インターナショナルな観光と金融の都市

私が漠然ともう一つ海外に拠点を持つ事を考え始めたのは数年前のことでした。威勢よく「海外に移住しよう!」と決めたものの、コネもない自分には就労ビザを取る道のりは長く、最後に日本語教師という形で海外暮らしを始めることに決めました。

最初に渡った国はマレーシア。クアラルンプールで働き始めたものの給与面の不満などから、きちんと稼げそうな香港に渡りました。結果、香港とは相性が良く滞在も4年目を迎えました。ここで私が実際に住んで感じたリアルを伝えてみたいと思います。

香港は中国の南東部にある行政地区です。香港島、九龍地区、新界地区と200弱ある島々から成っています。上海からは飛行機で3時間、日本からも3時間~4時間ほどで移動が可能で、人口はおよそ720万人。この人口が1,110平方キロメートル(およそ沖縄と同等)にひしめき合うように暮らしています(よく写真で見掛ける高層アパート群はなるべく多くの人が住めるようにと設計されたもの)。公用語は広東語、英語、マンダリンなので英語が話せればほぼ困ることはありません。そこに暮らす人々も西洋人、インド人、東南アジア人とこれまた様々な人種で構成されており、非常にインターナショナルな環境です。

日本人の香港のイメージと言えば「ジャッキーチェン」や「飲茶」でしょうか。実際は観光地としても有名でコロナ以前は多くの旅行客をみかけました。香港の街中には高級時計や宝石の路面店がそこかしこにあるのですが、以前は本土からの旅行者でにぎわっていました。薬局やショッピングモールでも買い物をする中国人をたくさん見掛けたのですが、コロナ以降はすっかり静かになってしまいました。

香港で一番にぎやかな中心地セントラル
日本の居酒屋はこちらでも大人気

観光業以外にも、香港は国際金融センターとしても有名です。2022年春の国際金融センターランキング(GFCI31)でも、香港は3位に入っていますが、東京は9位です。低税率、規制緩和に惹かれ、世界中の銀行・証券・保険など金融関係の会社が集まっています。そのほかにも貿易や不動産業も盛んです。

不動産価値が生む富裕層と驚くほどの格差社会

香港を一言で表すと「かなりの格差社会」です。私が来港して一番驚いたのは何よりもその物価帯。旅行などでは多少ホテルは高いものの、ローカルのごはんは安いし、交通はこれまた驚くほど安いので気付かないかも知れません。

しかし暮らしてみると、20平米にも満たない部屋の賃貸、バーのカクテル1杯、お寿司のディナー、これらは軽く日本の2~3倍はするでしょう。つまり私が日常生活でしたい暮らしや娯楽にいそしもうとするととんでもない金額が掛かるということです。

これにはもちろん理由があって、香港の格差の原因は不動産の価格です。香港の不動産は昔と比べると日本の比ではない値上がりをしています。香港には相続税がないので親から不動産をたくさん譲り受ければ子や孫の代まで裕福な暮らしが手に入ります。本土に近いあるエリアでは、昔イギリス軍と戦って撃退したという理由で土地を譲り受けたという人々がいるようですが、ここは今ではマンションが立ち並び、その子孫の多くは今では超がつく富裕層です。このように香港では不動産の恩恵にあやかる数パーセントの富裕層が存在するということです。

またもちろん収入の格差も顕著です。香港の平均月収は24000HKドル(40万円弱)とそんなに高くはないのですが、これが金融業界となると話は違います。香港の現地採用でも億に届く年収を貰っている人もそこそこいるのです。このようなエリートコースに乗るためには、小さいころから私学、また海外の一流大学を出る必要があり、もちろん実家が裕福でなければなりません。私も香港人の知り合いに食事に誘われるのですが、こちらで流行っているお寿司のお任せコースは5万円。どうやら彼女はそういう食べ歩きが趣味らしく毎週のように出かけているのですが、私の10倍収入があるなら納得です。

