生成AIへの注目度が高まり、ビジネスへの本格的な導入を検討する企業が増え始めている。ITベンダー各社からは、生成AIにフォーカスしたソリューションが続々と展開され、生成AIは“使う”だけではなく、“創る”という選択肢も広がっている。生成AIの本格的なビジネス活用に向けて、最新動向をしっかりと押さえておこう。
生成AIの伸長でインフラ市場が拡大
製造業を中心にユースケースを見込む
国内の電子工学・技術分野の業界団体として知られる電子情報技術産業協会(JEITA)。そのJEITAが2023年12月に「注目分野に関する動向調査」として発表したのが「生成AI(Generative AI)による社会変革」をテーマとした動向調査だ。今回は本調査を基に、今後の生成AI市場やユースケース、影響を受けるハードウェア市場などの話をJEITAに聞いた。
生成AIの国内需要額は
2030年に向けて15倍に伸長
JEITAは、2007年から継続して「電子情報産業の世界生産見通し」を発表している。本調査を補完する位置付けとして、ITと連携した新市場の創出が期待される分野の調査を取りまとめたのが「注目分野に関する動向調査」であり、前述した生成AIに関連した動向調査がこれに当たる。生成AIをテーマに選んだ理由を、JEITA 調査統計委員会 委員長 山本 潤氏は次のように語る。「近年、ChatGPTを代表とする生成AIが登場し、社会的に大きな影響を集めました。その生成AIのユースケースや、世界と日本における生成AI市場の中長期見通しなどを調査することにより、今後私たちの社会や生活がどのように変化していくかを予測すべく本調査を実施しました」
本調査によると、生成AIの世界需要額は、2023年の106億ドルから、2030年には2,110億ドルと、約20倍に成長する見通しだ。日本国内の需要額を見ても2023年の1,188億円から2030年には1兆7,774億円と、15倍に成長する見通しだ。「肌感覚にはなりますが、これまで14回にわたって調査してきた注目分野の中でも、群を抜いて成長率が大きいと感じます」と山本氏。
生成AIの利活用分野を見てみると、特に伸長が著しいと見込まれるのが製造分野だ。製造現場における業務支援や製品開発支援など、想定されるユースケースが多岐にわたることから、2030年には世界需要額507億ドル(2023年から年平均54.6%増)、日本需要額3,932億円(同年平均45.1%増)へと市場が拡大していく見通しだ。
JEITA 事業戦略本部 事業推進部 サブマネージャ 小島 喬氏は「製造業では、例えば設備の仕様書や操作方法、マニュアルの自動生成や開発における図面作成といった作業員の業務支援への活用が見込まれるほか、製造物の3Dデータや図面から、リスクがある部位を検知して報告するといった製品開発支援の分野まで、多様なユースケースが想定できます。金融業や通信業などでも活用が伸びます。生成AIは従来のAIに比べて汎用的であるため、人間をサポートできる範囲がより広いのです」と語る。
大きく伸長するインフラ分野
企業独自の生成AI開発にも需要
JEITAは生成AIの影響を受けるハードウェア需要額についても調査している。それによると、2030年における生成AIの影響を受けるハードウェアの世界需要額は1兆1,058億ドルであり、2023年から年平均で4.7%増となる。日本の需要額は5兆8,864億円で、同年平均3.7%増の見通しだ。生成AIによって世界でプラス7.8%、日本ではプラス6.0%程度のハードウェア需要額の押し上げ効果が期待されている。
影響を受けるハードウェアは、AIを学習・運用するために必要なサーバーやストレージといった「インフラ」、音声やデータを入出力する際に必要なスマートフォンやPCといった「インプットデバイス」、自然言語文から制御コードを生成し、自律制御を行うドローンやロボットといった「アウトプットデバイス」の三つに分類されている。
そのうち、特に需要が増加することが見込まれているのがインフラだ。2030年の世界需要額は2,385億ドル(2023年から年平均12.9%増)、日本需要額は9,586億円(同年平均15.8%増)を予測している。中でもサーバーは世界需要額1,698億ドル(同年平均12.7%増)と大きな成長が期待されている。生成AIの処理や実行の為には、膨大なデータの保存・管理が必要となるため、その重要インフラとしてのデータセンターにおいて活用が広がっていく見込みだ。生成AIの影響度として、世界でプラス31.3%、日本でプラス26.5%の大きな押し上げ効果が期待されている。
