行動認識AIで施設の安心安全を向上
–City Tech–
深川ギャザリア
X-Techへの取り組みや製品を紹介してきた本連載も、今回が最終回となる。
今回は防犯の観点から、街の中で活用されるテクノロジーを見ていこう。
広大な施設の警備に課題
“深川・木場地域の新たなアイデンティティの確立”をコンセプトに、2003年に誕生した「深川ギャザリア」。ビジネス、ショッピング、アメニティを融合させた大型複合施設として、就業者や地域住民の豊かな暮らしをサポートしている。
この深川ギャザリアでは、2023年10月から、AI警備システム「AI Security asilla」(以下、asilla)を導入し、警備の高度化を図っている。導入の背景を、深川ギャザリアを運営するフジクラの不動産事業部門 管理部 管理センター センター長の小林雅敏氏は次のように語る。「防犯カメラを使用した施設の警備は、人が映像を見て異常の判別を行います。施設内だけでも200台近くの防犯カメラが設置されており、警備センターでそれら全てをチェックするのは現実的ではありません。警備員のスキルにもばらつきがあり、異常と判断する基準が一定しないケースがありました。深川ギャザリアもオープンから20年ほどの期間が経過しており、施設のバリューアップを図りたいという思いから、警備の質を向上することにより施設利用者へのさらなる安心安全の提供を目指し、asillaを開発しているアジラと共に実証実験をスタートしました」
asillaは行動認識AIによって、けんかや長時間の滞留といった迷惑行為の検知や、通常行動から逸脱した違和感行動の検知を行えるシステムだ。「他社の警備システムの場合、対応する防犯カメラなどへのリプレースが必要になるケースが少なくありませんが、asillaは既設の防犯カメラをリプレースせずに使える点が大きなポイントでした」と、フジクラ 不動産事業部門 管理部 管理センター 主査 阿部健太郎氏は振り返る。
人の目をAIがサポート
実証実験はasillaの製品化以前となる2021年からスタートし、フジクラからのフィードバックを基にアジラ側で製品化を進めていった。実証実験では深川ギャザリアのオフィス棟(タワーS棟)とレストラン棟(プラザ棟)の外に設置された防犯カメラをasillaによる警備の対象とし、行動認識AIによる警備を実施した。
「asillaは行動認識AIによって、人の目が行き届かないカメラに発生した異常も検知して、アラートで知らせてくれるため、異常発生に気が付きやすくなり、警備の精度向上が期待できます」と阿部氏は語る。実際、asillaを活用したことで、特定の箇所への滞留やふらつく人の検知などが行われたという。警備センター側ではasillaによって検知されたこれらの事象を映像を基に確認し、現場に駆け付けるかどうかを判断できる。
10月からの本格導入以降は、屋外だけでなくオフィス棟のエントランスや搬入口、レストラン棟の人の通りが多い箇所などもasillaによる監視の対象としている。小林氏は「警備センターでこれらの映像を監視している警備員からは『ちょっと目を離したタイミングで発生した異常も、アラートで通知されるため警備の質が上がった』というフィードバックがありました。人の目で警備映像を確認する場合、確認しているカメラ以外の映像は死角になってしまうため、asillaで網羅的に監視することは、施設の安心安全を向上させる上で非常に重要です。一方、オフィス棟とレストラン棟では利用者の属性が異なるため、それぞれの場所に応じた検知ができるように設定の変更を行い、警備の質をさらに向上させていきます」と今後の展望を語った。
行動認識AIが“違和感”を
検知して犯罪を未然に防止する
–City Tech–
アジラ
AI Security asilla
人の行動を人よりも知るという「行動認識AI」。その開発を手掛けるのがアジラだ。行動認識AIを搭載した「AI Security asilla」を活用するメリットを詳しく聞いた。
四つの検知機能を提供
アジラの行動認識AIは「姿勢推定AI」と「行動解析」を組み合わせることで、高い精度で異常を検知する。この技術を活用することで、既存の防犯カメラが捉えた不審行動や事件事故の予兆を即時に通報できるAI警備システムが「AI Security asilla」(以下、asilla)だ。独自の行動認識AI技術によって、24時間365日、異常行動の検知が可能になり、人とAIによるハイブリッドな警備が実現できる。
