Special Feature 2
A NEW NORMAL of Virtual Reality
バーチャルリアリティの新様式
仮想現実と訳されるバーチャルリアリティ(VR)。視覚や聴覚、運動感覚に訴える空間をコンピューターによって作り出し、あたかも現実のような感覚の擬似的な空間を再現する技術を指す。VR元年と言われた2016年から5年が経った現在、いま再びこの技術が注目されている。その背景には、コロナ禍によって制限された現実での活動がある。本特集では、コロナ禍によってニューノーマル(新様式)にシフトしつつあるVR技術に焦点を当て、その最新事例をソリューションとともに紹介していく。
なぜ今、バーチャルリアリティが必要なのか?
緊急事態宣言が9月末で全面解除された。緊急事態宣言下では多くの自治体で、県をまたぐ移動の自粛が求められ、店舗の営業も短縮や休業が求められた。
新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため求められるこれらの制限は、人々の生活に大きな変化をもたらした。移動が制限されたことでさまざまな物事がオンラインにシフトしたのだ。一方で、リアルでしか得られない“体験”は、オンラインで再現することが難しい。
そうしたコロナ禍で生まれたオンラインの課題を解決するため、今再びVRに注目が集まっている。あたかも現実のようなコンテンツを視界に映し出し、聴覚や触覚と組み合わせて現実に近い体験を再現するVRは、リアルで失われた“体験”をオンラインで補完する技術として有用だ。63ページからは、ビジネス、教育、店舗、そして街といったそれぞれのシーンに応じたVRソリューションを紹介していく。
VRの定義は、視界を覆うヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し、視覚、聴覚、触覚なども含めて仮想空間を体験する技術だ。しかし一方で、360度見渡せる画像や映像コンテンツ、3D空間をスマートフォンで表示することも“VR”と呼ばれるケースが増えてきた。コンテンツによっては簡易的なVRゴーグルに装着することで、手軽なVR体験も楽しむことができる。
本企画では、従来定義されていたHMDを装着して没入感のあるコンテンツを体験する技術を“狭義のVR”、誰もが所有するスマートフォンを利用することで、仮想空間を楽しめるこれらのコンテンツを、“広義のVR”と定義し紹介していきたい。広義のVRの手軽さは、将来的なVR市場の拡大にも寄与していく、新しいVRの様式の一つとも言えそうだ。
学習効果の高い仮想の“体験”で研修
Business:従業員研修
2015年から、NECプラットフォームズ掛川工場で、VRを活用したトレーニングやシミュレーションの実証実験を実施するなど、長年VRへの取り組みを続けているNECグループ。リアルな映像で火災と煙を再現した「VR消火体験シミュレータ」の発売や、企業内のコミュニケーションにVRを活用する実証実験を行うなど、活用の用途は幅広い。ビジネスシーンで求められるVRソリューションについて、NECソリューションイノベータに話を聞いた。
「NECグループでは、以前からVRソリューションの提供に取り組んできました」と語るのは、NECソリューションイノベータの高橋正仁氏。企業でのVR活用のノウハウをもとに、NECソリューションイノベータが提供しているのが「NEC VR現場体感分析ソリューション」だ。VR技術とモーションセンサー技術を組み合わせ、仮想空間に現場を再現して研修や検証を行う。2018年には菅野建設工業の危険体感実技センターに導入されたほか、2019年にはANA、武田薬品工業でも活用がスタートされており、すでに40社以上の導入実績があるという。
「危険体感実技センターでは、建設中の建物の足場を仮想空間に再現し、命綱を装着する重要性を理解できるようなVRを提供しています。VR消火体験シミュレータでも仮想空間で、煙が伝わる早さや火がどれくらい広がるかといった、通常ではできない体験ができます。こうした体験を伴う学びは非常に学習効果が高いのです」と高橋氏。
このような没入型の体験を伴うVRは狭義のVRであるHMDを装着したものが主だ。コロナ禍の当初は、多くのVR案件はストップしたが、その後人々の働き方や動き方が変化したことに伴い、VRをトレーニングやコミュニケーションで使いたいという要望が徐々に増えてきたという。
