HCI
VMwareのライセンス体系変更に伴う
デル・テクノロジーズのHCI分野における戦略とは

デル・テクノロジーズ(以下、デル)は11月14日、HCIソリューションと最新情報を紹介するパートナー向けセミナーを開催した。本セミナーでは、BroadcomがVMwareを買収し、VMware製品のライセンスを変更したことに起因する「VMware問題」や、マルチクラウド化によってデータが爆発的に増加している背景を踏まえた、HCI分野におけるデルの戦略や新規ソリューションが紹介された。

HCIソリューションと最新情報を解説

デル・テクノロジーズが開催したパートナー向けセミナーをリポートする。記事では、Dell VxRailの最新情報とともに、マイクロソフト、レッドハット、ニュータニックスといったハイパーバイザーを提供している各企業と、デル・テクノロジーズとの連携についても紹介する。

Broadcom買収後のDell VxRail
最新情報と今後の戦略

 2023年11月、VMwareがBroadcomに買収された。これに伴い、HCIオペレーティング システム「Dell VxRail」の提供が一時停止するなど、多大な混乱がもたらされた。

 それではBroadcomによる買収によって、Dell VxRailにどのような変化が起きたのだろうか。まず、サービスの提供形態がサブスクリプションに変更になり、保守更新の際にはサブスクリプション再契約を行う必要が生じたことが挙げられる。また、5年+2年の延長保証で最長7年であった契約期間が最大5年に固定化された。さらに、従来はスタンダード以上から任意で選べたライセンスエディションも、「VMware vSphere Foundation」(VVF)と「VMware Cloud Foundation」(VCF)から、顧客セグメントに応じて選択しなければならない。もちろん改善された点もある。日本におけるデルの保守窓口は高い評価を得ていたが、旧OEMライセンスにおいて保守窓口で対応可能な製品は、Dell VxRail管理範囲のハードウェア・ソフトウェアに限られていた。しかし新しいライセンス「Dell-sold Subscription」では、サブスクリプション範囲のハードウェア・ソフトウェアが保守窓口で対応可能となっており、旧OEMライセンスに比べて対応可能な製品が増加したのだ。

 Dell VxRailの今後の展開について、同社 インフラストラクチャー・ソリューションズ・SE統括本部 HCI/SDIソリューション本部 シニアシステムズエンジニア 金田直之氏は以下のように語る。「当社とBroadcomさまが共同で発表したコミットメントの通り、Dell VxRailも一つの主力製品として今後も注力していきますので、安心してご提供・ご利用ください。今後は、三つの柱でDell VxRailの機能拡張・強化を進めていきます。一つ目が、ユーザーに寄り添う機能拡張です。障害予兆検知機能の強化を行うとともに、障害発生時の自動ログ採取・転送機能や無償アップデートにかかる負担を軽減する機能を提供していきます。二つ目が、VMware基盤としての全方位強化です。VCFの最新バージョン『VDF 9』への迅速な対応や、VMware製品の国内サポートの拡大を行います。VMware基盤を採用しているお客さまがよりDell VxRailを採用しやすくするように、お客さまの要件・要望に柔軟に対応できる製品を目指します。三つ目が、最新ハードウェアへの対応です。ハードウェアベンダーとして、次世代CPU『Intel Xeon 6』や『AMD gen5 Turin』、次世代メモリー『DDR5 6400Mt/s』といった最新ハードウェアへの対応を迅速に行っていきます」

デル・テクノロジーズ
インフラストラクチャー・ソリューションズ・SE統括本部
HCI/SDIソリューション本部
シニアシステムズエンジニア
金田直之
デル・テクノロジーズ
パートナーセールスエンジニアリング本部
シニアシステムズエンジニア
石山啓一
デル・テクノロジーズ
インフラストラクチャー・ソリューションズ・SE統括本部
HCI/SDIソリューション本部
アドバイザリーシステムズエンジニア
市川基夫

