特集 働き方改革再入門 - 第7回

人事・総務に知ってほしい~関連法対応の前に取り組まなければならないこと



働き方改革関連法の施行で、人事・総務部門では、労使協定の見直しや就業既定の変更などが必要になる。しかし、円滑な働き方改革実現のためには、それより前に対策しなくてはならないこともある。働き方について長い講師歴を持つ加納人事・労務研究所所長で社会保険労務士の加納明夫氏に伺った。

文/狐塚淳


中小企業の働き方改革実現の現状

―― 加納さんは長年にわたって働き方に関するセミナーの講師を務められてきたそうですね。最近の働き方改革に向けた法整備と企業でのその進展についてどのようにとらえていらっしゃいますか?

加納 安倍政権が掲げる規制改革の中で「働き方改革」はアベノミクスの3本目の矢として登場しました。4月に施行になった働き方改革関連法も、これまで10年以上進捗がなく先送りされてきた労働法改革が進んだ点で評価できます。平成20年の労働契約法成立以来上程もできなかった時間ではなく成果で賃金を払う高度プロフェッショナル法も実現しました。労働契約法は罰則ルールがありませんでしたが、働き方改革関連法案では罰則規定が設けられました。同一労働同一賃金は、これまで、裁判になっても判例でしか判断されなかった労働問題にルールが与えられたのです。

―― ただ、働き方改革関連法については、対策が十分にはできていない企業があるという話も聞こえてきます。

加納 大手企業は人事部などの仕事が注目されるチャンスでもあり、積極的に対応を進めていますが、中小ではなかなか難しいです。急な投資ができないということもありますし、生産効率化にどう取り組めばいいのか、まだ戸惑っている企業も少なくありません。これから3カ年や5カ年の先を見据え、計画を立てて管理職研修の依頼をしてくる企業もありますし、就業規則の見直しについての相談も増加しています。

加納人事・労務研究所所長 社会保険労務士 加納明夫氏

一番考えなくてはならないのは、従業員の健康

―― 具体的にはどんな相談がくるのですか?

加納 最近では36協定を未締結だったイベント会社の相談を受けた事例があります。36協定とは労働基準法第36条に基づく労使間の協定です。労働者が法定労働時間以上働かなくてはならない場合に労使間で締結して書面を労働基準監督署に届ける必要があります。36協定さえ結べば無制限に長時間労働が行えるという点から批判も多いのですが、企業の現状に沿った形で働き方改革を進めていくうえでは必要です。

労働基準法第36条(抜粋)

使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。

誰しも好き好んで長時間労働をするわけではありませんが、仕事によってはどうしても長くなる場合があります。労働基準法自体が、もともと工業基準で作られているため、サービス業ではあわない部分があり、問題が生じがちです。そのため、規制に縛られたくないと考える中小企業の経営者も少なくありません。この企業の場合、見本市の事務局などを請け負っているのですが、労務管理がうまくできていませんでした。国際的な会議などを開催する場合、社内の一部とはいえ担当部署は海外の先方との連絡を夜中に行わなくてはなりませんし、展示会運営では客先に打ち合わせに行っても待ち時間が多く、実際の打ち合わせは短時間で済むのに、働く時間が読めないことも多いのです。会社側から従業員に対し、時間を指定した業務の指示が難しいのですが、裁量労働制を採用しようにも、業務の中に営業的な役割があるため専門業務が認定基準に収まらないという問題がありました。

―― このイベント会社の場合、どういう対策を取ったのですか?

加納 従業員の幸せを考えると、最も重要なのは健康管理です。うつ病などでの長期欠勤者が出れば、そのしわ寄せが他の従業員に行きますし、社の雰囲気も悪くなっていきます。そこで、健康管理のために勤務間インターバルを導入することにしました。EUのように11時間のインターバルを取ることは難しいし、年末などの繁忙期には8時間以上のインターバルを取れない日も出てきます。勤務間インターバルについては法律的には努力目標という扱いなので自由に内容を決められるため、時間数を入れずに年末等は除外して「所定の時間のインターバルを取る」ことを決め、社員に向けた説明会を開催しました。

ここで重要なのは、現場が労働基準法を意識するようになることです。なぜ、勤務間インターバルが必要なのかを知り、自分の労働時間は自分で管理しなくてはいけないという意識改革を行うことが大切です。

―― 確かにそうした意識改革は必要ですね。就労規則についても入社時にファイルを渡され、引き出しに突っ込んだままという人も多いですよね。

加納 かつては労使協定には労働組合の主導で取り組んできましたが、労働組合のある企業の数は減っていますし、非正規雇用が増えて5割を越えれば、正社員の労働組合では労使協定を結べなくなります。非正規のニーズもくみ上げないと組合も続かないでしょう。過労死で企業だけでなく労組が訴えられる事案も出てきています。