例えば遠隔会議を行う際にも、ZoomやTeamsのようなオンライン会議ツールでコミュニケーションは行えるが、実際の会議の空間までは共有できない。ちょっとした身振りや手振り、参加している人同士の小さなコミュニケーションなどを、VRを活用することで共有できれば、在宅勤務でのコミュニケーションもスムーズに進む。
しかし半面、従来需要の高かったトレーニングでのVR活用は、HMDが顔に接触するため非接触が求められる現在は、導入に慎重になっている企業が多いという。そこで需要が高まっているのが、広義のVRであるスマートフォンやタブレットなどを利用した仮想空間の体験だ。「スマートフォンやタブレット、PCなどに360度のCGコンテンツを表示し、その仮想空間でコンテンツを体験する需要が増えています。これによって自分の端末だけで仮想空間の体験ができ、かつ感染対策も可能になります。当社では広義のVRも狭義のVRにも対応するソフトウェアセットを、お客さまの要件に応じて提供できます。VRコンテンツ単体だけではなく、業務システムとつながる仕組みを開発するなど、付加価値をつけたVRの提案を進めていきたいですね」と高橋氏は語った。
子供たちと受け入れ地域の未来に貢献
Education:修学旅行
人の移動が大きく制限されたコロナ禍においては、学校生活も大きく様変わりした。全国一斉休校に伴うオンライン授業の実施はもちろん、県外への移動の自粛が求められたことにより、修学旅行の中止を余儀なくされた学校も少なくない。修学旅行は、子供たちにとっての思い出作りの行事であることはもちろんのこと、訪れる土地の歴史や文化を学ぶ場でもある。そうした学校現場の課題に、JTBが提案しているのがVRによる修学旅行だ。
多くの学校現場で中止になってしまった修学旅行の機会を、VRを活用することで補完するためのプログラムを開発したのが旅行会社のJTBだ。リアルとVRを組み合わせた“新感覚体験型旅行”として「バーチャル修学旅行360」の提供を2020年8月31日からスタートしている。
JTBの牧野雄一郎氏は「バーチャル修学旅行360は、教室や体育館にいながら京都・奈良への修学旅行をVRで体験できるプログラムです。VR技術による360度の没入感あふれる映像により、実際に現地に行ったような体験ができることに加え、オンライン通話を活用して受け入れ地域との交流や、日本文化に触れる伝統工芸体験、お土産選びなど、バーチャルとリアルを組み合わせることで、単なる映像視聴体験にとどまらない修学旅行の世界観を味わえるプログラムです」と語る。
バーチャル修学旅行360は、主に三つのプログラムを組み合わせて体験できる。一つ目が360度VR映像体験で、JTBから貸し出されたスマートフォンとVRゴーグル、イヤホンを使って、寺社仏閣などの没入感ある360度映像を視聴する。いわゆる“広義のVR”だ。またVR映像だけでなく、京都駅に着いてからバスに乗って移動し、目的地に到着するといったような、ストーリー仕立ての2D映像コンテンツも用意されており、バーチャル修学旅行360を実施する当日は実際にJTBのスタッフが添乗員役として学校を訪れ、本当に修学旅行に行ったようにその場を盛り上げる。
二つ目は伝統文化体験。「自分たちのクラスで何を作るかを選んで授業で制作します。清水焼、漆器、扇子、友禅染などの伝統工芸を作ることで手元にそれが残るため、児童生徒たちには得がたい体験になります」とJTBの平尾篤之氏。
三つ目のオンライン交流では、修学旅行先の現地の人々とオンライン通話で交流する。バスガイドやタクシードライバーはもちろん、宿泊予定だった旅館の女将や、京都大学の教授陣による模擬授業なども提供されている。またその他コンテンツとして、バーチャル修学旅行の印象的なシーンや、クラスで撮った集合写真を東大寺や清水寺などと合成した写真をまとめて、アルバムとして渡すことも可能だ。
「これらのコンテンツは作成する上で初期投資がかかるため、当社としても一歩踏み出すのに壁がありました。しかし結果的に、バーチャル修学旅行360を体験した児童生徒からは満足度が非常に高く、また実際に行ってみたい!という嬉しい言葉も多くありました」と牧野氏は振り返る。当初は京都・奈良のみのコンテンツ提供だったが、現在は日光編もラインアップするなど、コンテンツの拡充も図っている。