スターターに最適なAXノードと
維持費用を抑えられるMCノード

 既存のVMware環境からほかのハイパーバイザーに乗り換えたいという顧客や、新たにVMware環境以外でのシステムの仮想化を考えている顧客に向けて、デルはマイクロソフト・レッドハット・ニュータニックスと連携を行っている。

 まずはマイクロソフトとの連携内容について見ていこう。デルはマイクロソフトのソリューションをベースとしたHCI製品として、「Dell Integrated System for Microsoft Azure Stack HCI」(以下、AXノード)と、「APEX Cloud Platform for Microsoft Azure」(以下、MCノード)の2種類の製品をラインアップしている。AXノードは、「Windows Server HCI」と「Microsoft Azure Stack HCI OS」の2種類からOSを選択でき、MCノードは、Microsoft Azure Stack HCI OSに特化した製品だ。

 両製品に対応するOSであるMicrosoft Azure Stack HCI OSは通常、マイクロソフトからサブスクリプション方式での購入が必要だが、デルではMicrosoft Azure Stack HCI OSに加え、ゲストOSとして「Windows Server Datacenter 2022」、コンテナ環境「Azure Kubernetes Service」をまとめて一つのライセンスとして買い切りの形で提供している。さらに、Windows Server Datacenter 2022とAzure Kubernetes Serviceが付帯していることで、Windowsサーバーでしか動作しない古いアプリケーションや、コンテナ環境でしか動作しない新しいアプリケーションも同一の環境内で動作させることが可能だ。また、ハードウェア・ソフトウェアを一括で提供しているため、サポート対応は全てデルの窓口で完結する。

 同社 パートナーセールスエンジニアリング本部 シニアシステムズエンジニア 石山啓一氏は、MCノードとAXノードの相違点についてこう語る。「MCノードはイニシャルコストを重視しているお客さまに最適です。その理由として、OSやBIOS、ファームウェアの自動アップデートといった運用を支援するさまざまな機能『ライフサイクルマネジメント』(LCM)を提供していることが挙げられます。運用を支援する機能を活用することで、ランニングコストの削減につなげられます。一方でAXノードは、OSにWindows Server HCIを選択した場合、Windows Serverの標準機能であるHyper-Vとストレージスペースダイレクトを利用できます。そうすることで、仮想マシン利用にかかるライセンス費用を大幅に削減可能です。さらにMCノードとは異なりLCM機能の提供がないことから、イニシャルコストを重視しているお客さま向けの製品です」

コンテナやプライベートAIの
構築を支援するプラットフォーム

 続いて、レッドハットとの連携を見ていこう。レッドハットのKubernetesコンテナプラットフォーム「Red Hat OpenShift」(以下、OpenShift)をデルのインストラクチャに組み込んだプラットフォーム「Dell APEX Cloud Platform for Red Hat OpenShift」(以下、ACP for OpenShift)を提供している。ACP for OpenShiftは、マルチクラウド環境全体でデータとアプリケーションの柔軟な拡張を実現する。

 ACP for OpenShiftの利用について、デルでは二つのケースを想定している。一つ目が、脱仮想マシンを見据えてコンテナ化を進めたい一方で、既存アプリケーションの移行が課題となっているケースだ。OpenShift上で仮想マシンを実行・管理できる「OpenShift Virtualization」を活用することで、仮想マシンとコンテナが混在する環境でも容易な管理を実現する。二つ目が、プライベートAI環境の構築を目指しているケースだ。大規模言語モデル(LLM)はコンテナベースのアプリケーションであるが故に、ACP for OpenShiftで展開したコンテナ上に容易に配置できる。またデルの強力なサプライチェーンを活用することで、AI処理に必要な高性能GPUも提供可能だ。