現状を共有し、守れるルールを制定する

―― 勤務間インターバルは努力目標ですが、働き方改革関連法案では労働時間や有給取得日数などは罰則のある規則ですよね。

加納 罰則があっても、すぐにできないことはあります。たとえば全体の十分の一の医師の労働時間は過労死ラインを越えていると言われています。外科や小児科、産婦人科など特定の診療科では長くなりがちですが、しかし手術の途中で時間だからと仕事を離れることはできません。守れないから罰金を払えばいいという話ではありませんが、労働時間を削減できない人もいれば有給休暇を取れない人がいるのも事実です。その場合、今年急には無理でも、3年、5年かけて改善していくことが重要です。

―― 法改正で5日間の有給休暇の取得が義務付けられました。

加納 私は都内のある区で、委託事業として労働環境のモニタリングをしています。その区では2003年の地方自治法改正施行を受けて、10年前から図書館や児童館、福祉施設などの公共施設の運営管理を民間やNPOに指定管理という形で委託しています。公務員である職員が運営に当たるよりも費用対効果が高く、サービス改善も望めます。しかし、最近では委託先に1年契約で雇用された職員のワーキングプア化により、職員が仕事に不満を抱えた状態でサービスが低下するなどの問題が発生し、モニタリングを依頼されました。

そこで労働条件を審査したところ、職員の定員割れが発生していて、有給休暇が満足に取れていないという問題が判明しました。全国平均では40%以上の取得率があるのに、20%台の取得率でした。公共ではこうした事態は放置できませんが、区のオーダーだから取れといっても、現場の状況がそれを許さない場合があります。そこで、委託先で会議を開いて有給休暇の取り方を話し合う形をとってもらいました。法律で定められた日数を取れるのが一番ですが、上限までが難しければ実態を知って、従業員がそれを共有し、守れる労働環境を企業と整えていくことが重要です。

―― 法律で決まったことはすぐに対応しなくてはならないと一般的にはとらえていると思うのですが。

加納 もちろん、定められた有給休暇を取れることが良いのですが、過去の就労体制からいろいろなものを引きずってきています。たとえば、ほとんどの会社では有給休暇の届け出書類には理由欄がありますが、本来有給休暇は時季を指定して届けさえすれば、許可はいらないのです。そうした知識を得て、働く人が意識改革をしていくことが、働き方改革では重要です。決して、会社だけが掛け声をかけても達成できません。

―― 労働時間についてもそうなのでしょうか?

加納 会社が部署ごとの正確な労働時間を把握していないケースが多いという問題はあります。サービス残業などが把握されていない企業は多く、実態を把握したら上限を超えている場合も出てきます。では、上限をオーバーしている理由は何でしょう? 人が足りないのは同じ業界であればどこでも一緒です。業界内での人の取り合いです。これから少子高齢化によって人材不足はさらに多くの業種で広がっていくでしょう。

人を増やさずに労働時間を短縮していくためには、まずは36協定を結んで守るべき残業時間の上限を決めてください。そして、次の目標としては従業員の健康管理に重点を置くべきです。厚生労働省は改正労基法の労基法施行規則で健康確保措置として9つの選択肢の中から最低1つを選んで実行するよう指針を定めています。これには責任が発生し、実行できなければ労働基準法違反として指導を受けます。健康確保措置実現のためには労働時間の把握が必要ですが、労基法でいう労働時間とは、使用者の指揮命令下にある時間を指します。第二次電通事件で問題になった自主的な自己研鑽の時間などのグレーな時間帯を確認しなくてはなりません。そのうえで、なぜ、長時間になるのか? 無駄やずさんな管理のせいなのか? 繁忙期の偏りがあるのか? 原因を把握したうえでの長時間労働の問題解決には、週や月当たりの労働時間を、年単位などで調整していく変形労働制を活用するなど、さまざまな工夫によって改善を図っていく必要があります。

健康確保措置

  1. 労働時間が一定時間を超えた労働者に医師による面接指導を実施すること。
  2. 法第三十七条第四項に規定する時刻(深夜)の間において労働させる回数を一箇月について一定回数以内とすること。
  3. 終業から始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保すること。
  4. 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、代償休日又は特別な休暇を付与すること。
  5. 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、健康診断を実施すること。
  6. 年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めてその取得を促進すること。
  7. 心とからだの健康問題についての相談窓口を設置すること。
  8. 労働者の勤務状況及びその健康状態に配慮し、必要な場合には適切な部署に配置転換をすること。
  9. 必要に応じて、産業医等による助言・指導を受け、又は労働者に産業医等による保健指導を受けさせること。

「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」より

法律の周知は行政の義務ですが、雇用者の義務をわかりやすく説明し、労働条件を知らないことには労働基準法は守れません。きちんと説明していくことで、いろいろなルールができていきます。これからの企業は人の確保ができないと生きていけません。働き方改革で人並み以上の会社にしていかないと人が雇えなくなります。しかし、会社がルールを決めても、そのルールを破るのは働いている人です。働き方について形式的なものから共通認識へ、企業側と従業員側で話し合っていくことが大切です。

筆者プロフィール:狐塚淳

スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。