたらしている。そして今やその影響はハードウェアレベルにまで及んでおり、エッジデバイスでAI処理を行う「AIデバイス」が市場に次々と登場している。AIデバイスの中でも注目が集まっているのが、Copilot+ PCだ。Copilot+ PCの登場によって、従業員のAI活用と社内標準PCの選定要件がどのように変化したのか、アイ・ティ・アール(以下、ITR) プリンシパル・アナリスト 三浦竜樹氏に話を聞いた。
注目が集まるCopilot+ PC

プリンシパル・アナリスト
三浦竜樹 氏
ITRではAIデバイスを、エッジデバイスでサービスを提供しつつ、クラウド上でAI処理を行う「クラウドベースAI」と、スマートフォンやPCといったエッジデバイスでAI処理を行う「オンデバイスAI」の二つに分類している。昨今オンデバイスAIの中で、CPUやGPUに加えて、AI処理に特化したNPUが搭載されたPCであるAI PCに注目が集まっている。AI PCの中でも企業への影響が大きいとITRがみているのが、マイクロソフトが提唱する新しいPCカテゴリー「Copilot+ PC」だ。
Copilot+ PCとは、40TOPS以上のNPU、16GBのメモリー、256GB以上のSSDを搭載したWindows 11デバイスを指す。2024年5月にマイクロソフトがこの要件を発表した時点では、クアルコムのSoC「Snapdragon X Plus」「Snapdragon X Elite」を搭載したArmベースのWindows 11 PCが対象であった。しかし、インテルの「Intel Core Ultra 200V」シリーズやAMDの「Ryzen AI 300」シリーズといったCopilot+ PCの要件を満たすプロセッサーが続々と発表され、今後各PCベンダーからCopilot+ PCの提供が増加していくことが見込まれている。
Copilot+ PCの代表的な四つの機能
Copilot+ PCはオンデバイスAIの特性を生かした複数のAI機能が搭載されており、代表的な機能として以下の四つが挙げられる。一つ目が、「リコール」だ。リコールとは、過去のアクティビティに容易にアクセスできる機能だ。ユーザーがPCで以前閲覧したアプリケーションやドキュメント、Webサイトといったコンテンツを検索可能な状態のスナップショットとして保存し、キーワード検索やタイムラインを用いて特定の時間にさかのぼれる。スナップショットは全て暗号化の上で保存され、保存しないコンテンツを指定することも可能なため、高レベルのセキュリティを確保できる。
二つ目が、「コクリエイター」だ。コクリエイターとは、手書きのラフスケッチとテキストのプロンプトを基に画像を生成可能な機能だ。Windowsの画像編集ソフト「ペイント」に搭載される。スライダーでイラストの創造性のレベルを調整でき、創造性のレベルが低いほどAI入力が少なくなり、創造性のレベルが高いほどAI入力が多くなる。
三つ目が、「Windows Studioエフェクト」だ。Windows Studio エフェクトとは、ビデオ通話の映像にエフェクトを加える機能だ。人物をカメラのフレームに収め続ける「自動フレーミング」や背景にエフェクトを加える「背景ぼかし」、相手と目が合うように補正する「アイコンタクト」といったさまざまなAI機能が提供される。
四つ目が、「ライブ キャプション」だ。44カ国語の音声・動画コンテンツの文字起こしと翻訳が可能な機能だ。文字起こしや翻訳はリアルタイムで行われる。
上記のうちITRが最も注目している機能は、リコールであると三浦氏は語る。「多角的に情報を収集し、収集した情報を基に一から資料を作成する部門においてリコールは最適な機能と言えます。リコールを活用できる部門として、市場調査を基に経営戦略の立案を行う経営企画部や、他社の動向・過去の施策などを基に商品・サービスのコンセプト立案を行うマーケティング部門が挙げられます」
リコール以外は、生成AIを活用した従来のサービスやAI PCでも同様の機能が搭載されていたが、AI処理に時間がかかってしまうことが難点であった。高いAI処理性能を備えるCopilot+ PCを導入することで、AI処理にかかっていた時間を短縮できるのだ。AI処理速度の向上は業務プロセスの効率化につながり、ビジネスのスピードが求められる現在において有用であると言えるだろう。
さらにCopilot+ PCは、サードパーティー製のアプリケーションにおける動作の最適化を実現している。例えば、写真の編集、加工を行うソフトウェア「Adobe Photoshop」や大量の写真の編集、管理を行うソフトウェア「Adobe Lightroom」、多様なクリエイティブ制作ができるオールインワンツール「Adobe Express」などが挙げられる。こうしたクリエイティブツールの最適化によって、マーケティングチームや広報チームが新商品のパッケージデザインを作りたいといったクリエイティブな作業を行うときにも、Copilot+ PCを活用できるのだ。

特定部門で導入が進む見込み
こうした機能を持つCopilot+ PCの登場によって、社内の標準PCはどのように変化するだろうか。「Copilot+ PCを単一の標準PCとすることは難しいでしょう」と三浦氏は語る。
その理由として、Copilot+ PCの価格が挙げられる。「Copilot+ PCの価格は要求されるスペックが高いこともあり、一般的に20〜30万円程度が主流となっています。当社が2018年に行った調査によると、社内の標準PCの上限価格は『10万円未満』が44%、『10万円以上15万円未満』が26%、『15万円以上20万円未満』が18%、『20万円以上25万円未満』が5%、『25万円以上』が7%と、約4分の3の企業で15万円未満となっています。また、売り上げ規模が5,000億円以上の企業では『10万円未満』が38%、『10万円以上15万円未満』が29%、売り上げ規模が100億円未満の企業では『10万円未満』が62%、『10万円以上15万円未満』が19%と、企業の売り上げ規模に関わらず、15万円未満のPCが社内の標準PCの価格の中心であることが見て取れます。2024年においてもこの比率は大きく変わっておらず、ハイスペック故に高額なCopilot+ PCを単一の標準PCとすることは難しいでしょう」と三浦氏は続ける。
それではCopilot+ PCの導入は、どのようにして進むのだろうか。AI機能の活用によって生産性や業務品質の向上が期待される経営企画部やマーケティング部門といった部門や職種で導入が進むことが想定される。「高性能なGPUを必要とする設計部門や特定の職種において、全社標準PCとは異なる標準PCを設定するケースがこれまでも見られました。こうしたケースと同様に、経営企画部やマーケティング部といったAI機能の活用によって生産性や業務品質の向上が期待される部門や職種の標準PCに、Copilot+ PCを検討する必要があるでしょう」(三浦氏)
一方で、少数のアプリケーションで反復的な作業を行うタスクワーカーには、Copilot+ PCの導入が進まないことが予測される。タスクワーカーが日常的に用いているアプリケーションのクラウド化やクラウドサービスの導入が進んでいるため、タスクワーカーはオンデバイスAIではなくクラウドベースAIでAIの恩恵を受けることが推測されるのだ。
最後に三浦氏は「Copilot+ PCの導入を進めるためには、ユーザーの生産性がどれくらい上がるのかといった費用対効果を示す具体的なユースケースを提示することが必要となるでしょう」とメーカー各社に向けてメッセージを送った。