 最後に、ニュータニックスとの連携を見ていこう。オンプレミス、エッジ、クラウドに跨る全てのアプリとデータを実行・管理するための統合プラットフォーム「Nutanix Cloud Platform」向けのHCIソリューションとして、従来の「Dell XC Core」に加え、「Dell XC Plus」の提供を開始した。Dell XC Plusは、ハードウェアとソフトウェアをセットで提供し、見積もりも一括で行うため時間と手間を削減可能だ。さらに、外付けミッドレンジストレージ「Dell PowerFlex」とNutanix Cloud Platformを統合し、提供も行っている。同社 インフラストラクチャー・ソリューションズ・SE統括本部 HCI/SDIソリューション本部 アドバイザリーシステムズエンジニア 市川基夫氏は「Dell PowerFlexとNutanix Cloud Platformを統合させることで、BroadcomのVMware買収によって増加したDell PowerFlexの代替ハイパーバイザーのサポートを求めるお客さまの要望に応えていきます」と語った。

AI
あらゆる人へスマートなAIを届けるための
レノボの取り組みとAIソリューション

レノボ・ジャパン(以下、レノボ)は11月26日、年次イベント「Lenovo Tech World Japan 2024」を開催した。本イベントでは、10月15日に米国で開催されたグローバルでの年次イベント「Lenovo Tech World 2024」で発表された新技術に加え、AIを普及させるためのレノボの取り組みやAIソリューションが紹介された。本記事では前述の内容に加え、レノボのAI技術を活用した導入事例も併せて紹介していく。

全ての人へスマートなAIを届けるための取り組み

レノボ・ジャパンの年次イベント「Lenovo Tech World Japan 2024」では、AIを普及させるためのレノボの取り組みやAIソリューション、水冷技術といった新技術が語られた。

AIを普及させるためには
段階的に準備を行う必要がある

レノボ・ジャパン
代表取締役社長
檜山太郎

 レノボが行った生成AIの活用に関する調査によると、「全社的に積極的な活用を進めている」と回答した割合は31%、「一部部門で活用を進めている」と回答した割合は26%と、合計で57%のユーザー企業が、AIをすでに導入したことが分かった。AIは導入を検討していくフェーズから、実用化していくフェーズに入っているのだ。こうしたAIの実用化の加速を受け、レノボはユーザー企業にAIを十分に享受してもらうために、「Smarter AI for All」というビジョンを掲げ、体制の整備を進めている。具体的には、1,500億円の開発費用の投資や80以上の製品プラットフォームの立ち上げ、四つのAIイノベーションセンターを世界中に開設するといった取り組みを行っている。

「これまでの製品とは異なり、AI製品はただお客さまに提供するだけでは普及しません」と、同社 代表取締役社長 檜山太郎氏は警鐘を鳴らす。それでは、AIを普及させるためにはどうすれば良いのだろうか。檜山氏は車の自動運転になぞらえて、段階的に準備を行う必要があると語る。「自動運転ができる車はすでに存在していますし、お客さまに提供することも可能です。しかし、ほとんどのメーカーは自動運転を普及させるために、運転支援のみを行うレベル1、特定条件の下で自動運転できるようになるのがレベル2・レベル3、人が同乗しながらの自動運転レベル4、無人の自動運転がレベル5という五つの段階を着実に積み上げながら完全な自動運転を目指しています。なぜこうした段階を踏む必要があるかというと、自動運転そのものの技術だけでなく、ベンダーやユーザーの準備、法的な整備といった環境の対応を一つ一つ積み上げなければ、ユーザーの信用を勝ち取れないからです。AIも自動運転と同様に五つの段階を着実に積み上げることが、ユーザーの信用を勝ち取り、広くAIが利用される時代への第一歩となります」

AI時代を実現させる
レノボのAI製品と新技術

レノボ
AI CoE(センター・オブ・エクセレンス)
ソリューション・サービス・グループ
アジア太平洋代表
アミス パラメシュワラ

 こうしたAI時代を実現するためにレノボでは、16インチノートPC「ThinkBook16 Gen7」、14インチノートPC「ThinkPad T14s Gen6」といったCopilot+ PCや、小型デスクトップPC「ThinkCentre neo Ultra」といったAI PCを展開している。「これまでのPCは名前の通り、一人ひとりが持つパーソナルなコンピューターでした。これからのAI時代におけるPCは、コンピューター自身が進化し、自ら考えるようになります。単に個人用のコンピューティングというだけでなく、AIが活用されるコンピューティングをパーソナル化していくという意味を込めたPCが必要になってきます」と、檜山氏はPCの今後を語る。