asillaによる検知は、大きく分けて四つある。一つ目は迷惑行為の検知だ。けんかや暴力行為、長時間の滞留、禁止されている区域への侵入といった行為を捉え、異常行動として通知する。二つ目は違和感行動の検知だ。突然走り出す、壁への落書き、階段の手すりからの滑り降りといった、「通常行動とは異なる違和感行動」を検知できるため、事件や事故の予兆に気が付けるのだ。
三つ目に、見守り機能がある。例えば突然転倒したり、ふらついたりといった異常や、白杖を持っている人、車椅子の人などを検知する。アジラのプロダクト事業本部 営業部 カスタマーサクセスグループ アカウントエグゼクティブ 清水智史氏は「この白杖検知や車椅子検知の機能は、鉄道事業者に非常に好評です。白杖や車椅子を検知することで、サポートが必要な人たちに最適なサービスを提供できるようになるためです」と語る。四つ目は、人数の検知だ。混雑状況の検知や人数カウントなどに対応する。
通常行動からの逸脱を検知
これらの機能で最も特長的といえるのが、違和感行動の検知だろう。清水氏は「違和感行動の検知は、防犯カメラの設置場所に応じて検知する“違和感”が変わります。例えばターミナル駅できょろきょろしていたり、同じ場所を行ったり来たりしている人がいても不審には感じないと思いますが、動線が決まっているオフィスビルなどで同じ行動を取った場合、通常の行動とは逸脱しているためアラートを発します。この違和感行動の検知は特許を取得しており、事件や事故を未然に防ぐことに活用できます」と語る。場所に応じた“違和感”を行動認識AIが自律学習し続けていくことで、高い精度で異常に対するアラートを発せられるのだ。こうした異常行動の検知は“異常行動”自体をAIに学習させるケースが多い。実際、asillaでも迷惑行為の検知では、特定の迷惑行為の動作をAIに学習させることで検知が行えるようにしている。一方で違和感行動の検知は、通常行動を学習させることで、それとは外れた行動が発生したら検知する仕組みを採用している。そのためasillaは、導入前に1週間ほど監視対象となる場所のカメラの映像を学習し、その設置場所での通常行動を学習させた後に本格的な活用をスタートさせる。
「当社の代表取締役である木村大介は、前職でビッグデータ分析の仕事をしていました。共同創業者であるベトナム人のグエン・タイン・ハイと共に開発したのが行動認識AIでしたが、それを警備システムとして活用することを決定付けたのは、2021年8月に発生した、小田急線電車内での刺傷事件でした。木村のお子さんが小田急線を使って通学をしており、非常に身近な場所で事件が発生したのです。『何かあったときに子供を守れる技術にしたい』という思いから、現在のasillaに行き着きました」と清水氏。通常、防犯カメラによる警備は、事件発生にリアルタイムに気付かなければ、事件発生後に映像を基に捜査をするために活用されるので、犯罪が起こらないように防ぐ「防犯」の用途に対して十分な効果が発揮できているとは言いにくい。しかし、asillaであれば違和感行動の検知などにより、事件が発生する前の段階で対処が可能になるため、本来の意味での防犯を実現できるのだ。
警備員のスキル均一化にも
asillaの活用によって、高齢化が進む警備員のスキル均一化も実現できる。高齢の警備員は視力の衰えなどの理由から、防犯カメラの映像を長時間注視し続けることが難しいが、asillaが異常をアラートで知らせることで、トラブルが発生した際にすぐに気が付き現場に向かえる。また、経験の少ない若手の警備員は、映像から異常を判断することが難しいケースがあるが、上記のようなアラートによって経験に左右されないトラブルへの対処が可能になるのだ。広い敷地の施設に対する防犯の精度を高めることに有効なasillaは現在、深川ギャザリアのような複合施設や商業施設、マンション、オフィスビル、病院など、多様な施設に導入が進んでいる。
「教育機関での採用事例もあります。立命館大学の大阪いばらきキャンパスの警備でasillaの本格運用が開始されており、広いキャンパスの敷地内で学生や地域の人々を守る安心・安全なキャンパスづくりを支援しています」と清水氏。
今後は、鉄道などにおける自殺の予兆検知や、店舗における万引き予兆の検知といった、犯罪や事故を防ぐための検知システムの構築も視野に入れているほか、防犯以外にマーケティングにも活用できるよう、機能強化を進めていく方針だ。