MINDSレポート【第3回】
「人生100年時代」の働き方を見つけるため、異業種参加の「タニモク」ワークショップを開催
異業種連携によるミレニアル世代の働き方改革推進コミュニティー、MINDS(Millennial Innovation for the Next Diverse Society)の活動を追跡する連載の第3回では、8月に開催されたテレワーク・デイズ2019連携企画「MINDS×タニモク 異業種ワークショップ~様々な業界から新しいスキルアップのタネをみつけよう!?」を紹介する。
文/狐塚淳
MINDS アップデート
・MINDS×タニモク開催
・社外インターン実施に向けて調整中
・異業種間リバースメンタリングに向けて調整中
ミレニアル世代による「働き方改革」のためのコミュニティーMINDSでは、やりがいのある仕事と自由な働き方の選択を目指して「働くスタイルの多様性」「評価のありかた」「人生100年時代のスキルアップ」「ミレニアル世代のモチベーションと世代間ギャップ」「働く時間と場所からの解放」という、5つのテーマの分科会を設けて活動している。今回紹介する「タニモク」イベントを主催したのは、そのなかのひとつ、「人生100年時代のスキルアップ」を検討するワーキンググループだ。同分科会は「学び続けるマインドセットとなる機会を作り、多様な個人の成長、ひいては会社・社会の成長に繋がる施策」を探っている。
今回のイベントで「人生100年時代のスキルアップ」ワーキンググループが注目しタッグを組んだのが、昨年から話題になってきている「タニモク」だ。
「タニモク」とは「他人に目標をたててもらう」ワークショップで、求人メディアの運営、人材紹介サービスなどを展開するパーソルキャリア株式会社が提供している。これからのキャリアアップを考える上で何をなすべきかという目標を自分一人で考えたのでは、限られた知識、慣れ親しんだ考え方の中でしかアイデアが出てこない。ネットや書籍からアイデアを得ようとしても、検索対象は現在の仕事から連想可能な範囲に限られるだろう。しかし、現在の自分の状況を異業種の人に話して理解してもらい、彼らに目標を立ててもらうとすれば、全く異なる業務経験やビジネス知識から、斬新なアイデアを得ることも可能になる。こうした文殊の知恵を目標設定に活用しようというのが「タニモク」だ。
「タニモク」のメリットとしては、「選択肢が見つかる」「うっすらと考えていることを後押しされる」「他人の計画を立てることが面白い」の3点が、タニモクのサイトでも紹介されている(同サイトには「タニモク」のマニュアルや今後開催されるイベント情報など、やってみたい人に役立つ情報も載っている)。
では、他人に目標を立ててもらうにはどうすればいいのか? 当日の流れを振り返ることで紹介しよう。
通常「タニモク」は4人一組で参加者同士が目標を立てあうが、当日は時間の関係もあり、3人一組で実施された。
まず、講師を務める「タニモク」プロジェクトリーダーの三石原士氏がワークショップの仕組みを説明した。
ワークショップの流れは、参加者が自身の現状を1枚の絵に描いて、同じグループの人に説明。その後、ほかの人がその状況について質問して理解を深めたうえで、説明者のために目標を立て、プレゼンする。これをグループの人数分繰り返した後、各々がプレゼンの内容をもとに自身の目標設定を行い、発表する。
3人分のワークは2時間半程度で完了したが、参加者はその間ずっと集中して、楽しそうに取り組んでいた。その表情からは、一人で目標を考える孤独な作業とは異なり、自分とは異なる視点から提供されたアイデアに刺激されながら、新しい目標を発見していく喜びが感じられた。
新たな可能性、選択肢を増やすことができるコンテンツ
なぜ、MINDSは「タニモク」に注目したのか? 「人生100年時代のスキルアップ」分科会のリーダーを務める味の素㈱グローバル人事部の古賀吉晃氏は、他人に目標を立ててもらうというワークショップが、彼らの分科会に馴染むと考えたからだと説明する。分科会のディスカッションで、活動として「学び続けるきっかけ作り」、「個人の知の多様性」を作っていくことがポイントでないかという議論していたのだそうだ。
「そのためには、普段接することが少ない異業種の同世代で、一緒に学ぶという場が効果的でないかと考え、まずは異業種でワークショップをすることに決めました」
そのために適したコンテンツの選定にあたって、同じ分科会に属するメンバーで「タニモク」の経験者がいたため、「タニモク」を提供するパーソルキャリアの三石氏に相談することにしたのだという。