 こうしたAIデバイスを展開するに当たって重要なのが、ユーザー一人ひとりにデバイスが寄り添い、データを保護しながら業務の生産性を向上させていくことだと檜山氏は続ける。それを実現したサービスとして、PC上で直接動作するAIエージェント「Lenovo AI Now」を発表した。Lenovo AI Nowは、ドキュメント管理や資料・会議の要約、デバイス制御、コンテンツ生成といったタスクをAIが自動化・簡素化する。Lenovo AI Now最大のポイントは、これらのAI処理が全てローカル上で完結していることだ。PC内に保存されているユーザー個人に最適化された情報に基づいて動作し、オンラインにアップロードされることがないため、データのプライバシー強化につながる。なお、Lenovo AI Nowの日本語対応・日本における展開は11月26日時点では未定だが、日本へのローカライズに向けて検討を進めているとのことだ。

 本イベントでは、Lenovo AI Nowのデモも実施された。チャット型のUIから自然言語で「本日のスケジュールを教えて」と投げかけると、AIが詳細なスケジュールを教えてくれ、「本日の講演で使う資料を探して要約して」と指示すれば、ローカルに保存されている資料を探し、資料の内容を数十秒で要約してくれた。

 こうしたAIによる業務支援の段階から、パーソナライズされたAIが進化しさまざまな場面で使われるようになった世界を、レノボでは「Personal AI Twin」と表現している。自分と同じような存在の「双子」が、自分と同じように考えてさまざまな作業を進めていく。つまり、AIが自分の先の行動を理解して、行動をサポートまたは代行してくれるのだ。「この双子のような存在に、便利だと思うか、抵抗を感じるかは人によって違うと思います。だからこそ、段階的に準備を行い、どのような形でAIを活用するのが人々にとって最適なのかを探っていく必要があります」(檜山氏)

 一方でAI活用を進めるに当たり、電力消費量の増加による環境問題が課題となっている。生成AI活用の急増により、データセンターにおける電力消費量が急増しているのだ。こうした問題に対応するべくレノボでは、独自開発の水冷技術「第6世代 Lenovo Neptune」を提供している。第6世代 Lenovo Neptuneは100%直接水冷を実現しており、空冷技術と比較して3.5倍の冷却効率を備え、消費電力も約4割削減可能だ。

Lenovo AI Nowのデモ。自然言語で当日のスケジュールを尋ねている。
第6世代 Lenovo Neptune。100%直接水冷によって、空冷と比較して3.5倍の冷却効率を実現する。

スピードと専門技術を備えた
レノボのAI技術を活用した導入事例

 続いて登壇したレノボ AI CoE(センター・オブ・エクセレンス) ソリューション・サービス・グループ アジア太平洋代表 アミス パラメシュワラ氏は、グローバルにおいてはAIに期待している一方で、疲労感も感じている企業も多いと指摘する。「当社の調査によると、AIを早期に導入した企業のCIOの61%が、ROI(Return on Investment)の実証が困難であるという課題に直面しています。また、51%のCIOがIT部門のAI導入スキルの欠如により、AIを導入できていないとも述べています。しかし、どの業界であってもAIを活用した価値の提供は余儀なくされています」

 こうした課題に対し、レノボでは「AI ファストスタート」というサービスを用意している。AI ファストスタートとは、90日以内にレノボがユーザーのデータを駆使して、PoCの組み立てから本番環境で運用できるレベルのAIを作り上げるサービスだ。基調講演ではAI ファストスタートの導入事例として、SAPのオフィスにおける受付用のAIヒューマンと、フォーミュラ1のストリーミング映像の高画質化、カメラの自動切り替えといった事例が紹介された。

