世界初の照明一体型プロジェクターがヒット
次の成功を目指して再び起業

〜『スマートバスマット』(issin)〜 前編

程 涛(Cheng Tao)氏は東京大学大学院に在学中の2008年にpopInを設立し、世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」をヒットさせた。しかしその事業を他社に譲渡して新たにissinを設立し、現在はスマートフォンと連動して体重の変化を記録して通知する体重計、スマートバスマットで次の成功を目指している。なぜ生まれ育った中国から日本に渡って日本の大学で学び、起業したのか。ヒット商品を生み出したにもかかわらず、なぜまた新たなビジネスに挑戦するのか。たゆまぬチャレンジ精神の源泉について程氏に話を伺った。今回の前編では程氏が起業するまでの経緯を紹介する。

家族のだんらんを促進するために
照明一体型プロジェクターを開発

issin株式会社
代表取締役
程 涛(Cheng Tao) 氏

角氏(以下、敬称略)●程さんが東京大学(以下、東大)在学中に開発した iPhoneやiPod touchのブラウザー向けアプリケーション「ポップイン」が評価され、2008年にpopInを設立して事業化されました。popInでは広告事業でメディアの顧客を獲得し、さらにネイティブ広告ビジネスで大きな成長を遂げました。ところが2015年5月にpopInはBaidu Japanと経営統合しました。なぜBaidu Japanと経営統合することを決断したのですか。

程氏(以下、敬称略)●買収の話が出たのは、日本でネイティブ広告にいち早く参入して急成長を遂げたことがきっかけでした。当時、日本でネイティブ広告に参入していたBaidu Japanから買収の提案をいただき、popInを子会社として独立させてくれること、AIに関する技術を利用させてくれること、海外展開させてくれること、この三つの条件を了承してくれたので経営統合に応じました。

●ソフトウェアビジネスを手掛けていたpopInが照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」を開発・販売しました。どのような経緯でハードウェアビジネスに参入したのですか。

●発想のきっかけはスマートフォンの進化によって、家族のだんらんが減っているのではないかと感じたことです。子ども3人と妻と私がリビングルームの同じ空間にいるのに、それぞれのスマートフォンでコンテンツを鑑賞していることに違和感を覚えました。

 その時リビングルームの壁に平仮名のポスターと世界地図を子どもの学習用に貼っていたのですが、それを見てひらめきました。学習用のポスターやYouTubeの映像、映画などのコンテンツを簡単に切り替えて、家族みんなで楽しめるプロジェクターを作ろうと思い立ちました。

 プロジェクターをたくさん買って自宅のあちらこちらに設置して使ってみました。すると妻から「邪魔だしケーブルが多くて掃除がしにくい、子どもが光源を覗き込むと危ない」などと叱られました。そこでプロジェクターには電源が必要なので、電気があって邪魔にならない場所に設置できるプロジェクターを作ろうと考えました。

 そして自宅の天井にあるシーリングライトが目に入り、その電源プラグを調べてみると「引っ掛けシーリング」という日本独自の仕組みでした。ここにプロジェクターと照明を組み合わせたデバイスを設置すれば邪魔にならず便利に使えると確信し、試作品を作ることにしたのです。

●なぜプロジェクターと照明を組み合わせたのですか。

●プロジェクターだけだと使わないときに存在が忘れられ、いずれ使われなくなる恐れがあります。照明は頻繁に使うため、照明とプロジェクターを組み合わせれば接触頻度が高くなり、プロジェクターを使う機会も増えるだろうと考えたからです。

 そして試作品を作って自宅に設置したところ、子どもたちや妻、母親と幅広い年齢層からお墨付きをもらい、商品化を決断しました。このpopIn AladdinのアイデアをBaidu Japanに提案したところ、当時スマートスピーカーが流行り始めていたこともあり承認してもらえました。

