マルチテナントとシングルテナントの違い
テナント(tenant)は、一般的には不動産の賃貸契約を結ぶ事業者のことで、「店子」とも呼ばれますが、IT分野ではクラウドサービスを利用するユーザーの契約単位のことです。IT分野のテナントには「マルチテナント」と「シングルテナント」の2種類があります。
マルチテナントは、同一のシステムやサービスを複数のユーザーが共有して利用する形式です。SaaS型のクラウドサービスで採用されることが多く、「マルチテナンシー」とも呼ばれます。サーバーやデータベースを仮想的に分割し、それぞれのユーザーが与えられた専用の領域を利用します。自社でシステムを保有しないため、管理運用に手間がかからず、低コストでスピーディに環境を構築して利用できます。
一方、シングルテナントは、サーバーやデータベースを1社のみで占有します。PaaSなどでよく見られる形式で、「シングルテナンシー」とも呼ばれます。ユーザーごとに個別の環境が用意され、構成や設定を指定したり変更したり、カスタマイズも可能です。サーバー管理はユーザーが行い、運用についてはオンプレミス型に近い特徴があります。
また、マルチテナント、シングルテナントのどちらもクラウド環境はサブスクリプション型で提供され、所有するのではなく、使用権を購入することになります。
低コストで運用保守の必要がないマルチテナント
マルチテナントとシングルテナントには、それぞれ異なる特性とメリット・デメリットがあります。
マルチテナントのメリットは主に3つあります。
<マルチテナントのメリット>
●素早く環境を構築できる
サービスプロバイダーが用意したシステムを使用するため、自社でサーバーを用意する必要がない。環境構築に時間をかけずにすむので、導入までのリードタイムを大幅に短縮できる。
●システム運用が不要
サービスプロバイダーがシステムの運用業務を行うため、自社でバージョンアップなどを行う必要がない。プログラムの修正やリリースなども迅速に行えるので、新機能を即活用できる。運用保守にかかる労力を削減し、サイトの運営に集中することができる。
●開発・運用コストの削減
多数のユーザーでコストを共有するため、初期費用を抑えることができる。運用保守も自社で行う必要がないので、メンテナンスの人件費やコストを削減できる。
一方でデメリットもあります。
<マルチテナントのデメリット>
●セキュリティリスクが高い
同一サーバーを複数のユーザーが共有するため、データの混入や情報漏洩の恐れがある。セキュリティ侵害が発生した場合、すべてのユーザーに影響が及ぶリスクがある。また、不正アクセスなどでシステムに必要以上に負荷がかかった場合、パフォーマンスの低下(リソース枯渇)が生じる可能性がある。データベースをユーザーごとに分離する、アクセス制御を講じるなどのセキュリティ対策が必要となる。
●機能・デザインの自由度が低い
既存のシステムやソフトウェアを利用しているため、仕様やデザインのカスタマイズが制限される。自由なサイト構築は難しい。
セキュリティの信頼性に優れるシングルテナント
シングルテナントには以下のメリットがあります。
<シングルテナントのメリット>
●セキュリティリスクの低減
完全に分離された環境のため、複数のユーザーに影響を与えるサイバー攻撃のリスクが低減される。また、急なアクセス数上昇でシステムに負荷がかかった場合などに、柔軟な対応が可能。
●パフォーマンスの安定性
専用のリソースを利用するため、適切な処理能力や転送速度が実現できるなど、パフォーマンスの安定性が確保されやすい。
●高いカスタマイズ性
仕様やデザインなどサービスを自由にカスタマイズできる。
一方で、シングルテナントはマルチテナントに比べるとコスト面に問題があります。
<シングルテナントのデメリット>
●コストが高い
ユーザーそれぞれに個別の環境を用意するため導入に多くの時間がかかり、コストが割高になる。また、メンテナンスのコストも高くなる傾向にある。
●人的リソースの負荷
サービスを自由にカスタマイズできるが、多くの管理責任が伴うことになる。メンテナンス、保護、最適化のための人員が必要となる。
採用は利用目的に応じて判断
マルチテナントはシステムの運用・保守の手間がかからず、コスト効率がよく、迅速に環境を構築できます。そのため、多くのクラウドサービスでは、マルチテナントを採用しています。しかし、マルチテナントにはセキュリティのリスクがあり、カスタマイズ性も低いというデメリットがあり、高いコストをかけてでも堅牢なセキュリティを担保する必要がある場合は、シングルテナントが利用されています。どちらを採用するかは、メリット・デメリットを見極め、業務の内容や利用目的に応じて判断する必要があります。
マルチテナントとシングルテナントのどちらを選択しても、情報漏洩やウイルスによるサーバー攻撃などの脅威に対して、サービスの提供側が適切な対策を行っているかを確認することが肝要です。