人生の楽しみは休暇にあり!有給取得率100%の国

ここはドイツ西部に位置するデュッセルドルフ。連邦制をとるドイツで、ベルリンが政治の中心、フランクフルトが金融、ミュンヘンが産業をリードしているとすれば、ドイツ16州のうち最大の人口とGDPを擁するノルトライン=ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフは国際商業都市と言う立ち位置です。

国際河川ライン川沿いに発展するデュッセルドルフ。ラインタワーやフランク・ゲーリーの建築群がランドマーク

約400社の日系企業が進出し、7000人以上の日本人が暮らすこの街は、日本での知名度はあまり高くありませんが、日本食レストランやスーパーマーケット、美容院など、日本を感じられるお店が軒を連ね、欧州在住の日本人にとっては故郷の雰囲気を求めて足を運ぶ場所として知られています。

日本食レストランや食材店が立ち並ぶインマーマン通り。昨年から日本語が併記された日本語標識も設置されている

学生時代に交換留学で1年間暮らしたドイツに、私は社会人になってから再び戻ってきました。その理由の一つが、労働者に優しい労働環境。有給消化率は100%が当たり前というのですから、日本人からすると驚愕の常識です。

休暇や労働時間に関しては、欧州連合(EU)の「労働時間指令」という規定があり、これによって、EUで働く労働者は自身の健康と安全を守るための権利として、1週間の労働時間の上限が48時間(残業を含む)、1日の休息期間は24時間あたり最低連続11時間、年に最低4週間の休暇が与えられています。

もちろん、計画的に有給を消化する必要があり、職場や同僚との調整は必須。そのため、年がら年中、休暇の話をする同僚たち。しかも、「病欠は休暇にあらず」ということで病気休暇(年間6週間)もあります。

そんな風土の中では、同僚や取引先の担当者が休暇で連絡が取れなくなっても、それによって仕事が滞ったりしても、「休暇ならしょうがない」で幕引きです。

「お客様に申し訳ない」「会社に迷惑がかかる」など心配したり、スタッフの配置を調整したりするのはマネージメントをする立場の人の仕事であって、自分たちの仕事ではない、というのが現場の言い分。当然の帰結として、この国は「お客様は神様」ではありません。その不便さに心が挫けそうになることもありますが、それを補って余りあるほどの労働環境です。

「こんなに休んでばかりでドイツ経済は成り立つの?」という疑問に対しては、経済協力開発機構(OECD)加盟国の労働生産性(労働1時間あたりのGDP)ランキング世界9位(日本20位)、OECDのワークライフバランス指標で世界8位(日本37位)という実績が一つの答えになるでしょう。

新卒一括採用はなく、スペシャリストを求めるジョブ型雇用

私がドイツに来たのは2007年、まずは日系企業に就職し、2018年からはフリーランスとして執筆やリサーチ、翻訳などのお仕事をしています。

日系企業で初めてドイツ人の部下を持った時、日本とドイツの労働観や意識の違いにはたいへん驚かされたものです。

採用が決まって雇用契約書をもらってもその場でサインせず、「自分の弁護士と内容を確認してからサインします」とポーカーフェイス。給与交渉に積極的で自分への評価や昇進の可能性について事あるごとに上司や経営者に問い、キャリア・パスの擦り合わせを求める貪欲な姿勢を目の当たりにしました。

日本人なら「採用いただきありがとうございます!会社の一員として精一杯がんばります!!」と、昇進や昇給のタイミングは会社任せにしてしまうところです。

カフェ併設のコワーキングスペースはいつもほぼ満席

新卒者の一括採用が行われていないドイツでは、即戦力となるスペシャリストが求められ、専門性や学歴や職歴の一貫性が評価されます。そのため、若い求職者はインターンシップで実績を積みながら自分の専門性を活かせる会社への就職を目指します。

同じポジションで働く同僚であっても給与額に差があることも珍しくありませんので、隣に座っている同僚に「いくらもらってるの?」と聞くのはご法度です。

ドイツの労働者は労働法で自分がどのように守られているかをよく知っています。いや職場だけでなく、ドイツ生活のあらゆる場面で、自分の権利を知り、主張することの大切さを実感します。

