Special Feature 2
digitaldenen Series vol.6

病院の新たなカタチを作る
医療DX

人口減少や少子高齢化、過疎化といった課題に、大きな影響を受けているのが医療の現場だ。少子高齢化に伴う人材の不足や、地方に十分な医療サービスが提供できないといった課題が生じている。それを解決する手段として、デジタル活用がある。コロナ禍で大きな注目を集めたオンライン診療をはじめ、医療現場のデジタル活用が今、大きく進もうとしている。その取り組みによって変わりゆく、病院の新しいカタチを見ていこう。

医療IT関連市場

医療DXは電子カルテの普及から始まる
— 富士経済の調査から

オンライン診療や電子カルテなど、医療でのデジタル活用を目にする機会は増えている。しかし、実際にはどれほど進んでいるのだろうか。医療IT関連市場について調査している富士経済に、その普及状況を聞いた。

地方の医療課題をどう解決する?

富士経済
ライフサイエンス事業部
第一部
課長
生命科学(修士)
竹田 仁

 デジタルの力によって、地方の個性を生かしながら人口減少や少子高齢化、産業空洞化といった社会課題の解決を図っていくデジタル田園都市国家構想。中でも医療の分野は、地方を中心に医療資源やサービス提供人材が不足していたり、離島やへき地といった場所で医療サービスが受けにくいなどの多くの課題に対して、デジタルの活用が向いていると言える。

 例えば離島などと都心部をネットワークでつなぎ、遠隔で診療を行えれば、医療人材が不足している場所であっても十分な医療サービスが受けられるだろう。厚生労働省ではこうした医療・介護分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けて、「遠隔医療の更なる活用」と「医療・介護分野でのDX」の二つを挙げている。後者の医療DXについては、「全国医療情報プラットフォームの創設」「電子カルテ情報の標準化等」「診療報酬改定DX」の三つを推進すべき施策としており、今後医療現場のデジタル化は急速に推進していくことが予測されている。

 それでは、現在の医療現場におけるデジタルの普及状況はどのように進んでいるのだろうか。市場調査会社の富士経済は医療連携・医療プラットフォーム関連市場について調査を行っており、その結果を「2022年 医療連携・医療プラットフォーム関連市場の現状と将来展望」としてまとめている。

これからさらに進む電子カルテの普及

 本調査を担当した富士経済 ライフサイエンス事業部 第一部 課長の竹田 仁氏は「現在、医療現場のIT化は決して進んでいるとは言えません。電子カルテの普及率は約50〜60%で、残りの医療現場では紙のカルテを使用しているのが実情です」と指摘する。

 前述した医療連携・医療プラットフォーム関連市場においては、電子カルテは院内基幹システムに分類される。2021年は4,149億円を見込む本市場の約7割を電子カルテが占めており、オンプレミス型の病院向け電子カルテで2,227億円、クラウド型電子カルテで72億円を見込んでいる。一方で今後の成長率が高いのがクラウド型電子カルテだ。2035年には400億円市場となり、2020年比6.3倍を予測している。オンプレミス型の病院向け電子カルテの市場も2035年に2,750億円となり、2020年比129.6%など、拡大が予測されている。

「今後市場の拡大が予測される電子カルテ市場ですが、前述した通りそもそも整備が遅れており、その中で伸びているというのが実情です。傾向として大病院ではオンプレミス型の電子カルテが導入されるケースが多く、個人のクリニックなどでクラウド型の電子カルテが伸びています。これは大規模病院では電子カルテをカスタマイズしたいニーズが強いためです」と竹田氏。一方で、現在の若い研修医などは電子カルテを使用することが当たり前になっており、今後そうした層や新規にクリニックを開業する層などが電子カルテを導入していくことが見込まれている。特にクリニック(診療所)や中小病院などは初期投資を抑えてリーズナブルに導入できるクラウド型電子カルテに魅力を感じ、導入するケースが多いようだ。

 また、クラウド型電子カルテの伸びと連携して拡大が見込まれるのが、医療ビッグデータの活用だ。電子カルテなどの医療情報を二次利用したシステムの市場についても同社は「2022年 医療AI・医療ビッグデータ関連市場の現状と将来展望」にまとめている。その調査も担当した竹田氏は、電子カルテのデータを二次利用することで生まれる、医療の可能性について次のように語る。「例えば難病などは、そもそも薬を開発するための治験対象者となる患者が見つからないケースがあります。そうした場合に、条件を満たす患者がいる病院を電子カルテのデータベースから探せれば、創薬研究は大きく進むでしょう」医療データの二次利用では個人を特定できないようにデータが加工され、検査などの数値データは医療の発展のために活用されていく。そうした側面からも、電子カルテの活用が拡大していくことは大きな意味を持つだろう。

