特集 働き方改革再入門 - 第1回
働き方改革は私たちに何をもたらすのか?
再入門すべきポイントを整理
紆余曲折を経てついに働き方改革関連法案が動き出そうとしている。残業時間の上限規制、勤務間インターバル制度、同一労働同一賃金、そして高度プロフェッショナル制度の創設……。それぞれの法案は私たちの働き方をどのように変えるのか。
文/まつもとあつし
いまさら聞けない「働き方改革」のキホン
スマートワーク総研では2016年7月の創刊以来、スマートに働く=スマートワークの実現をテーマに様々なコンテンツをお届けしています。その背景には、国が進める「働き方改革」という政策の登場と、それに伴う社会の変化があります。
流行語のように誰もが知る言葉となった「働き方改革」ですが、多種多様な政策のパッケージになっているため、その中身がどうなっているのか? 何が決まっていて、まだ何が実現していないのか? その課題や私たちの働く環境への具体的な影響は? など詳細についてきちんと理解している人はそう多くないのが実情でしょう。
働き方改革の動きを上手く会社に取り組むことができれば、働く環境が改善され生産性や業績も上がることが期待できます。しかし、間違った取り組みをしてしまっては、組織に混乱を招き、投資がムダになる、ということにもなりかねません。
スマートワーク総研が約半年にわたってお届けする本特集は、「働き方改革」の必要性のみならず、実際に私たちに及ぼす影響や、備えておくべき対応について具体的にお伝えしていこうというものです。
働き方改革のわかりにくさは「二兎を追って」いるから?
2016年から10回にわたり、政府は「働き方改革実現会議」を開催し、産業界・労働界から有識者や実務者を集めて実行計画を巡っての議論を続けてきました。そして、今国会では「働き方改革関連法案」が一括審議されてきました。その主な内容は以下の通りです。
主に労働者側にメリットがあるとされる法案
- 残業時間の上限規制(労働基準法、労働安全衛生法)
時間外労働の上限について、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を限度に設定。 - 有休取得の義務化(労働基準法、労働安全衛生法)
使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、5日について、毎年、時季を指定して与えなければならないこととする。 - 勤務間インターバル制度(労働時間等設定改善法)
事業主は、前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努めなければならないこととする。 - 割増賃金率の猶予処置廃止(労働基準法、労働安全衛生法)
月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率(50%以上)について、中小企業への猶予措置を廃止する(3年後実施)。 - 産業医・産業保健機能の強化(労働安全衛生法など)
事業者は、衛生委員会に対し、産業医が行った労働者の健康管理等に関する勧告の内容等を報告しなければならないこととする。事業者は、産業医に対し産業保健業務を適切に行うために必要な情報を提供しなければならないこととする。 - 同一労働同一賃金(パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法)
有期雇用労働者について、正規雇用労働者と「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲が同一」である場合の均等待遇の確保を義務化。派遣労働者について、「派遣先の労働者との均等・均衡待遇」「一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と同等以上の賃金であること等)」を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保することを義務化。
主に企業側にメリットがあるとされる法案
- 高度プロフェッショナル制度の創設(労働基準法、労働安全衛生法)
職務の範囲が明確で一定の年収(少なくとも1000万円以上)を有する労働者が、高度の専門的知識を必要とする等の業務に従事する場合に、年間104日の休日を確実に取得させること等の健康確保措置を講じること、本人の同意や委員会の決議等を要件として、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規定を適用除外とする。 - 裁量労働制の対象範囲拡大 ※今回の法案からは削除
企画業務型裁量労働制の対象業務に「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」を追加するとともに、対象者の健康確保措置の充実や手続の簡素化等の見直しを行う。
これまでスマートワーク総研でも取り上げてきた、少子高齢化・労働人口の減少・労働生産性の低さ、長時間労働やうつ病などの課題を、私たちの働き方を規定する法律を変えることによって改善しようというのが、これらの法案の狙いであることがわかります。
しかし、ここにはさじ加減が難しい問題が含まれています。長時間労働をなくしながら、労働生産性を上げるというのは、一見すると二律背反する取り組みです。「時短ハラスメント(ジタハラ)」という言葉が生まれたように、とにかく働く時間を短くして、それでいて成果も上げなければならない、というのは働く人にとっては負担も大きなものになりかねません。
また、国会でも論争となった裁量労働制の対象範囲拡大(今回の法案からは削除)や高度プロフェッショナル制度の創設は、その根拠となったデータに誤りがあったこともあり、「働かせ放題になるのでは」という批判が絶えません。同一労働同一賃金の実現も、理不尽な格差をなくすというプラスの面もありながら、その実現のために正規雇用者の待遇を下げる、といった検討も実際に始まっています。
また、高い付加価値を生んでいるはずの「高度プロフェッショナル人材」を、時間の制約なく「活躍」してもらうことで、さらに経済を良くしようという取り組みと、一見矛盾する「長時間労働をなくす」各種法案が同時に議論されていることで、私たちからも非常にわかりにくいものになっているのです。
現場に「働き方改革」の果実をもたらすために
このように混乱も続く、「国」の働き方改革の取り組みですが、その実現を待っていては遅いというのが、これまで取材や調査を続けてきた私たちの実感です。少子高齢化・労働人口の減少は、たとえ法律が改正されても即解決する問題ではありません。また既存の枠組みの中でも、効果を上げられるツールやソリューションが次々と生み出されているわけですから、それを使わないのはとてももったいない話なのです。
今回の特集では、働き方改革が私たちの働く環境にもたらす影響を確認し、具体的な対応策を提案することで、現場に役立ち、成果が上がるスマートワークの実現をお手伝いできればと考えています。ご期待ください。
「特集 働き方改革再入門」
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筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。