AI Everywhereのユーザーメリットを明確に示して「AIならインテル」というイメージを定着させる

インテルで執行役員経営戦略室長 兼 パブリックセクター事業本部長を務めていた大野 誠氏が2024年6月1日付で同社の代表取締役社長に就任した。2000年に入社してから四半世紀にわたりインテルで活躍してきた大野氏は、幾度もテクノロジーや市場の変革を目の当たりにしてきた。そして現在、AIという変革が進行中である。トップとしてインテルのビジネスをどのようにリードしていくのか、大野氏に話を伺った。

インテルのロードマップに未来を感じたULVプロセッサーでモバイル市場をけん引

インテル
代表取締役社長
大野 誠

編集部■大野社長は四半世紀にわたりインテルで活躍されています。学生の頃から半導体のビジネスに興味があったのですか。

大野氏(以下、敬称略)■私は文系の学部を卒業しましたが、エレクトロニクスに非常に興味がありました。子どもの頃に海外で長く生活して、その時に観たSF映画や未来の世界を描いたさまざまな本の影響から、テクノロジーがどのように進歩するのか、そのテクノロジーが普及した未来の世界はどのような姿になっているのかといったことに関心を持つようになりました。当時、未来を象徴する宇宙への憧れが強かったですね。

 大学進学時に帰国して日本の大学に入学し、就職活動では衛星など宇宙開発に携わりたいと考え、衛星の開発・製造に携わっている電機メーカーに就職しました。

 宇宙開発に何かしらの形で携わりたいという気持ちに加えて、国を挙げて取り組む成長分野に身を置きたいという意識もありました。テクノロジーがどのように進歩して、どのように世の中が変化するのか、それを現場で目の当たりにしたいという好奇心のようなものです。

 子どもの頃にSF映画やSF小説で空飛ぶ自動車が出てきましたが、まだ実現されていません。飛行機も将来は日本とニューヨークをわずかな時間で移動できるくらいに高速化すると言われましたが、現在の移動時間は当時とあまり変わっていません。しかし飛行機を高速化しようと思えばできるテクノロジーはあります。それをしないのは燃費を重視したからでしょう。

 仮に飛行機を超高速化したならば大量の燃料が必要となり、運賃が非常に高くなっていたかもしれません。しかし燃費をよくする方向で飛行機を進化させたことで運賃が安くなり、そのおかげで人や物の移動が活発になり経済の発展を後押ししたと言えます。こうした直線的な進化ではなく、予想できない要素が加わって当初とは異なる方向に発展していく、こうした動きを現場で見たいという気持ちが当時も今もあります。

編集部■なぜ電機メーカーからインテルに入社されたのですか。

大野■電機メーカーでは半導体事業に携わりました。当時マイコンに携わっており、PC向けの製品も扱っていました。その時PCの仕様はインテルが中心となって策定し、それに沿って製品を企画しました。半導体業界やPC業界におけるインテルの存在感の大きさもさることながら、インテルの製品ロードマップを見た時、そのロードマップに未来を感じました。このロードマップが実現されたら何ができるのだろう、何が進歩するのだろうといった期待から、自分もその場にいたいと考えてインテルに入社しました。

編集部■大野社長は四半世紀にわたりインテルで活躍されています。進化が早く変化の激しいテクノロジーの世界に身を置いて、その最前線からさまざまな経験をされたと思います。インテルで印象に残っている仕事は何ですか。

大野■たくさんありすぎて話しきれませんが、いくつか挙げますと「ULV(Ultra Low Voltage)プロセッサー」が印象に残っています。インテルに入社した2000年ごろ、ビジネスユーザーがノートPCを持ち歩いて仕事をするようになり、より薄くて軽いノートPCが求められるようになっていました。

 より薄くて軽くて小型の製品を作るものづくりは、当時の日本の製造業が得意としていた領域です。その技術力を駆使して各PCメーカーがよりスリムなノートPCを開発しようとしのぎを削っていました。

 そこにインテルは超省電力のCPUを提供することで、より長いバッテリー駆動時間を実現して、モバイルという新しいPCの利用スタイルの提案、定着に貢献しました。これは日本が発信したスモールホームファクターとして世界に影響を与えました。

 この動きは「Centrino(セントリーノ)」へ進展しました。Centrinoは2003年にインテルが提唱したCPUとチップセット、Wi-Fiモジュールで構成されたモバイルPC向けのプラットフォームの名称です。当時モバイルユーザーが増えていましたが、外出先でノートPCを使う際に課題となっていたのが通信でした。

 Centrinoプラットフォームを採用したノートPCにはWi-Fiが標準で搭載されており、外出先でもインターネットに接続して仕事ができるようになりました。当初はWi-Fiは全く普及していませんでしたが、PCメーカーをはじめ、PC業界以外のさまざまな業種・業態の企業とのコラボレーションを通じてモバイル市場を作り上げたという部分において、とても印象に残っています。

 Itaniumプロセッサーも印象深いですね。Itaniumプロセッサーはサーバー向けの製品で、発表された2001年、当時は全てのプロセッサーが32ビットから64ビットへ移行すると考えられていました。金融機関の決済処理などミッションクリティカルな領域ではメインフレームなどの高価で独自仕様のサーバーが利用されていましたが、Itaniumプロセッサーはx86(IA-64)でその領域をオープン化することを狙いました。

 Itaniumプロセッサーは非常に優れたプロセッサーでしたが、チップセットがありませんでした。そこでNECや富士通、日立製作所と連携し、各社がシステムを開発してくれました。その後、富士通が開発した東京証券取引所の売買システム「arrowhead(アローヘッド)」にItaniumプロセッサーが採用されました。大規模なシステムに採用された案件として印象に残っています。