オンライン診療×IoT機器の需要

 また院内基幹システムのほか、大きな市場の伸びが予測されているのが地域包括ケアシステムと、オンライン医療システムだ。特にオンライン医療システムはコロナ禍の2020年に市場が急拡大した。2021年にはオンライン医療に取り組む意欲の高い医療機関への導入が一巡したことや、対面診療と比較した際の診療報酬の低さなどから、2020年比128.1%の41億円と伸びが鈍化したが、将来的にウェアラブル端末をはじめとしたIoT機器の活用によって診療行為の幅が広がることが見込まれている。また2023年1月からは電子処方箋システムの運用が開始されており、将来的には電子処方箋を起点にオンライン医療の連携が進むことも期待されている。これらの背景を基に、2035年のオンライン医療市場は2020年比3.3倍となる106億円市場となる予測だ。

 「医療現場の基本システムは電子カルテが核になります。電子カルテシステムの普及率が100%に近づけば、それにつながるシステムの普及率も比例して上がるでしょう。この電子カルテの普及100%が実現した年こそが医療DX元年に位置付けられるのではないでしょうか」と竹田氏は展望した。

オンライン診療ツール

医師からつなげるビデオ通話機能でより使いやすく
メドレー/CLINICS

メドレー
CLINICS事業部長
藤野郁也

2016年2月の提供開始以来、全国の診療所や大学病院などで幅広く活用されている「CLINICS」(クリニクス)。オンライン診療支援システムである「CLINICSオンライン診療」を中核に、患者と医療機関双方がテクノロジーの恩恵を受けられるプラットフォーム作りに注力しているのがメドレーだ。コロナ禍を経た需要について、話を聞いた。

 コロナ禍でオンライン診療システムは大きく注目されたが、実際の普及状況はどう変化したのだろうか。同社 CLINICS事業部長 藤野郁也氏は「CLINICS」の普及状況について「現在約3,000件の医療機関で利用されているほか、累計診療回数は約80万回以上と非常に広く活用が進んでいます。やはり新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言によって、オンライン診療システムの価値が再確認されて導入が加速した側面がありますね」と語る。また2022年4月の診療報酬改定の中で、これまで214点だったオンライン診療(電話や情報通信機器を用いた診療)の初診料が251点に引き上げられた。これらの診療報酬改定もオンライン診療普及の追い風になったと藤野氏は指摘する。

患者側が利用する「オンライン診療・服薬アプリ CLINICS」。現在地からオンライン診療対応の病院を探し、アプリ上で診療が可能だ。

 そうした活用の広がりの中で生まれた新たなニーズに応えるため、同社は2022年8月にCLINICSの大型アップデートを実施した。

 例えば、予約システム「CLINICS予約」の大幅なアップデートだ。患者側のCLINICSアプリのアカウントの有無にかかわらず予約受付ができるほか、病院側からの予約管理も可能になる。また、CLINICS予約と関連して、Web問診システム「CLINICS問診」の提供も新たに開始。オンライン診療予約から問診まで、CLINICSによるカバー範囲を拡大した。CLINICS問診で回答した内容は電子カルテシステム「CLINICSカルテ」に直接連携されるなど、病院の診療業務を大きく効率化できる。




オンライン服薬指導も対応している。オンライン上で薬剤師と会話し、薬は自宅に配送できるため、自宅で診療から薬の受け取りまで行える。

 これまで提供してきたCLINICSオンライン診療には、「ビデオ通話オプション」を新たに追加した。このオプションについて藤野氏は「これまでのオンライン診療は、患者さんから医療機関に予約をし、計画的に診療を実行するものでした。しかし、すぐに確認してほしいとか、往診前にどういう状態か確認したいといった要望に応えるためには、患者からではなく医療機関側からアクションできる機能が必要でした。ビデオ通話オプションは、事前予約や決済機能が不要なケースにおいて、患者側がアプリのダウンロードやアカウント登録をせずに、携帯の電話番号だけで簡単にオンライン診療が可能になる機能です。患者のスマートフォンにSMSでビデオ会議用のURLを送信し、すぐにつないで状態を見ることが可能になります」と語る。医療現場からの要望が特に強かった機能で、これによりさらに多様な診療ニーズに応えることが可能になった。

