Retail AIによる次世代の小売店作り
スマートショッピングカートで快適な買い物を
福岡県福岡市に本社を置くトライアルカンパニーは、ディスカウントストア「スーパーセンタートライアル」を中核とした流通小売事業と、テクノロジーによって顧客に新しい買い物体験を提供するリテールAI事業の大きく二つの事業に取り組んでいる。「ITで流通を変える」という強い思いのもと、スーパーセンタートライアルの店舗で、現在次々と導入が進められているのが、同社のグループ会社であるRetail AIが開発した「スマートショッピングカート」だ。
スーパーセンタートライアル長沼店
千葉県千葉市稲毛区長沼町71番地にあるトライアルの店舗。スマートショッピングカートのほか、リテールAIカメラやサイネージなどが整備された「スマートストア」だ。
ロスを発生させない独自設計
Retail AIが開発したスマートショッピングカートは、タブレットやスキャナーを搭載し、消費者自らが会計を行えるショッピングカートだ。消費者自身が商品のバーコードを読み取ることで、店舗スタッフによる商品登録や会計の手間を省き、専用ゲートを通過するだけでキャッシュレス決済が可能になる。
「小売店が抱える大きな課題に、レジに関わるスタッフの人件費の問題があります。店舗運営の3分の1の人件費がレジにかかっているほか、そもそも労働人口の減少が進みスタッフの確保ができないという社会課題も存在します。当社では2018年2月ごろから、スーパーセンタートライアルの系列店舗で現在のスマートショッピングカートの前身となるモデルの活用を進めていました。実際にスマートショッピングカートを導入した店舗は、レジ関連業務の2割以上のリソースが効率化できることが分かり、2018年から2019年にかけて本格的な展開を進めました」と語るのは、Retail AIグループ SSC事業責任者の田中晃弘氏。そうした自社グループ内での活用ノウハウを基にソフトウェアやハードウェア面の見直しを行ってアップデートしたのが、「次世代型」に位置付けられる現在の専用設計モデルだ。前述したセルフレジ機能や、顧客の属性や購買履歴のデータを活用して最適な商品をタブレット上でAIがお薦めするレコメンド機能のほか、商品のスキャン漏れを防止する自動検知アラーム装置なども新たに搭載した。
「セルフレジやスマートショッピングカートのような決済機能付きカートは、お客さまの利便性向上や店舗オペレーションの効率化が図れる一方で、『商品スキャンのうっかり忘れ』に由来する棚卸時の原因不明のロスが増加します。これでは効率化を図ってコストを減らしても損を生んでしまいます。そこで現在のスマートショッピングカートでは、多くの開発リソースを投じてスキャン忘れ防止の機能を搭載しました。本体にセンサーが付いており、スキャン忘れの商品を検知するとタブレット上で知らせます。また会計時は専用ゲートから出れば会計が完了しますが、その際に店員がカートの情報を読み取り、スキャン漏れがないかチェックするプロセスを入れています。ハードとソフト、そして店舗オペレーションの側面から、快適性を損なわずロスを発生させないスマートストアを実現しているのです」と田中氏。
実際に、スマートショッピングカートを導入した店舗ではレジに関わる人件費を大きく削減できたほか、売上の向上も実現したという。スマートショッピングカートによるセルフ決済でレジ待ちの時間がなくなったことで来店者の利便性が大きく向上し、来店回数が増加したのだ。
顧客へ新しい購買体験を提供
スマートショッピングカートは現在、トライアルの147店舗に導入が進んでおり、今後小型店舗を除く全店舗への導入を計画している。トライアル以外の店舗にも導入が進められており、スーパーマーケット「アルク」の八幡西店と防府店や、「スーパーセンターTAIYO」の本渡店で活用されている。またRetail AIは、2022年9月に国内POSシステムとして最大手の東芝テックのグローバルリテールプラットフォーム「ELERA」(エレラ)とスマートショッピングカートを連携し、新たな買い物体験の創出を図るソリューション提供に向けた共同プロジェクトをスタートしており、ELERAのプラットフォーム上でスマートショッピングカートが稼働できるよう実証実験を進めていく方針だ。
スーパーセンタートライアルではスマートショッピングカートのほか、売り場の状態やトレンドを可視化する「リテールAIカメラ」やデジタルサイネージによるリアルタイム性の高いプロモーションなど、さまざまなテクノロジーを活用し、小売店の業務効率化や利益向上につなげている。2022年10月にはこのAIカメラの技術を生かし、24時間顔認証決済を可能にする小規模店舗「TRIAL GO 曰佐店」をオープンした。顔認証により酒類を購入する際の年齢確認を不要にしており、夜間でもセルフレジ決済による酒類の購入が可能だ。このTRIAL GOの店舗では地域のスーパーセンタートライアルを母店とし、生鮮食品や弁当、惣菜といった鮮度が重要な食品を取り扱う、コンビニとスーパーの中間層の需要を狙った商品展開も進めていく予定だ。