 しかし商品化には苦労しました。シーリングライトの会社やPCメーカーのVAIOなどに受託生産を依頼しましたが、ハードウェアビジネスの経験がなかったため断られてしまいました。その後、VAIOと交渉を続け、「プロジェクターの既製品が必要」と条件を提示され、Baiduの力を借りて中国の大手メーカーを紹介してもらい引き受けていただきました。VAIOには最初の設計と最終の組み立てを引き受けていただき、私が提案したアイデアを製品に反映してくれるという、中国のスピード感と日本のクオリティを融合させた生産体制が構築できました。

 そして最初に作ったpopIn Aladdinはクラウドファンディングで投資額1億円を達成でき、2020年5月に発表した「popIn Aladdin 2」でシリーズ累計の販売台数が10万台を突破しました。

40歳になる前にもう一度起業したい
父の病気をきっかけに体重計を開発

程氏が新たに設立したissinが開発・販売する「スマートバスマット」とスマートフォンアプリの画面。

●popIn Aladdinをヒットさせて売上も順調に伸ばしていたにもかかわらず、その事業から手を引き、ご自身で立ち上げた会社からも離れられました。そのままでも、もっとたくさんの面白い製品を生み出せたのではないですか。

●popIn Aladdinは大好きな製品でしたので4年ほどやり続けました。しかしpopInではやりたいことをやりつくしたという感覚があり、また去年40歳になったのですが、40歳になる前にもう一度起業して新しい挑戦をしたいという思いもありました。

 そして2021年11月に、翌年の4月に起業することを目指してpopIn Aladdinの事業を生産委託先の中国のメーカーに譲渡し、popInも辞めて次の起業に向けた準備に取りかかりました。

●新たに起業した会社がissinですね。issinで最初に「スマートバスマット」を開発した理由を教えてください。

●スマートバスマットは簡単に言うと体重計なのですが、アイデアの発想は私の父の病気でした。数年前に父が病気で亡くなったのですが、亡くなる直前まで病気に気付かず、病院に行くのが遅れたのです。病気にかかった影響で体重が減少して急激に痩せていたのですが、この変化に気付いていれば早く診察も受け治療もできたのではないかと悔やまれてなりませんでした。

 そこで体重の変化の傾向を通知する通信機能を持つ体重計を作ろうと考えました。一般的な体重計は現在の体重を知る機器ですが、スマートバスマットは体重計とWi-Fiを組み合わせたIoTデバイスで、一定期間の体重の変化の傾向をスマートフォンに知らせます。

 例えば赤ちゃんの体重が増えていくのは健康の証ですが、体重の増加が止まると身体に何らかの問題が生じていると推測できます。逆に大人が1週間、1カ月で何キロも痩せるのも病気が疑われます。スマートバスマットでは体重が大幅に減ると警告を出して医師との相談を促したり、体重が増えると運動を促したりするなど、ユーザーの健康に関する情報を提供します。

●なぜ体重計を「バスマット」で提供したのですか。

●popIn Aladdinと同様に普段の生活で邪魔にならないようにするためです。一般的な体重計の場合、使わないときは置き場に困りますし、多くの人は頻繁に使うこともありません。しかしバスマットはお風呂に入るときに必ず使いますし、置き場所も邪魔になりません。またバスマットを使うときは裸になりますので正確な体重の変化を計測、記録できるメリットもあります。

 データ通信にWi-Fiを使っていることもポイントです。Bluetoothを使うとスマートバスマットを使うたびにアプリケーションを起動して接続しなければならず、使ってもらえなくなる恐れがあるからです。

 また1台のスマートバスマットを家族で共有して使うこともできます。その際、自分の体重の変化の傾向を家族で共有したり、家族に見られないように設定したりすることもできます。

●体重の増加傾向を知ることで生活習慣病の予防にも活用できますね。こうしたスマートバスマットを使った健康増進を、例えば生命保険会社のサービスとして提供することも考えられます。

 スマートホームの領域でも活用できそうです。スマートバスマットやセンサーを備えた便器などを健康管理のセンサーとして日常生活の動線上に設置すれば、スマートホームの付加価値を高められます。

 またバスマットは毎日使うものですから、スマートバスマットを利用したかどうかを遠隔地から確認することで見守りサービスにも使えます。それから高齢者施設への設置にもビジネスチャンスがあるのではないでしょうか。