 CLINICSは2021年12月7日から、NTTドコモとメドレーによる共同での運営になるなど、より多くのユーザーに対してオンライン診療サービスを提供できる体制を整えている。また、地域医療に根ざしたオンライン診療の全国的な普及を支援するべく、CLINICSオンライン診療を導入している医療機関が十分にない二次医療圏において、一定の条件を満たした医療機関の初期導入費用を無償化する「CLINICSオンライン診療 二次医療圏カバープロジェクト」も2022年3月にスタートするなど、医療機関側の導入拡大も積極的に進めている。「今後も診療業務の効率化を実現するアップデートや、新しいソリューションの創出を検討しています」と藤野氏は語った。

IoT血圧計を
組み合わせた高血圧治療
テレメディーズ×オムロン ヘルスケア/テレメディーズBP

テレメディーズBPで使用するオムロン ヘルスケアの血圧計「HCR-7051T」だ。

画面越しに通話するオンライン診療システムに、IoT機器によるセンサーデータを組み合わせれば、問診から得られる情報以上の診療が可能になる。そうした仕組みをいち早く、高血圧治療の分野で実装しているのが一般社団法人テレメディーズが提供するオンライン高血圧診療パッケージ「テレメディーズBP」だ。

 オンライン高血圧診療パッケージ「テレメディーズBP」は、オムロン ヘルスケアが提供する血圧計「HCR-7051T」とその測定データを連携する「OMRON connect」にオンライン診療システムを組み合わせ、自宅にいながらオンラインで医師による高血圧治療や予約などを受けられるシステムだ。

左:オムロン ヘルスケア
  循環器疾患事業統轄部
  国内デジタルヘルス事業企画部
  臼井 弘

右:テレメディーズ
  代表理事
  谷田部淳一


 高血圧治療について、テレメディーズの代表理事であり、高血圧治療に携わる医師・医学士の谷田部淳一氏は「健康寿命に最も影響を与える要因は高血圧です。現在の高血圧の定義は140/90mmHg以上とされており、これに当てはまる患者は約4,300万人いるとされています。しかし、この内半数は高血圧に気付いていないか、気付いていても対処できていません。残りの半数が医療機関を受診していますが、その内半分は血圧がきちんと低下していません。高血圧の薬は十分に成熟していますので、正しく治療を受ければ改善されるはずなのですが、この比率は20〜30年もの間変わっていないのです」と課題を指摘する。

 そうした治療へのハードルの一つが通院だ。継続的な通院が必要な高血圧治療では、それを負担に感じて治療を途中でやめてしまうケースもある。また高血圧治療の中では、家庭で血圧を測る「家庭血圧の測定」が不可欠となるが、正しく測定できていなかったり、複数回測った数値の一番良い数値を記録して医師に報告したりと、問題も多くある。

 テレメディーズBPでオムロン ヘルスケアが提供する血圧計HCR-7051Tは、血圧を測定するとBluetoothによってスマートフォンアプリ「OMRON connect」にその情報が送信される。医師はデータベース上の血圧データを参照してオンライン診療や、それに応じた薬の配送を行えるのだ。血圧データは医師や看護師などの医療従事者による専門チームが毎日確認しており、血圧の高い状態が継続するようであれば患者とコミュニケーションを取り、オンライン診療につなげるといったサポートも行う。

 テレメディーズBPは個人向けには「高血圧イーメディカル」として月額4,950円(オンライン診療プラン)でイーメディカルジャパンから提供されている。また現在、福島県会津若松市においてデジタル田園都市国家構想推進交付金(Type3)採択事業を進めており、そのサービスの一つとして法人向けのテレメディーズBPが活用されている。個人向けサービスは自由診療の扱いだが、これらの地域単位の取り組みは保険診療となっており、診療が必要な時に医師とつないでオンライン診療を行う。

 オムロン ヘルスケアの循環器疾患事業統轄部 国内デジタルヘルス事業企画部 臼井 弘氏は「当社では北米やイギリスでも、遠隔診療システムに血圧計を提供し、高血圧診療に役立てています。OMRON connectはグローバルで提供していますが、日本でも取得したヘルスケアデータを診療所と共有しやすい機能を実装するなど、先駆けた環境の実装をしています。血圧の家庭での検査値を医療に生かす取り組みを、今後も進めていきたいですね」と語った。

テレメディーズBPの画面。血圧計と連携し、家庭血圧を日常的に記録しながら、高血圧治療が行える。アプリ上でオンライン診療の予約も可能だ。