サステナブルな会社を作るには「社員の幸福」こそがポイント
日本政府が「働き方改革」と言い始めてから2年が過ぎたが、その成果が出ているとはいいがたい状況だ。そんな中登場した、『パーパス・マネジメント――社員の幸せを大切にする経営』と題された書籍に注目が集まっている。会社にとって最も大切なことは、「社員の幸せ」だとする本書の著者、丹羽真理さんが開催したセミナーをレポートする。
文/豊岡昭彦
お互いを認め合うことで幸せになれる
2018年11月21日、東京・目黒にある総合エンターテインメント企業の株式会社アカツキにおいて、「幸せな会社のつくり方」と題したセミナーが開催された。このイベントは、8月に書籍『パーパス・マネジメント――社員の幸せを大切にする経営』を上梓した、アイディール・リーダーズ株式会社の創業メンバーで、CHO(Chief Happiness Officer)である丹羽真理さんと、会場を提供した株式会社アカツキの人事責任者、法田貴之さんが意気投合したところから開催が決まったものだという。テーマは、社員が幸せを感じる会社をどうすれば作れるのかを考えることだ。
イベントは3部構成で、第一部の対談セッションでは、日本の幸福学の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長の前野隆司教授、前出の丹羽真理さん、法田貴之さんの3人でそれぞれの仕事内容の紹介と対談を行い、その後、第二部では幸せな会社をつくるための具体例を考えるワークショップ、そして第3部は懇親会だった。当日は、アイディール・リーダーズのサイトやSNSから応募した約60名が参加した。参加者のうち、半数近くが丹羽さんの著書を読んだ人たちだ。
第一部ではまず、慶應義塾大学前野隆司教授から幸福学についての解説があった。最初に、『会社は何のためにあるのか』という問いに、『社員を幸せにするためだ』と答えたところ、SNSで周囲からひどく批判されたというエピソードを紹介。投稿者は、会社は株主のためにあるとか、会社はお客様を幸せにするためにあると攻撃されたという。
「『家族は家族を幸せにするためにある』と言っても、異を唱える人はいませんよね。もともと多くの企業は、家族経営みたいなところから始まっているわけですから、お客様を幸せにするのはいいとしても、社員が犠牲になってまでお客様や株主が幸せになるのはおかしな話です。昔の日本の経営では『三方よし』の経営ということで、会社も客も社会もみんながよくなるようにということが言われていました」
前野教授は、日本には明治以前から続いているような長寿企業が多いことを紹介。そのような企業は短期的利益ではなく、「三方よし」に代表されるような、みんなが幸せになるような経営によって、長く続いてきたことを指摘した。
日本では、バブル崩壊後にグローバルスタンダードとして、株主に利益を還元するような短期利益を求める傾向が強くなったが、それに対して今、揺り戻しのような動きが出始めていると、前野教授は言う。そして、幸せは難しくないとして、幸せの4つの因子として、「自己実現と成長」「つながりと感謝」「前向きと楽観」「独立と自分らしさ」をあげる。
「世界中の70億人、みんなが幸せになる社会が私の理想です。そのためには、それぞれの多様性を認め合い、尊敬しあい、前向きに話し合うことが大切です。会社でも上司の文句や新人の悪口を言ってないで、お互いを認め合うことです。家族でもそうでしょう。どうしたって家族であることは変えられないので、お互いを認め合って、尊敬しあえばいいんです。そういう働き方を見つけましょうというのが、幸福学的な経営ということです」
続いて、今回のイベントのきっかけを作ったアイディール・リーダーズ株式会社CHO 丹羽真理さんからのプレゼン。コンサルティング会社である同社の概要の説明のあとに、自著のタイトルにもなっている「パーパス・マネジメント」についての説明を行った。
まず、「幸福度の高い社員の生産性は31%高く、創造性は3倍高い」こと、「幸せな気持ちで物事に取り組んだ人は、生産性が約12%上昇する」こと、さらには「幸福度の高い医者は、そうでない医者と比較して平均して2倍のスピードで症状を分析し、正しい診断を行う」ことなどを紹介。社員の幸せを考えることがこれからの経営にとって重要であり、それを担当するのがCHO、Chief Happiness Officerの役割だと語る。
仕事における幸せをもたらす4つの要素として、PARWがある。Pは、Purposeで、日本では一般的に「目的」という意味で使われるが、丹羽さんは「存在意義」と訳すると適切だと語った。そして、自身のPurposeと会社のPurposeの重なりが大きければ大きいほど、社員は仕事に幸せを見いだせるという。さらに、AはAuthenticity=「自分らしさ」で、RはRelationship=「関係性」、WはWellness=「心身の健康」であるとして、自分の強みを活かし、自分らしく仕事が行え、一緒に働く人々とよい人間関係を築き、協力して働け、心身が健康であることが社員の幸せであると説明する。
「これらのPARWに着目し、社員の幸せをデザインするのが、CHOです。明日から自分が関係するグループの中のCHOや、『しあわせ係』だと思って、自分のできることから始めていただけるといいと思います」と語った。
実践することの難しさ