 さらにレノボのAI技術は、専門技術の領域にも適用可能だ。専門技術の領域に適用した海外事例として、自動車の製造企業であるロータスの事例が紹介された。ロータスはこれまで目視で自動車の完成検査を行っていたが、1台1台の検査に時間がかかり、製造スピードに課題を抱えていた。レノボのAIによる車両自動検査システムを導入したことで、欠陥の発見精度が99%に向上し、設置ミスが80%削減された。結果として、製造工場全体のパフォーマンスが50%向上したのだ。ロータスの事例に加えて、国内におけるレノボの自社事例として、群馬県にある修理サービスセンターでの事例が紹介された。ユーザーから送られてきた故障品を迅速に修理し、返却するためにも故障箇所を即座に判別する必要がある。しかし顧客から送られてくる情報だけでは故障箇所を特定することが難しく、熟練のエンジニアと新人のエンジニアの間で対応時間のばらつきが生じていた。AIにこれまでの修理履歴を学習させることで、故障箇所の特定が容易になった。その結果、新人エンジニアの修理対応台数が1日3台から15台にまで増加したことに加え、採用エンジニアのスキル要件の緩和に伴い人材不足の解消にもつなげられたのだ。

Dataless Client
エンドポントセキュリティに新たな選択肢
データレスクライアントのビジネスチャンス

2024年11月20日、NEC本社においてデータレスクライアント協会主催のイベントが開催され、その基調講演でMM総研 取締役 研究部長 中村成希氏がデータレスクライアント市場について現状と見通しを解説した。中村氏の予測によると、国内データレスクライアント市場は2024年度から急速に成長し、ライセンス金額は2027年度に100億円に迫る強い勢いで成長を続けるという。なぜデータレスクライアントの需要が期待できるのか、その攻めどころはどこか、中村氏の講演をレポートする。

急速に成長するデータレスクライアント市場

2024年11月20日にNEC本社で開催されたデータレスクライアントに関するイベントに、MM総研 取締役 研究部長の中村成希氏が登壇した。中村氏によると、データレスクライアント市場は2024年度から急速に成長し、2027年度にライセンス金額が100億円に迫る予測だ。データレスクライアントの今後の需要をリポートする。

データレスクライアントとは何か
PCの性能を生かして情報漏えい対策を実現

MM総研
取締役 研究部長
中村成希

 PCの情報漏えい対策としてポピュラーなVDIやシンクライアントでは、PCからサーバーあるいはクラウドにアクセスして仮想デスクトップを利用する。また手元のデバイスからオフィスのPCを遠隔操作するリモートデスクトップも利用されている。いずれもOSをはじめアプリケーションやデータはサーバーやクラウド、別のPCで動作、管理されており、ユーザーが利用する手元のPCのCPUやストレージは利用しない。そのため処理性能やレスポンスはネットワークや接続先のコンピューターリソースに左右される。

 これらに対して「データレスクライアント」ではOSやアプリケーションは手元のPCで動作させ、ファイルなどのデータの処理も手元のPCのCPUやストレージを使用する。そのため通常のPCと同様の快適な利用環境で利用できる。

 またPCで利用するファイルやデータは一時的にPC側の安全な領域などにダウンロードして使用し、アプリケーションを閉じたりPCをシャットダウンしたりするとPC本体に保存されたファイルやデータは全て消去され、サーバーやクラウドなど指定の安全な領域にアップロードして保存する。

 これがデータレスクライアントの一般的な仕組みだが、データレスクライアントを実現する仕組みには現在、4種類の方式が各メーカーから提供されている。最も多くのメーカーが採用しているのが「リダイレクト方式」で、NECや横河レンタリース、アップデータ、e-Janネットワークスなどから製品が提供されている。

 リダイレクト方式では使用するファイルをクラウドから手元のPCの特定領域に一時的に保存し、ファイルに変更を加えた場合はその差分をサーバーやクラウドにアップロードしてファイルを同期する。また新しく作成したファイルはクラウドにアップロードするとともに、変更が加えられるごとに差分をアップロードする。そしてPCをシャットダウンする、あるいはアプリケーションを終了すると、PC上のファイルやデータが自動的に消去され、PC本体にデータを残さない。

