プログラムを効率的に動かす処理の最小単位
IT関連の領域で「スレッド(Thread)」という言葉には、いくつかの意味があります。広く知られているのは、掲示板やメール、チャットなどで、一連のやり取りの流れの1かたまりを指すものでしょう。また、FacebookやInstagramを運営するMetaが2023年、テキスト中心のコミュニケーションツールとして公開した「Threads(スレッズ)」もよく知られているかと思います。
実は、こうした使われ方が広がる以前から、「スレッド」という言葉は、コンピュータプログラムの中で動作する処理の単位を表すものとして使われてきました。
スレッドは、プログラム内で実行される一連の命令の流れであり、プロセッサ(CPU:中央演算処理装置)による処理の最小単位。プログラム全体を構成する単位である「プロセス」の中では、スレッドは1つのタスクとして位置付けられています。
個々のプロセスはCPUやメインメモリ上のアドレス空間などのリソースを割り当てる必要があり、プロセスごとにメモリ空間が独立しています。これに対し、スレッドは、同一プロセス内の他のスレッドとメモリ空間を共有できます。これにより、スレッド間でのデータのやり取りは効率的に行えます。また、プロセスと比較して生成や切り替えにかかるオーバーヘッドが小さいため、システムリソースを効率的に利用することができます。
現代のコンピュータシステムにおいて、スレッドは重要な役割を果たしています。例えば、動画再生ソフトが映像を再生しながら音声を同期させる機能や、ブラウザが複数のタブを同時に読み込む動作は、スレッドの考え方に支えられています。メールクライアントが、メッセージを受信しながら新規メールの作成ができるのも、複数のスレッドが並行して動作しているからです。
ちなみに、英語のThreadという言葉には「糸」という意味があります。これは、プログラムが一連の命令を順序立てて実行する様子を1本の糸に例えたことによるもの。複数のスレッドが並行して動作する様子は、織物を織る複数の糸に例えることもできます。
現代的システムを支えるマルチスレッドの仕組み
スレッドは「シングルスレッド」と「マルチスレッド」に分けられます。シングルスレッドでは、1つのプログラム(プロセス)内で1つのスレッドが順次タスクを処理します。
一方、マルチスレッドでは、1つのプログラム内で複数のスレッドを並行して実行します。各スレッドはプロセス内のリソースを共有しながら、独立したコンテキスト(実行状態)を持ち、協調して動作します。
マルチスレッドの概念は、日常生活の例で考えるとわかりやすくなります。例えば、レストランの調理場を想像してみましょう。1人のシェフがすべての作業を順番に行う場合(シングルスレッド)と、複数のシェフが役割分担して同時に作業を行う場合(マルチスレッド)では、作業の効率が大きく異なります。同様に、文書作成アプリケーションにおいても、入力、チェック、保存を順番に実行する場合と、入力中に自動チェックと自動保存が並行して動作する場合では、作業効率に大きな差が生じます。
マルチスレッドを活用することにより、処理速度の向上、システムリソースの効率的な利用、レスポンス性の改善といった利点が得られます。また、メモリ使用量の節約やコンテキストスイッチ(CPUが現在のプロセスやスレッドの実行状態を保存し、別のプロセスやスレッドの実行状態を復元して切り替える操作)の効率化、システムコール(OS機能を呼び出す処理)の削減なども実現できます。さらに、プログラムの設計面でも、モジュール性の向上や保守性の改善、スケーラビリティの確保といった利点もあります。
マルチスレッド技術は、現代のシステムにおいて重要な役割を果たしています。クラウドサービスでは、多数のユーザーからのリクエストを同時に処理する必要があり、マルチスレッド技術によってスケーラブルなシステム構築とリソースの効率的な利用が可能となっています。データベース処理においても、並行クエリの実行やトランザクション管理、キャッシュ制御などにマルチスレッド技術が活用されています。
Webアプリケーションの分野では、リアルタイム通信や非同期処理、バックグラウンド処理にマルチスレッド技術が不可欠です。ユーザーインターフェースの応答性を保ちながら、重い処理をバックグラウンドで実行することで、快適な操作感を実現しています。
コンピュータの並行処理技術の進化で生まれたスレッド
スレッドの歴史は、コンピュータの発展と共に進化してきました。1950年代から60年代の初期のコンピュータは、一度に1つのプログラムしか実行できないシングルタスクシステムでした。当時のコンピュータは、1つの処理が終わるまで次の処理を開始することができず、システムリソースの利用効率は決して高くありませんでした。
1960年代後半になると、タイムシェアリングシステムが登場します。これにより、複数のユーザーやプログラムが同時にコンピュータを利用できるようになりました。この技術を基盤に、スレッドの概念が徐々に形成されていきました。システムが複数の処理を切り替えながら実行することで、見かけ上の並行処理が実現されたのです。
1980年代に入ると、スレッドは「軽量プロセス」として認識されるようになりました。プロセスは独立した実行中のプログラムで、先述したように、ほかのプロセスとはメモリ空間を共有しません。スレッドは、プロセスよりも少ないリソースで作成・実行が可能で、同じメモリ空間を共有しつつも独立して動作する仕組みとして広く採用されていきました。この時期には、オペレーティングシステム(OS)レベルでスレッドをサポートする実装が増えていきました。
1990年代以降、プログラミング言語やフレームワークの発展により、スレッドの実装と管理が比較的容易になりました。JavaやC++などの主要なプログラミング言語が、スレッドを標準ライブラリとしてサポートし、スレッドはプログラム設計の主流となっていきました。
CPUのコア構造とスレッド実行の仕組み
スレッドを実行するのは、CPU内の「コア」です。コアは、CPUの中で計算を行う処理装置で、命令の実行やデータの演算を担当します。初期のCPUは1つのコア(プロセッサ)しか持っていませんでしたが、技術の進歩により、現代のCPUは複数のコアを搭載することが一般的となっています。
シングルコアCPUの場合、物理的に一度に実行できるスレッドは1つだけです。複数のスレッドを扱う場合、CPUが高速で各スレッドを切り替えながら実行することで、見かけ上の並行処理を実現します。これは「タイムスライシング」と呼ばれる技術です。
マルチコアCPUでは、各コアが独立してスレッドを実行できるため、物理的な並列処理が可能となります。例えば、4コアのCPUであれば、理論的には4つのスレッドを同時に実行することができます。これにより、システム全体のパフォーマンスが向上し、複数のタスクを効率的に処理することが可能になります。
さらに、現代のCPUには同時マルチスレッディング(SMT:Simultaneous Multi-Threading)と呼ばれる技術が実装されています。Intelのハイパースレッディング技術(インテル HT テクノロジー)などが、その代表的な例です。SMTでは、1つの物理コアで複数のスレッドを同時に実行することができます。これは、コア内の実行ユニットを複数のスレッドで共有し、各スレッドが独立したレジスタセット(CPU内部の高速小容量の記憶装置セット)を持つことで実現されています。
スレッドは、高度に並列化された現代のコンピュータシステムにおいて、処理効率を最大化するための核心的な概念であり、並列処理やリアルタイムシステムの基盤として不可欠な存在です。