デジタル化の進展で仕事がなくなる!? 生まれる!?
リスキリングが企業を存続させる
昨年あたりから「リスキリング」という言葉を新聞や雑誌の記事で頻繁に目にするようになったのではないだろうか。実はこの言葉、世界経済フォーラムにおいて2018年よりセッションが開催されており、同フォーラムでは技術的失業のリスクが深刻化することを訴え続けているのだ。そして2020年10月に、これからの技術の進歩によって従来の仕事の8,500万が失われるという衝撃的な予測を同フォーラムは発表している。でも安心してほしい、一方でなくなる仕事の数を上回る仕事が新たに生まれるとも言っている。新たに生み出される仕事の数は9,700万。これなら失業せずに済むかもしれない。ただし新しい仕事に就くには、新しいスキルが必要だ。そのスキルを身に付けることが「リスキリング」である。
DX推進チームと人事チームがコラボして
DXとリスキリングを一体で進めるべき
Proposal re-Skilling-1
リスキリングとは技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶことだ。ただし、自社が何を目指すのか、これからどのようなビジネスを展開していくのか、企業や組織のリーダーがビジョンを示し、その実現に必要となる知識やスキルを社員に習得させることが、リスキリングへの正しい取り組み方となる。現在企業に求められているリスキリングについてリクルートワークス研究所 客員研究員でエクサウィザーズ「はたらくAI&DX研究所」所長を務める石原直子氏に話を伺った。
DXとリスキリングはセット
デジタル戦略が先にある
現在のリスキリングの対象となるのは、主にデジタル分野の知識やスキルである。石原氏は「会社がこれまで使ったこともないようなデジタルの仕組みを使って、新しいビジネスを展開していくというときに、デジタルスキルがなければそれは実現しません。デジタル化が進んでいく中で今後はデジタルスキルを身に付けていない人たちは失業してしまったり、新しく就職できなかったりするという時代になります。こうしたことから、現在のリスキリングは狭義にデジタルスキルを身に付けるという意味になります」と説明する。
しかし日本では以前よりDXへの取り組みが遅れていることが指摘されており、デジタル化への取り組みはコロナ禍によってようやく動き出したばかりだ。石原氏は「海外ではリスキリングは以前より取り組みが進められてきましたが、日本はDXが遅れているためリスキリングも遅れて入ってきました。日本でもコロナ禍以降、ビジネスをデジタル化してビジネスモデルを変えていかないと立ち行かないことを企業の経営者が理解するようになりました。そしてDXを推進していこうとなったわけですが、実際に取り組みを進めようとしたところ、社内にデジタルを理解している社員が少なすぎることに気付いたわけです。ですからDXの推進とリスキリングはセットで進めていくものであり、リスキリングはデジタルスキルの学び直しという意味となるわけです」と説明する。
しかしデジタルスキルと一口に言っても、その領域は広範囲にわたる。いったいデジタルのどのような知識やスキルを身に付けるべきなのだろうか。石原氏は「DXとリスキリングはセットで取り組みを進めるとお話しした通り、デジタル戦略をしっかり固めなければ、リスキリングで何を学ぶべきなのかの判断はできません。逆にデジタル戦略をきちんと立てて、デジタルを活用してこのようなビジネスを展開する、このようなビジネスモデルに変革していく、といったビジョンを明確にすれば、それを実現するために必要なデジタルスキルが何なのか、今どれくらいデジタルスキルが不足しているかがおのずと分かります。つまりデジタル戦略が先です」とデジタル戦略の重要性を強調する。
以前から日本の企業は
リスキリングを実践してきた
デジタル化の進展によって新たなビジネスが生まれたり、ビジネスモデルが大きく変化したりすることで、新たなデジタルスキルの習得が求められる一方で、こうした変化によって従来の仕事がなくなり、それまでその仕事をしていた人が別の仕事をしなければならなくなるという変化も同時に起こるという。その際に別の仕事をするために必要なスキル、この場合もデジタルスキルが対象となるが、それを習得しなければならない。
