笠戸ひらめの陸上養殖をセンサーで管理
–Marine Tech–
下松市栽培漁業センター
世界的に天然の魚介の漁獲量が減少している中で、持続可能な漁業を実現するため、栽培漁業や養殖漁業への取り組みが求められている。そして、より安定的にその取り組みを進めるため、ITの活用が求められている。
特産品の養殖をITで支える
山口県の南東に位置する下松市。瀬戸内海に面した同市には、島全体が瀬戸内海国立公園に指定されている笠戸島がある。笠戸島は笠戸ひらめや笠戸とらふぐの産地としても有名だ。
その笠戸島において、水産資源の維持拡大を図るため、栽培漁業や養殖漁業を推進しているのが、下松市栽培漁業センターだ。
下松市栽培漁業センター 事業推進部門 事業推進課 主査 旗手友紀氏は「自然環境の変化によって水産資源が減少し、漁業が不安定になっている中で、下松地区でも漁獲量が減少していました。そこで、稚魚を育て放流する栽培漁業を行うことで、下松近海の水産資源の維持拡大や漁業生産の安定化を目指し、1983年に設立されたのが、当センターです」と語る。
現在12魚種の栽培漁業に加え、ひらめやとらふぐの養殖漁業にも取り組んでいる。中でも養殖した笠戸ひらめはおよそ90%が下松市内で消費されており、地産地食が進んでいる。「最近ではサバの養殖に取り組んでいます。定置網漁でローソクサバと呼ばれる非常に小さなサバが取れるのですが、それを有効活用できないかと試験的に養殖したところ、800g〜1kgのサバに成長しました。味の評判も高く、笠戸島の第3のブランドとして開発を進めています」と旗手氏は語る。
そうした栽培漁業や養殖において活用されているのが、アイエンターが提供する「IoT水質センサー」だ。
給餌タイミングを最適化
IoT水質センサーは水質データを24時間管理できるシステムだ。下松市栽培漁業センターではひらめの陸上養殖や、オニオコゼの種苗生産(栽培漁業)などに活用されている。
「当センターでは10年程前から水温をはじめとした水質を測定し、飼育状況を解析していました。しかし以前は人の手で計測をしており、データの打ち込みに時間を要していました。また、より高度な栽培漁業や養殖を目指すためには、1日の中での水温の変化なども可視化したいという思いがありました」と旗手氏は語る。
IoT水質センサーを本格的に導入したのは2021年のこと。2022年には養殖や栽培漁業の現場での本格的な活用がスタートした。「養殖場は海から配管を使って海水をくみ上げています。ひらめの養殖に適しているのは25度までの水温で、規定の温度を超えると酸素不足になったり、免疫力が低下したりして弱りやすくなります。水温が上がると、水中の酸素濃度が低下するためです。餌を食べるときやそれを消化するときなどにも酸素を消費するため、IoT水質センサーを活用して酸素濃度を見ながら、給餌のタイミングなどを管理したところ、例年よりも歩留まりが向上しました」と旗手氏は振り返る。
下松市栽培漁業センターでは今後、IoT水質センサーの活用に加えて、アイエンターの「AI魚体サイズ測定カメラ」などの導入も検討しており、テクノロジーを活用した栽培漁業および養殖の生産性向上に向けた取り組みを、今後も進めていく。
センサーやAIのテクノロジーで
水産ビジネスをサポート
–Marine Tech–
アイエンター
IoT水質センサー
農業や酪農などでアグリテックと呼ばれるテクノロジーの活用が進んでいる中で、その流れは水産業にも訪れている。そうしたスマート水産を「マリンテック」と呼び、水産業をテクノロジーでサポートしているのが、アイエンターだ。
水質監視をIoTで実現
「最新テクノロジーを活用し、水産業者の生産効率を最大化する」というミッションを掲げ、マリンテック事業を推進しているアイエンター。同社がマリンテック事業を手掛けることになった契機について、アイエンター 代表取締役 入江恭広氏は「北海道に縁があり、その中で一次産業に対するサポートをITでできないか、と考えたことがきっかけです。2015年当時、農業や酪農をサポートするアグリテックは登場していましたが、水産業をサポートするテクノロジーは見当たりませんでした」と振り返る。