日本のインテルの社長選定は立候補制前社長との仕事を通じて手を挙げた

編集部■2024年6月1日付で代表取締役社長に就任されました。社長になられた経緯を教えてください。

大野■日本のインテルの社長になるのは、推薦ではなく立候補制なんです。ですから日本のインテルの社長は、社内から選ばれるケースがほとんどです。

 当時社長だった鈴木会長(代表取締役会長 鈴木国正氏)が、ずっと社長として執務を続けるわけではないことは誰もが理解していました。そうした中で私は経営戦略室長(執行役員 経営戦略室長)として鈴木社長のそばで仕事をする機会を得て、いろいろと勉強させていただき、「いずれそういう機会があるかもしれない」と意識していました。

 そして次期社長候補として手を挙げました。これは鈴木会長がそうしてくれたのだと考えています。

編集部■社長としての今後の役割をどのように考えていますか。

大野■大きく三つの役割があると考えています。一つ目はグローバルサプライチェーンおよびグローバルエコシステムと、日本のパートナーや顧客をつなげることです。

 以前の日本のPCメーカーは自社で全てを作っていました。半導体をインテルから調達して、基盤を作って実装し、組み立てて日本の顧客に届けることが当たり前でした。しかしサプライチェーンやエコシステムがグローバル化し、以前の作り方ではビジネスが立ちゆきません。

 インテルはさまざまな国や地域に拠点があり、グローバル規模のサプライチェーンやエコシステムに根を張って仕事をしている強みがあります。例えば海外のODMメーカーや海外のISVを紹介してコラボレーションを支援したり、海外の商談案件を支援したりするなど、日本のパートナーや顧客のビジネスの成長に貢献する活動を展開しています。

 二つ目が日本の顧客の声を本社に伝えることです。過去の例では、先ほどお話ししたULVやItaniumプロセッサー、そしてWiMAXなどは、日本の顧客の声を本社に伝えたことから日本でのビジネスが進展しました。

 三つ目の役割が日本でのブランディングおよびマーケティング活動です。インテルは1991年から33年間にわたって「インテル入ってる」というブランディングおよびマーケティング活動を続けています。このキャッチフレーズはITに詳しくない人も知っているほど、インテルのブランドが広く浸透しました。

 この活動は現在も継続していますが、今の若い世代の人たちの中にはこのキャッチフレーズを知らない人も大勢います。これから大切だと考えているのはAIにおけるインテルというブランドの認知です。今AIからイメージされる企業はどこかと聞かれて、この企業だと答えるのは難しいでしょう。

 今後はAIからインテルをイメージしてもらえるようにすることが重要なブランディング活動だと考えています。インテルではAIをエッジからデータセンター、クラウドまで、あらゆるプラットフォームにおいて機能として提供していく「AI Everywhere」戦略を推進しています。

 AI EverywhereではAIは機能であり、形がありません。機能をブランディングするのはとても難しい活動です。

「AIならインテル」のブランディングを目指し具体的なユーザーメリットを示していく

編集部■AIならインテルというブランディングを成功させるために必要な要素は何だと考えていますか。

大野■AIの活用においてインテルがどのようなユーザーメリットを提供するのかを、その価値を具体的に説明することが大切だと考えています。ではどんなユーザーメリットをもたらすのか。現時点ではその明確かつ納得できる回答は見つけるのは困難です。なぜならAIは普及し始めたばかりで、テクノロジーとしても進化を続けていくため、もたらすユーザーメリットも変化を続けるとみられるからです。

 個人的な見解としてはパーソナルアシスタントとしての機能が拡張していくのではないかと考えています。すでに実現されていますが、ユーザーに代わってAIが文章や画像を作ってくれたり、プログラミングをしてくれたりするという機能です。

 映画やテレビ番組のアニメーション制作でも、アシスタントが作者に代わって細かいさまざまな作業をやっています。これと同じようにユーザーの仕事や作業の一部を引き受けてくれたり、ユーザーの相談に答えてくれたりする、パーソナルアシスタントとしての機能が進歩し、それが主要な用途の一つになるとみています。

 そうしたAIの将来を見据えて、インテルはAI PCという新しいPCのカテゴリーを提唱しています。

 現在のAI PCの要件はAI処理専用のプロセッサーであるNPUを搭載していることですが、インテルでは将来のAI活用に向けてNPUの性能向上だけが重要だとは考えていません。

 AIの活用においてNPUは文字の生成には強いですが、画像の生成はGPUを使う方が有利です。さらに画像処理ではGPUの性能が注目されがちですが、CPUで処理するニーズが増えており、AI用途でのXeon プロセッサーの需要が伸びています。

 現時点でAIのテクノロジーや市場がどのように変化するのか分かりません。しかしどのように変化しても、それに追従できるフレキシブルなインフラを用意しておくべきです。これはAIに限らずDXにおいても同じことが言えます。

 先ほどの飛行機の話と同じように、AIも直線的に進化しないと思っています。例えば最新のGPUには2,000億個のトランジスタが実装されており、一つのGPUで1,000Wもの電力を必要とします。2030年までGPUが直線的に進化するとすればトランジスタの数は5倍の1兆個になり、5倍の5,000Wが必要になります。

 またAIで画像を1枚生成するのに、1台のスマートフォンをフル充電するのに必要な電力を使っていると言われています。こうした要因がAIの直線的な進化に変化を与えるのではないでしょうか。AIの進化がどのように変化しても、柔軟に追従できるインフラを実現するテクノロジーや製品を提供していくことが「AIならインテル」というブランディングにつながると考えています。