 このほか富士通やZenmuTechが提供する製品に採用されている「秘密分散方式」がある。これはファイルを二つに分けて、それぞれ意味を持たないデータに断片化して安全を守る仕組みだ。さらにアーク情報システムが採用するROM方式や、リダイレクト方式にPC操作制御機能を加えた製品をハミングヘッズが提供している。

2025年度から大幅な成長を見込む
VDIの大規模リプレースも契機に

 国内データレスクライアント市場について、MM総研がデータレスクライアントベンダー各社に2024年10月にヒアリング調査した結果を示して解説した。まずライセンス販売本数は2022年度と2023年度は約12万本、2024年度は約13万4,000本で推移するが、2025年度は約24万本、2026年度は約33万本、2027年度は約37万8,000本と、2025年度から市場規模が急激に拡大するという。またライセンスの平均単価には変動はあるものの中村氏は「約2,000円で落ち着く」と予測し、「これはVDIの半額以下です」と指摘する。

 さらに国内データレスクライアントの市場規模は金額ベースで2022年度の約22億5,500万円から2024年度の約33億2,000万円へと緩やかに成長し、2025年度に約49億円へと急成長を始め、2026年度は約80億円、そして2027年度は100億円に迫る約96億4,000万円に成長すると予測する。

 国内データレスクライアント市場が大幅に成長する見通しについて中村氏は「2026年度と2027年度にVDIの大規模はリプレースが発生し、大きな市場機会が生まれます」と指摘する。VDIからデータレスクライアントへのリプレース需要が期待できる理由について中村氏は「VDIを実現する仮想化ソフトウェアがワールドワイドで数社に寡占化されており、ライセンス費用を大幅に値上げしたことで既存ユーザーはコスト負担が増えています。しかし選択肢が限られているため値上げに応じるほかなく、コストの増加に加えてリスクとしても捉えられています」と指摘する。

 こうした背景からMM総研の調査では「現行のオンプレVDIを脱却して汎用のPC下での情報セキュリティ対策を抜本的に変更してPCへ移行する」と回答した企業が調査対象の33.1%を占めたほか「現行のVDI環境を維持するとともに、新しいクラウドアプリケーションには別の端末に対策を講じて既存アプリケーションと運用を切り分ける」という、既存のVDI環境を徐々にリプレースするという回答が20.4%あった。

2025年からPCの使われ方が変わる
AI活用に適したPCが選ばれる

 MM総研の既存VDI環境のリプレースの検討状況の調査結果を踏まえて、データレスクライアントのビジネスチャンスについて中村氏は次のように解説した。

「国内の企業で稼働しているPCの台数は大企業が1,000万台、中小企業が2,500万台、合計約3,500万台です。そのうちVDIに接続しているPCは大企業と中小企業を合わせて約290万台です。このほかにシンクライアント端末が約180万台稼働しており、合計約470万台がデータレスクライアントのビジネスの対象になります」

 そして先ほどの既存VDI環境のリプレースの検討状況の調査結果から「少なくとも470万台の30%に当たる141万台がデータレスクライアントへのリプレースを、いま現在検討しているのではないか」と指摘する。

 さらにデータレスクライアントの需要がなぜ伸びているのかについても見解を示した。前述の通りVDIのコスト増がデータレスクライアントの需要につながっているのだが、それに加えてPCのローカルでファイルやデータを高速に処理したい理由もあるという。

 中村氏は「汎用PCの用途について調査した結果、データレスクライアントを導入している企業の46%がデータ活用、45%がAI・機械学習の活用と回答しています。AI活用に最適化されたAI PCが提供され始めており、NPUの性能などAI処理性能が急速に向上しています。これまではOSの入れ替えによってPCのリプレースが促進されましたが、2025年以降はAIとデータの活用のためにPCを使うようになり、その処理に必要な性能を備えたPCを選ぶというように変わるとみています。ですからPCが持つ性能を生かしつつ、情報漏えい対策を実現できるデータレスクライアントの需要が伸びるのです」と説明する。