石原氏は「例えば自動車の自動運転が普及すると、長距離トラックや宅配便の運転手という職業がなくなるかの威勢があります。あるいは世の中のさまざまなところで自動化が進むと、例えば生産現場での仕事も大幅に減ります。このように近い将来なくなる仕事を予想することは可能です。その仕事に従事している社員に、将来増えるであろう仕事に必要なスキルを身に付けてもらって、新しい仕事に就いてもらう、これも戦略を立てて計画的に進めなければなりません」と説明する。
従来、特に米国ではある仕事が生まれると、その仕事ができる人材を社外から集めればよかった。しかしデジタル化の急速な進展により、デジタル人材は世界中で不足している。従来のように社外から集めることが難しくなっている。
そのため米国をはじめ海外の企業がリスキリングによって人材を社内で育成するようになったのだ。
石原氏は「米国のようにジョブ型の雇用システムでは、ある仕事に必要なスキルを持っていない人に、その仕事をやらせるということは考えたこともなかったわけです。ですから海外ではリスキリングは非常に新鮮な概念なのです。その点、実は日本の企業は以前からリスキリングを実践してきました。例えば日本の企業では営業の社員を総務に異動させるとか、記者を広告の部署に異動させるとか、その人に経験や知識がなくても新しい仕事に任せることは普通に行われていますよね。このように日本の企業では仕事で必要なスキルは、しばらく勉強をしながら仕事をしてという風に、現場で身に付けてきました」と指摘する。
DX推進チームと人事チームのコラボ
経営者のリスキリングも必要
ただしリスキリングで求められているデジタルスキルの習得は、従来のように現場で習得することはできないという。石原氏は「リスキリングで求められているデジタルスキルを、従来のように仕事の現場で身に付けることができるのかというと、それは難しい。なぜならデジタルに関わるスキルを持っている先輩は少ない、あるいはいないわけです。営業担当の社員を総務部に異動させるという場合だったら、総務部の先輩が手取り足取り教えてくれます。今ある仕事であれば、そこに連れて行って、そこの古い住人から教えてもらえばいいのですが、今必要とされているデジタルスキルは、これまで会社になかった仕事、これから生まれる仕事に必要とされるスキルですから、誰も教えることができません」と指摘する。
デジタルスキルの習得が急務となる今後の人材育成を進めていく上で、人事部の役割が変わるという。石原氏は「デジタルスキルの習得が求められる今後の人材育成を、人事部単独で行うのは困難になるでしょう。今後の社員の能力開発は、前述の通りデジタル戦略とセットで実施しなければなりませんので、例えばDX推進部やデジタルビジネス企画室といった部署と人事部が一体となって、どの社員にどのスキルを学んでもらうという計画の策定から取り組みを始めることが求められるでしょう。デジタル推進チームと人事チームのコラボレーションはとても大事です。そして実際の学習には社外にあるさまざまなデジタルに関わるラーニングコンテンツを利用すればいいのです」とアドバイスする。
最後に石原氏は経営者のリスキリングも必要だと強調する。石原氏は「ゴール地点を示して、どういう風に変わっていきたいのかを示すのは、これはトップの責任です。企業の経営者も自らリスキリングに取り組み、デジタルを理解しなければデジタル戦略を描くことはできませんから」と締めくくった。
企業の未来を切り拓くために
個人ではなく組織全体で取り組む
Why re-Skilling
「リスキリング」という言葉から、「能力向上」や「学ぶ」を連想する意味を思い浮かべることができるだろう。ただしリスキリングは単に個人のスキルに関する取り組みにとどまらない。企業が全社的に取り組み、しかもその取り組みは企業の未来を変えるためのものなのだ。
新しいビジネスモデルを作るために
新しいスキルを持った人材が必要
日本でも各業界を代表するような大企業を中心に、すでに多くの企業がリスキリングに取り組んでいる。これらの企業はなぜ日本でいち早くリスキリングに取り組んでいるのか、その目的は何か。リスキリングの学習手段としてオンライン講座プラットフォーム「Udemy」を国内で提供するベネッセコーポレーションで社会人教育事業部 部長を務める飯田智紀氏に話を伺った。
飯田氏は「企業では従来、既存の事業をいかに成長させるかに取り組んできました。その中で働き方改革による生産性向上や、デジタルテクノロジーを活用した業務改革などが推進されてきました。しかしコロナ禍に直面し社会が一変したことで、従来の働き方はもちろん、事業の展開の仕方、さらには事業そのものに変革が求められるようになっています」と指摘する。