物価は高く大きな格差が存在する

一方で、香港には年金がなく、貧困老人の問題は深刻で、街中で物乞いをしている人も目立ちます。また政府が提供している格安アパート(賃貸料が月4万円)の抽選は10年単位で待たねばならず、そのためにホームレスとして順番待ちをしている人もいるとニュースになっていました。一般的な若者は親によほどお金がない限りシビアな生活をしているように見受けられます。どの国でも起こっている現象ですが、彼らは大学を出てもなかなか稼げる仕事はなく、数年前に起きたデモもそこに大きな一因があると言われています。

狭いオフィススペースと盛んな転職

さて、香港で実際に働いてみてやはり日本と違うことが多々ありました。まず驚いたのはそのスペースの狭さ。香港の賃貸料は高額なのでオフィスのスペースもギリギリまで抑えられていることが多いのです。私のような語学学校だけでなく他のオフィスでも広いスペースの確保は難しいとのこと。セントラル中心部(金融エリア)のような場所はともかく、一般のオフィスビルではトイレのスペースも本当に小さく、そこは日本は恵まれていると感じます。

香港の金融シティー

なのでオフィスも非常に効率よく作られており、マネージャーであっても極端にデスクが豪華ということはありません。

路地を入ると雑居ビルやアパートが立ち並ぶ

また、香港人の働き方として同じ会社で定年まで勤めあげるという人は少ないようです。良い環境があればそちらへ移るし、退職もそんなに珍しいことではないのです。同僚が辞めると聞いても「そうなのね。頑張って!」という感じでドライに受け止めています。こちらで感じたのは彼らにとって会社というのは自分の稼ぎを得る手段であり、帰属意識はあまりありません。

香港で良い仕事を見つけるのはなかなか至難の業です。特にコロナ禍では条件が悪くとも今のところは我慢しているという話もちらほら聞きます。香港では外資など条件の良い会社とローカルの福利厚生や休日の少ない会社とにはっきり分かれているように見えます。条件の良い会社に入るには香港在住の外国人とも争わねばならず、人々が常に資格を取得したりコネを作ったりして良い条件に移ろうとするのは当然かも知れません。

人々は優良企業で働くことを目指す

働く国を変えるのにも躊躇いはない

仕事に対する感覚も日本人とはかなり違うように思います。日本では会社を辞めるというと人生の一大決心のように捉えられがちですが、こちらではブレークとして会社を辞める人もいます。

例えば知り合いの話だけでも、自分で起業するからという理由でパッと辞めてしまうことがありました。たとえ事業がうまくいかなくてもまた働き始めれば良いのだと思っているようです。ある時などいつも忙しそうにしていた香港人の友達が週3の契約社員に変わりたいと会社に申し入れたらその翌月にはそうなっていました。「これからどうするの」と聞いたら、「また正社員に戻っても良いと言われているし、でも自分としては新しいことを始めたいからこのまま辞めてもよい」とのこと。その時々の状況で環境を変えるのに躊躇がないのは羨ましいなと思います。

海外で働くことにも、それに加えて移住にも(移住には最近のデモ後の要因もありますが)抵抗がない人が多いです。大学を海外で過ごした人や家族が海外在住の人、また生まれが海外である人もいるので仕事があれば特に香港にはこだわらないそうです。もちろん英語が問題なく使えるからこそなのですが、日本のように「海外に出るぞ!」という意気込みのようなものはありません。日本でこれから働くという香港の男性に「日本で永住ビザを取りたい?」と聞くと既に3カ国を自由に行き来出来るビザがあるから関係ないという答えが返ってきました。この辺りは何にしても「母国と母国以外」と捉えがちな日本とは大きく異なると感じました。

春節を終えて

今年の春節は3年ぶりに通常のお祝いができたということで、街も非常に華やぎました。香港人にとって春節は家族が集まる一大イベント。そこかしこのレストランで円卓を囲む集まりを見かけました。彼らにとって家族は自身の基盤とも言ってよい何より大切なもの。日本人ならメンドクサイと感じてしまうぐらい家族の集まりを大事にしています。

香港は政治や経済問題は山積みで決して素晴らしいユートピアではありません。それでもなお大変魅力的な場所であり、人懐っこく愛すべき人達が生活しています。これからの香港がどのように変化していくかしばらくここに住みながら期待をもって見ていきたいと思います。

一般家庭の正月飾り