IT Trend 2024
あらゆるビジネスにAIを組み込む
“AIネイティブカンパニー”への挑戦

2024年11月26日、アイ・ティ・アール(以下、ITR)の年次フォーラム「IT Trend 2024」が京王プラザホテルにて開催された。コロナ禍を経て、5年ぶりにリアル会場での開催となった本イベント。「AIネイティブカンパニーへの挑戦」をテーマに、企業の経営者や最高情報責任者(CIO)などを対象にした講演やセッションが実施された。全15セッションの中から、今回は三つの講演をピックアップし、リポートする。

AIの活用が鍵を握る

アイ・ティ・アール(以下、ITR)は2024年11月26日に年次フォーラム「IT Trend 2024」を開催した。「AIネイティブカンパニーへの挑戦」をテーマに、ITRのアナリストおよびIT業界のキーパーソンが講演を行った。

「AIに任せるべきこと」と
「人が担うべきこと」を明らかにする

 昨今、我々の日常やビジネスに急速に浸透しているのが生成AIだ。猛烈な勢いで進化を続ける生成AIを正しく理解し、ビジネスに落とし込むためにはどうすれば良いのか。「生成AIといかに向き合うか〜リーダーに求められるマインドチェンジ〜」と題して、ITR プリンシパル・アナリスト 舘野真人氏が基調講演を行った。

 今年、設立30周年を迎えたITR。それに合わせて同社では2024年4月に「企業システムと技術革新に関する意識調査」を実施した。調査の中で「過去30年に登場した企業ITに関わるテクノロジーのうち、特に衝撃を受けたもの」を尋ねたアンケートに、最も多くの回答を集めたのが「生成AI」だったという。「生成AIの登場は企業に大きな衝撃を与えたということが分かる結果となりました。その一方で、大規模言語モデル(LLM)の学習スピードの鈍化や学習で使う良質なデータの枯渇などネガティブな見方をする意見も出てきています。おそらく2025年はこういった情報が増えるのではないかとみています」と舘野氏。

 その理由について、ノルウェーの社会学者リスガードが提唱した「異文化適応のUカーブ理論」を例に挙げた。「生成AIが『ハネムーン期』を終えて『ショック期』に入ってきています。今まではいわゆるハネムーン期で、どんなものでも面白がられるフェーズでしたが、その高揚感が失われ、不安などが増してくる期間に入ります。しかし、これはどんなテクノロジーにおいても生じる現象ですので、きちんと自身で情報の取捨選択を行い精査してください。ネガティブな情報に踊らされず、技術の進歩の過程をしっかりと見ていただきたいです」(舘野氏)

 生成AIをビジネスに取り入れる上で、リーダーにも相応のスキルが求められる。生成AIをビジネスに生かせるかを見極める「新技術の有効性判断」、生成AIをどのユースケースに適用できるかを判断する「最適なユースケースの発掘」、プロジェクトの引き際を見極める「プロジェクトの投資妥当性の評価基準」の三つは、CIOや最高デジタル責任者(CDO)に求められる必須の能力だという。「生成AIは情報システムの価値を再定義する可能性を秘めたテクノロジーです。組織のリーダーには既存の常識にとらわれない柔軟な発想と行動様式が求められるでしょう。2025年はさらに高度なAIの活用法が模索される1年となります。『AIに任せるべきこと』と『人が担うべきこと』を明確にし、組織に生成AIを定着させることが必要となるでしょう」と舘野氏は生成AIの重要性を呼びかけた。

アイ・ティ・アール
プリンシパル・アナリスト
舘野真人
日本ディープラーニング協会
専務理事
岡田隆太朗
アイ・ティ・アール
シニア・アナリスト
水野慎也

生成AI活用は待ったなし
企業が今取り組むべき課題とは

 生成AI時代において、企業はどのようにAIを活用していくべきか、どのような人材像を描いて社員を育成していけば良いのか。「AI最前線──AI活用とデジタル人材育成」と題して特別講演を行ったのが、日本ディープラーニング協会 専務理事 岡田隆太朗氏だ。

