保育の現場の「働き方改革」は事務作業の軽減がポイント
業界ごとに労働を取り巻く事情や環境は大きく異なっている。待機児童問題と、人手不足など労働環境問題で注目される保育の現場でも、働き方改革の必要性の認識は高まってきている。子供と接することがメインの、保育士の仕事の品質を向上させるためには、大量の事務作業をいかに効率化、削減していくかが課題になる。
文/狐塚 淳
2つの側面から注目される保育現場の「働き方」
愛知県の私立保育園で、園長が女性保育士の結婚時期や妊娠、出産の順番を決めていたニュースが話題になった。待機児童問題でその受け入れ先として注目を集めている保育現場の、人手不足の深刻さを明示するニュースだった。厚生労働省の調査データ「保育士等における現状」(平成27年)によると、離職率も10.3%と高く、労働時間の長さや低い報酬などの問題から有資格者の同職への再就職割合も高くない。
現在、保育園の数は全国で約3万。そのうち私立が約1万2千で、公立が1万強、残りが認可外という割合だ。認可外のうちでは、企業主導型の保育園が2017年から急増しており1500程度になっている。離職率については公立よりも私立の方が高く、勤続年数も短い傾向にある。
企業主導型保育事業というのは待機児童問題を解決するために内閣府が打ち出した施策で、企業等が保育園を運営する場合、時間のかかる認可を受けなくても助成を受けられるというものだ。保育園の数や子供の受け入れ枠は政府の方針もあり増加している。
世間的にはブラックな労働現場のひとつという印象を持たれている理由は、保育の現場は体質が古く労働集約型の運営に陥りがちなことに原因がある。と同時に、子供と接する以外の書類業務が多いことも原因になっている。より効率的な保育園の運営が可能になれば、待機児童の数も削減できるし、保育士の定着率も向上するだろう。
待機児童の解消と働き方改革を推進する政府も保育業界のこうした状況に対し、さまざまな施策を打ち出している。厚生労働省は平成26年に「保育人材確保のための『魅力ある職場づくり』に向けて」を発表。平成27年には「保育所等における業務効率化推進事業」を子育て支援政策の一環として創設、保育園の事業効率化に貢献するICTシステム導入などを対象に、最大100万円の補助金を出した。また、平成29年には7年以上の勤務経験の保育士を対象に月額4万円の加算支給を提供するなどの対策をとっている。
保育士の事務作業、書類作業の負担が大きい
保育現場の労働環境について、保育園や幼稚園、学童などに導入されているマネジメントシステム「コドモン」を提供する株式会社スパインラボ代表取締役の小池義則氏は、保育士が担当しなくてはならない事務作業の負担が問題だと指摘する。
「保育士の仕事は子供と接することがメインだと世間では思われていますが、1日の仕事の半分近くは事務作業が占めています。登降園の記録から始まって、保護者からの遅刻や欠席の電話連絡対応、延長保育の計算や、保護者への請求書発行、その入金管理も現金で保育士が担当している園が少なくありません。書類仕事も多く、週案や月案などの指導計画作成、保育日誌や保育要録などの報告書作成、検温や午睡、排便などのチェックと記録など、山のような仕事があります」(小池氏)
保育園は預かり時間が長いため、こうした作業になかなかまとまった時間を取れない。このため、帰りに保護者に渡す日誌もお昼時にしか書けず、午後の様子はほとんど記載できない。また、手書きや手作りが伝統的に尊ばれる園も多く、PC作業に不慣れな保育士も多い。月次や週次の指導計画のスケジュールや内容も園ごとに独自の文化があるため、昨年の内容や参考書などを見ながら作成されているケースが多く、ICT化が進んでいない業界の一つだと言えるだろう。
保育士の長期就労を実現するためのサービス
スパインラボが提供する「コドモン」は、保育現場のICT化をサポートするために開発されたSaaS(サース/サーズ)型のサービスだ。2015年にリリースされ、新規ユーザーが月に50~150園程度増えており、現在43都道府県のおよそ1500施設で利用されている。以前、保育園の一部業務システムを受託開発した経験から、この業界の労働環境に問題意識を抱いた小池氏が課題を研究、多岐にわたる業務上の課題を解決するシステムを自社開発し、全国の保育園向けにリリースした。
「コドモン」は非常に多機能で、登降園管理や請求書発行などはもちろん、園と保護者の連絡用には保護者専用マイページを設け、密な情報共有を実現している。指導計画等も共通する項目をテンプレートで提供し、保育士の業務負荷を削減している。請求関係の保育士の入力もスマホやタブレットから可能にし、事務サイドがExcelなどでの出力して監査対応もできるようなワンストップの流れを可能にしている。園ごとの事情に合わせて利用できるように、カスタマイズ可能な項目も多い。
子供の写真販売や電子データの日誌を紙で印刷製本して提供する機能なども装備しているなど、保育園の活動の非常に多様な側面をサポートし、業務の効率化に貢献している。
よく利用される機能は保育園の規模によって異なるという。
「100園前後の大規模な事業者では請求関係の利用が多いです。請求関係を効率化するにはデータベースの運用管理が大切になるため、こうしたケースではコンサルティング的なサポートも行っています。一方、利用者の8割以上は、1~4園程度の小規模な保育園で、こちらでは日誌など、保育士の書類入力業務に役立っています。マイページで保護者に読んでもらえるので、降園後に書くことも可能なので、保育園での様子をすべて報告できます」(小池氏)
導入した保育園では、昨年一昨年の、厚生労働省の補助金が大きな契機になった。園長判断で導入が可能な私立から利用が進み、今年になって公立の利用も増加している。新規の場合は、すでに導入した園からの口コミ情報で問い合わせてくるケースが多い。保育園からの問い合わせはほとんどが電話で「ICT化が進んでいないからこそ、導入効果が大きい」(小池氏)という。
現在、提携している園と協力して、効果測定の調査を実施しているところであり、正確な業務効率化の数字が得られるまでには少し時間がかかりそうだが、手ごたえとしては一日の業務のうち1時間程度は時短できていると思うと小池氏は語る。
スパインラボでは、保育園からの要望に応え、随時新しい機能を開発、追加している。自治体への請求の機能も現在開発中で、今後は幼稚園や小学校、学童などへの新しいサービス展開も考えているそうだ。
「『コドモン』の目的の一つは、保育士の長期就労が可能な環境を提供することで、そのためには就労時間の短縮が必要です。保育士のメンタルが改善できれば、子供と接する上での環境も改善していけます」と、小池氏は語る。
業界や業種ごとに職場環境は異なり、働き方改革への取り組み方も一様ではない。それぞれの職場固有の課題を解決するサービスやソリューションを必要としている業界はまだまだ多く、そうしたサービスの採用によって、業務の品質向上が図られていく方向性は、今後ますます重要になってくるだろう。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。