「三石さんには、事前に私を含め4人でお伺いし、我々の狙いをお伝えしました。MINDSの趣旨を説明したところ、前向きにご賛同いただけました。当初、私も『自分ではなく、他人に目標を立ててもらうことが本当に効果があるのか?』と疑問に思っていましたが、人生100年時代だからこそ、他人の視点を借りて目標を作ってみることで、本人が気づいていない新たな可能性、選択肢を増やすことができるという考えに賛同し、タニモクをワークショップで開催したいと思いました」と、古賀氏は振り返る。
今回の参加者募集はMINDSに参画する各企業の代表者経由で各社内に案内された。案内方法は社内電子掲示板に掲載するなど企業によって異なっていたが、最終的に15%がMINDSの活動に参加しているメンバーで、85%はMINDSの活動に参加していないメンバー(MINDSということを初めて知る参加者)になった。
スキルアップのために、ともに学ぶということ
異業種というのは、MINDSにも「タニモク」にも通じるキーワードだが、異業種のミレニアル世代の出会いで、どういった化学反応が起こり得るのかについて古賀氏は次のように語る。
「『知の多様性』『学び続けるきっかけ作り』に繋がると考えます。参加者の反応を見ても、今までの社内では得られなかった視点でヒントをもらえた、同世代の他企業のメンバーから刺激をもらえたという声が多かったです」
ワークショップ後に実施したアンケート結果からは、「イベントの満足度(大変良い、良い)」は85%、「スキルアップのタネを見つけることができた」は90%、「また同様の異業種での勉強会に参加したい」は100%と、参加者も満足度が高いイベントだったことがわかる。また、ミレニアル世代は、実はリアルな新たなコミュニティーを欲しているのではないかということも感じたと古賀氏は説明する。
今回のイベントは、参加費(ワークショップ後の懇親会費も含む)が必要な有料イベントだった。
「有料で参加した80名のミレニアル世代の参加者全員が、『また同様の異業種での勉強会に参加したい』と答えたアンケート結果は、我々にとっても大きなヒントになると考えています。
日本では働き方改革が進むことで、個人の時間の創出が期待されます。新たに生み出された時間を、異業種で学ぶ時間にもあてることで、知の多様性を育み、また学び続けるマインドセットに繋がるのではないかと考えています。今後はイベントによるスキルやキャリア志向のインプットだけでなく、スキルの可視化によるワークシェアを行うことも企画していきたいと思います。引き続き自分らしく働き続けるためのスキルアップのあり方を検討していきます」(古賀氏)
異業種社員とともに学ぶことは、これからの働き方を考えていくうえで大きなヒントになるだろう。以前から異業種交流会などは行われていたが、人脈を広げる効果はあっても、ともにワークをしながら学ぶというスタイルは少なかった。今、ミレニアル世代は、人生100年時代に向けたキャリアアップを考えていくために、現在の勤務先の業務の常識にとらわれることなく、こうした異業種間でともに学び、ともに成長していくためのチャレンジが必要とされているのだろう。
■MINDS参加企業の働き方改革への取り組み ②味の素編
「働き方改革」の先進企業
「働き方改革」について、「味の素」の名前は先進企業として広く知られている。同社の「働き方改革」への取り組みは、2008年に労使共同のワーク・ライフ・バランスプロジェクトとして始まり、さまざまな施策が実行されてきた。先駆者として味の素流の働き方確立を掲げる同社では、「働きがい」と「生きがい」の両立をありたい姿の1つとして挙げている。
そのすべての取り組みをここで紹介することはできないが、いくつかピックアップしてみよう。
たとえば労働時間について、2015年度から総実労働時間の短縮に向けた取り組みを開始している。2017年度に所定労働時間を20分短縮(7時間35分から7時間15分へ短縮)した効果もあり、2015年度には1,976時間だった平均総実労働時間を1年ごとに60時間、74時間、22時間と削減し、2018年度には1,820時間にまで削減した。2019年度には総実労働時間1,800時間の実現を目指している。
また、これまでの「働き方改革」の取り組みの中で、数多くの関連制度を社内で制定してきた。「育児休職」や「看護休職」はもちろん、多様な休み方を実現できる「有給休暇積立保存制度」や「時間単位有給休暇」、働き方の自由度を高める「どこでもオフィス(テレワーク)」や「コアタイム無しのフレックスタイム制度」、「エリア申告制度」や「再雇用制度」など、枚挙にいとまがない。