そこで開発に取り組んだのが、水質を可視化する「IoT水質センサー」だ。IoT水質センサーは、陸上養殖や海上養殖、河川や池といった水質のデータを24時間管理できるシステムだ。入江氏は「もともと養殖などにおける水質の管理は手動計測によって行われてきました。しかし手動計測は記録作業が手間ですし、24時間絶えず計測することは困難です。また計測していても最適な給餌のタイミングがつかめなかったり、魚の斃死(突然死)リスクなどが生じたりします。そうした課題を解決するのが、IoT水質センサーです」と語る。
IoT水質センサーによる水質監視は以下のような流れで行われる。まずは各種水質センサーが、監視対象の水質を自動計測し、そのデータをクラウドにアップロードしていく。管理者はWeb管理画面から、蓄積された水質のデータをリアルタイムで参照できる。水質の計測は、主に水温、溶存酸素、塩分濃度、pH、濁度、クロロフィル、アンモニウムなどに対応する。センサーは導入先のニーズに応じて、必要なセンサーのみを導入可能だ。
センサーデータを可視化するWeb管理画面からは、設置されたセンサーが取得している情報を1画面で確認できる。複数センサーを設置している場合は、閲覧したい情報ごとに表示のオンオフの切り替えも可能だ。取得しているセンサーデータはCSV形式でダウンロードできる。
センサー監視で魚に付加価値を
センサーで計測したデータをクラウドにアップロードする回線は、携帯回線(3G回線)もしくはWi-Fiから選択できるほか、給電方式もコンセント電源とソーラー電源から選択可能だ。例えば陸上養殖ではコンセント電源を選択し、海上養殖ではソーラー電源を選択するといった、用途に応じた給電方式で水質のリアルタイム監視が行える。
「センサーは、ずっと取り付けたままですと取得する値にズレが生じます。それを定期的にWeb管理画面から校正する機能も搭載しています。水質の異常を検知すると、PCやスマートフォンにリアルタイムで通知する機能も搭載していますので、魚が斃死するリスクを軽減できます。実際に導入された養殖施設では、アラート通知が来たため現場に向かったところ、エアレーション(ポンプで水中に酸素を送り込む機材)のコンセントが抜けて動作が止まっていたという事例があったそうです。早期に気が付いたため大事には至りませんでしたが、通知で気が付かなければ水中の溶存酸素が減少し、魚が全滅していた可能性もありました」と入江氏は語る。
IoT水質センサーによる養殖によって、漁業関係者の養殖や栽培漁業の負担軽減を実現できることに加え、養殖水産物に対する付加価値も提供できる。入江氏は「責任ある養殖水産物を対象とした世界有数の認証・ラベル制度である『ASC認証』というものがあります。本認証を取得するための基準を満たす条件の一つに、定期的な水質検査があるため、IoT水質センサーによる水質管理を行うことでこの条件をクリアできるでしょう」と話す。
AIカメラで魚体を測定
現在、IoT水質センサーは陸上養殖、海上養殖のほか、ゴルフ場の池のような環境水質の管理にも活用されている。導入先の傾向として入江氏は「水質の可視化が求められる養殖産業は、主に暖かい地域で盛んです。北海道の導入事例もありますが、やはり西日本での導入が多いですね」と語る。
アイエンターではこのようなスマート水産を実現するソリューションを、「i-ocean」というブランド名で展開している。IoT水質センサーのほか、ディープラーニングの画像認識技術によって、泳いでいる魚体を検出して、体長と体高のサイズを計測する「AI魚体サイズ測定カメラ」や、水揚げ直後の魚をタブレット端末で入札できる「電子入札システム」なども提供しており、水産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)をサポートしている。今後のスマート水産への取り組みについて、入江氏は「養殖業者が業務効率化を実現していく上での必要なテクノロジーとして、当社のIoT水質センサーをはじめとしたi-oceanを活用してほしいですね。そのためには誰でも使えるユーザビリティにこだわったソリューションの開発を、今後も進めていきます。AI魚体サイズ測定カメラなどは海外からの引き合いも増えており、今後は海外への展開にも力を入れていく方針です」と展望を語った。