Case:つくば市
住民の“困った”をテクノロジーが解決する未来の街
つくば市は、以前から同市の二つのエリアを「つくばモビリティロボット実験特区」に指定し、セグウェイなどのロボットが公道を走る実験を行うなど、スマートシティに関する取り組みを積極的に進めていた。2022年3月には、国家戦略特別区域諮問会議にて同市がスーパーシティ型国家戦略特区に指定することが決定されており、現在それらに関連した実証実験が進められている。同市が進めるスーパーシティ構想に向けた取り組みについて、話を聞いた。
研究学園都市が抱える課題
茨城県の南西部に位置するつくば市は、北に関東の名峰筑波山を擁し、東には国内2位の面積を有する霞ヶ浦を持つ。また研究学園都市であるつくば市の中央部には国家プロジェクトとして建設された研究学園地区があり、さまざまな研究・教育施設が集積している。周辺市町村との合併を繰り返したことで、その面積は茨城県内でも4番目の広さだ。
一方で、それ故に抱えている課題もある。つくば市 政策イノベーション部 スマートシティ戦略部 係長 金塚安伸氏は同市が抱える課題を3点挙げた。
「一つ目に、つくば市は都市と郊外が二極化しています。周辺市町村と合併を繰り返して成立したため、都心部につながるつくばエクスプレス沿線の中央部と市内の南北では住民の年齢分布が異なり、高齢化が進んでいる地域も少なくありません。二つ目に多文化共生の不備があります。研究学園都市があることで、さまざまな人がつくば市に集まり、多様性に富んだ町になっている一方で、外国人研究者が多いことから多文化共生に課題が生じているのです。三つ目に、都市力の低下があります。研究学園都市が作られたのは50年以上前であり、建設されたさまざまな研究施設が一気に老朽化しています。それらをどう維持するかが課題になっています」
そうした課題を解決するため、つくば市が選択したのがスーパーシティ構想への取り組みだ。つくば市では「つくばスーパーサイエンスシティ構想」と銘打ち、「誰一人取り残さない」SDGsの精神の基で、デジタルやロボティクスなどの最先端技術の社会実装と、都市機能の最適化を進めていく。
市政をデジタル化でより便利に
つくば市 政策イノベーション部 スマートシティ戦略課 課長 中山秀之氏は「実はつくば市の代名詞ともいえる研究学園都市ですが、この研究機関とつくば市の住民が共に街づくりに関わり合う、といったことはこれまであまりありませんでした。研究機関が多いため、困りごとを解決する技術があるにもかかわらず、企業は少ないためサービス化されにくいという環境が背景にあります。そこで、この研究学園都市にある世界最高峰の科学技術を結集して、研究機関、企業、住民、行政が共に一丸となって住民中心のスーパーシティ構築を創り上げていくことも、狙いの一つとしてあります」と語る。
それでは、つくばスーパーサイエンスシティ構想ではどのような取り組みを進めていくのだろうか。その取り組み内容は、以下の6分野に分かれる。
1.移動・物流
・自動車や自転車に並ぶ新しい移動手段(パーソナルモビリティ)の提供
・ロボットやドローンによる荷物の自動配送
2.行政
・インターネット投票
・つくば市政が確認できるスマホアプリ
3.医療
・マイナンバーなどを活用したデータ連携による健康・医療データサービス
4.防災・インフラ・防犯
・災害時要支援者の迅速な避難誘導および医療連携
5.デジタルツイン・まちづくり
・3Dマップの作成によるデジタルツインの実現
・ロボットと共生する都市空間の創出
6.オープンハブ
・外国人創業活動支援
・イノベーション推進のための国立大学法人の土地建物の貸付
・調達手続きの簡略化
これらの取り組みのうち、つくば市政が確認できるスマホアプリは「つくスマ」としてすでにリリースされている。また実証が行われている取り組みもある。例えばインターネット投票だ。マイナンバーカードによる個人認証機能やブロックチェーン技術などを活用し、公選選挙における信頼性の高いインターネット投票実現に向けた技術検証を行う。2022年度は模擬住民投票として、一部地域での実証実験を行った。つくば市では今後も検証を進め、2024年度のつくば市長・市議会選挙でのインターネット投票の導入を目指している。「インターネット投票を利用する対象者は、これまで身体障害があるなどの理由から郵便投票をしていた住民を予定しています」と金塚氏。