「現在の生成AIはクラウドサービスプロバイダーによってパブリッククラウドで提供されるケースが主ですが、生成AIを使う際に自社のデータが外部に出てしまうことを懸念する企業も多いでしょう。そのため、将来的は自社の中に生成AI用のサーバーを建てる企業も増えていくと見込んでおり、2030年に向けて各企業に浸透していくのではないでしょうか」とJEITA 調査統計委員会 委員 宮田康大氏は指摘する。
企業の生成AI活用は
ハイブリッドな運用へ
生成AI市場の大きな成長が期待される一方で、普及に伴って顕在化している課題として偽情報の拡散や著作権の問題がある。
「EUでは包括的なAI規制法が可決されるなど、各国で規制の動きが出てきています。生成AIは大量のデータを駆使して分析予測をするものですから、もともとのデータが良くなければ一定のクオリティの生成はできないでしょう。こうしたフェイク情報を取り除くための新しいツールなども登場するかもしれません。また企業が自社の業務をサポートする生成AIを必要としている場合は、その企業独自のデータを学習させた生成AIを創る必要があるでしょう。将来的には、外に出せる情報は汎用的な生成AI、出せない情報は自社独自の生成AIというような、ハイブリッドな生成AI活用へと進んで行く可能性があります。生成AIは応用範囲が広い技術です。今後どんどん使っていく必要がある一方で、もっともらしい嘘を生成してしまうハルシネーション(幻覚)など問題も存在するため、こうした間違った情報をいかに排除していくかが重要です。当面の間は人間が、生成した結果をチェックすることが必要になるでしょう」と山本氏は締めくくった。
生成AIはビジネスへの普及フェーズに突入
“使う”と“創る”で本格的に活用する時代へ
日本マイクロソフトは2024年3月18日、国内における生成AIサービスの状況と、導入企業の最新動向に関する記者説明会「GenAI Customer Day」を開催した。生成AIをベースにしたソリューションをどう活用していくのかという“使う”の観点と、自社の業務やプロセスに合ったAIを自分たちで創り出して活用するという“創る”の観点の二つの切り口で事例が紹介された。企業において生成AIは、今まさに本格的に活用する時代に突入している。
Copilotを全社導入
業務の生産性を向上
「企業はこれまで、生成AIに関する理解を深めるなど取り込むための準備段階にいました。そして今、そこから次のステップへと進み、生成AIを積極的に活用していくという新たなフェーズに突入しています」と日本マイクロソフト 執行役員 常務 クラウド&AIソリューション事業本部長 岡嵜 禎氏は説明する。
企業で生成AIを活用するに当たって、大きく分けて二つの方向性がある。一つはAIを“使う”こと。もう一つはAIを“創る”ことだ。「企業の動きとして、AIを使うに関しては、生成AIの評価/検証を経て、実際のビジネス実装へと進めていく段階に入っています。創るに関しては、AIプラットフォームの整備から独自のAI/LLMを開発したり、より複雑なAIユースケースを実装したりといった、業務に深く踏み込んだ形へと進んでいます」(岡嵜氏)
マイクロソフトでは、AIを“使う”と“創る”、それぞれのニーズに合わせて製品を展開している。AIを使うためにマイクロソフトが提供しているのが、Word、Excel、PowerPoint、Teams、OutlookなどMicrosoft 365のアプリケーションに組み込まれた生成AI「Copilot for Microsoft 365」(以下、Copilot)だ。テキストで指示するだけで、スライドや図表を作ったり、メールの下書きを作ったりといった作業が実現できる。ユーザーの生産性を高め、業務効率化に貢献する。
そんなCopilotを導入し、社内活用を成功させているのが、日本ビジネスシステムズ(JBS)だ。JBSでは、2023年8月からCopilotの先行検証プログラムに参加し、検証や勉強会の開催を通じて、社員のAI活用の定着を図ってきた。特に、Microsoft 365をよく使用する総務部、人事部、法務部、財務部といったコーポレート部門の体制づくりを先行し、Copilotを使った業務改革を進めた上で、2024年の3月より全社展開を開始している。JBS 取締役専務執行役員 ビジネスグループ統括 デジタルセールス本部担当 後藤行正氏は、Copilot活用例として「議事録作成」と「契約書のチェック」を挙げる。「議事録作成では、Copilotの要約機能の活用により業務効率を上げています。会議の要約をWordやPowerPointでも使えるように独自にプロンプトを作成するなどの工夫もしています。契約書のチェックでは、人の手では時間のかかる文言や項目の確認作業をCopilotで一括で行っています。これまで平均15分かかっていたものが平均5分に短縮され、約66%の業務時間削減につながりました」(後藤氏)