また、明文化された契約の持つ重みと効力は絶大で、雇用契約書には休暇の日数、昇給、退職通知、ポジションや業務内容などが厳密に記され、労使が合意する必要があります。

日本の会社のノリで、「これ、お願いできるかな?」と契約の範囲外の業務をお願いしようものなら、バッサリと断られるか、雇用契約書の見直しと給与アップを求められるでしょう。

約半数の労働者が「パートタイムで働きたい!」

「休暇中に思いっきり人生を楽しむために、平日はがむしゃらに働く」と言うのが、旧来のドイツの労働者のイメージでしたが、コロナ禍を経て急速に価値観もワークスタイルも変化しています。

ドイツ三大カーニバルの街としても知られるデュッセルドルフ。政治風刺した山車のパレードがハイライト

パパはソーシャルワーカーとしてフルタイム勤務、ママは教師として週30時間の契約で働いていた知り合いの家族。

そのパパに、「事務所の所長にならないか」という昇進の打診があった際、彼は昇進によりアップする給与額と、責任の重さや労働形態のフレキシブルさを天秤にかけ、

「まだ小さな子ども2人を育てながら時間に余裕がないと感じているのに、今よりもハードな仕事をするなら給料が2倍にならないと割に合わないよ。むしろ、今回のことを話し合う中で、自分たち夫婦はお金よりもっと時間のゆとりが欲しいと分かったんだ」

と、昇進を断っただけでなく、週32時間のパートタイム勤務を希望したと言います。

いくばくかの昇給より、自由に使える時間が欲しいという意見は、昨今では少数派ではありません。2022年9月27日に発表されたアンケート調査によると、「パートタイムで働きたい」と答えた人は半数に迫る48%に上りました(調査会社YouGovがドイツで働く3891人を対象に調査)。

コロナ禍で厳格な外出制限を伴うロックダウンを強いられた際、企業は在宅勤務の導入や時短勤務でなんとか雇用を維持してきました。しかし、コロナ関連の規制が次々に撤廃され、2022年3月には、雇用主が従業員に在宅勤務を許可することを義務づけていた「ホームオフィス義務化」も終了。

平常化に向けて一歩前進したはずですが、今後も定期的に在宅勤務をしたいと希望する人は多く、労働市場ではもはや在宅勤務など柔軟な働き方を提供することを約束しないと、良い人材を獲得できないと、企業の採用担当者は嘆いています。

若い世代はサステナブルな働き方を模索中

コロナのパンデミックは実質的に人々の労働への意識を大きく変えましたが、特に若い世代の価値観の変容に拍車をかけています。

高い専門性を持ち、3〜4カ国語を操る語学力を備えるような高学歴かつハイスペックな若者が、高収入と自由な時間の両方を求めて労働市場に挑んでいます。彼らは採用担当者が驚くほど強気の初任給を要求し、かつ、フルタイムでは働きたくないと希望するそうです。

友人である30代の女性も、フルタイムの仕事から在宅勤務が可能なパートタイムのポジションに転職し、「いつか子どもを持ったらもっと仕事をセーブするか、仕事を辞めてもいい。家事や家族のための時間が増えたほうがハッピーだもの」と、心地よいワークライフバランスを模索中。

ドイツは長らく専門分野で労働力不足に悩まされていますが、このワークスタイルの変化は問題の解決をますます難しくしそうです。

そこで頼みの綱は、外国人労働者。「ドイツ人が働きたくないなら、他を探せばいい」とは、リクルーターの言葉ですが、EU各国や東欧などからやってくる意欲的な労働者が、その穴を埋める役割を担うことを期待されています。

キャリア志向を持たないハイスペック人材が生まれる背景には、人生の大半を仕事に捧げるような親世代の生き方への反発もあるのでしょう。

そして、「お金だけが全てじゃないよね」と言えてしまうのは、自国のセーフティーネットへの信頼があるからだろうとも実感します。

失業手当、生活保護、子育て世帯への支援、コロナ禍にもさまざまな支援策が打たれました。「文化的社会的な最低限の生活」が保障され、住む家や食べる物、子どもの教育には困らないというベースの上で、若い世代はその先の豊かさを見据え、コロナ後の労働環境にニューノーマルを求めています。

アンゲラ・メルケル氏に代わって、オラフ・ショルツ首相が就任してからもうすぐ1年