さらに、多くの企業では「働き方改革」については、ホワイトカラーを対象にした施策にとどまっているが、味の素では生産を行っている工場においてもテレワークの対象とし、事務作業を一部在宅で行う等、対象を広げて取り組んでいる。
こうした取り組みは、厚生労働省の「第1回働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」の奨励賞や日本テレワーク協会の「第18回テレワーク推進賞」の会長賞を受賞するなど、社会的にも高い評価を受けている。
「働き方改革」は企業の成長ビジョンと切り離せない
最近の「働き方改革」の潮流としては、経営層のコミットメントの重要性が言われているが、味の素ではいち早く2016年度から、経営主導でゼロベースでの「働き方改革」を推進するため、全社横断体制によるマネジメント改革とワークスタイル変革への取り組みを開始した。政府が「働き方改革実現会議」を設置したのが2016年9月だから、多くの国内企業が「働き方改革」への取り組みを急ぎ始めた2017年の時点では、すでに初期の取り組みの実現と見直しを終え、次の段階に移行していたことになる。
しかし、味の素を「働き方改革の先進企業」たらしめているのは、取り組み時期が早かったからだけではない。重要なのは動機の部分だ。
味の素は食のグローバル企業として35の国と地域で事業展開し、製品展開する国とエリアは130を超える。2020年にはグローバル食品トップ10を目指す目標を定めている。企業としてこうしたグローバル成長ビジョンを達成するために、個人の成長と企業の成長を同期して継続的なイノベーションを実現していくことを基本方針として定め、そのための施策として「ダイバーシティ推進」と「働き方改革」に取り組んでいる。
法制変更への対応のために、時短をはじめとした「働き方改革」への取り組みを開始した企業とは、そもそもの動機が異なり、企業にとっての「働き方改革」の位置づけも大きな差異がある。時短から取り組みを始めた多くの企業でも、目的は時短ではなく生産性の改善だという認識にいたりつつあるが、味の素はその先にある、企業の成長を見据えており、そのために時間生産性の目標値を設定している。
最近では多くの企業が働き方改革の目的として、時短ではなくそれを実現するための生産性向上、そしてその先にある多様な働き方を実現してすべての従業員が幸福になることを目標にすべきだという見解を獲得しつつある。
しかし、味の素の取り組みを見てくると、そうした環境を作り出していく「企業」自体のあり方やビジョンについてもっと考えていく必要があることに気づく。たとえば、残業を減らすことで従業員の収入が減少するような改革は、計画性が不十分だ。従業員の働く環境は企業の成長・発展と切り離して考えることはできないから、両者はセットで考えていかなくてはならない。
しかし、多くの企業では、「働き方改革」の取り組み自体が目的化しがちだ。企業はその取り組み以前から存在しているのに、企業の目標と「働き方改革」は別物としてとらえられているケースが少なくない。
本来、「働き方改革」に関する目標と施策は、企業の成長目標とリンクし、中期経営計画に盛り込まれるべきだ。そうすることで初めて、幸福な働き方と企業の将来像を一体化することが可能になる。
味の素はこの問題について、「働きがいを高める個人の成長が会社の成長の源になる」と考えている。
将来に向けた味の素の取り組み
味の素では先進的働き方に向けたマイルストーンとして、2018年までのフェーズを1.0として「時短」「いつでもどこでも」の取り組みの時期とし、2020年までを2.0「働き方の振る舞いを変える」時期として、完全ペーパーレス、既存組織を越えた働き方に取り組むとしている。そして、2023年までには3.0「ありたい姿の実現」を目指す。
味の素が考えるToBe(ありたい姿)として、「働きがいと生きがいの両立」「企業の成長とリンクした生産性の高い働き方の実現」「継続的なイノベーションの創出」の3点を挙げている。ありたい姿を実現するためには、味の素単体の働き方の振る舞いを変えていくこととあわせて、グループ全体で業務の最適化を進めていく必要があると捉えている。
現在、「働き方改革」に向け様々な課題に直面している多くの企業にとって、味の素が目指している働き方の姿は非常に高度なものに映るかもしれない。しかし、「働き方改革」への取り組みを企業のあり方や成長目標と結びつける意識を持つことは、今後企業が従業員の働き方を考えるうえで必要なことだろう。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。