前野教授と丹羽さんに続いて、株式会社アカツキの法田貴之さんから、同社での取り組みについて紹介があった。アカツキでは、心が動く素晴らしい体験としてエンターテインメント事業を行っているが、同時に「成長し、つながることによって幸せを生み出す組織」という組織ビジョンを掲げており、その中には社員がイキイキと働くことも含まれているという。
この日会場となった部屋はそれを象徴するもので「Shine Lounge(シャイン・ラウンジ)」と名付けられている。シャイン・ラウンジでは毎朝「朝会」を行って、社員同士がつながり、意見を分かち合う活動も行っている。
法田さんは、人事のチームの存在意義として「人生が輝く働き方を創造する」というビジョンを掲げている。だが、「実際にどうやるのか」については、現在の組織の状態や今後の変化に合わせながら試行錯誤していることを紹介してくれた。
「『人生が輝く働き方』という方向性を決めても、実際どうするかは、試行錯誤をしながら、常に考え続けることが大事だと考えています。今はそれを人事のチームだけで考えるのではなく、『みんなで考えよう』という活動を行っており、朝会も常に全体でやるのではなく、日によってはチームごとに朝会を行うようにしています。そういう中で、社員旅行は全社の正社員だけで行っていたのですが、実際に働いているチームメンバーで行ける方がよいという話があり、今では雇用形態に関係なく、チームの全員でチームごとに行うようになりました」
みんなで話し合い、実際にやってみること、そして学び、実践するというプロセス自体が大切だと考えているという。
3者プレゼンのあとの対談では、総論はOKでも各論になったときに、どのようにしてその考え方を社員に広めていったらいいのかということが話し合われた。 前野教授からは、社員満足度が高い企業として有名なナット製造の西精工株式会社や、「かんてんぱぱ」の伊那食品工業株式会社を見学したり、交流したりしたらどうかという案が出されたほか、丹羽さんからは、理解し合える人からグループを作り、少しずつ同志を増やして行く方法などが紹介された。
その後の質問のセッションでは、「違う価値観を受け入れるのは難しいのでは? それが幸せなのはどうしてか」「上司にわかってもらうにはどうしたらいいか」「常に勝ちたいという上司はどう説得するか」といった質問が参加者から投げかけられた。
プレゼンターからは、「違いを認めないと苦痛になるが、違いをおもしろがれば、幸せになれるし、よりクリエイティブな環境が作れる」、「幸福度の高い社員の生産性は31%高く、創造性は3倍高いといったエビデンスを示しながら、相手の興味のあるところに合わせて話していく」といった回答があったものの、どの質問からも社員の幸福を追求する働き方には賛成でも、現場で実践することの難しさがうかがえた。
ユニークなアイデアが続出したワークショップ
第二部は、アイディール・リーダーズの丹羽さんがプレゼンターとなり、参加者がChief Happiness Officerだったらどんなことをするのか、仕事における幸せを生み出すPARWの具体例を考えようというワークショップ。参加者の5~6名が1グループとなり、グループディスカッションを行った。時間は15分ほどで、短い時間だったが、和気藹々とした雰囲気で様々なアイデアが出された。アイデアは、アイディール・リーダーズが取り扱う、マイクロラーニング システム「UMU」を通してネット上に投稿され、参加者がそれを読んで、賛同したアイデアには「いいね」を付けるシステム。参加者からの「いいね」が多いアイデアからベスト3が発表された。
最も好評だったのは、仕事上の失敗をみんなの前で話し、一番大きな失敗をした人が優勝という会を開くというアイデア。失敗を文化にし、みんなで共有することで、それを繰り返さない教訓とすると同時に、それをユーモアで包むことでくよくよせず、前向きな糧にしようという案だ。さらには、1人をみんなで囲んで、その人のポジティブな面を誉める山手線ゲームのようなゲームのアイデアも。ポジティブとネガティブを3対1の割合で指摘することで、ただ誉めるだけでなく、欠点も気持ちよく直してもらおうというアイデアだった。
短い時間だったが、初対面の人同士がディスカッションして、前向きでユニークなアイデアがたくさん出されたのは驚きだった。これも相手を否定せず、受け入れるという幸福学的な雰囲気のたまものだったろう。何より、ディスカッションする参加者の楽しそうな顔が印象的だった。
社員が幸せな社会は実現できるのか
政府が主導する「働き方改革」だが、言及されることの多くが労働時間や残業のことばかりという印象が強い。だが、こうした議論は経営者目線の、しかも製造業が日本の産業の主流だった時代の議論ではないだろうか。第三次産業が主体になり、ホワイトカラーの生産性を上げたり、イノベーションを起こすことが求められている現代では、社員にやる気や生きがいを与え、よりクリエイティブな環境を与える働き方が重要だ。そういう意味で、社員の幸福度や満足度を向上させることは、まさに日本の働き方改革の本丸といえる。
一方で、こうしたテーマをどのように社会や会社に普及させていくのかという点で、まだまだ道は緒についたばかりという印象を受けた。こうした議論がもっと活発になり、株主や社会にとっても社員の幸せが重要だということが広く認識されることを願ってやまない。
筆者プロフィール:豊岡昭彦
フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。