ロボットが実現するモビリティ変革
移動・物流の取り組みでは、リアルメタバースと連携したレベル4ドローン物流に向けて、現在実証が進められている。具体的には、XRでドローンの「空の道」を可視化することで、有人地帯の上空飛行時の住民の受容性を高める取り組みや、ドローンやロボットでPCR検体を模した物資や食品配送を行う実証実験を行っている。例えば新型コロナウイルスへの感染で自宅療養が必要になった場合でも、ドローンとロボットを組み合わせることで、自宅にいながらにしてPCR検査や自宅療養に必要な飲食料品の手配が可能になるのだ。飲食料品の配送はスーパーからドローンで中継地点に配送し、中継地点からはロボットに荷物を詰め替えて自宅へ配送する。
こうしたロボットを活用した取り組みは、パーソナルモビリティを活用した移動サービスの実証実験でも行われている。つくば市宝陽台地区において、1人乗りのパーソナルモビリティロボットを活用して特定の乗車場所からバス停までを走行し、利用者を送り届けるような仕組みだ。高齢者などの交通弱者のラストワンマイル対策としての活用を見込んでいる。
現在は特定のスポットからバス停への移動だが、将来的には利用者がパーソナルモビリティを予約したら、自動運転で自宅玄関に配車され、必要な場所までの移動手段として利用できるようなサービスを目指している。
「住民説明会などを丁寧に行ったことで、多くのサービスが住民に受け入れられています。その一方で今後顕在化しそうなのがマネタイズの問題です。例えばパーソナルモビリティなど、運行する上で採算がとれるかどうか、といったこともポイントになります。社会実装が進み、サービスエリアが広がればそういった問題も出てくるでしょう。つくば市のスーパーサイエンスシティは、地域課題解決型の街づくりとともに、未来指向型の街づくりも進めています。住民の皆さまが喜ぶスーパーシティ実現に向けて、今後も取り組みを進めていきます」と中山氏は展望を語った。
Case:大阪府・大阪市
万博後を見据えた先端的サービスを都市に実装
大阪府は、大阪市と共にスーパーシティ構想の実現に向けて、現在取り組みを進めている。そのテーマは「データで拡げる“健康といのち”」だ。大阪府では、大阪市が持つ二つのグリーンフィールド(これから都市を構築するまっさらな土地)を舞台に先端的サービスを展開して、スーパーシティの実現を目指していく。これから進めるその取り組みについて、話を聞いた。
舞台は二つのグリーンフィールド
大阪府ではこれまで、住民のQOL向上の実現を目指すべく、スマートシティ戦略を策定して、先端的技術によってさまざまな都市課題の解決を目指してきた。その背景には、大阪という都市の土地柄がある。大阪府 スマートシティ戦略部 特区推進課 課長 宮田 昌氏は「大阪は世界有数の人口と経済規模を持つ都市です。人口879万人(2022年時点)、経済規模約41兆円(2019年時点)であり、国内都市の特性を評価した2022年の調査結果では、大阪市が総合で1位に位置付けられるなど、その評価は高い自治体です。大阪市は大阪府の中でも先進的な自治体であり、府域の先導役としてデジタル技術の導入を先行して進めています。そうしたこれまでのスマートシティへの取り組みをさらに発展させていくのが、今回のスーパーシティ構想と言えるでしょう」と語った。
なぜ大阪府はスーパーシティを目指すのか
1.世界有数の都市 大阪
圧倒的な人口集積を誇り、世界有数のグローバル都市である大阪において、唯一無二の日本を代表するスーパーシティを目指す。
2.「グリーンフィールド」で先端的サービスをいち早く実装
グリーンフィールドでいち早く先端的サービスを実装させ、スーパーシティ構想の実現に取り組み、先端的サービスの全国展開への道筋を作る。
3.全国都市のデジタル化をリード
大阪広域データ連携基盤(ORDEN)構築により、全国都市のデジタル化をリードする。