そして今全ての企業に求められているのが「新しいビジネスモデルを作ること」であり、それを実現するにあたり、デジタルの活用が不可欠となっている。
飯田氏は「全く新しいビジネスモデルを構築すること、しかもそれを実現するにあたりデジタルの活用が必須となるということで、社員が持つ従来のスキルでは企業が存続することが難しくなっているのです」と警鐘を鳴らす。
リスキリングの学習対象に
デジタル関連が圧倒的に多い理由
リスキリングの学習対象はデジタル関連が圧倒的に多い。本特集の冒頭のページに掲載した通り、世界経済フォーラムが今後新たに9,700万の仕事が生まれるのに伴い、データサイエンス・分析やAI・機械学習、ビッグデータをはじめとしたデジタル関連の仕事の需要が高まると公表している。
これまでも社員の能力を向上させる目的で企業では社内研修が実施されてきたり、また社員は個人で自発的に学習したりしてきた。飯田氏は「従来はスキルアップという言葉が使われていました。これは既存のスキルを磨いて、レベルを上げていこうという学習姿勢です。一方のリスキルとは今持っているスキルを磨きつつ、新しいスキルを身に付けるという、『学び足し』を意味しています」と説明する。
従来のスキルアップでは自身の興味、現在携わっている仕事に求められるスキルを向上させることが目的で学習に取り組んできた。しかしリスキリングでは今は自身の業務に直接は関係しないが、近い将来必要となりそうなスキルを見極めて新たにそのスキルを習得するということになる。
スキルアップに加えて、リカレント教育という言葉も浸透している。リカレントとは「繰り返す」や「循環する」という意味で、学校教育から離れて社会に出てからも、再び教育を受けて仕事と教育を繰り返すことをリカレント教育という。
飯田氏は「リカレント教育とリスキリングは学習目的、学習内容、そして推進主体の三つの点で異なります」と指摘する。まず誰が推進するかという点では、リカレント教育は学習する本人がいつ、何を学習するかを決める。これに対してリスキリングは企業が社員に対して必要なスキルを提示し、社員が学習するというスキームが一般的だ。
学習目的に関してもリカレント教育が生涯学習なのに対して、リスキリングは仕事で新たな価値を創出するためのスキルや知識の習得となる。学習内容についてもリカレント教育では学習する本人の興味や関心によるところが大きいが、リスキリングでは前述の通り主にデジタルテクノロジーの実践的なスキルや知識となる。
3種類のデジタル人材の育成と
ITを使う人と作る人をつなぐ人材
リスキリングでは具体的にどのようなスキル、人材が求められているのだろうか。結論から言うと、これからのデジタル社会の進展に向けて、それに対応、けん引できる人材およびスキル、知識が求められる。
では社員を全員、ソフトウェアを開発したりクラウドを使いこなしたりするエンジニアに育成すればいいのか。もちろん応えは否だ。言うまでもなくビジネスを展開するにはさまざまな業務があり、さまざまな役割がある。また1人の社員だけが高いスキルを持っていても、会社という組織全体はレベルアップしない。
飯田氏は「どの職種においてもデジタル人材が必要であることは間違いありません。ただし職種のそれぞれに求められる人材要件が異なります」と指摘する。飯田氏は求められるデジタル人材について「デザイナー」と「エンジニア」「サイエンティスト」の3種類を挙げる。
業務の現場で働く、いわゆるビジネス人材には新しいビジネスや業務の企画、それを実現に導く「デザイン力」が求められる。また情報システム部門で働くエンジニアには最新テクノロジーを活用した高度なシステムを開発・運用できるスキルが求められる。さらにデータを活用するためのサイエンティストも必要だ。
こうしたデジタル人材が各部署に存在、あるいは連携することで組織全体の機動力が高まる。このときに求められるのが「橋渡し役」だ。社内には「ITを使う人」と「ITを作る人」の2種類がいる。使う人のリテラシーを向上するとともに、作る人のレベルアップを図りつつ、両者をつないで組織全体のデジタル化、そして競争力を高めることがリスキリングの目的である。
飯田氏は「推進主体である企業のトップが社員に対して自社がどこに向かうのか、そのために何をするのかといったビジョンを示すことが第一歩です。それに必要なスキルを組織全体で身に付けるために、企業は社員に学習する機会を積極的に与えるなど、人的資本投資を拡大すべきです。社員も会社に必要とされる「自律型人材」としてスキルを自発的に学ぶ必要があります」とアドバイスする。