 2023年ごろから、世界中で生成AIを活用する動きが一気に加速した。日本においても政府主導による「AI戦略会議」が開催されるなど、社会におけるAIの発展に期待が高まっている。「生成AIを活用していく上で必要となるインフラの整備が進んでいます。AIや半導体分野の強化を目的に、政府が公的支援を行うなどの積極的な動きもあります。また、国産のLLMや大規模マルチモーダルモデル(LMM)を開発するプロジェクトも続々と増えています」と岡田氏は説明する。

 生成AIを安全に利用するためには、リスクマネジメントも大切だ。2024年2月、米国と英国に次いで日本においても、AIの安全性を評価する手法の検討などを行う機関である「AIセーフティ・インスティテュート」(AISI)が設立された。また、事業者が安心安全にAIを活用できるように指針を取りまとめた「AI事業者ガイドライン」が公表されるなど、AIの活用を後押しする体制が着々と整えられている。

 では実際のところ、企業におけるAI活用はどのような状況なのか。「生成AIが登場した当初は、仕事を奪われるのではないかという不安を感じるケースが多かったようです。しかし、生成AIを活用している企業と、そうではない企業に差が生まれ始めたことで、生成AIを使っていく方向に考えを改める企業が増えました。今ではIT業界のほか、サービス業や金融業、不動産業などさまざまな業種で生成AIの活用が進んでいます」(岡田氏)

 生成AIの活用を進めるに当たって、多くの企業の障壁となっていることがある。それが、AIに関する知識を持つ人材がいないということだ。「AIに関するノウハウがなければ、導入や活用は進みません。AI技術全般に関する深い知識を持つ人材の育成が重要な鍵を握ります。それだけではなく、生成AIガバナンスの整備や社員のAIリテラシーの向上などの取り組みも必要となるでしょう」と岡田氏は説明する。

 そうした課題を解決していくための方法について岡田氏は「AI事業者ガイドラインをはじめ、AIを活用していくためのガイドラインがたくさんありますので、どんどん情報をキャッチアップしていってください。また、『ITパスポート試験』『G検定』『データサイエンティスト検定』などITやAIに関するさまざまな検定が実施されていますので、積極的にチャレンジしていただきたいと思います。資格の取得に向けて学習することで、豊富な知識が身に付けられるでしょう。企業における生成AI活用は待ったなしの状況です。この流れに乗ってビジネスに役立ててください」と語った。

AIは本格的な業務適用のフェーズへ
国内企業のIT投資の変化を探る

「『IT投資動向調査2025』にみるDXとAIへの戦略的投資の変化」と題してITR シニア・アナリスト 水野慎也氏が特別講演を行った。

 ITRが2024年8~9月に実施したIT投資動向調査2025の結果から、国内企業のIT投資の変化やAI関連投資の動向が明らかになった。

 本調査によると、2024年度のIT予算額は、前年度から「増額」したとする企業が過去最高水準に達しており、2025年度は調査開始以来の最高値となることが分かった。

 2025年度に新規導入/投資増額が期待される上位10製品・サービスを尋ねた調査では、「生成AI」が1位という結果だった。「AI分野への注目と投資意欲の高まりを背景に、『チャットボット/チャットサポート』や『音声認識』などが新規導入の可能性がある製品の中で順位を上げました。また、投資を増額する予定の製品では『ローコード/ノーコード開発』が3位へ浮上しました。AI機能を組み込んだ業務アプリケーションの開発ニーズが拡大していると推察されます」と水野氏は説明する。

 本調査では、DX関連予算およびAI関連予算の計上状況についても分析している。「調査の結果、DX関連は82%、AI関連は70%の企業が、各予算を計上していることが分かりました。IT戦略を遂行する上で、DXは依然として重要なテーマとなっているようです。また、高い注目を集めているAIは、本格的な業務適用のフェーズに突入したといえるでしょう」(水野氏)

 2025年度のIT投資トレンドは、AIが前提となるとITRは分析している。今後の企業のIT投資では、AIの活用に対応した新しいテクノロジーや開発・運用手法の採用が求められる。IT人材難や各種コスト増、セキュリティリスクなどの脅威にも目を向けつつ、戦略の転換を図る必要がある。