スマホ一つで商品をスキャン&会計できる
未来の企業内店舗
NTTグループのテルウェル東日本が提供する店舗向けスマート化ソリューション「スマートアSMARTORE」(以下、SMARTORE)。スマートフォンアプリを活用した非接触決済や購買データ解析などによって、小売店舗の省力化やデータドリブンな運営を実現するソリューションだ。
テルウェルeショップ新宿売店
NTT東日本本社内にある企業内店舗。ピックスルーSTOREのフォーマットで展開し、店舗の運営はヤマザキグループが行っている。左側がSMARTOREの専用ゲート出入口で、右側は社員証で買い物をする従業員用の入口。
企業内店舗に潜む課題
SMARTORE開発の背景には、新型コロナウイルス感染症によって増えた非接触ニーズや、労働力不足に伴う小売店舗の運営省力化に対する要望がある。「もともと東日本電信電話(NTT東日本)での新規事業として立ち上がり、当社とNTT東日本が共同で実証実験を進めました。実証店舗は初台にあるNTT東日本本社ビルと、NTT横須賀研究開発センタ内に設置し、従業員が利用する店舗として活用を進めました」と語るのはテルウェル東日本 スマートストア事業推進室 担当部長 村井豪樹氏。
これらの企業内店舗はコロナ禍に伴うリモートワークの普及で、利用者が減少していた。利益率も大きく下がり、赤字が発生していたという。しかし、SMARTOREの導入で人件費を削減したことに加え、夜間の営業を無人化したことで営業時間を延長し売上が回復した。村井氏は「当社と同じように、コロナ禍で企業内のコンビニや売店の売り上げが下がった企業は少なくありません。実証を進めている中でも非常に引き合いが多かったことから事業化に踏み切りました」と語る。
SMARTOREでは、大きく四つの側面から、店舗の省人・無人化とデータドリブン経営をサポートする。一つ目はアプリ決済による非接触購買と、それによる省人化だ。専用アプリ「ピックスルー」で消費者自らがバーコードをスキャンし、アプリ内で決済を行うことで、レジ稼働を効率化する。
二つ目はデータドリブンによる店舗運営だ。前述した専用アプリからの購入データに基づく購買解析に加え、店舗に設置したAIカメラの映像解析を組み合わせて動線を特定し、利用者属性に合わせた商品選定や棚割の改善などを行う。
三つ目はデータに基づいた適正な仕入れによる機会ロス、廃棄ロスの削減だ。小売店舗では従来から、POSデータを参考に商品の仕入数を決定していたが、SMARTOREでは過去の来店者数や天候、気温、降水量などの気象データも含めた来店者予測から商品別の購入見込数を導き出し、機会ロスや廃棄ロスを低減する。
四つ目はレコメンドによる来店者機会の創出だ。購買データを解析し、属性に合わせた新商品のレコメンドや、在庫の値下げなどといった情報を専用アプリからプッシュ通知で知らせることで来店機会を創出する。販売促進、販売、分析、予測・改善といったフローを回すことで、店舗運営の効率化を図る。
自治体や教育施設にも
このSMARTOREは、前述のシステムの提供に加えて店舗開設時のプロデュースから構築、運営支援もサポートする。店舗の外装も含めたソリューションを提供する場合は専用アプリと同一の名称の「ピックスルー」として、通常の店舗型となる「ピックスルーSTORE」からコンテナ型の「ピックスルーBOX」、スタンド型などの「ピックスルーMINI」を展開する。例えば、すでに特定のブランドが運営している店舗にはSMARTOREのシステムのみを導入し、新しくSMARTOREを活用した店舗を設置したいといったニーズにはピックスルーSTOREで店舗構築から携わるといったスタイルだ。
村井氏は「ピックスルーを含むSMARTOREは企業内店舗をメインターゲットとしていますが、自治体や教育機関からもニーズが高いソリューションです。例えば秋田県の由利本荘市では、ピックスルーBOXを用いた無人運営の実証実験を、秋田県立大学本荘キャンパス内で行いました。大学のキャンパス内にはすでに売店があるのですが、営業時間が18時までになっており、実験などで構内に残っている学生が夜間に購買できる環境がありませんでした。そうした学生への福利厚生の一環として、ピックスルーBOXを導入したそうです。また、東京都調布市にあるドルトン東京学園では学校内にSMARTOREのシステムを導入し、生徒たちが店舗運営を行っています。データ分析に基づく店舗運営やマーチャンダイジングにも入り込み、探究的な学びに結びつけられる環境を整備しています」と語る。
「特に自治体では道の駅など、地域の活性化に導入されるケースが多いですね。現在は店舗に入店する際にスマホアプリによるチェックインやアプリ決済が必要ですが、将来的にはウォークスルー型の店舗の実装も目指しており、価格帯と技術のバランスを取りながら最適なソリューションとしてご提供できるよう、現在開発を進めています」と村井氏は展望を語った。