ローコード・ノーコードで簡単作成
自社に合ったシステムを構築
AIを創るためにマイクロソフトが提供しているのが、ローコード・ノーコードで独自のCopilotを構築できる「Microsoft Copilot Studio」(以下、Copilot Studio)だ。Microsoft 365、SAP、Salesforceなどと接続できるプラグインやコネクターなどが用意されており、プログラムのコーディングに関する知識がなくても、自社の業務やシステムに最適化したCopilotの作成が可能だ。
このCopilot Studioを活用しているのが、ベネッセホールディングスである。同社ではこれまで、グループ社員1万5,000人に向けて独自の社内向けAIチャットサービス「BenesseChat」を展開したり、コンタクトセンター業務などにおいて生成AIを導入したりするなど、社員が生成AIを利用できる環境を構築してきた。そして、新たに開発を進めているのが「社内相談AI」だ。社内相談AIは、社内情報に関するさまざまな問い合わせに答えてくれる情報検索の利便性を向上させるシステムだ。「例えば、新たな企画を立ち上げる際に、コンプライアンス対応のため、経理や財務、法務、情報セキュリティなどの部門に相談して、各情報を確認しなければなりません。確認事項も多く、作業が複雑化しています。社内相談AIは『各部門に相談する』『情報を探す』といった時間を抜本的に短縮できるようなシステムを目指しています」とベネッセホールディングス 専務執行役員 CDXO 兼 Digital Innovation Partners 本部長 橋本英知氏は話す。
社内相談AIは当初、自社オリジナルで開発を進めていたが、検証を通して、精度向上のためのデータセットの作り込みやログ取得といった機能追加が必要になるなど、改善すべき点が複数見つかった。そうした問題を解決するために採用したのが、Copilot Studioだったという。「Copilot Studioに切り替え、実装を進めていきました。Copilot Studioはノーコードで開発ができ、テストして公開する作業も迅速に行えます。本番環境を2024年2月にリリースしましたが、利用状況はもちろん回答精度の良し悪しも具体的に分かるため、改善しやすいのもポイントです」(橋本氏)
ベネッセホールディングスでは、今後さらに解像度の高いデータを追加するなど社内相談AIを進化させていく予定だという。
さまざまなユースケースに対応
生成AIの活用の幅を広げる
独自データと組み合わせたパーソナライゼーションや完全なオートメーションなど、より高度なアプリケーションの作成に対する需要も加速している。そうした高度な生成AIを創る手段として、マイクロソフトが提供するのが「Azure OpenAI Service」だ。「APIベースで自由にカスタマイズしながらアプリケーションを作れる柔軟性の高さが特長です。テキスト生成モデルに加え、大規模マルチモーダルモデル『GPT-4 Turbo with Vision』、画像生成AI『DALL-E 3』、音声認識AI『Whisper』などと組み合わせ、さまざまなユースケースに対応することが可能です。現在グローバルで5万3,000社以上のお客さまに利用いただいており、そのうち3分の1以上が新規のお客さまとなっています。Azure OpenAI Serviceによって、生成AIの活用の幅もさらに広がっていくでしょう」と岡嵜氏は説明する。
今後も生成AIはビジネスに新たな価値を生み出していく。岡嵜氏は「生成AIを“使う”のか、“創る”のかはお客さまが生成AIで何を実現させたいかによって異なります。マイクロソフトでは、そうしたお客さまの多様なニーズに合わせて、Copilot、Copilot Studio、Azure OpenAI Serviceとさまざまな選択肢を用意しています。より多くの方に生成AIを活用いただくため、これからも企業の課題に寄り添い、支援を続けていきます」(岡嵜氏)