それでは大阪府と大阪市が取り組むスーパーシティ構想とはどのようなものなのだろうか。まず実施するのが、冒頭にも触れたグリーンフィールドにおける先端サービスの実装だ。2025年に開催される大阪・関西万博の会場となる「夢洲」と、大阪駅の北側にあった貨物ヤード跡地の再開発事業である「うめきた2期」を舞台に、ヘルスケアとモビリティの分野を中心に先端的サービスを展開していく。
会場建設をITで効率化
夢洲は、前述したように大阪・関西万博の会場となる。その会場建設に向けて、最先端技術を活用した建設工事「夢洲コンストラクション」を2023年度から進めていく予定だ。夢洲コンストラクションでは、バイタル情報や位置情報による作業員の安全・健康管理の実現や、建設工事現場内外の移動や資材運搬の円滑化を実施する。「大阪ベイエリアに位置する夢洲は、大阪市内で発生した建設土砂などを利用して作られた約390haの人工の島です。大阪・関西万博の会場予定地であり、これから2年かけて会場の建設を進めていきますが、この夢洲に通じる道が2カ所しかなく、作業員や資材が出入りすることによる交通量増加で渋滞が発生するなどトラブルの発生が予測されています。そこで作業員用シャトルバスを、貨物と乗客の輸送を一緒に行う貨客混載で運行したり、レベル2の自動運転走行を大型第一種免許で可能にして運送効率を向上させたりすることで、工事の円滑化と生産性向上を図ることや、ドローンによる資材の運搬や測量・工事管理なども実施できるように国へ要望しています」と宮田氏。
建設作業員の安全・健康管理も行う。広大な敷地で働く建設作業員のバイタル情報や作業場所の環境、気象情報などをAIが解析して適切なアラートを発するといった仕組みを構築する。
2025年に開催される大阪・関西万博では近未来の医療サービスを体感できる万博を開催するほか、万博会場を結ぶ空飛ぶクルマの実装を行う。万博会場内ポートおよび会場外ポートをつなぐ2拠点間で空飛ぶクルマの運行を実施する予定で、ANAホールディングスおよびJoby Aviation、日本航空、丸紅、SkyDriveの4事業者が運行事業者として選定されている。
うめきた2期では2024年度から、「ライフデザイン・イノベーション」をテーマに、IoTやビッグデータなどを活用することで、人々が健康で豊かに生きるための新しい製品やサービス創出を進めていく。具体的には、うめきた2期に設置予定の温泉利用型健康増進施設において、ヒューマンデータとAI分析などによるエビデンスに基づく健康増進プログラムを提供したり、それらの効果を数値化してデータに還元したりすることで、循環型の健康サイクルを形成する。
住民IDによるデータ連携を目指す
これらの夢洲、うめきた2期で行われた先端的サービスの仕組みは、将来的に大阪府全域での実装を目指す。その府域全域への展開を行う仕組みとして、現在「大阪広域データ連携基盤」(ORDEN)の構築を進めている。宮田氏は「データ連携基盤の構築は、大阪のスマートシティ化を実現する上でも重要です。大阪府の市町村において、住民の利便性向上に資する行政サービスの展開を行えるよう、現在構築を進めています。ORDENの特長はID連携であり、この個人IDを利用してさまざまな民間データや行政データなどとの連携を図る予定です。マイナンバーカードの個人認証機能を使ったID登録といった認証の仕組みを採用することも検討しています」と語る。このORDENの仕組みにより、将来的には他の都市のデータ連携基盤と接続して同様のサービス展開を可能にするなど、全国都市のデジタル化と課題解決をリードしていく方針だ。
「スーパーシティへの取り組みは、大阪・関西万博終了後も続いていきます。その柱となるのはヘルスケアとモビリティの取り組みで、遠隔医療やAI、ロボットによる診療支援などの先端医療サービスを日常的に享受することができたり、次世代パーソナルヘルスレコード(PHR)を活用することで、健康・医療のシームレスな融合や個人への最適化といった先端的サービスを受けられたり、データ連携基盤によって効率化された都市型・広域MaaSを実装したりすることによって、大阪自身の街の活性化や競争力強化につなげていきます。すでにMaaSへの取り組みは、民間事業者などが実施しており、それらをさらに高度化していきたいですね」と宮田氏は大阪の未来を語った。